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対峙

 ユウトは遅れてジヴァの家を出る。出口では人形たちが預けていたマントや武装を返却するために待ち構えていたのでユウトはすぐに準備を整えて雨の中に飛び出すことができた。

 家と森との下り坂の中腹ではレナがヨーレンから装備を渡してもらいながら何かを話しつつ身に着けている。レナの様子は部屋を出ていった時と違い晴れやかとはいかないまでもどこかさっぱりしたような印象を受けた。

 肩にはセブルが乗っている。ユウトにはどうやったのかわからないがセブルが頑張ってくれたのだろうとセブルを頼もしく思った。

 その時、レナとヨーレンの横をジヴァが横切っていく。ゆっくりと脚の長い一歩の歩幅で優雅に坂を下っていった。その異質さはまるで幽霊のようにユウトの目には移る。眉間にしわを寄せてユウトはジヴァを凝視するとジヴァの周りだけ雨がよけて落ちていることに気づいた。

 ジヴァの底知れなさにあきれながらユウトはレナとヨーレンに合流する。ユウトに気づいたセブルはレナからさっとユウトに飛び移った。

「レナ。その、大丈夫か?」

 ユウトはぎこちなくレナに声を掛ける。

「うん、まぁなんとかね。まだ飲み込み切れてないけど、焦らないようにするつもり」
「そうか。オレからできることは少ないだろうけど、何でも言ってくれ」
「私もだ。君には元気でいてもらいたい」

 ユウトとヨーレンの言葉を聞いてレナはにっと笑顔になって「ありがとう」と言うとユウトの肩で擬態したセブルに視線を送る。セブルはラトムに濡れた毛を簡単に乾かしてもらいながら意味の乗らないただの鳴き声で「なぅ」と短く鳴いた。

 そして三人は準備を整え先行するガラルドとジヴァを追う。森の中を足早に駆け抜けると出口でガラルドとジヴァが待っていた。ユウトは遠目に二人は何か話しをしているような気がしたが三人が近づくとやめてしまう。三人が合流するとガラルドは何も語らず来た道を戻り始めた。

 ガラルドを先頭に一列に並んで進む。最後尾はジヴァで足音も聞こえない。街道に出ると雨の中、大工房に向かって荷馬車が若干の渋滞を起こしていた。それはユウト達が近づく間に反対車線が解放されたのか一気に解消する。ユウトから遠目に見て二本の大柱の根元にはまだ兵たちの姿が多く見えた。

 ヴァルを目の前にして警戒していた時と比べ少なくなったとは言えその様子に威圧感をユウトは感じる。そしてその最前列にはマレイが立っているのが見えた。

 そうしてユウト達は大工房へと帰り着く。兵士たちは異様な雰囲気を漂わせるジヴァに対して警戒したがマレイの指示でその警戒は解かれた。

 しかしマレイは大工房に入ろうとしたジヴァに待ったをかける。マレイとジヴァの見た目が対照的な二人は真正面に向かい合った。

「どういうつもりだナールジヴァート。わざわざここまで出向くなんてまた何かの悪だくみか?」

 マレイは面倒そうに警戒心で張り詰めた緊張感を持ってジヴァに語り掛ける。

「元気そうでなによりだね、マレインヤー。久々に会えてうれしいよ。久方ぶりに若返りの法を使ったことだし、日ごろ世話になっている大工房の諸君に顔を見せておきたくてね」

 ジヴァは清々しいほどの純粋な微笑みで語る。普段見ているジヴァの無邪気な悪意の笑顔との差にユウトは恐ろしさを覚えた。

「はぁ。まったく。大人しくしていてくれよ。面倒は避けたいんだ」

 大きくため息をついて片手で頭を抱えながらマレイはしぶしぶといった様子でジヴァに道を空ける。ジヴァはにこやかにマレイの前を横切りながら「ありがとう。工房長さん」と言いながらら軽く頭を下げた。

 歩みを進めるジヴァに集まっていた兵士たちは見えない壁があるかのように道を空けユウト達もそれに続いて二本の大柱を通りすぎる。一時ほどの強い雨脚は弱まり雲の黒さは薄れつつあった。ユウトは歩きながらこれからのことをふと考える。ガラルドはまだロードの取引に対して明確な答えを出していなかった。しかし別れ際のガラルドの警戒心が薄まった様子を思いだしながらなんどかなるのではないかと根拠のない想像する。

 縦に長い広場の中ほどに達したとき、ガラルドが歩みを止める。そしてガラルドには珍しい大声で叫んだ。

「ユウト!話がある!」

 その声に乗せられた緊張と殺意にユウトは背筋が凍りつくような衝撃を受け足を止める。あまりに突然の変化で思考が硬直しながらゆっくりと後ろへ振り返った。

 尋常でない雰囲気はすぐにガラルドを中心に周りの人にも伝わる。レナやヨーレン、マレイに兵士たちも一斉に距離を取って向き合うユウトとガラルドに注目した。

「ガラルド。どういうことなんだ」

 殺気を感じ取ったユウトはその理由がとにかく確認したい。ユウトの頭の中はこれまでに何を間違ってしまったのかとその原因を探してフル回転で検証していた。

 そんな動揺を隠せないユウトの様子をガラルドは気にも留めない。どこまでも冷静に落ち着いた重たい声でユウトに語り掛けた。

「俺と、決闘をしろ」

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