第6話Part.2~悪趣味な部屋~
俺が男を引き込んだ詰所の中は凄惨だった。そこらじゅうが血だらけ。詰所で待機していたであろう男の死骸が2体転がっている。だがこの死骸を見ることでこの研究所にアイシスが潜入したと確信した。
男たちの死骸が明らかに昨日のアイリスが行った拷問と似た特徴が出ていたからだ。さすがに時間が無かった故にあの男よりはマシだが、やはり下腹部がズタズタにされている。
「さて聞きたいことがある」
「な、なんなんだよお前は!」
「俺に許可なく口を開くな。頭まで筋肉で状況も分からねえのか?あ?」
俺は喋れないように男の口を押えていたが、それを離してやりロクに動けなくなっている男の身体を床に捨てる。急に身体を貫かれて麻痺させられて、挙句には聞きたいことがあると言われたこの男は俺に怯えた表情を見せながら悲痛な叫びをぶつけてきた。
だがそれが癇に障り、俺は男の腹に蹴りを一発。更に凄みながら蹴りを何発も入れてやり、自分の許可なく話すことを禁じた。
「居住棟に侵入者という知らせは受けたか?」
「し、知らない……ウグッ。ほ、本当に知らない」
「居住棟の警戒体制は?」
「み、見張りはた、立ってなかったが……昨日1人死んで見回りが出ている」
何度か身体を痛めつけてやれば男はすぐに情報を吐いた。だが少し厄介な事になっているようだ。俺やアイシスとは関係のない所で殺人が起こっていたようで、居住棟の見張り体制が強化されてしまったらしい。おそらく昨日の男がやったのだろう。まったく迷惑な事をしてくれたものだ。
研究棟の方の警戒体制の方は本当に知らないようだ。何度痛めつけてみても分からないの一点張り。
結局のところ詳しい事はほとんど知らないようで見回りが何人なのかなどという話は聞きだすことができなかった。
「あとはこのナザリーとはなんだ?何か栽培でもしているのか?」
「ナザリーは……この研究所の癒しの場所だ。女が用意されていて、それを抱く。新たな能力者誕生も兼ねているらしい」
「それで『苗床』か。悪趣味極まりねえな」
「お、俺は滅多に行けねえんだ。大体上位の能力者が枠持って行っちまう……」
「関係ねえな。お前らは同類だ」
あとは5階全域のナザリーという部屋。苗床という意味は分かったのだが、屋内で作物を育てるなど聞いたことが無かった。何かヒントになるかもしれないと思って尋ねてみたが、男の話によるとまったく悪趣味の極致といった部屋だった。
だがこういった部屋なら警戒はあまり厳重にはされていない可能性が高いし、上から侵入できる者は限られてくるので、下の方が警備が厳重とも考えられる。俺は男の話を聞いて5階から攻める事を決めた。
「よく分かった。情報ご苦労」
「こ、これだけ喋ったんだから助けてくれるよな……?」
「あぁ。いいだろう」
「よ、よかっ……グフッ」
「せめてもの情けに身体だけは残してやる。来世にでも期待するんだな」
俺はこれ以上の情報は得られないと判断して、この男を始末した。スキルの筋力強化は是非とも手に入れておきたいスキルだったし、このまま生かしておいて俺の情報を漏らされても厄介だった。もう既にこの部屋はこれだけ死骸が転がっている。今更1つ増えたところで大した違いも無い。
俺は男を始末した後、地図や見張りの時間表や体制の書かれた紙などがあるかもしれないと考えて詰所内を捜索してみたが、そういったものは見つからなかった。しかし短剣や能力者の着ている服などは見つけた。
今から研究所内部に入るので、通常の片手剣より短剣の方が隠しやすいし小回りも利きやすい。あと服を見つけられたのもよかった。
今着ているのは無能者が着せられていた服。森に廃棄された無能者と無能者狩りを行う能力者と区別がつくように着せられた服だった。
今現在研究所で暮らしている能力者は約300名。俺が奪った完全記憶のスキルでも無ければ全員の顔を覚えているということはさすがにあり得ない。この服を着れば居住棟の能力者に発見されても多少の迷彩にはなるだろう。
俺はこの服に着替えて居住棟に侵入することを決めた。
俺は今まで着ていた無能者の服を脱ぐ。今までずっと森で行動していたので服はかなり汚れていた。こちらの服は洗濯をしたばかりのようで綺麗なものだった。久しぶりに身に纏う清潔な服。
俺たちは当然こんなものは与えられず、コイツらに狩られるのを待つのみだった。そう思うと腹が立つ。八つ当たりに死骸を蹴飛ばしてやろうと思ったが、血が跳ねて服に付くかもしれないのでやめた。
侵入する準備は整った。これ以上詰所に居る意味も無いのでドアを開けて外に出た。
居住棟は1階の左端が入り口となっており、そこから真っ直ぐ進むと建物の中間に階段が作られている。そしてそこから更に真っ直ぐ進み右端にまで到達するとそこには小さな窓がある。
右側から外を見るにはその窓しかない。居住棟の部屋は通路を挟んで左右に部屋が作られており、入り口から見て左側の部屋は窓が1つもない。そして右側の部屋は正門が見える窓しかないので、居住棟右端、そして左側の部屋がある外壁辺りに居れば居住棟の中から俺の姿はほぼ見えない。
研究棟も窓は備え付けられておらず、ここに居れば誰か外に出ない限りは誰にも見つかることは無い。
俺は居住棟の右側面に立って上を見上げる。居住棟は研究所の外壁や研究所が立っている崖よりも高い建造物となっている。明確にイメージできる場所なら遠くとも問題なく跳べるテレポーテーションだが、イメージできず見て跳ぶとなれば跳べる距離は俺の視力にも左右される。
下や横なら見えやすいのでまだもう少し距離を伸ばせるが、上となると少し難しい。俺はどうなっても対応できるように準備しながら居住棟上部を見ながらイメージをする。
跳んだ!跳んだがやはり上に着地できるほどは跳べなかった。あと少しのところまでは跳んだので、俺は外壁上部を掴む。そしてそこからよじ登る。居住棟には屋上があったようで、木製の柵が備え付けられている。高さは俺の腰くらいまでなので柵は容易に乗り越えられた。
屋上はほとんど何もないが、大きな箱状の物が2つ建てられている。この箱の上部側面には大きな穴が空けられている。この穴は落下防止のためか金属で作られた格子状の柵で塞がれていた。これはおそらく通気口なのだろう。部屋の構造からしてあまり換気ができなさそうなので大きめの通気口が作られたのだろう。
俺はこの通気口や屋上の様子をしっかりと覚えてから、居住棟内部へ至る入り口を見つけた。木製の蓋で塞がれている。片側を上に持ち上げ、半円を描くように動かす蓋のようだ。これは下から動かせるように軽めの素材で作られている。蓋を開くと梯子が見えた。俺はこの梯子を下りて居住棟内部へ潜入する。