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3.甘食じゃなくてアマホク

 氷嚢を左目に当てて、俺はカフェの椅子を数脚、横に並べた上に横たわっている。
 イケメン王子をグーパンしようとしたシノさんを遮って、うっかり顔面でシノさんの拳を受け止めたからだ。
 俺の真隣にしゃがみこんだシノさんが、顔を覗き込んできた。

「ごめんなぁ」
「シノさんが暴力沙汰で、またショーゴさんとモメなくて良かったよ」

 ショーゴさんは俺とシノさんとは小学生の頃からの幼馴染なのだが、色々あって二人は犬猿の仲なもんだから、シノさんが暴力行為を働くと喜々として飛んで来るのだ。

「アマホク、何見てんの?」

 顔を上げたシノさんが、店内をグルグルと見て歩いていたイケメン王子こと、天宮北斗に声を掛ける。
 だがホクトは、それが自分への呼びかけとは全く気付いてないようで、店内の家具や食器を細かくチェックする作業を続けている。
 ホクトは、路地の奥にあるマンションに住んでいる天宮南氏の従兄弟で、ミナミの母親(ホクトの父の姉)に、ミナミの様子を見てきて欲しいと頼まれて、やって来たのだと言う。

「アマホクてばよ!」

 シノさんは立ち上がってホクトの肩を叩いた。

「えっ? あ、アマホクって、俺の事ですか?」
「アマミヤミナミがアマミーなら、アマミヤホクトはアマホクじゃろが」
「はあ…」
「そんで、アマホクはさっきから何を探してんの?」
「いえ、探してません。店の様子を見せてもらってるだけです。そちらが立て込んでいるようなので遠慮させてもらってたんですが、都合がつくようなら、こちらの詳しい経営状態を教えていただけませんか?」
「都合もなんも、帳簿管理してるケイちゃんが帰ってこないと、なんもワカランわい」
「経理担当の方はいつ頃お帰りになりますか?」
「ん〜、ガッコが終わるの何時頃かな、レン?」
「今日は夕方じゃないかな」
「夕方だってさ」
「学校? 学生が経理担当なんですか?」
「なんでそんな細かいコト訊いてくんだよ! アマホクはアマミーの様子見に来ただけなんじゃろが!」

 シノさんがイライラし始めたのは、経理とか帳簿とか、話に数字のニオイがしてきたからだが、シノさんの特殊事情を知らない相手は、もっと一般的な意味に受け取ったようだ。

「いきなり煩い詮索をしてしまってすみません。でも南が突然神楽坂に部屋を借りて、自分の部屋…大手町のマンションにまったく戻って来ない理由を訊いてくるよう、伯母に頼まれてるんです。だけど南と直接話そうとすると、凄く厄介だし、アイツずっと逃げてて…。伯母が言うには、南は突然カフェに出資をして、その近所に住み付いたので、出資内容とか経緯、現在の経営状態などを詳しく確認してきて欲しいと」

 いきなり ”オンボロカフェ” と呼ばれた事で気を悪くしていたシノさんだったが、ホクトの話に、思うところが出来たらしい。
 ふうんと、おとなしく頷いた。

「アマミーは、俺の顔が好きだってさ」
「…は?」

 ホクトが、首を傾げる。

「アマミーは最初、俺が表でキッシュ食ってたら、寄ってきたんだよ。イイニオイしてるけどドコで買ったの? って訊くから、奥の窯で俺が焼いたーつったら、イイニオイだからひと口分けてって言うんさ」
「じゃあそのひと口妖怪みたいのが、シノさんのストーカーなのっ?!」

 俺はようやく、その "アマミー" というのがシノさんの ”紫の薔薇の人” だと気付き、思わず跳ね起きてしまった。
 が、ただカフェの椅子を並べただけの上に仰向けになっていたのが、跳ね起きれば落ちるに決まってる。

「あだだだだだ…」
「なぁにやってんだよ! しっかりしろよ、ほら〜」

 手を貸してくれたシノさんとホクトに支えられて、俺は椅子に座り直した。

「南の奴、ストーキングなんかしてるんですか?」
「してねェよ。俺を口説きに来てるだけだよ」
「は?」
「だーから。アマミーは俺の焼いたキッシュを食って、この味ならカフェでも出せるし、自分も時々食べたいから、中古レコードなんか売るのやめてココでカフェをやりなって勧めてきたんじゃよ。でも俺は自分がレコードのコレクションするのに、中古ショップやってるほーが都合がイイから、やめるのはヤダつったんさ。そしたらアマミーが、中古屋はネット販売やって、店舗の端っちょに残すだけで充分で、カフェスペースをメインにした方がイイって言うんさ。でもBIGで儲けたあぶく銭はもー残ってナイから無理つったら、アマミーがカフェの資金は全額出資するっつって、店舗の改装全部やってくれたんよ。俺はこんな引っ込んだトコで店やって、儲からなくても知らねェよって、ちゃんと言ったんだぜ。でもアマミーは、俺の顔が可愛いから、カワイコチャンにお店を持たせてあげるだけって言ってた」
「じゃあシノさん! その、ミナミってヤツと浮気したのっ!」
「ンなこたぁしてねェつーの、しつけェなぁ! だいたい俺は最初に金を出すって言われた時は断ったの! アマミーはイケメンだし気前もイイけど、ああいう手合いは油断すっと盗撮とか監禁とか始めるタイプじゃもん、アブねェし! 俺はイケメンもお金も大好きだけど、自分が自由にしてらんないのヤだから!」
「ちょ、ちょっと待ってください。えっとオーナーさんは…」
「オーナーは俺! 名前は東雲柊一! こっちは社員のヘタレン! 覚えた?」
「え、ちょっと!」

 ぞんざいな紹介に苦情を挟もうとしたが、ホクトは俺の存在に興味が無かったらしく、スルーされた。

「あ、はい、了解です。じゃあ現状を簡単にまとめると、東雲さんのお店に南が勝手に出資している…って事ですか?」
「出資つっても、今ンとこ出してもらったのは改装費用だけじゃよ。そんでアマミーには出資者特別待遇で、キッシュの取り置きしてる」
「キッシュの取り置き? あの、偏食どころか冷食のグラタンしか食べない南がキッシュを?」
「俺のアマミー・スペシャルなら食うよ」
「ああっ! それってもしかして、いつも真っ黄色なの一台だけ焼いてるやつ!?」
「だってほうれん草入れちゃダメだってゆーんだもん。だからアマミースペシャルは、スイートコーンとマカロニ入れてんだ。玉ねぎちょっぴり、チーズと生クリーム増量。ベーコン無しでシャウエッセン一本に、トッピングはゆで玉子」
「なにその具材、キッシュじゃなくてグラタンじゃないの…」
「ああ、それは確かに南だ…」

 聞けば聞くほど謎が深まるミナミの事で、ホクトを交えて三人で話をしていると、坂の下から上がってくるカブのエンジン音が聞こえてきた。

「あ、ケイちゃん帰って来た」

 原チャリながらも力強いスーパーカブが颯爽と路地を曲がって行ったところで、シノさんは厨房に続く通路に向かって叫んだ。

「ケイちゃーーん! 上あがンないで、こっち来てーー!」

 入り口脇の駐輪場にカブを停めたのだろう敬一クンが、廊下を通ってこちらへやって来る。

「ただいま、兄さん。どうかしましたか?」
「店の帳簿が見たいってヒトが来てんだよ」
「帳簿? また税務署の人ですか?」
「チガウ。アマホクは、えーと、出資者の従兄弟…だったよなあ?」

 振り返ったシノさんの後ろから、敬一クンが顔を覗かせる。

「あれ、天宮?」
「ああっ、ケイ!」

 敬一クンの顔を見て以降数分間のホクトの状態を、なんと表現すればいいのだろうか。
 ハタと動きを止め、驚きと感動と喜びと〜〜みたいな表情のあとに両手を広げて、ダッと敬一クンに駆け寄ったホクトは、そのまま敬一クンをギュウ〜〜! とばかりにハグした。
 それがやっと少し離れた…と思ったら、敬一クンの顔をしげしげと見つめ、いきなり額と両頬にチュウをして、それからまたギュギュギュのギュウ〜〜! てなハグをしている。
 アクション全部が演技過多なミュージカルみたいになってて、しかも敬一クンはいつも通りにのほほんとしてて、されるがままになっている。
 俺はその一部始終を、半口開けて眺めてしまった。
 一緒に眺めていたシノさんが、モノスゴク嬉しそうな声で言った。

「なあなあケイちゃん、アマホク、ケイちゃんの友達かー?」
「甘食がどうかしたんですか?」
「いや甘食じゃなくて、アマホク。アマミヤホクトだから」

 まだ敬一クンをハグしていたホクトが、ようやくコッチを振り返った。

「東雲さん! ケイ…いや、中師と東雲さんは、どういう関係なんですか!」
「ケイちゃんは、俺のメシマズババアの再婚相手の息子だから、俺の弟だ!」
「弟? めしまず? え? 何?」
「天宮は友人です。でもおまえ、どうして此処にいるんだ?」

 なんだか会話が、有用な情報と無用な情報が入り混じって、訳が判らなくなってきた。

「あのさ、知り合いみたいだし、皆、部屋に上がってよく話したら? 俺が店を片付けるから」
「あー、俺も店たたむの手伝う。ケイちゃん、友達なら先に二人で上行って、旧交を温めててよ。すぐ行くから」

 珍しい事にシノさんが、率先して片付けを手伝うという。

「解りました。じゃあ、天宮。こっちに」

 敬一クンがホクトを連れて行ったので、俺とシノさんは、自分達が昼メシを食うために店の前に出していたテーブルと椅子を店内に回収し、大きく開けてあったフランス窓を閉じた。

「レン、ごめんなぁ。スッゲェ痣ンなりそうだなぁ」
「それはいいよ。それよりシノさん、近所にストーカー住んでるって、なんで早く言ってくれないのさ!」
「変なコトゆーなよ。俺はちゃんと、マエストロ神楽坂には強力なスポンサーが付いてるから大丈夫! って話したろ」
「スポンサーの話は聞いたけど、そのスポンサーが、変態ストーカーのひと口妖怪だなんて話は聞いてないよ!」

 俺が詰め寄ると、とうとうシノさんが露骨に面倒くさそうな顔をした。

「レン。俺はオマエと付き合ってるワケじゃないって、ゆってあるよな」
「…うん」
「カレシじゃないのに、ジェラシーめらめら?」
「だって、嫉妬するのはカレシとか関係無いでしょ。それに俺がシノさんに惚れてるの、知ってるクセに…」

 俺が俯いてブツブツ言うと、シノさんは盛大な溜息を吐いた。

「オマエがそんな嫉妬深い性格してっから、俺はオマエをカレシにしたくねェんじゃん! さっきのアマホクとケイちゃん見てたろが! ほっぺにチューくらいで誰も騒いでねーだろ! ハグも挨拶! 嫉妬禁止! 文句言うなら、今度は本気でオマエにグーパンすっからな!」

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