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旧友たちとの密会(テオドール記)

 ・神聖グーレオローリス暦9年1月1日朝 帝城でのヨハン皇帝陛下、エルリック将軍閣下、フィル宰相閣下との密会、大夜会での挨拶について、追記。

 昨夜の大夜会前の密会、大夜会での挨拶について先に(しる)しておかねばなるまい。

 先触れのために既に登城させたサイラス卿を除いた高位聖職者29名とともに転移陣にて帝城に馳せ参じた時、帝城の転移陣の間には夜会の正装を身にまとったフィル宰相閣下がおられた。

「ああ、フィル宰相閣下。わざわざお出迎えいただきありがとうございます。相変わらずご健勝で何よりです」
「いえいえ、テオドール教皇猊下、並びに並み居る教国の方々もようこそおいでなさいました」
 フィルの出迎えに私は握手と軽い抱擁を交わしながら、挨拶をした。

「諸君は会場に向かうとよい。私は宰相閣下と別行動をとる。例年通り、大夜会の開始前は酒精のない飲み物と軽食が用意されているから、小腹を満たすのもいいだろう」
「「はっ。御意」」
「こうやってみると、テオドールも教皇というのが板についてますねぇ。夜会までは時間もありますし、2人共既にいつもの部屋で待っております。では、参りましょうか」
 私が高位聖職者たちに先に会場に向かわせると、フィルはそんな私をからかいながらも皇帝陛下の執務室への同行を促した。

「フィルです。テオドール教皇陛下と共にヨハン皇帝陛下、エルリック将軍閣下にお目通りします。扉を開けなさい」
「はっ。来訪がある旨は承知しております。どうぞお入りください」
 フィルが皇帝陛下の執務室前にいる近衛兵に扉をあけるよう告げると、執務室への入室がかなった。

「おお、フィルにテオドールか。よく来たな。テオドールがフィルに便箋を託したということは何か重大なことがあったか? まあ、2人共座れ」
「ヨハン皇帝陛下、エルリック将軍閣下もご健勝で何よりのこと。先程、グーレオローリス様への祈りの際に重大なことがありました」
「相変わらずテオドールはお固いことで。今、この部屋にはヨハン、フィル、テオドールと俺の4人しかいないぞ? 一応、奥の小部屋には暗部の人間が控えてるし、扉の前は俺が信頼してる近衛が控えてるけどな」
「そうだな。エルリックの言うとおりだ。ついでに言えば、今、我々の妻たちは中庭で社交をしているところだな。固い口調は抜きにしようじゃないか」
「うんうん。そうだね。こうやって4人だけで集まるのも数カ月ぶりかな? いつもは僕たちの奥さんとか部下とかが一緒にいたし、テオドールも教皇になってから忙しかったからねぇ」
 執務室内の手前側にある応接セット――革張りの長椅子が2台、やや低い長机を挟んである――の奥側の長椅子にヨハンとエルリックが並んで座っていた。ヨハンもエルリックも夜会の正装を身にまとっている。ヨハンが私達が入ってくるや否や、着席を促してきた。軽く黙礼しながら2人へ挨拶をすると、エルリック、ヨハン、フィルはそんな私をからかいながらも昔ながらの気安い口調で語りかけてくる。こうした関係というのも同い年で25年以上の付き合いならではだ。

「ははは。それもそうか。では、お言葉に甘えて。まずは座るか。すこし小腹が空いてきたから、軽食をつまみながらでいいかい?」
「ああ、遠慮なく食べろ。飲み物も入れてやる」
「ああ、なんということだ。ヨハンにお茶を入れさせるとは(おそ)れ多い。なぁんてな。ありがとう、ヨハン。じゃあ、早速本題に入ろうか」
「なに。いいってことよ。なあ、祈りの際ってことは神託か? そういえば、聖地の方から空に光が出たっていう報告もエルリックから来てるぞ」
 私とフィルは着席し、軽食――ここ数年で最高品種の小麦を使ったパンなど――を手に取りながら、話を切り出した。ヨハンの話の食いつきはいい。

「ああ、そっちにも見えたかぁ。神託どころでない。グーレオローリス様が顕現なされた」
「ははは。そうきたか」「おいおい、よく落ち着いてられるな」「へぇぇ。これは面白いことになりそうだね」
 私がグーレオローリス様の顕現のことを話すと、ヨハンは乾いた笑いとともに右手を額に乗せ天を仰ぎ、エルリックは腕を組みしかめっ面、フィルはニヤニヤと笑みをたたえる。まあ、らしいといえばらしいか。

「グーレオローリス様がこれまでの8年の働きを褒めてくださった。そして、ヨハンやエルリック、フィルにもお褒めの言葉を頂いた。『よくぞ頑張られた』とな」
「ああ、グーレオローリス様、ありがたいことだ。しかし、これも私たちのみならず民の力あって故。このことは大夜会の際にも伝えよう」
「うんうん。色々あって大変だったけどグーレオローリス様が見守ってくれて、民が頑張ってくれたからねぇ」
「そうだな。俺も将軍としてエバンズなどを治めてた元々の王国や他の国と色々やりあったけど、亡くなった戦友や傷を負った戦友も多い。でも、今を生きている俺や軍の者だけでなく、そういった戦友たちの力もあって、今があるんだよな。それをグーレオローリス様は見守ってくださっていた。それが何よりも嬉しいな」
「ああ、そうだな。こうして私は教皇として8年間、色々な地を回ってきた。年を重ねるごとに民の笑顔が増えていることが目に見えてわかったからな。グーレオローリス様に感謝の祈りを捧げられる日々を送れる。それだけヨハンたち3人が頑張ってきた証だよ」
 グーレオローリス様が我々を褒めていたことを告げると3人共感慨深いものがあったようだ。皆、目元から汗でもでたのであろうか? しばしの沈黙があったので、その間にお茶と軽食を口にしておく。

「ああ、美味いな、これ。さてさて、グーレオローリス様のお話はこれだけでない。ヨハン、エルリック、少し前に聞いたとおり、帝国は年を明けてより戦は控えるということでよかったか?」
「相変わらずだなテオドールは。口元に食べかす付いてるぞ。そこの布で口元を拭っとけ。質問の答えは()だ。暗部に色々指示して、帝国に手を出させないように情報を広めたからな。それに今の帝国領は元々グーレオローリス様のことどころか他の神の存在すら知らなかった民が多かったところだ。今の帝国の周りにある国は他の神を信仰しているものが多いと聞いている。ならば無駄に争って取り込むこともあるまい。それよりも国を栄えさせることに専念したほうがいいな」
「そうだな。この8年の戦続きで失った兵も多い。他国だった兵の者も糾合し、より練度の高い軍を作るには一度戦を止めねばなるまい」
「ああ、その方針なら大丈夫だな。フィルには負担がかかるとは思うがよろしくやってくれるさ。なぁ? フィル」
「まあ、そうだね。新しく得た領土で色々やりたいことはあるからね。幸い8年で部下も育ってきてるから大丈夫でしょ」
「それは重畳(ちょうじょう)。あと2年すれば我が教国も帝国も建国10年だ。この後の夜会でヨハンが教国と帝国合同で建国10年の式典を行うことも公布する。そこでグーレオローリス様がおっしゃられた。『それに合わせて、グーレオローリス様よりも遥かに上の存在である神様、主に原初の神アーイーア様、この宇宙をお創りになさったイーアス様の威光を(たた)える書、それを学のないものでもわかるように簡単にまとめた話を書け』との神託を下さった」
「はははは。これは一大事だな。そうなると全国行脚は控えるのか?」
「さすが、ヨハン。よくわかったな。年明けてからは必要最低限の祭事以外は大神殿にこもることになる。なにせ、原初の神アーイーア様に拝謁し対談した上で書を書き起こすことになるんだ。それに教えを広めるという意味ではそろそろ枢機卿たちに任せてもいいと思っているしな」
「へぇ。それは大変そうだね。じゃあ、祭事とか行幸などの話は年明けてから枢機卿と話を詰めておくね」
「ああ、頼んだわ。フィル。あと、この地図はグーレオローリス様から頂いたものだ。預けるぞ。この印がついたところに紙や墨の原料を用意してくださるそうだ。加工方法も示されているから、出来上がったら大神殿の祈祷の大広間に置くように命じてくれ。これについてはヨハンと共同して進めてくれ。出来上がった書物の初版は建国10周年の式典の際にヨハンに真っ先に献上しようと思う。喜べ! ヨハン。人類では私以外に初めて読むことになるぞ」
「ああ。テオドールがどんな本をかきあげてくれるのか楽しみだ。期待してるぞ。それはそうと、私たちの子供がそろそろ大きくなってきてな。もっともテオドールは妻がいないからな、そこらへんは疎いと思うがな。そろそろ若い世代のための学び舎を作ろうと思う。教国も次世代の聖職者のための学び舎が必要になるのではないか?」
「ああ、そうだな。教国も今年大神殿が出来上がったことだし、仮住まいの跡地には製本のための施設や聖職者のための神学校をつくってもいいと思っている。建国10周年の5月あたりに開校を目指してもいいかもな」
「お、テオドール、いいところついたな。その時期をねらうのはありだと思う」
「ヨハンよ? こっちもいいか? 今は若いヤツから軍に直接引き入れてるけど、いずれ幼少から訓練しているやつも入れたいんだ。軍人のための育成学校ってのも作れるか?」
「ああ、エルリック。作ってもいいだろうな。どうだ? フィル」
「うん。まあ、そうだね。そういった学び舎がほしいとの要望が上がっているのも事実。いけると思うよ。でも、内々に進めておいて、公布するのは来年の秋がいいと思うよ」
「よし、わかった。その方向で進めてくれ。これでテオドールの大事な話は終わりだな。そろそろ夜会の時間だな。私たちの妻も呼ぶか。『影』の者よ! 聞こえてるな! 妻の影のものを使って、イレーネ、ベネット夫人、レミーナ夫人へこちらに来るように申し付けてくれ」
 ヨハンに口を拭くための布を指差しながら、からかわれた。それを気にもとめず、帝国のこれからの動きを確認した私はグーレオローリス様の神託の内容を明かし、これからの私の動きを宣言した。それによって動く事業も多い。教国も帝国も忙しくなるだろう。建国記念式典事業、ならびに出版事業、更には学校の開設事業も並行して行われるのだから。

 そこから3人の妻が来るまでは4人で他愛のない話を広げた。

「ねえ、テオドール? そろそろ妻を(めと)る気はないの? うちの子たちももヨハンやエルリックの子たちも他の部下たちの子もみんなかわいいから、そろそろテオドールの子も見たいと思うんだけど」
「うーん。フィルの言うことはもっともなんだけど、この仕事が忙しくってってのもあるけど、なんかいまいち家庭を持つってことの想像がわかないんだよね」
「仕事が忙しいの言い訳はなしだろ? 私もエルリックやフィルも忙しいぞ? それでも家庭をもってるんだから」
「そうだな。軍の遠征とかでなかなか家に帰れないこともあったけど、それでも子供は可愛いし、妻もかわいいからな。うんと可愛がってやってるぞ。まさか、女に欲情できないってことはないよな?」
「ははは。エルリック。さすがに私も男だ。それはない。女性聖職者の色気にくらっと来るときはあるが自制している。まあ、6歳のときの神託を果たすまでは家庭はいいかなって思っていたのはある。だから、今回のグーレオローリス様の顕現はまさに思し召しだろうなって思う。だから、2年待ってくれ。それまでに決着をつける」
「そうか。他の国では俺らの年で亡くなる人間も多い。それでも俺たちが大きな病もなくして生きられるのはな? テオドール。お前と会って、私、エルリック、フィルと一緒に仲間を集めて、民の暮らしを良くしようと頑張ったからだ。それが今なんだ。だから、お前の子の姿、いや、俺たち含めて孫の姿を見るまでは死なないぞ?」
「そうだな。私もお前と義兄弟になり、エルリックやフィルがいたからこそ、今があると思ってる。ありがとうな、みんな」
「はっはっは。そうだな。私達4人は(おそ)れ多くもグーレオローリス様の名を授けられた身。皆、長く生きようではないか。もっとも私はとっとと次代を育てたら引退して余生を過ごすつもりだがな」
「俺もそうだな。とっとと若いやつに任せたいな。引退したら教官でもやるさ」
「僕はどうしようかな? 国を支える文官のトップって楽しいけどね。引退したらヨハンの孫の家庭教師とかなってみようかな」
「あ、フィル。それ、いいな。俺もヨハンの孫の武術に指導やるか」
「はっはっはははは。それはそれは。お手柔らかにな。といいたいところだが、遠慮はいらん。皇子といえどもゴヴァン家の子息というだけだ。皇帝としてグーレオローリス様の名をつけることを許されるかどうかは皇帝の地位に恥じないか、グーレオローリス様のお目にかなうかにかかっている。今しばらくはゴヴァン家が皇帝の地位を預かることになるが、いずれ愚かな子孫が生まれたら、ゴヴァン家でないものが皇帝の座につくだろうさ。今もエルリックとフィルの2人には私の子たちの教育を見てもらってるが手厳しくしてもらってるからな。その分、イレーネには優しくしてもらってるからな。怒らせたら怖いけどな。はははは。まあ、年老いたエルリックなら孫相手に全力でいいんじゃないか?」
「馬鹿言え、ヨハン。そう簡単には衰えるつもりはない。余力は完全に残しながら引退するし、鍛える日々を送ることは変わらない。それでも引退する頃には俺に5本中3本入れられるやつが現れるさ。俺の引退時期はお前の引退時期とそう変わらないし、フィルもそうだよな?」
「そうだね。多分、引退時期はそんなに変わらないと思うよ。皆ちゃんと生きてれば建国25年までには引退するんじゃない? って言うか、そのつもりで動いたほうがいいね。教国ではどうなってるの?」
「なんとも言えないところだけど、全てグーレオローリス様の(おぼ)し召《め》しによるしかないと思ってるよ」
「そうか。まあ、そうだろうな。まあ、なるようになるだろうな」
「まあね。全てはグーレオローリス様の御心(みこころ)に従うのみさ」
 まあ、予想していたとは言え、妻を娶ることについて言及された。神聖グーレオローリス教においては聖職者の妻帯は許されている。もちろん、教皇の私も含めて。ただ、私は齢6の時の神託を成し遂げるまでは妻を娶ることはないと思っていたので、今日の神託はいいきっかけになるのだろう。それから、教国、帝国の未来予想図を4人で語り合った。しかし、教国の次代はどうなることやら。次の教皇は誰になることやら。『神のみぞ知る』か。

(コンコンコン)
「ヨハン様、イレーネです。ベネット、レミーナ共々、お呼びと聞いたので参上しましたわ。まあ! テオドール教皇猊下、ようこそ帝国においでくださいました。猊下に置かれましてはますますご健勝のこと、何よりですわ。ヨハン様、エルリック様、フィル様たちと楽しい会話をなされていたようで」
「エルリック様、ベネットが来ましたわよ。テオドール様、いらっしゃいませ」
「ふふふ。レミーナ参上です、フィル様。テオドール様、お元気でしたか?」
「ああ、イレーネ。それにベネット、レミーナもよく来たな。この度、テオドール猊下にグーレオローリス様が直々にお姿をお見せになって神託を頂いてな。2年後の建国式典までに帝国も忙しくなるぞ」
「まあ! そういうことでしたの? 先程の社交の場でも聖地ミケレーネで光が見えたことについて大騒ぎでしたのよ? 教国の方は敢えて話をぼかしていらっしゃったようね。それはそうと、ヨハン様、そろそろお時間ですわよ? エスコートしてくださるかしら?」
「ああ。愛しのイレーネ、今宵も私ヨハンがエスコートしてさしあげよう」
「ええ、ヨハン様。よろしく頼みますわ」
「レミーナ、そのかわいい手を出してね。一緒に行くよ」
「はいっ。フィル様」
「ベネット。俺たちも行こうか。手を出して」
「エルリック様。では頼みますわね」
 ヨハンの妻であるイレーネ・レクト―・ゴヴァン皇后陛下が、エルリックの妻であるベネット・ルービン・ムースレ公爵夫人、フィルの妻であるレミーナ・ブラント・ウィドム公爵夫人を伴って執務室に入ってきた。それぞれヨハンは22歳でフィルの4つ下の妹を、エルリックは21歳でヨハンの2つ下の、フィルは23歳の頃にエルリックの3つ下の妹を妻に娶った。まあ、お互い家族ぐるみの付き合いだったから、いずれそうなるだろうなとは思っていた。3人とも長男でお兄ちゃん気質だったし、それぞれの妹たちも自分の兄とは違う感じだけど優しくしてくれる男に惚れないはずがない。どの夫人も才色兼備であり夫を陰ながら支えているし夫婦仲は良好で、ヨハンたちは他の女に目移りすることなく妻一筋だ。
 私はイレーネ皇后陛下と挨拶を交わすと、ヨハンたちはそれぞれ妻をエスコートし、執務室を出ていった。そして、私もそれについていく。

「なるほど。いいものだな。夫婦というものは」
 ヨハンたち夫妻の仲睦(なかむつ)まじい様子を見ていると妻を娶るのも悪くはないと思う。

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