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7.エビセン視点:電ボの思惑

 帰宅した時には、一階の店舗は閉まっていた。
 と言っても今日は早仕舞いをしたのではなく、東雲サンお得意の突発店休日で、午前中から天宮と中師はデートに出掛けていて、しかもそのデートのきっかけを作ったのは後生楽の電ボことコグマだ。
 俺は自室に戻り、ペントハウスには行かなかった。
 中師が居ないのに、ペントハウスに顔を出す気にならなかったからだ。
 コグマが無意識のタカリでペントハウスに日参しても平気なのと同じように、中師の不在時に俺が顔を出しても東雲サンは機嫌よく出迎えてくれるだろうし、中師が居なくても東雲サンに繋ぎを付けておくのも、作戦の一つと言えなくもない。
 だがそんな根回しをする気分でもないし、そもそも一人で気ままに飯を食うのも決して嫌いじゃない。
 問題は、天宮が中師とデートに行っているってところだけだ。
 ペントハウスほどではないが、自室のキッチンもかなり使い勝手は良い。
 赤ビルをリフォームする際に、きっと東雲サンは自分の趣味で各部屋のキッチンも使い勝手を重視したシステムキッチンを選んだんだろうな…と想像出来る。
 先に風呂の準備をしてから、俺はキッチンで夕食の支度に取り掛かった。
 帰宅途中に購入してきた手羽先に下味を付けて、片栗粉をまぶし唐揚げにする。
 同じ油でなすも素揚げにして、作り置きしてある数種類のタレからそれぞれに合わせた物を選んで絡めたところで、味が馴染むまでの待ち時間を、先に沸かしておいた風呂に入る事で潰し、ダイニングテーブルに料理を運んだところで、最後にショウガのすりおろしを乗せた冷奴を加えて夕食を完成させた。
 一人だし、少々気分が苛立っていたのもあったので、俺は冷蔵庫に入っていたコグマの買い置きと思われる発泡酒を一本拝借した。
 コグマは自分アピールが激しく、自分の頭上に火の粉が降りかかる時は大騒ぎをするが、元来は無精な男なので、冷蔵庫の中のビールがいきなり全部無くなったとかじゃなければ減ったことにも気付かないだろう。
 本当は買い物をしている時にビールを買ってこようかと思ったのだが、年齢確認なんかされたら面倒な事になるし、くだらないトラブルでバカ親父を呼び出されるような事態になるのなんて真っ平だ。
 グラスに発泡酒を注いだら、空き缶は先にさっさとゴミ箱に放り込み、俺はちょっと時間は早いが食事を始めた。
 だが、俺がメシを食っている途中で玄関が開閉する音がした。
 デートを自慢げに語っていた天宮は、夕食まで済ませて来ると言っていたから、コグマが帰宅したわけじゃないだろう…と思ったのに、聞こえてきた声はまさしくコグマのものだ。
 まさか途中で二手に分かれて、オトナのデートコースになったのか! と一瞬の不安が過ったが、よく聞くとコグマに混じって天宮と中師の声も聞こえたので、どうやら一同早めに撤収してきたらしい。
 様子を伺っていると、案の定コグマの足音は真っ直ぐこちらに向かってくる。
 俺とコグマでシェアしているメゾンの間取りは、居室が三部屋にLDKが付いている。
 コグマは自室に真ん中の部屋を使っていて、俺に道路側の部屋とバルコニー付きの部屋のどちらかを使えと言ってきた。
 なぜコグマが一番玄関に近いバルコニー付きの部屋を使っていないのか、最初は不思議に思ったが、単にその部屋はバルコニーの分、他の二部屋よりちょっとだけ狭いので、コグマ的に広くて玄関に近い真ん中の部屋を選んだのだろうと察しが付いた。
 なので俺は出入りに近いバルコニー付きの部屋を選んだのだが、実は現在のコグマは自室を寝る時にしか使ってない。
 というのも、俺がLDKに持ち込んだソファを拠点に、リビングに巣を作ってしまっていて、部屋にいる時間の殆どをそこで過ごしているからだ。
 だから帰ってきたところで、自室に行かずに俺が飯を食っているLDKに真っ先に入ってきたのだ。

「よ〜う、楽しかったかあ〜、ダブルデート!」

 LDKに入ってきたコグマに、俺は思いっきりわざとらしく声を掛けた。

「よしてくれよ。今日は海老坂クンにまで、追い打ちをかけられたくないよ」

 今朝は初デートに浮かれて、足が床から数センチ浮いていたのに、コグマの返事のテンションがダダ下がっている。
 だが、デートの結果がどうあれ、俺を差し置いて天宮と中師のデートを取り持ったコグマに俺は腹を立てていた。

「何言ってんだこの野郎。同居人の俺を差し置いて、俺の天敵の天宮なんかとダブルデート企画なんかしやがった、裏切りモンのクセに」
「ダブルデートなんて! 聖一サンは敬一クンとばかり話をしてて、僕はまるで聖一サンと敬一クンのデートに付き合わされたような気がしてるよ!」

 コグマのことだけならどうでもよかったが、中師の絡んだ話ならば何があったのかきちんと聞いておかねばと思い直し、ピンハネした発泡酒の借り返しも兼ねて、俺はコグマをテーブルに招いた。

「なんだよそりゃ? 聞き捨てならない話だな。その様子だとメシはまだ食ってないんだろが。特別に唐揚げ分けてやるから、食いながら話してみろ」

 俺が話を聞いてやるって姿勢を見せたら、自分語りの激しい男は簡単に釣れて、着替えもせずに向かい側に座ると、デートの詳細と言うか愚痴を垂れ流した。

「最初から気になってたんだけど、聖一サンは敬一クンのことだけ名前呼びしてるんだよね。それに何かあると、必ず敬一クンに相談するし。今日なんかもう、ずっと敬一クンとばかりおしゃべりしてたんだ。聖一サンはやっぱり、敬一クンに気があるんじゃないかな」

 甘辛だれに漬け込んだ手羽先をパクパク食べつつ、自分で冷蔵庫から出してきた発泡酒の缶を二本ほど空けたところで、コグマはため息混じりに言った。

「いや、気なんか無ェだろ」

 俺が聞き出したかった情報は、コグマの愚痴の中の一割にも満たなくて、正直言ってわざわざこいつの話なんか聞くまでも無かったって気分になっていた俺は、そっけなく答えた。

「どうしてそう言い切れるんだい?」
「白砂さんが中師としゃべくりまくってたのは、ただオタクと天然の歯車が合ってただけで、どっちも相手を意識なんてしてねェよ。もしも白砂さんが中師に気があったとしたら、人前で名前呼びなんかするワケねェだろ。東雲さんがああいう調子だから、白砂サンも中師のコトを弟扱いで気さくにしてるだけじゃねーの」
「そうかなぁ?」
「それに中師が一緒でイマイチのデートだったなら、次は二人っきりで誘えばいいじゃねェか。一回目が不調だったからってクヨクヨすんなよ、英会話先生」
「そりゃそうなんだけど…」

 無断拝借の発泡酒への返礼と、情報を聞き出したい下心の合わせで、ギリギリ頑張って慰めの言葉を出してやったのだが、無自覚の自己中野郎の甘えはどこまでも増長してグズグズ言っている。
 俺より怖い幽霊事件の所為で下がったハードルが、更に発泡酒のアルコールで取っ払われたのもあるのだろうが、自分より年上のクソ面倒な男の愚痴など、これ以上聞きたくもない。

「ウゼぇなあ! これだから、惚れっぽいモテ男は嫌なんだよ」

 うんざりした顔を隠すのもやめて、俺は鬱陶しい相手への苛立ちをアピールしつつ、手羽先に噛み付いてやった。

「それどういう意味?」
「オマエは! そのガタイにそのご面相だから、そのテの輩が集まる場所にでも行きゃ、いつだって選り取り見取りだったんだろーが!」

 手に持った骨を鼻っ面に突きつけると、コグマは俺の苛立ちをよそに、それどころかややドヤ顔をした。

「そりゃあ、まあね」
「つまりオマエは! 好いた惚れたで努力したコトが無ェんだヨ! てか、本気になったコトも無ェんだろが!」

 俺の指摘に、ドヤ顔は鳩が豆鉄砲を食ったようなものに変わる。

「そんなコトはないよ! 僕だってモテるための努力をしてるし、それに白砂サンが好きだし!」
「だけどオマエが好きなのは、白砂サンのルックスなんだろ? それが悪いとは言わないさ、俺だって最初に中師に目が行ったのは、アイツのエロい身体や顔付きにグッと来たからだし。でもこんなにマジになってんのは、アイツの中身まで全部に惚れたからだ。でなきゃとっくに、他へ目移りしてるさ。オマエはどうだ? 白砂サンのオタク趣味やらコミュ障やらに合わせてまで、付き合いたいのか? そこんとこよーく考えたがいーぜ」

 すっかり面倒になったのと、適当に腹がくちくなったので、俺は持っていた骨をポイッと皿に放り出す。

「あ〜、食った食った」

 フウっと一息ついてから、俺は立ち上がって皿を流し台に運ぼうとした。
 すると気遣いが出来ない男が珍しく、自分から言った。

「いいよ、ごちそうしてもらったんだから、片付けは僕がするよ」

 コグマは、根は悪い奴じゃない。
 それはわかっているが、勝手気ままに生活してきた悪習慣からか、自己中で面倒なウザい男になっちまってる。
 そんな野郎の話をこれ以上聞くのは御免こうむりたいので、俺は逃げを決め込む事にした。

「んっか。じゃあ後はヨロシク。風呂は沸いてる。俺はもう使ったから、オマエ使ったら落としてくれ。俺はこれからレポートやるから声掛けてくんなよ」
「わかった」

 ガタガタと片付け始めたコグマを置いて、俺は自室に行った。

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