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第5話Part.3~無謀な専行~

「アムロス。」
「眠れたか?」
「少しは。」
「そうか。」

 見張りを始めてからどれくらい経ったかという頃にアイシスが起きてきて俺に声を掛けてきた。見張りを交代してくれるようだ。
 あの出来事から彼女は少し疲れ気味のように見えた。いや、会った頃から元々疲れた顔だったが、あの時よりも更にそうだ。
 彼女の目元のクマが更に濃くなって目が窪んでいるように見え、彼女の肌にもハリが無くなっている。そしてほとんど梳いていない髪は毛先がバラバラになっていて、更に不揃いな髪が余計に疲れ切っているように見えた。

 見た目的にもそうなのだが精神的にも明らかに疲弊している。まあ無理もない。あの男にしたことは、彼女自身望んでやったこととはいえあまりに凄惨。行っている時はまだいい。感情が昂っていて感覚も麻痺したようになっているから。だがそれが終わった後、冷静になった時にはその全てが跳ね返るのだ。
 罪悪感や相手の苦しむ顔や叫び声、痛めつけている時の肉の感触。彼女は男に対して行った事を何とも思わずにいられる精神構造にないしそれを愉しむ趣味も無いのだろう。故に全てが自身の精神を蝕んでいる。

「見張り、代わるわ。あなたも休んで。」
「分かった。だが無理はするなよ。」
「ええ、分かってる。」

 アイシスに促され、自分も休みを取ることにした。俺もずっと気を張っていたのでかなりの疲労があった故、身体を横にするとすぐに眠気が襲った。俺は眠気に身を委ねて眠りに落ちる。
 どれくらい眠ったのだろうか?俺はその中で夢を見た。俺が居たのはこの昼でもほとんど光の届かぬ暗い森ではない、暖かな陽光が降り注ぐ大地に立っていた。
 勉強で読んだ本でしか知らない世界。だがもうすぐだ。もうすぐあの暖かな日の下に出られる。その前にあの研究所を滅ぼす。俺のような生き物を生み出してゴミのように捨てた奴等を許すわけにはいかない。
 俺の隣にはアイシスの姿もあった。彼女は外の世界についてどう思っているのか、それは聞いたことがないが、もし彼女が望むなら共に外へ脱出したい。

「アイシス。すまない。」

 俺は身体を起き上がらせて彼女が見張っている場所に向かって長い間眠ってしまっていたことを声を謝った。だが彼女の気配がない。俺はもう一度彼女の名前を呼んだが応答がない。俺は立ち上がって彼女が見張っていたはずの位置へと行く。だが彼女の姿がない。

「アイシス!」

 俺は思わず大声で彼女の名を叫んだ。だが彼女からの反応はなかった。まさかどこかへ連れ去られたのか?いや、それなら俺も見つかっていてこうして呑気に眠りこけてなどいられなかったはずだ。
 それなら彼女自身が動いた?水でも汲みに行ったのか?だが水は少し歩けば汲める。俺の大声に全く反応を示さないのは妙だ。
 俺は少し彼女が戻ってくるのを待ちながら見張り場所を調べる。荷物などはほとんど無いのだが数少ない荷物である木製の水筒や彼女が昨日あの男を痛めつけるのに使用したベルトなどは残されている。それに特に争ったような跡はない。
 だが無くなっているものがあることに気づく。昨日あの男に持ってこさせた地図と森で拾った短剣。

「まさか……。」

 俺の口から自然と言葉が出てきていた。彼女は妹を助けたいと常々言っていた。俺が静止していたがそれに対して不満気な様子を見せていたのも覚えている。
 そしてあの男が地図を持ってきた。男曰くあの地図は研究所内の居住棟だということだが、居住棟の3階から研究棟へ行ける渡り廊下があった。おそらく彼女はその地図を見て居住棟から研究所へ行って妹を救おうと考えたのだろう。

 研究棟内部はほとんど分からない状態、おそらく警備も厳重なはずで彼女1人で、いや俺が居たとしても無謀な行動。今から俺が行ったところでどうにもならないかもしれない。
 だが俺は彼女を放っておけなかった。俺は森で拾ったボロボロの片手剣を帯びてテレポートする。今俺が行けるところで研究所に1番近いのは昨日10人の能力者達を同士討ちさせたあの場所。

 俺はテレポートで場所を移動した後、研究所へ向かって駆ける。こんな場所で敵に見つかるわけにはいかない。俺は切り拓かれた道から逸れながら研究所への道を進む。
 この辺りからは研究所の建物がずっと見えているので見失うことなく研究所が建てられている崖にとりつくことができた。

 俺は崖を見上げる。すぐ近くに見える場所ならそこに足を踏み入れていなくとも飛ぶことができるため、俺は念じて崖の上までテレポートする。ここは研究所の裏手の崖のようだ。
 そして研究所は高い石壁に覆われている。この石壁は白色の何かが塗り込まれており凹凸がほとんど無いため何か道具でもなければよじ登ることができない。それ故かこの裏手には見張りが立っておらず、見張り塔のようなものも建っていない。
 だがテレポーテーションのスキルならばあの壁の上にもテレポートできる。問題はこの壁越しの場所に何者かが居ないとも限らない事。しかし見つかったところですぐにテレポートして逃げればいい。逆に陽動になっていいかもしれない。俺はそう思って壁の上にテレポートした。

 壁の上に飛ぶと、ここは建物と建物の間の場所だった。おそらく研究棟と居住棟だろう。内部の人間は今のところ視界に入らない。上から様子を窺えればと思ったのだが、棟の裏口はないようだし窓も無い。ここで見ていても仕方がないので俺は再びテレポートで研究所内部へと降り立った。

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