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19話 絶体絶命か?

「前がっ……」

 先に進めば進むほど視界が悪くなっていく。先に進むから悪化しているのか、時間が経っているから悪化しているかは全く分からない。そもそも先に進めているかどうかも怪しいからだ。

「ぐえっ。……これって」

 何かにぶつかり、思わず変な声が出てしまった。目の前には大きな氷があった。

 そして、その中には——

「……ああ」

 分かってはいたけど、実際に見るとやはり思うところがある。

 ——氷の中には人がいた。

「……」

 黙って目を閉じて合掌をした。決して弔いの意味ではない。無事でいてほしいという気持ちだ。

「行かないと」

 その場を後にし、先へ進む。やはり進めば進むほど前が見えなくなり、とうとう自分の足元でさえほとんど見えなくなった。全てが真っ白に見える。

「重いっ……!」

 雪が深くなり、たった一歩を歩くだけでも困難で体力も持っていかれる。元々こんな防護服だから動きにくいのは当たり前だが、かなり辛い。無事に絶対零度の能力者に会えても、帰れる気がしない。

「あっ!」

 落ちた。落とし穴のように下に落ちていく。雪に覆われて全く気付けなかったが、恐らくはクレバスだ。クレバスの恐ろしさはテレビで知っている。これ以上落ちるのはヤバいっ……!

「くっそぉぉぉ!」

 何とか手で氷を掴み、下まで落下することは防いだ。奇跡的にすぐ下に足場があったので、そこに立つことで難を逃れた。だが、地上までかなりの高さがある。5mくらいあるだろうか。木登りですらしたことのない私があそこまで登れるとは到底思えない。

「なっ!」

 突然、エラー音が鳴り響いた。慌てて右手のボタンを押して画面を表示される。どうやら、さっきの落下で私は無事だったが、代わりに防護服が無事ではなかったようだ。防護服に穴が空き、部品もいくつかやられている表示されている。外の空気が入って、防護服の中も徐々に寒くなっていく。

「やばっ、このままじゃ……」

 外の気温がどのくらいかは分からない。厚着はしているが、この猛吹雪では凍死してしまうだろう。やってしまった。これが沙月さんが見えていた死なのだろうか。

「あっ、死んだ」

 上を見て、そんな呆気ない声が漏れてしまった。先程の転落で雪の地面に穴が空いたせいか、雪が崩れやすくなったようだ。上から大量の雪がゆっくりと落ちようとしている。雪は水で出来ているから、見た目以上に重いと聞いたことがある。あのままあの雪に潰れて死ぬのだろうか。

「…………あれ?」

 覚悟を決めて目を閉じていたのだが、いつまで経っても雪が自分に落ちてくる気配がない。崩れる音は確実にした。だが、何も起こってないような気がする。もしや、自分が死んだことにも気付かなかったのだろうかと恐る恐る目を開けた。しかし、自分の身には何も起きていない。

「た、助かったのか……? あっ!」

 偶然、自分のいた場所には雪は落ちなかったのだろうか。奇跡的に助かったようだ。しかも、雪がかなり崩れたおかげで、ここから地上までの道のようなものまでできている。これなら上がれそうだ。

「……えっ」

 崖から上がった途端に、突然エラー音も鳴らなくなってしまった。何度もボタンを押しても何も変化がない。どうやら時間差でバッテリーまでもがやられてしまったらしく、遂に全ての機能を停止させてしまった。先程よりも急激なスピードで冷えていく。

「重いっ……!」

 身近なもので例えるなら、電動自転車の充電が切れたようなものだ。充電が十分にある時はモーターが動くことで軽く感じるけど、切れると重くなってしまう。それの何倍もの差があると思えばいい。

 原材料が何かは分からないが、もはや鉄の服を着ている感覚に近い。何とか崖から抜けられたが、疲労感が押し寄せてくる。

「戻らないと……」

 だが、この状態で戻れるだろうか。……難しいだろうな。地図もない上に一面真っ白だ。右も左も、太陽が見えないので東西南北も分からない。降ってきた雪で足跡は既に消え、どこから来たのかさえ分からない。

「……ああ」

 これは死亡宣告に等しいだろう。崖から抜けられて喜んでいる場合ではなかった。帰る術も進む術もない。死ぬまでこの白い空間を彷徨いながら、凍死しろと言っているも同然だ。ショックで膝から崩れ落ちてしまった。

「……」

 どうしようもなくて、ただただ呆然としていた。このまま死ぬしかないのだろうか。もし、沙月さん達が私の反応が消えたことに気付いて助けに来ても、既に私は死んでいるだろう。それにここに来れるのは数人だろうから、遺体を運ぶことすらできないかもしれない。

「……あれ?」

 しばらくそうやって座り込んでいると、違和感を感じた。思ったよりも寒くないのだ。とは言うものの、実際は私の住んでたところに比べれば地獄のように寒い。だが、絶対零度と呼ばれる、約-273℃を記録した場所のようには感じない。何故なら、私の体は少しも凍っていないのだから。

「……」

 その上温暖の地で生きていた私でも、凍えながらだが何とか過ごせているということは、-10℃には達していないだろうか。その気温を経験したことがないので推測にすぎないが、そのくらいだと考えていいだろう。

「……いける」

 しばらく考えた後も、防護服内の温度はほとんど変わっていないようだ。意を決して、少しずつ防護服を脱ぐ。実際の気温は危険なくらい寒いかもしれないことを考慮して、すぐに戻れるようにするためだ。

「さっむ!」

 風もあるため、体感温度は想像以上に寒い。だがいける。食料は出来るだけ持ち出す必要がある。だから、食料が入った防護服の内側の扉を無理矢理こじ開けて取り出した。

「……お」

 大きい袋とリュックサックもあったので、これなら食料も持ち出せるだろう。それに加えて、沙月さんもこの事態が見えていたのか、奥の方に様々な物が入っていた。防寒グッズ、コンパス、登山グッズらしきものなどなど……完全防備だ。

「あ、コンパスがあるし……あー……」

 帰れる、と思ったがそもそも自分がどの方角から来たのか分からない。マイヤに来た時点で空は分厚い雪雲で覆い尽くされていたため、太陽の位置がどこにあるかなんて最初から分からないのだ。そこから自分の来た方向すら推測できない。

「……じゃあ、何故入れた?」

 あのコンパスの使い方すら知らなさそうな沙月さんが意味もなくこれを入れるとは思えない。
 それに、未来視で私がコンパスを使えない状況だということも分かっているはずだ。何か意図してやっているのだろうけど、全く分からない。ひとまず、持っておくことにした。

「よし」

 登山で使うようなちゃんとした装備に着替え、残りは全てリュックサックや袋に入れ、準備は完了した。出発しようと立ち上がったその時だった。

「……!? 薄っ!」

 立ち上がった瞬間、突然呼吸がしにくくなった。息苦しいのと感覚は同じような感じだろうか。呼吸はできているのに酸素を吸っている気がしない。明らかに空気が薄い。
 しゃがんだら治ったところを見ると原理は分からないが、酸素の量が違うようだ。そうでないとしても、空気が関係しているのは間違いないだろう。

「……持っていくか」

 背中の方の扉もこじ開け、中から取り出す。これも沙月さんは見ていたようだ。背負えるように作られた酸素ボンベが入っていた。防護服についている方を持って行こうかと思っていたが、こちらはまだ使われていない物のようだ。しかも傷一つなく、無事だ。これなら数時間は保つだろう。

「重いなあ……」

 だが、通学で散々鍛えられている。置き勉なんてしたことがないから、毎日重い荷物を背負っている。それよりも重く感じるが、大丈夫そうだ。

「行きますか」

 酸素ボンベを装着し、私は右も左も分からない地を歩いていった。

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