俺がここにいるわけ
戦争は終わった……だけど、自由ってなんだ?
それをずっと考えながら俺は書こうとしている。
俺が生きてきた今までの事を。
しかし、書けと言われたはいいんだが、なにをどうやって書けばいいのかいまいち分からねえ。生きてきた事っていうか、まだ俺は生きてるし。
自分の過去を振り返ってみればいいんだ。とは言われたんだが、あいにく俺には振り返って話せるほどの過去そのものがない。
そう考えてみると、改めて何を書けばいいのかなって、本気で悩んでしまう。
トガリが言うには、この歳になってようやく読み書きすることできたんだから、その勉強も兼ねてってことでいいんじゃないの、なんて気楽なことを言ってきやがるし。
その言葉になんか妙に腹が立ったから、とりあえず一発殴って黙らせた。
しかしまぁ……そうかもしれないな、親方に買われた時から、俺は戦うことと生きるための訓練しかしてこなかったわけだし、それらをこうやって学んだ文字で書いて残すのもいいかもな。
さらにトガリは、字が読めるようになれれば、お店でなにを売ってるのかもわかるし、なんか買う時も値札が読めればお金ぼったくられないで済むとか。
そうか? 外の店に並んでるリンゴとかは、いつもくれって言えばもらえる。金なんて親方にすぐ渡すだけで使ったことなんてほとんどなかったな。
一応、今まで貯めてきたものがそれなりにある、いまここで寝ているチビにも不自由はさせていない……とは思う。
いや、今はそんなことじゃない、俺のことだ。それを書くんだったよな。
……………
………
……
そう、俺には親ってものの思い出が全くない。物心つくよりもっと前、おぼろげな記憶の中。
俺は親方に買われたんだ。
俺が生まれた村はひどい飢饉だったらしく、大人たちは生まれたばかりの子供を売ることでどうにか飢えをしのいでいたらしかった。
で、俺もそのうちの一人だったってわけだ。
親方は俺を抱き上げて、耳の先から尻尾の先、要は身体の隅々まで調べて一言。
「こいつならきっと将来いい戦士になれる」と言ったらしい。
まぁ、この話がホントか嘘かは分からない、しかし現に俺はここまで生き残ってこれたんだ、もし生まれ故郷にそのままいたとしても、このチビの年齢くらいにたどり着くまでには、すでに飢え死にしていただろう。
そうしていま俺がここに住んでいる宿屋に帰ってくるなり、親方は俺に戦うため、生きるための術を叩き込んだ。
訓練はすごく厳しかったことだけは覚えている、まずは俺の背丈よりもっと長くて重い木の棒を何百、何千回と素振りすることから始まった。
日が暮れる頃にはもう立ち上がることもできないくらい、身体じゅうがガタガタになっていたっけ。
ようやく身体がブレずに振り回せるようになったら、次はあらゆる武器の扱い方ー短剣や斧、そして槍ーそれらが身につくまで徹底的にしごかれた。
だけどきちんとメシは一日2回、しかも他の奴らよりたっぷり食わせてくれた。
ああ、それが唯一の俺の楽しみだったのかもしれない。
親方は事あるごとに言ってたな「戦士は身体が資本だ、だからお前にいいものを腹いっぱい食わせてやってンだ。早く大きくなれよ」って。そう話してる時の親方の目が、とっても優しかったのを今でも覚えている。
だから、俺もその言葉に応えなきゃなって思い、辛い訓練の毎日をがんばった。
3年ほどして、親方が使い古された小さな革の胸あてと短剣を俺にくれた、これを身につけろ。いまから仕事に行くぞって。
その瞬間、周りにいた奴らが驚いた目でじっと見てた。
近くにいた奴が親方に言ってたな「まだこんな小さいのにもう仕事に出すのか⁉ みすみす死なせに行くようなもんじゃねえか!」って。
その言葉に親方は、冷ややかに返した。
「なにバカなこと言ってんだ、死なせに行かせるのが俺の仕事だろうが」
そう、それが親方の与えてくれた最初の試練。
残念ながらその時の俺には、まだ仕事とか死ぬって意味が全く理解できなかったが。
俺たちや何人かの同じ格好をした人間は、暗く湿った馬車に揺られて目指す戦地に着いた。
一眠りしたくらいだったか、地平線すら見えない草っ原で俺たちは降ろされた。
見渡すと、同じような装備に身を固めた連中やら、全身傷だらけの大きなやつで周りがひしめき合っていた。一番小さかった俺はそいつらに蹴り飛ばされないようにして逃げ回っていると、そのうちどこからか大きな声が聞こえてきた。
「向こうから来た奴はみんな殺せ!」と。
その言葉にどよめく大男たち。だけど中には真っ青な顔して震えてるのもいた。
相手を殺すやり方っていうのはさんざん習わされた、要はそのとおりやればいいことだろ。別に俺は怯えもビビりも、そして胸の高鳴りもしなかった、フンって一言うなづいただけ。やればいいだけだ、早く親方のところに帰ってメシ食いたい。ここに来るまでずっと飲まず食わずだったから。
それが俺の生まれて初めての戦いだった。今でもはっきりと覚えている。
直後、雄叫びとともにその地平線の向こうから、硬そうな格好した奴らが襲ってきたんだっけ。その声にかき消されたかのように、俺の意識は消えた。
……時間がどれくらい過ぎたかは分からなかったけれど、俺は全身血だらけになりながら、さっきと同じ馬車に揺られていた。
馬車の中には誰もいなかった。俺一人だけ。
右の手には、ボロボロに刃こぼれした剣がずっと握り締められていたまま。
まるで石に変わっちまったかのように、硬くなった俺の指は開いてくれなかった。
そうして馬車から降りる時に「ご苦労さん、これがお前の取り分だ」って、太ったおっさんが俺に小さな革袋を投げ渡してきた。
じゃらっ、と重いお金の音。
俺は帰ってくるなりそれを親方に渡した。すごく喜んでいたっけな、やっぱり俺が見込んだ通りだった。なんて言いながら。
そして身体中にこびりついた血を落とすために、親方は近くの川に俺を投げ込んだ。
その時、俺もいっぱい切られていたのがようやく分かった、肩には何本もの折れた矢が刺さったままだった。歯を食いしばって、俺一人で引き抜いたっけ。
冷たい水が傷に染みて痛む……でも大したことない、頭の中から傷の痛みを切り離せばすぐに消え失せる、そう親方に言われた言葉を思い出しながら、俺はさっさと屋根裏のベッドで寝た。
疲れていたのか案の定、すぐにぐっすり眠れたっけな。
そんなことを繰り返しながら、何年もの時が流れていった。
こうして、時が過ぎていくうちにだんだんと分かってきたんだ、戦争のこと、俺が今いる場所のこと。
俺たちが周りの連中とは違う「獣人」という種族だってことに。