思出
食堂から出て手洗いに立ち寄り街道が貫く広場に戻ると前日にレナと城壁に行った時間帯と同じくらいだとユウトは思い出す。レナと通った道をユウトは今度は一人で歩き誰ともすれ違うことなくほどなくして城壁頂上へと続く階段にたどり着いた。
ユウトはゆっくりとその階段を登っていく。
頂上に出ると人影が一人、河と橋の方を向いている後姿があった。その後ろ姿にユウトは見覚えがありレナであるとすぐにわかる。前日と違いはしゃぐような高揚としたものはなくどこか物寂しがユウトには感じられた。
何か放っておけない気持ちにかられてユウトは何か声をかけようとしたが声が出ない。なんて声をかけようかと思案してしまう。きょろきょろと目を泳がせどうしようかユウトが悩んでいるとセブルが一声鳴いた。
「なぁーーあぅ(おーいレナ)」
セブルの声に気づいてレナは振り返る。一瞬レナの目に涙が浮かんでいるようにユウトには見えたが夕暮れ近い日の光の逆光でよくわからなかった。
「なんだセブルか。びっくりした。
ユウトはもう疲れは大丈夫なの?」
「ああ。十分休ませてもらった。心配かけてしまっただろうか?」
「まぁね。魔物戦だもん。被害がないって方が不自然なくらいなんだから」
レナはニッと笑顔を作りながら話す。先ほどまでの寂しさはもうユウトには感じられない。
「それはほんとに幸運だったと思うよ。レナが魔鳥に付けた傷がなかったどうなってたかわからない」
ユウトはそう言いながらレナの風上の凸凹した塀に近づき橋を見る。橋の上には前日と違い馬車も人も多い。特に魔鳥がいた付近は人が多く集まり何か作業を行っているのがわかる。
「あたしの槍でせっかく綺麗だった橋の一部を壊しちゃった。
まぁガラルド隊長から指示されてやったことだし仕方がなかったってことも理解はしているんだけど・・・やっぱり心苦しいかな」
レナはユウトと同じ方向を見つつ、つぶやくように語りつづける。
「この場所に前来たときはあたしの姉と一緒だったんだ。
姉さんがこの景色も夜景の綺麗さも教えてくれた」
レナの声は重い。ユウトはただ黙ってレナの話を聞いた。
「チョーカーってさ、死の首輪なんて言われてるけど発動された例はほとんどないんだ。最近はゴブリンの数も少なくなったし、みんな気を付けてるし。
でも実際に使われたんだ。
最後に使用されたのは姉さんだった」
ユウトはレナの方を向いた。レナは真っすぐ橋を見つめている。
「姉さんは大工房の研究魔術士で植物の研究しててさ。とにかく外へ出て調査をよくやってた。
まぁいろいろあって・・・事故だったんだけど帰ってこれなくて・・・規定通りに発動された。
ゴブリンに襲われたかどうかはわからない。
でもあたしにとってはその理不尽に我慢できなかった。
不満のやり場がなくてギルドに入って鍛えまくって今にいたるかな」
レナの声色は話を進めているうちに徐々に淡々とした口調になっていく。
「大橋砦に立ち寄ることは何回かあったんだけど、なかなかここには来れなかった。
でも久々にここにきて、やっぱり綺麗だなって・・・」
始めのころにあった重さはなくなり最後はどこかうれしそうに語っているようにユウトにはレナが感じられる。そしてレナは感慨にふけるように黙ったのち突然大きく声をあげた。
「ああっ!なに言ってんだあたしは。
何が言いたかったかわかんなくなっちゃった。ごめんユウト、セブル、今のは忘れて」
レナはぐっと腰に手を当て反り返り天をあおぐ。ユウトに表情は見えない。
レナの様子をユウトは少しだけ見てからユウトは視線を大石橋に戻す。
「オレもレナにこうしてここを教えてもらって良かった。この橋を守るためにオレの力が役に立てたなら命を懸ける価値はあった」
ユウトの言葉にレナは「うん」と小さく答えたのがユウトには聞こえた。
突然セブルがマントから離れて地面に降り立つとレナに向かって飛び跳ねる。レナが思わず手に取るとセブルはレナの首に駆け上がり体を伸ばしてマフラーのように巻き付いて「なぅ」と小さく鳴いた。ユウトには何と言ったかわからない。
レナはクロネコテンの毛並みの良さを首元で感じる。レナにとって初めての感覚。表情がぱぁっと明るくなったのをユウトは見てなぜか安心感を抱いた。
首に巻き付いたセブルを嬉しそうにモフモフと触るレナをしり目にユウトはまた夕日に照らされる大石橋に一人また視線を戻してじっと見つめた。