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悪への誘い・その2

「さてフローラ嬢」

「……はい」

「本当は最初にアメリアが居残りに参加した時に、全員集合して詳しい話をする予定だったんだが、皆の都合が合わなくてね」

「……そうでしたか」

「で、今回ちょっと時間を取ってもらったんだよ」

「……問題ありません。ただ、一つ良いでしょうか?」

「何だい?」

「距離がありすぎませんか!?」

 そうなのである。うちの喪女さん、あろうことかナイスプロポーションなグレイス様を、『スケベオヤジの視線』で舐め回すように見たもんだから警戒されちゃって……。

(違うわ! 自分の軽装備とグレイス様の重装備を見比べて羨んでただけだい! 悪意あり過ぎるだろその説明!)

 更に一昨日、アメリア嬢への入れ知恵よって、アメリア嬢が茹でダコになった事件があるのだが、結果だけを聞いたグレイスが先の視線の件と総合して出した結論が貞操の危機! なのである。

(ぐ、ぐう……ちょっと反論できないな……)

「あ、あはは……。わ、私も女だったってことかなぁ……」

(誰よりも素晴らしいものをお持ちです、って言ったら二度と二人きりになろうとしないだろうなぁ)

 言っちゃえ言っちゃえ。

(言えるかボケェ!)
「グレイス様、不安があるのでしたらベティを呼びましょうか……?」

「……流石に自分を慕ってくれる子を盾にするのは気が引けるな。分かった、そちらに行くよ」

(ふう、やっと距離が……って盾にするって言った!?)

 信用の無さがすげーな、風呂オっさん。

(『ラ』が抜けてますわぁ!?)

 意を決したかのようなグレイスに憐れみを感じる。

(話聞け!?)

 しー! グレイスが話すぞ!

(お・ぼ・え・と・け)

「実は最初の夜会で渡したいものがあったんだけど、君がミランダ嬢を伴ってきたのでね、渡しそびれてしまったんだよ」

「あ、その説は飛んだご無礼を……」

「いやいや全てはこちらの都合だったから。何時でも誰でも連れてきてくれて構わないんだよ、本来は」

「お心遣い、感謝致します」

「で、本題の渡したいものっていうのは……」

 グレイスが手を挙げると、彼女の執事と思われる男性が装飾の施された豪奢な箱を運んできた。グレイスが頷くと、執事は「失礼致します」と断りを入れた上で、その箱を開けてみせる。

「これは……!」
(黎明のブローチ!)

「これはいずれ君に必要になると思われる『夜明けの証』だ」

「え? よあけのあかし……?」

「うん? 何かおかしかったかね?」

「ああいえ、耳慣れない響きだったもので……」
(アイテムの名前が違うなぁ)

 後で魔王さんに聞いてみるか。

(そうね)
「これはどういったものなのでしょうか?」

「このアイテムをよく見ると、すこし光ってるのが分かるだろうか?」

「あ、わかります。すごく薄ぼんやりとですけど……」

「これは魔物達が持つ魔石を中に入れるところがあってね。十分な魔石を補充すると、もう少し明るく光るようになる」

(そこはゲームと一緒だなー)

「実は夜会の前に、魔物達が活性化する事件があってね。我々は先生方も交えて間引きを行っていたんだよ」

「間引き……。皆様方が戦われていたのですか!?」
(いやまぁ知ってるけどさ)

「この証のために魔石が欲しいって理由もあったからね。それによくあることだから大丈夫だよ」

 よくあることなのか。

(流石にそれは知らないわ……)

「この証は仄かに光るけれど、光る部分は普段覆いをして隠しておけるので目立つことはないよ。さぁ手にとって」

 フローラが黎明のブローチならぬ夜明けの証を手に取ると、一瞬強く輝いて、やがて光は落ち着いた。

「……思っていたより光ったな。もしかしたら君は我々が待ち望んでいた勇者の再来かも知れない」

「うええ!? 滅相も御座いません! 私如きがそのような大層な存在であろうはずが御座いません!」

 超、食い気味に完全否定するフローラの様子にビクッ! と後退るグレイス。沢山の前科持ちの風呂おっさんを前にグレイス嬢の貞操やいかに!?

(何もしないよ!?)

「……ま、まぁ我々の心の安寧のためと思って、納めてくれると嬉しい、かな?」

 少し涙目のグレイス嬢。ヤイ、この鬼畜、いじめるんじゃねえよ。

(え、えー……そんなつもりは微塵もないんだけど……)

 エイもミジンコもねえ。謝れ。

(聞いたことない言葉で怒られた!?)
「あ、あの、えっと、有難く受け取らせて頂きますね。お、おほほほほ」

「あ、ああ、良かった、よ?」

 謝んねえし。

(下手に謝ったら悪意があったの認めることになるでしょうが)

 悪意の無ぇセクハラもサイテーだとおもいまーす。

(心が痛い……)
「所でグレイス様」

「ん、ん?? な、何かな?」

 あ、話題逸しやがった。

(そろそろ泣くよ?)

 構わんが?

(くっ……)
「このような絵があるのですが、グレイス様はどちらがお好みですか?」

「絵……かい? どれ、どんな絵……!?」

 ……おい汚物。

(おいこらー!? そこまで言われるような事してなくない!?)

 今しただろう? グレイス嬢が『ズギャーン!』って音が聞こえそうな影ができちゃってるじゃねえか。端正な顔が微妙に劇画チックって……お前は俺を怒らせた。

(いやいやいやいや! 待って!? あれは単に『萌え』てるだけよ!)

 ……人間の言葉、おーけー?

(そろそろディスるために言葉選ばなくなってきたわね……。あれは普通の猫の絵と、萌えキャラになった猫の絵なのよ。つまり、どちらの絵が好きかでグレイス様の趣向を知るのが目的なのよ!)

 ババーン! って音が聞こえそうなドヤ顔が見える気がする。実際グレイス嬢の様子は目を見開いて絵に釘付けなだけのようにも見える。

(……あんた見えないんだよね?)

 この部屋の情報はそうなってる。形で認識してるわけじゃない。

(……胡散臭いけどまぁいいわ)
「グレイス様?」

「 !? ああ、済まない。少し呆けて居たようだ。何だろうか?」

「どちらの絵が好きですか?」

「ど……! どちらが、か。正直どちらも可愛い……あいや、愛らしいと思う、が?」

「ではこちらは?」

 今度出したのはリアルな子猫の絵。グレイス嬢は「はぅっ!?」と胸を抑えている。

「通常の猫の絵でしたら、成猫と子猫、どちらがお好みですか?」

「……ど、どちら、も良いとおも」

「好きな方を差し上げますが」

「子猫で! ……あっ」

「そうですかそうですか。では子猫の絵と、こちらの絵も差し上げますわ」

「あ、ありがとう」

 照れ照れになりながら嬉しそうに子猫と猫のデフォルメされた絵を受け取るグレイス嬢。カワユス。

「昨日サイモン様が椅子から立ち上がろうとした際、何もない所でコケました」

 ピクッ

 グレイスの動きが止まる。

「しかも顔から床に綺麗に落ちました」

 ピピクッ

「助け起こすと涙目でした」

 ピクピクッッ

「『泣かないもん』……と」

「はぁ〜〜ん!」

 ……俺のグレイス嬢が壊れた。

(あんたのじゃないわね!? ていうか何であんたのになってんの!? 情報思念体よね!?)

 気分の問題。

(あ、そ。……グレイス様は可愛い物好き。サイモン様の大人ぶる光景を思い浮かべて悶てんのよ)

 変態の道に誘うんじゃねえ!

(違うわこんにゃろお! アレが! 素! なの!)
「時にグレイス様」

「はぁ〜〜……はっ!? う゛っうん! ……何かな?」

「サイモン様が口いっぱいに頬張って幸せそうにしている光景に興味はありませんか?」

「どういうことかな!?」

 今まで距離を保っていたヅカな人が、風呂おっさんに急接近してその両手をグワシ! と掴む。あとで消毒するんやでー。

(汚くないわよ!?)
「ええ、っと。先日、女子寮で流行っているお菓子がありまして、そのお裾分けをさせて頂いたのですが、サイモン様は甚く気に入られたご様子で……。そのご様子は、まるで木の実を頬一杯に溜め込む小動物のようでしたわ」

「はぁ〜ん! はぁ〜〜! 見た、見たかったなぁ!」

 うわぁ、キャラ崩壊。

(ええ……流石にここまでとは思わなかったわ)
「で、こちらがそのお菓子の別の味バージョンですわ」

「おお!? これが! ……これがあれば私も見れる!?」

「如何でしょう、グレイス様。このお菓子を片手にお茶会に誘ってみては」

「むむっ……! つ、つまりこのお菓子を譲ってくれる、と?」

「高位貴族様方では顔を出し辛い庶民のお店ですので良ければどうぞ。
 ……それとこちらはちょっとビターな『大人味』なのです、が」

「……が? 何だい?」

「この大人味のお菓子を取り出したら、サイモン様はきっと大人ぶって食べちゃうと思うんですよねぇ」

「うーむ。そうかもしれないなぁ……」

「見たくないですか? 大人ぶったばっかりに苦味で歪むサイモン様の顔……」

「!? んな!? そ、それは! ……意地悪が過ぎるのではないだろうか?」

「見たい……んですよね?」

「うっ……」

「口直しとして、こちらのワイン風味の大人味もどうぞ。『大人味が二種類あるのだけど、最初は黒い方から食べるのが慣習らしい』などと言えば、真面目なサイモン様は従ってくれると思います。勿論、アルコールは完全に飛んでおりますのでご安心を」

「頂こう」

 グレイス様がすっごいキリッ! とした表情でフローラとがっちり握手した。……グレイス嬢が汚された……。

(今日はずっと人聞き悪い言い方に終止しやがったな!)

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