第1話「鈴の行方④」
もらったクッキーを食べながら、次に立ち寄った場所へ向かう。もちろん、どこか鈴が落ちていないか探しながら。
次に来たのは、昔は時計店を営んでいたという古い建物だった。
「ここで、我らはちょっとおしゃべりしていったんだ」
こんにちはと、勝手知ったる様子で中へ入っていく2匹に続いて、俺とスハラも入っていく。
「スイ、テン、朝ぶりだね」
迎えてくれたのは、店主のオルガ。音楽家でもある彼女は、この時計店だった建物の付喪神だ。
2匹と一緒にいる俺とスハラを見て、何か事情を察したオルガはどうしたの?と聞いてくれるが、事情を聞いても、首をひねるだけだった。
「鈴は落ちてなかったし、ここに来た時、2人とも鈴はついていたわ」
よく覚えてるねと俺が言うと、オルガは当たり前というような笑顔で返してくれる。
「記憶力もあるけど、耳は良いほうだから」
さすが音楽家。音に関しては自信があるというオルガは、念のためと言って、奥にいる誰かに声をかける。
「朝、鈴付けてたよね?」
あぁと、気のない返事をして現れたのは、時計店には似つかわしくない、怖い顔をした青年、サワさんだった。
サワもいたんだというスハラに、サワさんはちょっと睨んだような眼を向ける。
「いたら悪いかよ」
「いや、相変わらず入り浸ってんだなーと思って」
スハラが言うとおり、サワさんは、よくこの時計店にいる。
サワさん自身は、旧澁澤倉庫っていう、あの澁澤栄一ゆかりの倉庫の付喪神なんだけど、どういうわけか、日中はほとんどここにいる。
何か理由があるらしいけど、サワさんって見た目もなんかちょっと怖いし、キレるとなおさらめちゃくちゃ怖いから、俺は訊けないまま今に至る。
「サワも鈴、見なかったんだね?」
サワさんの冷たい目を無視して話を続けるスハラに、サワさんは見てないし、お前らちゃんと鈴してたぞと、スイとテンの頭をわしゃわしゃとなでる。
なでられて2匹は気持ちよさそうに目を細めるが、そこで和んでいる場合ではないはずだ。
「ここでもないなら、次探さなきゃな」
つぶやく俺に、サワさんが2匹をなで続けながら言う。
「ミズハからもらった鈴だろ。ミズハに言えばすぐ見つかんじゃねーの」
ミズハは、そういう「気配」に敏感だ。だから確かに、頼めばすぐ見つけられるかもしれない。しかし。
「いやだ、ミズハには失くしたなんて言えない」
テンは、今日何度目かの泣きそうな声で言う。
「我らは自分たちで探すんだ」
スイも、テンを庇うように言うと、サワさんは、そっかと言って立ち上がった。
「今日は風の音がなんか変だ。お前ら、気をつけろよ」
オルガとはちょっと違う意味で、「耳」のいいサワさんからの忠告。
俺たちは、時計店を後にした。