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5.ペントハウスの夕餉

 
挿絵




「お店にも驚かされましたが、兄さんの作った物は本当に美味しくて驚いてます」

 ペントハウスに置いてあるダイニングテーブルは、シノさんが近所のセレブに貰った…と言っている、ものすごい立派な物だ。
 と言うか、正確に言うならこのペントハウスに置いてあるやたらデラックスでちょっとシノさんの趣味から外れている家具の殆どは、その ”近所のセレブ” から貰った物だ。
 壁掛けタイプの大型テレビはシノさんが件のあぶく銭で購入した物だが、それをセッティングしてあるテレビ台は大理石っぽい感じだし、各種ソファもそうだ。
 ダイニングテーブルは長辺が3m以上あって、樫だかマホガニーだかが土台になっているが、表面は象嵌が施されていて、なんだか中世ヨーロッパの貴族とかが使ってそうな感じがするシロモノだ。
 椅子はテーブルに比べるともっと安っぽい感じだけど、それだってホームセンターじゃなくてちゃんとした家具屋で買った感じの物だし、そのフツーに大人が座っても余裕綽々な座面の広い椅子が十脚も並んでいる。
 そのテーブルに並べられたシノさん作のキッシュとピザを食べた敬一クンは、本当に美味しそうな顔をして食べながら、一つ一つを手放しで賞賛してくれるので、シノさんは得意満面だった。

「ま、俺の腕もイイんだけどサ! あの窯が掘り出しモンなんだよな〜。あんな窯、自分で造るとなったら大変だし!」

 件の窯は、シノさんには掘り出し物だろうが、シノさんに赤ビルを売ったオーナーにしたら厄介極まりないシロモノだったに違いない。
 先程敬一クンに話した通り、このビルをシノさんに売却したオーナーは、本当は赤ビルを解体してから、もっと高額で土地を売りたがっていたのだが、赤レンガ造りの建物だけならともかく、窯の解体に手こずって解体を諦めたらしいのだ。

「こんなご馳走をしてもらって、どうお礼をすればいいかな…」
「お礼なんていーって、いーって、俺らきょーだいなんだから! それにケイちゃん、マジでココに一緒に住もうぜ! 絶対気に入るって!」
「そうですね。兄さんの家に押しかけるのもどうかと思ってましたが、此処ならそれほど迷惑を掛けずに同居させてもらえそうだ。今夜泊めさせてもらって、明日は此処から学校まで試しに移動してみます」
「んだな。俺はやっぱ、バイクがイチオシだぜ」
「俺は普通免許しか取ってないので原付きしか乗れませんし、バイクを購入するだけの資金もありません」
「そんなのはノープロブレムだぜ、下に置いてある俺のカブ、使えばイイよ、俺はあんまし使ってナイから」
「あ、そっか。そういえばシノさん、原チャの免許だけは持ってるんだっけ?」
「だけ、とは失礼だな!」
「ああ、ごめん」

 自動二輪や自動車の免許は、教官と大喧嘩をして教習所の出禁になってしまったシノさんだが、原付きはまだ学生だった頃に俺と一緒に教習所に行ったので、なんとか取得したのだ。

「それじゃあ、ますますなにもかも、兄さんの世話になってしまう…」
「いーんだよ。ケイちゃんはまだ未成年なんじゃし、学生なんじゃもん。学生はベンキョーが本分なんじゃから、やってもらえるコトは、素直にやってもらっちゃったほーがいーんだよ。なぁ、レン!」
「そうね」

 さりげなくシノさんの肩を持って頷いておいたが、しかしシノさんがティーンエイジだった頃に、素直にやってもらうなんて可愛げは全く無かったと思う。
 警察のお世話にはならなかったが、軽犯罪に抵触するような事をしまくった男だ。
 勉強が本分なんて言葉、シノさんの口から出てきたって、なんの説得力も無い。
 が、そんなシノさんの戦歴を知らない敬一クンは、素直に感銘を受けているようだ。

「父とこういう状態になって、おかあさんにも心配を掛けていて、どうしたものかと思ってたので、こんな風に兄さんと会えて、本当にありがたいです」
「そう、それ! ケイちゃん、親父サンの仕事にキョーミないんだろ? 江戸時代じゃあんめぇし、ケイちゃんがやりたいコトやったほーが良いに決まっちんじゃん!」
「これで良かったのかどうか、正直迷ってます。確かに父に言われるままに仕事を継ぐのは本意じゃ無いですが、だからって今はまだ、具体的にやりたい事がハッキリある訳でも無いので」
「ケイちゃんみたいに、ずっとイイコチャンしてたら、やりたいコト見つけるチャンスも無くなっちうんだよ! そもそもケイちゃんがやりたいって思ったって、ケイちゃんに才能なかったら出来ねェんだし! そーいう、人生の挫折みたいなのンは、若いうちに味わっとかないと、大人になってから挫けると被害甚大になるんだぜ!」

 酒も飲んで無いのに、シノさんは飛ばしまくっている。
 それをまた、敬一クンがきちんと感慨深げに聞いているので、俺はだんだんケツの辺りがこそばゆくなってきてしまった。

「シノさん、俺、そろそろ帰るよ」
「ん、そっか?」

 立ち上がった俺を、珍しくシノさんが見送りについてきてくれた。

「珍しいね、シノさんが見送りしてくれるの」
「ん〜、ケイちゃんが住むコトになったら、オマエのお泊りの回数減るかもだから…」

 玄関で靴を履いている俺の頬に、不意にシノサンが素早くキスをした。
 いつだって容赦なく強気なシノさんが、こういう甘えた顔を見せるのが、ホントいつも反則だな…って思う。

「シノさん、ああいう子分を欲しがってたモンね〜、子供の頃からず〜っと」
「なんだよ、ケイちゃんは弟で、子分じゃないぞ」
「全く…。上機嫌なのは良いけど、ホントに同居してもらうなら、あんまカッコばっかりつけてないで、言わなきゃなんないコトはちゃんと言った方がイイよ?」
「なんだよ、言わなきゃなんないコトって?」
「例えば、俺とキスしてるとか」
「だって俺、別にオマエと付き合ってるとか、そーいうんじゃないじゃん」

 そうなのだ。
 俺はシノさんに惚れてるし、キスもしてる、その先のコトだってしてる。
 だけどシノさんは、俺との事はまるで友達づきあいの延長みたいな扱いで、恋人と認定はされてない。
 シノさんは少々突飛な格好をしていても、カッコ良く見栄えがしてしまうくらいイケメンだと言ったが、シノさんの容姿は異性のみならず、同性の気を惹く魅力もかなりのものがある。
 その所為で、ちょっと油断するとすぐに変なモノに言い寄られているし、シノさんカフェのセッティングを全部やった花束とケーキ男の事も、ただの物好きというより、俺はその種のストーキングを疑っている。
 だが結局のところ俺はシノさんに惚れていて、少々無茶ぶりをされても、バイト先が次から次にダメになっても、シノさんの頼みを断るコトが出来ないのだ。

「じゃあ、敬一クンにはずっと内緒にするの?」
「ん〜〜、ずっと同居するなら、教える。でもしばらくは秘密にしとくわ、ケイちゃん、ちょ〜真面目そーだから、搦め手からいかないとビックリしちゃうだろうからナ〜」
「解った。でもさ…敬一クン、確かに真面目だけど、すぐ慣れちゃうんじゃないかな」
「なんでそう思う?」

 そりゃあシノさんのような、とんでもメチャクチャ兄貴がいきなり出現したのに、半日くらいであまりビックリしなくなったから…とは言えないので。

「あ〜、なんかそんな感じしただけ」
「んっか?」
「うん。じゃ、おやすみ」
「おう、じゃあな〜」

 俺はシノさんに手を振ると、階段を降りた。

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