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7.最強運の男

「全くよう! ショーゴもひでーよな!」

 俺と敬一クンは、交番に ”閉じ込められて” いたシノさんを連れて赤ビルに戻り、ペントハウスのソファに昨日と同じように座って話をしていた。

「一方的にショーゴさんのコトばっか、責められないでしょ…」
「あの巡査が同級生の方なんですか?」
「そうだよ。アイツは、俺に自転車貸したの壊されたって、ずっと文句言ってんだよ! 一体いつの話してんだってんだ!」

 意味が解らない敬一クンは、俺の顔を見た。

「小二の時に、買ってもらったばっかりの自転車、まだ自分が乗る前にシノさんにブン取られて、挙句に壊されたんだよ。あと中二の時に、シノさんにギターを貸したら、借りたコトを忘れたシノさんが粗大ゴミに捨てちゃったとか…」

 俺はシノさんの ”武勇伝” を、こそっと敬一クンに教えてやった。
 敬一クンは困ったような顔をしていたので、ああ、これで同居の話はご破産になっちゃったナ…と思った。

「んで、ケイちゃん。ガッコどうだった?」
「ええ、兄さんの言う通り、バイクでの往復はスムーズでとても都合が良いです」
「だろ! まぁ雨の日は地下鉄使うよーになるかもだけど、小雨ぐらいなら、ガッコのロッカーにバスタオルでも常備しておきゃ、なんてコトねェぜ!」
「そうですね。俺もそう思います」
「じゃ、どの部屋使う? 別のフロアがいいなら、そっち全部ケイちゃんが一人で使ってイイぜ!」

 ノリノリのシノさんを、敬一クンがどう断るのかと思ったら。

「兄さんの使ってるフロアの一部屋を使わせてもらえれば充分です。それに、兄さんに提案があります」

 敬一クンは、手元に何枚か書類のようなものを持っている。

「改まって、なんだヨ?」
「MAESTRO神楽坂の経理は酷すぎます。まず、あの店の経理を全部、俺に任せてください」

 俺は敬一クンの発言にマジでたまげた。
 まさかこんなメチャクチャなシノさんとの同居に同意するとは思っていなかったし、しかもそんなメチャクチャの面倒を買って出るとも思ってなかったからだ。

「なんで? ケイちゃん、中古レコードにキョーミあんの?」
「興味も知識もありませんでした。だから申告用の書類を作っている時に疑問に思った事や、兄さんの店舗で扱っている商品の事などを調べてみました。この店、一部の人達にとても支持されている。俺は兄さんが誇らしいです」
「え〜、そんなコト言われっちゃうと、ホンキにしちゃうぜ〜」
「俺は本気です。アナログレコード店もキッシュの店も、兄さんに才能があるからこそ、あんなに支持されているんだと思います。でも兄さんは苦手な事を放置にする癖がある。同居させてもらってから、俺の住んでる場所を税務署に差し押さえられたら困ります」
「あ〜、それを言われると、俺も困っちうんだよな〜」
「だから俺は、兄さんの経営方針には基本的に口出ししません。学生ですから、一日中ここにいられる訳じゃないので、店の手伝いも充分には出来ないと思います。でも経理の管理なら、俺でも出来る。兄さんは数字が苦手なようだし、俺はレコードの事や窯の扱いは判りませんが、互いに苦手なところを補い合えるなら、俺と兄さんは良いチームになれます」
「マジ? めんどっちい数字の話をケイちゃんが全部見てくれるなら、俺に異存はナイぜ! っていうか、スッゲー助かる〜!」

 シノさんを納得させたところで、敬一クンは手元の書類をペラリとめくった。

「次に。このビルの二階から四階は賃貸物件で、資料を見たところきちんとリフォームもされているのに、現在全く入居者の募集をしていない。マエストロ神楽坂の中古レコード店としての評判は良好ですが、あまり利益は出てない。キッシュも好評ですが、売ったり売らなかったりしているので、こちらの売り上げも不安定過ぎる。賃貸に入居者を募り、定期的な家賃収入を得るべきです」
「賃貸かぁ〜。でも俺、大家なんか出来ねェし、ビルのメンテとかも出来ねェし」
「ビルの管理に関する手配や、不動産屋との契約手続きは俺がやります。実質的なメンテも、大体は俺に出来ると思いますし、必要ならプロに依頼します。ですがビルの持ち主は兄さんなので、兄さんの許可が無いと、何も出来ません」
「へぇ〜、ケイちゃんってなんでも出来るんだなぁ! ケイちゃんがそーした方がイイちゅーなら、全然OK! あ、でも俺も最初、二階のテナント用のスペースだけはなんかの店舗入れようと思ったんだけど、表通りから引っ込んでるから人気ナイって不動産屋の親父に言われて諦めたんだよな」
「なるほど。それじゃあ、二階のテナントに関しては、ちょっと考えてみます」

 敬一クンは手元の書類になにかメモを書き留めると、更に次のページをめくる。

「最後に」
「なに?」
「MAESTRO神楽坂に、正社員を一人雇ってください」
「そんなヨユーあんの?」
「余裕の問題ではなく、必要不可欠なので」
「ん〜、確かにピザを焼いた日とかはお客が殺到するけど、なんとかなるぜ。いざとなったら、レン呼ぶし」
「はい。だから多聞さんには正社員として、店に常駐してもらうべきです」
「はあ、俺ぇえ?」

 蚊帳の外だと思っていたところに、急に話を振られて、俺は頓狂な声を出した。

「俺は兄さんが好きです。それに兄さんは素晴らしい才能を持っている。でもこのビルや店の管理状態や、幼馴染の巡査の話などから考えると、兄さんには常時サポートをする人が絶対に必要です。昨日と今日の様子から、多聞さんは現在定職を持っていないようだし、何より兄さんの才能や欠点を理解してくれている」
「そーだな。レンがパシリをしてくれるなら、俺はムッチャ都合イイぜ。あ、そうだ! そんならレンを賃貸に入居させれば良くね? そしたらケイちゃんの言う通り ”常駐” 出来るしさ!」
「なにそれ! 年中無休?!」
「年中夢中だろ?」

 シノさんは得意のチシャ猫みたいな笑みを浮かべ、満足そうに頷いている。

「学校から帰ってきたら、俺も兄さんを手伝います。多聞さんの休日やプライベートも確保します。是非、よろしくお願いします」

 なんというかまぁ、この弟は、本当に凄い。
 これじゃあ親父さんが敬一クンの事を、絶対に自分の跡継ぎにしたいと思っていて当たり前だ。
 本人は勉強の方が好きみたいだし、箱入りにされてて少々世間知らずなところはあるようだけど、この行動力と実行力は正に帝王学の賜物とゆーか、そもそも彼が人の上に立つ者の素質を持っているのだろう。

「労働条件やアパートの賃貸条件も、ちゃんと話し合いましょう。こちらからお願いしている事なので、部屋代の方は出来る限り抑えます」

 なんだか、シノさんのニヤニヤが気になるが、現在バイトがまだみつかってないのも事実だし、そもそも新しく始めたところでシノさんに呼び出されていたら、またすぐクビになるだろう。

「解った、引き受けるよ。今のアパート、どうせ来月更新だし」

 この先にもまた、とんでもアクシデントが待ち構えているようだけど、シノさんと腐れ縁を続けている限り、トラブルに巻き込まれるのはもう決定事項なのだ。
 それにこの奇妙な兄弟の不思議なタッグの行き先を、見てみたい気がしてきてしまっている。
 俺は先刻、敬一クンの事を凄いと思ったけど、本当に凄いのはこんな弟を掘り当ててしまう最強運の山師、シノさんの方だろう。
 俺は、自分の複雑な感情を全部ひっくるめた、深い深いタメイキを吐いたのだった。


*大学生の弟と税務署:おわり*

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