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帰路

「さて、これでユウトの用はすんだね。ヨーレン、次はお前さんの方だよ」

 扉から一歩出たところにいつの間にかジヴァが立ってる。ジヴァの方に目を移したヨーレンは驚いて硬直しているようにユウトには見えた。硬直の理由がジヴァの見違えるほど変わった姿なのか矛先が自身へ向いたからなのはわからない。ただすぐにヨーレンの硬直した表情は緊張しつつも身構えたものへと変化した。

「そろそろ指輪を外してもいいころだ。長年着けていた分その反動は重いだろうが、まぁ大丈夫だろう。ユウトはその身体の特性をねじ伏せて耐えたんだからな。お前さんにもできるはずだよ」

 ジヴァの言葉を聞いてヨーレンはユウトを見る。どこか納得したような表情だった。

「そうだったのか。すまなかったユウト。私の想像力不足だ。かなり苦しんだことだろう。
 確かにこの鈍さは指輪の影響もあるかもしれないね」

 ジヴァはまた意地悪そうな笑みを浮かべているのをユウトは視界の隅で見る。指輪を外す行為がどれほど困難なことなのかということを改めて考えさせられた。

 ヨーレンの表情は緊張から覚悟へと変わり、つい一時前までのユウトのように指にはめられた指輪を凝視する。そしてもう片方の手でつかみゆっくりと指輪から指を抜いた。ヨーレンはうつむき口を手で覆う。その様子はどこか戸惑っているようにもユウトには見えた。

「それで魔力の流れは幾分掴みやすくなるだろう。慣れるまではしばらくかかるだろうがそれも修行のうちだよ。指輪は私が預かっておこう」

 ジヴァはそういって手を差し出す。ヨーレンは返事をすることなくジヴァへ近寄りその手に指輪を渡した。

「よし、話は以上だよ。皆帰りな。それとも昼ごはんでも食べていくかい?」
「いや・・・遠慮しとくよ。今日は疲れた。もう帰るよ」

 話すことが難しそうなヨーレンに変わってユウトがジヴァに答える。ユウトもジヴァを目の前にすれば身体が疼くものの最初の衝撃に比べれば多少慣れてきていた。取り乱しはしないものの師匠の返答にも困る様子のヨーレンが自身と同じような体験を今していると思うとユウトにはヨーレンが不憫に思う。崩壊塔の上でマレイがヨーレンに言っていたことの意味がわかった気がした。

 ユウトとヨーレンはジヴァに背を向け、帰り始める。庭の入口まで来てユウトは振り返ると遠くに見える家の入口にたたずむジヴァが片手を掲げた。それに呼応するように庭のあちらこちらで作業をしていた人形たちも一斉に手を止めユウトへ向くとそれぞれが腕を伸ばして振り出した。

 ユウトもそれにつられぎこちなく手を振る。そして来た道を辿りヨーレンの様子を気にしながら森へと入った。

 森は明るい。やってきた時と比べて日が高く昇ったせいか地を照らす日の光が強くユウトには感じられる。魔女の家を後にしてしばらく経ちヨーレンの調子は良くなっているように見えた。ユウトもジヴァの姿と香りが遠のきずいぶんと楽になっていると自覚している。視線が上がり足取りも確かになったヨーレンはユウトに語り始めた。

「気を使わせてしまってすまない。かなり楽になったよ」
「よかった。それほど指輪を外した反動ってあるものなのか?」

 ユウトの女性に対しての過剰な反応はゴブリン特有のものだと思っている。この世界において指輪を外すことで起きる反動というのがヨーレンのように激しいものなのかと意外に感じていた。

「いや、普通の人はこれほどではないと思うよ。一つは師匠のせい、もう一つは私自身の特質のせいかな」
「え、そうなんだ。よかったら教えてくれないか」

 二人は緑に輝く森を歩きながら話し続ける。

「師匠はかなりの長い時間を生きている。最初に見た老婆の姿以上にね。ああして時より身体を若返らせいるんだよ。私も初めて見た。その様子を見たのならユウトはかなり稀な体験をしたね」

 ユウトはその時のことを思い出すとまったくありがたみはなく複雑な面持ちになる。

「おそらく代謝を超活性させていると予想するけど、そのときの魔力の残滓か何かの物質が大量に排出されていたんだと思う。次に会うときはそれは落ち着いているんじゃないかな」

 これまでに感じたことのない強烈な反応の原因がわかってユウトは少し安心できた。

「そうか。ならオレも次はもう少し落ち着いて話ができるかもしれないな」
「そうだね。それをわかっててやってるから師匠は人から嫌がられるんだよ、まったく」

 ヨーレンが悪態をつくところをユウトは初めて見た気がする。ヨーレンは言葉を続けた。

「もう一つの私の特質。それは魔力量が多すぎるんだ。
 過剰な魔力量はその代償を何かしら負うことになるんだけど、私は著しく身体の成長に影響が出た。それで主に魔力を消費するという意味で特別な指輪をしていたんだ。
 もう体も成長しきったことだし、いつ外しても問題はなかったのだけど、かなり長い間身に着けていて外すのが怖くなっていたのかもしれない。案の定、指輪を取ることで魔力感覚が一気に高まって魔力酔いを起こしてしまった」

 そう話すヨーレンはこれまでとどこか違って明るくなったようにユウトは感じる。その変化にセブルも気づいたようでユウトに話しかけた。

「なんだか明るくなりましたね。前はどっか沈んだ感じだったのに」
「うん、たぶん指輪を外した反動で少し高揚していると思うよ。これからしばらく指輪任せだった自制の感覚を鍛えないといけないね。ユウトを見習わないと」
「えっ?」

 ユウトもセブルもヨーレンの反応に驚く。これまで聞こえなかったセブルの声に割り込んで返事を返していた。 

「あ、ようやく話せたねセブル。かなり魔力感覚が戻ってきてるみたいだ」
「じゃあオイラの言ってることもわかるっスか?」

 ユウトの肩に乗るラトムもヨーレンに声を掛ける。

「ああ。わかるよラトム。せっかくならジェスとの会話を聞いてみたかったよ。あの時どんな話をしていたんだい?」
「あの時はっスねぇ・・・」
「ちょっと!余計なこと言わないでよラトム!」

 セブルが慌てて話しに割り込み賑やかな二人と二匹は魔女の森を進み続けた。

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