星の大釜
ユウト達一行は大橋砦をでてからは特に問題もなく街道を進む。御者席の隣から見る景色は春の訪れで芽生えた新芽が平原を覆い出していた。萌えるような新緑がユウトには新鮮で眺めていて飽きることがない。
大動脈と言われる街道はそれまでの道と違い、荷馬車が休息するための中継点が一定距離ごとに作れれている。ユウト達は中継点として作られた街道沿いの広場で夜を過ごしつつ街道を進んでいた。
移動中のユウトは砦を出る前夜にディゼルに教わった魔膜の扱い方を修練を積む。ときおり魔膜の扱い方を心得ているガラルドやレナに教えを乞いつつひたすら地味に魔膜の感覚をより掴もうと努力していた。
レナからは初心者が行う訓練方法とイメージ方を教わり、ガラルドからは実際の活用法、動作を見せられて学習を進めるユウト。
次の日には大工房に到着するだろうという地点。最後の野宿をする街道沿いの中継点でそれまでの修練を試すことになりユウトはディゼルがやっていたような手のひらと魔膜のクッションでパンチを受け止める、というのをレナに試してもらう。
「中途半端じゃわかんないからそこそこ強めにいくから」
「お、おてやわらかに」
ぐっと腰を落としつつも地面と垂直に安定した上半身、胸元に拳を構えたレナの顔つきは真剣だった。ユウトはレナに向けて手のひらをかざし集中する。
「じゃ、いくよ」
レナはそういうと脚、腰、腕のそれぞれがひねり、連動して正拳突きが放たれる。
拳はユウトの手のひらを綺麗にとらえる。するとユウトの手のひらは音もたてず後方にはじかれた。その威力はユウトの腕ごと弾き飛ばし態勢まで崩してしりもちをついた。
「あーやっぱりダメか。まだディゼルみたいにうまく割って衝撃を吸収させれないな」
ユウトは手のひらの感触を確かめつつぼやく。反対にレナとそれを見ていたヨーレンは冷静に驚いていた。
「今、音しませんでしたよね」
レナはヨーレンに尋ねる。
「うん、確かに。
普通なら魔膜の緩衝材が割れるかうまく緩衝できずに手のひらを打つ音がするはずなんだけど、それがないまま手が飛ばされるってことはよっぽど強固に魔膜を張ったんだろうね。
衝撃を吸収しきれなかったって意味では失敗なんだけど、そんな失敗の仕方初めて見たよ」
ユウトはレナに正対したことで力んで固くなってしまっただろうかと思いながら自身で張った魔膜とその中に詰めた魔力の固さをもう片方の手の拳でぐにぐにと確かめる。レナの近くでは未だ体の緊張は取れず定期的な発散を必要としていた。
「落ち込むことじゃないわ。本来なら圧を上げていく方がずっと難しいんだしあとは力を引いていくだけと思えばずいぶんらくなんじゃないかな。
たいだい魔術盾をあれほど使いこなせるディゼルの魔膜調節能力は腹が立つぐらい高すぎる。あたしにはあいつほどうまくできる気がしない」
「ありがとうレナ。助かる」
レナが気を使ってくれていると感じたユウトは目線を上げ笑顔で素直に礼を述べる。
「ま、まぁだから焦らずにね。上達速度はすごいんだから」
貌をそらしながらレナは話すともう寝るわ、と言って馬車の荷台に向かっていく。セブルがため息のように意思の乗らない一鳴きをした。
ユウトももう寝ようと使い慣れた大桶を持ち出してくる。短い間だったがまさに寝食を共にしたただの大きな桶とも明日で最後かと思うとどこかさみしさがこみあげ名残惜しさを胸に抱いて眠りにつくユウトだった。
そして朝を迎える。大橋砦をでてから夜間はセブルが周辺の魔力の変化に意識を集中してくれていたおかげでユウトは十分な睡眠をとることができている。昼間はラトムが担当していた。
起床したユウトは野宿の間に雨が降らなかったことを幸運だっと思いながら立ち上がると背朝日を浴びて背伸びをする。この移動で取る最後の朝食を手早くとると荷馬車は出発した。
低い位置にあった太陽が昇りだしてそろそろ朝の区分も終わりかとユウトが思っていたころ街道から見える景色が変わるのを感じた。
これまでも開けた草原にまばらに茂った木々が大小の丘で景色を作っていたが大きなすり鉢状のなだらかなくぼみだけの草原に変わっている。さながらクレーターのようで街道はその縁をなぞるように緩やかなカーブを描いていた。
ユウトが食い入るように側面の景色を見ていることに気づいたケランが声を掛ける。
「お、気づいたか。この変わった地形は星の大釜って言われてる。
大工房に近いこともあってこの景色を見にわざわざ来る人もいるらしい。あとは大工房が大掛かりな実験を行ったりもしてるらしいぞ」
ケランはどこか得意げにユウトへ語る。
「星の大釜か・・・」
ユウトはその場で立ち上がり少しでも目線を上げてその広大な平原の眺望を眺めた。
「星が落ちてできたとか、大昔の戦争の名残とか、魔女の怒りを買ったせいなんて話も合ったな。いろいろな与太話があるぞ」
「魔女?そんな者がいるのか?」
ユウトはケランの言った一つの単語が引っかかる。
「もちろんいないさ。大昔の逸話みたいなもんだ。子供への脅し文句によく使われたっけな」
ケランは気軽に答えた。
会話はそこで途切れ、ユウトは静かに眺め続ける。吹き抜ける風が草原を撫で付け波のように見える風景にユウトはどこか物悲しい感情の残滓を感じた。