第1話「鈴の行方⑥」
水天宮につく頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
そして、境内には人影があった。
「スイ、テン、どこに行ってたの?」
心配した顔で待ってたのは、ミズハだった。いつもは暗くなる前に帰ってくる2匹が、なかなか帰ってこないものだから、心配して外で待っていたようだ。
ミズハの心配をよそに、テンは、ミズハから目をそらす。しかし、超がつく天然のミズハでも、いつもとは違うその態度を見逃すことはなかった。
「テン、どうしたの?何かあったの?」
スイは、おろおろするばかり。
困ったテンは、とうとう泣き出して、ミズハに謝った。
「ミズハ~、ごめんなさい、鈴、どっかいっちゃったぁ…」
うわーんと泣く狛犬に、ミズハは動じることなく、あらあら泣かないのなんて緊張感のない言葉をかける。そしてポケットから何かを取り出す。
「探してるのはこれかしら」
ちりん。
ミズハの手には、今日一日探していた鈴が乗っていた。
「え、なんで」
素っ頓狂な声を上げたのは、俺。スハラは、隣で頭にハテナをたくさん浮かべて言葉を失っている。
「これ!どこで!」
きょとんとしているテンに代わって、スイが聞く。
ミズハはのん気に、さっきそこで拾ったのよ~なんて笑っているが、スハラが俺たちを代表して疑問を口にした。
「ミズハ、鈴はどこで拾ったの?いつ…?」
「スハラも探してくれてたのね、ありがと~。これはついさっき拾ったのよ。帰ってこないな~って思ってうろうろしてたら、スイの台座の下で見つけたの」
その言葉に、俺たちは違和感を感じていた。
だって、そこは最初にしっかり探している。そして、間違いなく落ちていなかった。でも、誰もその疑問を口に出せない。
冷たい風が吹く。
「冷えてきたし、おうちに入りましょう、ね?」
俺たちの違和感を知ってか知らずか、ミズハは何事もなかったように笑っている。
俺は、気を取り直して、明るい声で2匹に依頼終了を告げた。
「よし、これで今日の依頼は終わりっ。俺たち、役に立たなかったようだけど…。テン、鈴、見つかってよかったな。また何かあったら、スハラや俺に声かけてよ」
そうだね、見つかってよかったねと俺に続けたスハラは、どうやらさっきの違和感を飲み込んだようだ。
スイとテンも、気を取り直して俺たちに向き合った。
「今日は、探してくれてありがとう」
「我らを助けてくれてありがとう」
俺とスハラは、またねと手を振って、2匹たちと別れた。
冷たい風は、まだ吹いていた。
※ ※
男が運河沿いで拾った鈴は、すぐに誰の物か見当がつくものだった。
あの女が連れている犬たちがつけているもの。
―――気に入らない。
そもそも男は、人間と仲良くすることに懐疑的だった。それに、自身の性格上、人と慣れあうのは性に合わない。
手の平の鈴を見つめ、いっそ運河に捨ててしまおうかと考える。だが。
―――あいつらを困らせても、面白くはない、か。
思案の末、ポケットに鈴を突っ込むと、男は、商店街に足を向ける。
しばらく歩くと、男は、男の足並みに合わせて、ちりんと音を立てる鈴の音に嫌気が差してくる。
辺りを見回しても、その辺に鈴を捨てられるような場所はない。
男は、小さく舌打ちをして、連れていた梟に鈴を持たせる。
そして、誰にも聞こえない声で何かを命じると、梟は音もなく飛び去って行った。