【家族団欒の、崩壊】
【家族団欒の、崩壊】
「ラルを持っているツークンフト、仮想人格が搭載された機械人形に緊急連絡がいってるみたいねぇ。緊急放送みたいよ」
怪訝にサクラは顔を歪めながら、その指先を振るい、指先から粒子を構成したと思えばーーーテーブルの上に画面を表示させた。青い粒子が構成したのは、大きな映像画面だ。
映像は、1人の女性の顔が映し出されている。
プライドの高そうな、焦げた色の金髪の女性。彼女の胸には宇宙連合のバッチがついている。
『バーン家次期当主、セプティミア・バーンです。皆々様、御機嫌よう』
鼻にかかるような、自信に満ち溢れた声音。全宇宙のツークンフトに対して、呼びかけているのだろう。
「バーンって···今の宇宙連合の事務総長だっけ?」
レイフが尋ねると、ユキもガリーナも頷いた。
「そ。今の事務総長は、ルイス・バーン。多分、この子はルイス様の子供なんでしょうね。公式の会見で、初めて見るわね〜」
「オレと年も変わらないように見えるなぁ」
バーン家は、神祖の血を継ぐテゾーロである。地球戦争終結記念日に際し、テゾーロが演説をするということは、よくある。彼女の父親であるルイス・バーン事務総長も、地球関連の記念日のたびに演説を行っている。
「宇宙連合って、代々テゾーロの、バーン家、シュレンドルフ家、クロニクル家が事務総長を歴任してきたけれど、生き残ってるのがバーン家しかいないから、今後宇宙連合の事務総長は世襲でバーン家のテゾーロしか継げなくなるわね。政権的に如何なものかしら」
ガリーナは長々と話す。彼女が考えたことは語らないと気が済まないタイプだ。
「あれ?何でその···しゅ、シュレーヌなんとかと···クロ···はいないんだっけ」
「シュレンドルフとクロニクルね。アクマに末裔が滅ぼされたから、もういないのよ。優れた政治家や科学者をたくさん輩出していたテゾーロの家だから、残念だけれどね」
テゾーロは信仰の対象だが、あろうことかアクマはいくつかのテゾーロの家を断絶している。
(やっぱり···アクマは、ひどいやつだな)
信仰の対象であるテゾーロを殺すなど、あってはならないことた。熱心なノホァト教徒ではなくてもわかる。
『この度は、皆々様に大切な発表があるため、父に代わって会見を開かせて頂きました』
映像の中で、彼女が言った。高慢そうな顔をしているが、テゾーロなんてそんなものなのかもしれない。
「セプティミア···」
サクラがポツリと呟く。
「母さん?」
レイフは首を傾げた。母の神妙な顔つきに、ただならない気配を感じ取ったのだ。
『皆々様、20年前の悲劇を覚えているでしょうか?惑星ゼレプントの首相や、惑星レライリスーニャ代理王権者を名乗り、多くの小惑星を征服したーー宇宙の平和を司るこの宇宙連合に宣戦布告をした者の名前を、覚えておいででしょうか』
形式的な言い方をしているが、彼女が言わんとしているのが誰のことなのか、レイフにもわかった。
『アクマの悪行を止めたのは、我がバーン家の私設軍「アシス」のシオン・ベルガーという英雄でしたね。約20年前のことですが、あの悲劇は、皆々様もご記憶のことと思います』
「あ?英雄シオンって、バーンの軍隊だったのか?」
映像を観ながら、レイフが尋ねるとガリーナは頷く。
惑星を治めるテゾーロは、私設軍を保有していることが多い。特にバーン家の私設軍は大きく、エリートばかりだと聞く。
「そうみたいね。アクマを殺して殉職したみたいだけれど」
悪名高いアクマの名前と対象的に、そのアクマを殺したとされるシオン・ベルガーの偉業を讃える声も大きい。彼を英雄視し、憧れている者も多いはずだ。
『アクマが起こした戦争は、酷い被害だったと聞いています。多くの方が亡くなりました。私は、もうあの悲劇を繰り返してはならないと考えています』
「···回りくどい言い方ねぇ、何が言いたいのかしら」
サクラは眉を吊り上げて言った。演技じみた映像の彼女の口調に苛ついているように見えた。
『誠に遺憾ながらこの度、アクマを信奉する残党を発見したことを発表します。この残党集団は、極めて危険です。我が軍が捕獲しようとしましたが、武器を所持し、逃走しています。皆々様、もし発見したら速やかに近隣の軍にご連絡下さい。宇宙連合はすべての惑星の軍と連携をとっているため、すぐに捕獲します』
「あ···」
サクラが立ち上がった。彼女の顔は強張っていた。子供達3人は怪訝にしていたが、サクラが席を立った理由は、次の瞬間にわかることになる。
映像に、金髪の女性の画像が表示される。セプティミア・バーンではない。画像が表示された瞬間、子供達は愕然とした。
『先週ムットゥル賞を受賞した、ガリーナ・ノルシュトレーム』
そう、映像の中ではガリーナの画像が映し出されていた。ムットゥル賞を受賞した時の画像だ。無表情の彼女の顔が、全宇宙に対して発信されている。
『彼女のムットゥル賞の受賞を、宇宙連合として取り消させて頂きます』
「···なっ」
取り消し?
何故ーーという疑問と同時に、どうしてアクマを信奉する残党の話の時に、ガリーナの賞受賞が取り消しされるかわからない。レイフは混乱していた。本人であるガリーナも、目を大きく見開いている。
『理由は、彼女のムットゥル賞の受賞には不正行為があったとされること、そして宇宙連合に対して反旗を翻したこと』
「ふせ···ぁあ!?」
レイフは思わず立ち上がる。
不正行為?ガリーナが宇宙連合に反旗を翻した?言いがかりも甚だしい。科学者を目指す彼女が、宇宙連合になど反旗を翻すはずがない。
『彼女は、リーシャの子供です』
ーーー映像の中の彼女が、何を言ってるかわからなかった。
誰も何も言えない一方で、サクラだけが動いていた。サクラは自らの眼前に青い画面を表示していた。
子供?ガリーナが?
誰の?
『ガリーナ・ノルシュトレームはアクマであるリーシャの子供です。子供として、彼女は母親の意思を受け継ぐと、宇宙連合に宣戦布告をしてきました。アクマを信奉する残党は彼女を祭り上げ、武器を所有しています。ーー皆々様は、もしガリーナ・ノルシュトレームを発見しても、すぐに通報して下さい。幸いなことに今は負傷者がおりませんが···』
映像がぶちりと切断される。映像を切ったのは、間違いなくサクラだった。サクラは青い顔で、鬼気迫る顔をしていた。
「もう···こんな時にあいつはいないんだから···っ!!」
サクラは怒鳴る。誰に対して怒鳴っているのかわからない。
愕然として動けないでいる子供達3人の「ラル」が光り、通知が表示される。レイフは通知された文言を見て、意味がわからなかった。
「コナツの···乗車権限付与?」
「あたしのゴーモよ。位置情報も送っといた。すぐに行くわよっ!」
「へ?母さんーー」
コナツはガリーナの肩を掴んだ。憔悴の顔で、ガリーナの顔を何度か揺さぶる。
「しっかりして!今はとにかく逃げるわよ!逃げないと···っ!」
「お母さん···私」
「後で説明してあげるから!!早くっ!」
ガリーナは放心していた。驚きすぎて言葉が出てきていない中ーー。
「待ってよ、お母さん!先に説明してよ!ガリちゃんがアクマの子供って、なに!?」
ユキはサクラの肩を強く握る。混乱しているのだろう。でも、ユキが問いかけたことはレイフもガリーナも知りたいことだ。
「レイフ!!あんた、絶対に何があってもあの剣はーーー」
サクラはユキを無視し、鋭くレイフのことを睨みつけた。尋常では無い母の様子にびくりとした時だった。
空から家を叩かれたような衝撃を受けた。
家が、大きく揺れたのだ。