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試験

「ではやろうか。ユウト、両手を目の前にかざしておけ。そこに打ち込む」

 マレイはそういいながら軽く握った両拳を顔の斜め前に掲げ足を軽く開き腰を落として斜めに構える。そのみためからは女の子がちょっと本格的なファイティングポーズをとっているようにしか見えない。しかしユウトは見た目以上の緊張感と威圧をその身に受けて、ただ事ではないと体が緊張していた。

 ユウトも真剣さを持って両の手の平を目の前に掲げる。

「では、いくぞ」

 マレイがそう言った瞬間にそれまで数歩離れていた距離が一瞬で詰められる。まるで軽くジャンプするかのような気軽さで間合いはマレイの拳が届く距離になった。

 そして前方にあるマレイの左拳が距離を詰めた勢いに乗せてユウトの左手に放たれる。ユウトの手は軽く弾かれた。しかし音はなくマレイの拳はユウトの手に触れることはなかった。

「ふむ。存外固めに展開できてるようだな。ならもう少し強めにいこうか」

 マレイはつぶやくとにやりと真剣な目つきのまま口の端を歪めた。

 今度はマレイの右拳が放たれる。とらえたユウトの右手は弾かれない。その代わりにパンと空気を震わすかん高い破裂音が拳と手のひらが触れるほんの一瞬早く響いた。その現象は大橋砦の城壁でディゼルがユウトに見せたものに近い。ユウトの現象を再現できたことに小さな喜びを覚える。しかしそれはマレイの言葉でかき消される。

「では次からしばらく連続で行くぞ」

 そう言うとマレイは間髪入れずに拳を放つ。さらに間を置かず連打の嵐がユウトを襲った。

 ユウトは必死に両方の手のひらに魔防壁を展開する。なんとか余力を残しつつ乗り切れるかもしれないとユウトは楽観し始めていた。

 しかし、マレイは的確に展開された魔防壁を最良の力加減で割ることに加え徐々にその威力を上げだす。最初は魔防壁を破裂させた音だけだったが殺しきれなくなった勢いを手の平で受け止める音も加わりだし二重に音が鳴りだした。

 ユウトは徐々に恐怖感をつのらせる。受け止め損ねて落ちかけた手を下ろさせまいと突き上げるように放たれる拳。無理やり限界を引き上げられていくような感覚。それは圧倒的なマレイの技術によってコントロールされている感覚だった。

 マレイの圧力に気圧されるようにユウトは小さく後ずさる。そのことにユウトは内心腹立たしさを覚えた。マレイに殺気は感じられず、ただただ試すような好奇心しかなく負の感情は見えない。そのことがユウトを苛立たせる。

 ユウトは後ずさった一歩をかき消すように前進させる。余計な思考をそぎ落とし両手の平に意識を集中させていった。

 徐々に威力を増しているとはいえマレイの打撃にブレはない。魔防壁の固さ、圧力解放のタイミングだけを徹底的に調節する。

 二重に響いていた音は一つに修正され始め音の鳴る間隔は狭く音量は大きくなっていく。その様子を見守っていたヨーレンやレナ達には異様な光景に映っていた。

 そしてついにユウトはじりじりと前進を始める。ユウトは無心だった。理性を挟まずマレイの全身を観察、分析、調整を繰り返し本能のままに前進する。過剰な集中。

 マレイは突然動きを止めた。

「最後だ。止めてみろ」

 そう言うとマレイは右腕を後ろへ引いて静止する。マレイの動きを見ていたレナはその後に起こる事態を想像してハッと気づいて声を上げようとした。

 しかしその声が発せられようとした時にはすでに腕は動き出す。肘を曲げられたままのマレイの右腕は腰の回転、胸の回転と合わさり加速され半円を描いてユウトのあご目掛け下から突き上げるように放たれた。

 ユウトの反応は早かった。広げた両手は重ねられ直下かから迫るマレイの拳が加速しきる前にとらえる。

 両者とも時を止めたように静止する。

「あっ・・・」

 レナの声が響いた次の瞬間、これまでとは比べ物にならないほどの空気を割く音と強風がユウトとマレイを中心に広がってゆく。ユウトの体は静止状態から不自然に軽く浮き上がって仰向けに落ちた。

 放心状態のレナやヨーレンをよそにまずセブルが動く。レナの腕からすり抜けユウトへ駆け寄った。ヨーレンもその様子からすぐに我に返ってユウトの元へ走る。

 ユウトの目には夕刻を迎えようと黄色味に変わりだした空と流れる雲が映る。何がどうなって自身が床に転がっているのか一瞬理解できなかった。

「ユウトさん!大丈夫ですか?痛みとかありませんか?」

 空をさえぎって目に飛び込んできたのはセブルだった。ユウトはようやく事態を思い出す。

「そうか。マレイに最後の一撃で吹き飛ばされたか・・・。
 大丈夫だセブル。今のとこ体に不具合はないみたいだ。頭がちょっとぼーっとしてるかな」
「はあぁ・・・そうですか。ほんとによかった」

 緊張が解けたのかセブルはアイスが解けるよにへたる。ユウトは体を起こしてセブルを抱きかかえてやった。

「あのあの!ユウトさん!体はだいじょぶっスか?羽を使うっスか?」

 少し遅れて飛んできたラトムが降り立ち混乱したようにあたふたぐるぐると飛び跳ねながらしゃべる。

「大丈夫だラトム。その羽はまだ取っておいてくれ」
「ハイ・・・了解っス。お役に立てずごめんなさいっス」

 ラトムはユウトに声を掛けられパニックが落ち着いたように大人しくなる。ユウトは手を差し出しラトムは飛び乗った。

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