本音
「お前がゴブリンかどうかをこれまで考えていた。それはジヴァがどう判断するか、大工房がどう判断するかは関係ない。
俺はあの洞窟で判断が出来なかった。何かを躊躇した。その何かの答えを探すために大工房へ一度立ち寄ることをレイノスに提案した」
感情の見えない言葉を淡々と述べるガラルドには緊張感が漂う。
「それで、結論はでたのか」
ユウトはその緊張感に耐え切れず答えをせかした。
「まだだ。お前は確実にゴブリンだ。しかしお前の行動とその結果がゴブリンであることを否定し続ける。
新たな疑問も生まれた。大石橋での魔物との戦闘への介入はお前に無関係とは思えない。野営地を襲った魔物も同様だ。俺が把握していないところで状況が動いている。それも大きく」
「あの首が消えたというゴブリンにも関係があるということか?」
「無関係ではないだろう。これまでの経緯は報告書にまとめて王都のレイノスへ送った。その返答を見てお前の今後を決めても遅くはない。
聞きたいことはそれで全てか?」
「えっ?ああ、そうだな」
ガラルドの話しを理解しようと努めていたユウトはガラルドにせかされつい肯定する返事を返してしまう。
「ならお前は帰ってマレイの手伝いをやっておけ。もう皆お前を戦力として無視できない。魔物との戦いに引っ張りだされることもある。鍛えられるときに鍛えておけ」
ガラルドはそう言うとユウトの返事も聞かずに振り返って歩きだし、地面の痕跡を探しながら進んでいく。呆気に取られたユウトはガラルドと会話を続ける間を完全に失ってしまった。
「しまったなぁ。強引に話しを断ち切られてしまった」
進み続けるガラルドを追いかけてさらに何かを聞く気持ちを折られユウトは呆れるように頭を抑える。これまでの様子を見ていたセブルがユウトへ話しかけてきた。
「あの人、普段何も口を挟みませんがいろいろ考えていたんですね」
「そうだな。これまでの道中でもずっとオレの様子を観察していたのかもしれない」
ユウトも振り返りここまで来た道を戻り始める。
「あの人とは何があったんスか?ただ事じゃなかったみたいっスけど」
ラトムもこれまでの会話を聞いてユウトに質問を投げかけた。
「あーそっか。二人は知らないよな。
オレは目が覚めるとこのゴブリンの身体になっていた。それでそのことに気づいていなかったオレは手ごわいゴブリンの長と一騎打ちしていたガラルドに協力したんだ。そのゴブリンを倒した後、ガラルドはオレを殺そうとはしたけど途中でやめた。逆にガラルドの協力があってゴブリンの身体のオレはいろいろ枷はあるけど生きている」
踏み倒された草の道をユウトは歩きながら語る。
「それでユウトさんはガラルドがどう考えているのかが気になるんですね。一度命を救われていたんですか。魔術枷で命を握られているからだとばかり思ってました」
「でもガラルドも結構悩んでるみたいっスね」
ユウトにセブルとラトムは感想を答える。
「オレも普段何も語らないからガラルドがあんな風に考えているとは思わなかったよ。オレ自身もオレが一体何者なのか正直よくわからない。今思えばジヴァは何か知っていたかもしれないがあの時は落ち着いて考えられる状況じゃなかったし」
ユウトはジヴァと向き合った時のことを思い出して軽く自嘲するように笑った。
「あのぉ。せっかくの機会なので一つ聞いておきたのですが、いいですか?」
セブルはかしこまっておそるおそるユウトに声を掛けた。
「いいよセブル。何?」
ユウトはセブルのこれまでにない慎重な声色が気になり身に着けたセブルの漆黒の毛を見る。
「ユウトさんって本当のところ何者なのでしょうか?」
思わずユウトはぎくりとして背筋が延びる。
「ボクはユウトさんがゴブリンか人かはどちらでも構いません。でもその正体がわからないとこの先、もし何か起こった時に役に立ちたくてもできなかったり、足を引っ張ってしまうかもしれません。ボクはそれが嫌なんです」
「オ、オイラも!オイラもそうっス!引っ張りたくないっス!」
セブルの質問にラトムも続き、その様子は懐疑ではなく懇願するようにユウトには感じられ、ユウトはどこか申し訳なく感じてしまった。
「そうだな。オレも二人にガラルドのように何も語ってこなかった。正直に話そう」
ユウトは歩きながら一度目を閉じまだ冷たい朝の空気を吸って一考し大きく息を吐いた。
「ゴブリンの身体で目を覚ます前、オレはこことは全く別の世界の別の人間として生きていた。信じられないかもしれないけど確かにそうだった。その世界は魔物も魔力も存在しない。全く別の文明の世界で生活していたんだ。
だから本当に厳密に言えばオレはこの世界で本当に人であると言えるのか怪しい。元いた世界の姿が最も人に似ていただけなのかもしれない。魔力っていうものがない世界だから。
でもこの世界で目を覚まして殺されるかもしれないと感じた時、その時オレはただただまだ生きたい、生き延びたいという衝動に突き動かされた。今でもその時の感覚が強く身体に染みついていると感じらる」