決心
広間につながる扉が開き鉱石を運ぶ数体の人形が扉をくぐる。その様子をユウトは座った椅子から眺めた。人形たちはユウトの目の前まで歩みを進めて立ち止まる。それと同時にジヴァが広間にゆったりとした速度と大きな歩幅で帰ってきて通り抜けた扉が自然と静かに閉まった。
ユウトはぐっと拳を握り締め、全身にじっとりと汗を滲ませる。
ジヴァはユウトを身長ゆえの高い位置から見下ろす。ユウトはその視線に反抗するように険しい表情で見上げた。それまで無表情だったジヴァはユウト視線を感じ取るとにいっと口角を吊り上げ、人形の持った鉱石を挟んでユウトに相対した。
「準備はできた。・・・が、何か言いたいことがあるのだろう?」
ジヴァの言葉に答えるようにユウトはガタッと勢いよく立ち上がり黙ったまま数歩前に出る。鉱石を持った人形たちのすぐ前までぎこちなく進むと握られた左手を正面へ真っすぐと差し出した。
「借りていた指輪を返そうと思う。オレはこの指輪なしで生きていきたい」
荒い呼吸に絞り出すような声でユウトはジヴァへ語り掛ける。
「へぇー。指輪はあげたつもりだったのだけど、本当に要らないのかい?
その決心の理由に興味があるねぇ」
ジヴァはそう言いながら差し出されたユウトの手の下へ手のひらを差し出した。
「その指輪は確かにこの煩わしい感覚を抑え込んでくれることはわかった。でもその作用は一度慣れてしまうともう逃れることができない。怠惰を覚えてしまった精神はきっと指輪のない精神に戻ってこれないだろう。
そうなればきっとオレはもう先の見えない暗闇に飛び込めない。これまでこの体で生き延びてこれたのは危険に躊躇せず飛び込めたからだ。
だからオレは安寧よりも不安定な可能性を選ぶ。人としてこの身体の本能に打ち勝ちたい」
言い切ったユウトは力んで震える左手をゆっくりと開く。その手の中からユウトの体温で熱くなった指輪がジヴァの手の平へと落ちた。
「フフフッ、そうかい。この指輪は着けた者の欲に応じて感覚を鈍らせる。お前さんほどの欲なら実感できるほど能力の低下を感じるか」
指輪を受け取ったジヴァはその手を握る。
「だからと言ってまさかそういう答えになるとは思わなかったよ。本当に」
握られた指の間から光が漏れ出し次第に強くなると小さな火柱が立った。
「まったく面白い、面白いねぇ。異世界の者だからなのか、お前さんだからこそなのか。全く興味が尽きないよ。
今日だけであと百年は生きられそうだ」
光は消え、ジヴァが手を開くとそこにはもう指輪は跡形もなかった。
「ユウト、お前さんも覚えておくといい。長く生きる精神を支えるのは面白さだ。探求心を忘れればどれほど寿命があろうともただの生きた屍と化す。お前さんとは長い付き合いになりそうだよ」
そう語るジヴァをユウトは荒ぶる身体を必死になだめながら見上げる。ジヴァの顔に浮かぶ表情は笑みではなくごく自然な無表情だった。
「さて、それじゃあ本題だ。今からお前さんの記憶をこの石に写し取る。すでに立ってて都合がいい。その場でじっとしていろ。それほど時はかからんさ」
ユウトとジヴァに挟まれるように鉱石を持った人形たちは横に動く。そして目一杯に掲げた。すると鉱石はゆっくりと上昇を始める。ユウトは横目に見ると網のように編まれた糸で吊り下げられることで宙に浮いたように引き上げられているようだとわかった。
ユウトの頭の位置と同じくらいの高さへ上がると鉱石は停止する。透き通った結晶体の平面が一定方向に延びて折り重なっていた。
ジヴァは左手で吊るされた鉱石に触れる。すると鉱石はその中心から輝きだして光に包まれると固い平面が柔軟性を持って角が溶け出した。鉱石だったものはすぐに光り輝く球へと姿を変える。その輝きに気を取られていたユウトの額が突然鷲掴みにされた。
思わず全身がぶるっと震えるユウト。
「なにをッ」
「暴れるな。今から読み取った記憶を玉に移すだけだよ。痛みはない」
長く細いジヴァの指はユウトの額から頭を掴んで離さない。ユウトにはジヴァの指がひんやりとして感じた。
ユウトは大人しく動きを止める。動けるほどの余裕もなかった。横目に玉を見ているとその輝きに色がついていくのがわかる。その色々は華やかで多彩だった。シミのように広がることもあれば縞模様を描いたり波紋のように広がったりと飽きさせない。ただ時折明滅したり黒い点の連なりが現れる様子にユウトはどこか不気味さと不安を感じた。
しばらく時間が流れる。輝く玉は次第に光を失い始めた。ジヴァがユウトの額とともに手を離すと冷え固まるガラスのように光は落ちて消える。片手で持てるほどの大きさの球へと姿を変えた鉱石は一部その性質を維持しているようで透明度を保っていた。
その中心部は色鮮やかに霞がかっている。ユウトにはそれがむかし屋台で見た綿あめのようにも見える。ユウトが体を前のめりに球へのぞき込むとそれに応じて球へ差し込んだ光は不規則に拡散されて強く煌めき、それはまるで一粒の巨大な宝石のようだとユウトは思った。