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彼氏に愛されたい

   私は、甘えたがり…
  *イメージ*
『クールな女性』私の会社のスタッフは、私のイメージについてこう思っている。
なぜなら、私はこのテレビ局のメインキャスターで、外見はボブヘアにパンツスタイルが定番。華奢だけどクールな振る舞いと喋り方を心掛けているから、そんなイメージをもたれるのは当然だ。
 
 だけど、私の本当の性格は、ものすごく甘えたがりだ。
 本音を言えば、私はパートナーとは毎日のプライベートタイムをふたりでゆっくり過ごしながら甘えたいけれど、

 私には彼氏がいてこの会社で一緒に仕事をしている、いわゆる社内恋愛だ。
私より2歳年上の彼氏は仕事ができると評判で、178センチの身長に、しっかりと鍛えた体、くっきりした二重瞼が印象的な顔立ちで、女性受けするカッコイイ男性だ。
そんな彼氏にとって私はいい女のようなので、私はクールなイメージをキープしている。

 でも、彼氏には大きな欠点がある。 無類の女好きなのだ。
これだけカッコイイのだから、女性が寄ってきてしまうのは仕方がないと思うけれど、本当にモテる男性というのは、自分から女性のところにはいかないし、女性を選ぶものなんじゃないかと、私は思っている。
 
 彼氏には私のほかに沢山の親しい女性がいるらしいことは、彼氏の様子を見ていればわかる。でも、私は知らないふりをしている。
 これが私の勘違いならいいのだけれど、彼氏が女性とのデートにいそしんでいることを、自慢気に沢山のスタッフに話をするから自然と私の耳に入ってくる。
 
 こんな彼氏の行動について、私はうるさく言わないことにしている。というよりも言う気にならない。私には『束縛・嫉妬』という感情がほとんどなくて、ほかの女性に目を向けるのは私に魅力がないからだと思っている。だから嫉妬心を抱く前に愛情が冷めていくのだ。
 私たちがつきあっていることは会社には内緒にしているので、スタッフたちは私の前で平気で彼氏の節操のない話をする。

 今も近くから彼氏とスタッフ達の会話が聞こえてくる。
「昨日の女の子はどんな子だったんだよ?」
「まあまあかな~。外見は可愛いんだけど、緊張するとか言って話がはずまなくてさ~、食事だけで解散したよ」
「そんなこともあるんだ」
「あるある、俺、つまんないの嫌いだもん」
 彼氏は学生のようなことを言っている。学生でも言わないかもしれない。『きっと、この人は結婚してもこんな感じなんだろうな~』と、私は客観的に思いながら原稿を書き進める。

 ある日、スタッフたちとの飲み会があり、男性スタッフ達が好みの女性のタイプについて話し始めた。
テーマは『クールタイプと可愛いタイプ、どちらが好きか』
 ほとんどの男性スタッフは、可愛いタイプと言った。
私だって、どちらかと言えば、性格は可愛いタイプ。決してクールではない。と、自分では思う。でも彼氏もスタッフ達もそれを知らない。
 みんながほろ酔いになってきたとき、最年少の女性スタッフが私の彼氏に甘え始めた。
 彼女の顔立ちは可愛いタイプではないけれど、声や振る舞いがものすごく可愛くて、全身がくねくねしている。
 彼氏は、奇妙な笑顔を見せていたが、徐々に嬉しそうな表情に変わっていく。
 その女性スタッフが私の彼氏に言った。
「私、あなたのことが好きなんです。とっても素敵ですよね。私と遊んでください。私、彼氏がいなくて淋しいんです。全然モテなくて…」
 とても可愛く、甘えた声のトーンだ。その様子に、私は見入っていた。
 すると、ある男性スタッフが私に言った。
「おまえも誰かに甘えてみせてよ」、
「いいよ!」
 私は意気込んでそう言うと水を一口飲んだ。
「私、淋しいの。誰か隣にいて~」
 私は、自分が思う可愛い声と話し方で言ってみた。すると男性スタッフが
「すごくエロい!全然可愛くない!可愛いよりエロい!」
 と、言うと、他のみんながゲラゲラ笑った。
「可愛くなんてできない!どうせ、可愛くないもん!みんな、笑い過ぎよ!」
 私は拗ねた。

 その晩、私と彼氏は、久しぶりにホテルでデートをした。
 飲み会での私の甘えた声が彼氏を刺激したようだ。
 私は、彼氏の激しいキスを受け入れる。そして、いつもの様に愛し合う。
 でも、彼氏と話したり、触れ合ったり、キスをしても、それが愛なのか、快楽のためだけのものなのか、既にわからなくなっていることを実感する。
 帰る頃には、私は彼氏に対して嫌悪感さえ抱いていた。

 そして数日後、私たちはカップルを解消した。
 彼に対する愛情が微塵もないことに、私が気付いたからだ。
「俺はヤダよ。何だよ急に別れるって、理由は?」
 と、彼は不平不満をこぼし、理由を知りたがったが、私の心には届かなかった。
 
 情という気もちはあるかもしれないが、そんな少しの情くらいであの男の彼女でいたくない。
 もっと、愛する人の大きな愛情で心身を満たされたい。
 それが、女。
 そして…私。
 私には愛してくれる彼氏の存在が必要だ。
  
  *甘えさせてくれる人*
 この日も、私は夜遅くまで仕事をしていた。
 アルバイトの男性スタッフのレオくんも、一緒に仕事をしていた。
 レオくんは私より2歳年下の大学院生だが、かなりしっかりした性格をしている。
 あっさりした顔立ちにすっきりとしたショートヘア、優しい笑顔が清潔な印象を与える。
「終わった~!」
 レオくんの仕事は私より早く終わった。
「良かったね~、お疲れ様。先に帰って良いからね」
 と、私が言うと
「何か手伝いましょうか?」
 と、レオくんが私の近くに来て言ってくれた。
「大丈夫よ。せっかく早く終わったんだから帰って」
「今日は何も予定がないから暇なんです。やることがあったら遠慮なく言ってください」
 と、レオくんがまた言ってくれたので、私は甘えることにした。
「わかった。ありがとう。じゃあ、そこの原稿のコピーをお願いします」
「ずいぶん簡単な仕事だな~」
 と、レオくんが笑う。
「でも、私、コピーが苦手なの。だから、やってもらえると助かるわ」
「そうでしたね。いつもコピー機に遊ばれていますよね。ピーピー鳴らして。ハハハ…」
 年下のくせにレオくんが大笑いしながら言った。でも『かわいい…』レオくんの表情と言葉を受け止めると、単純にそう思った。
 コピー機の音を聞きながら、台本を書き進めていく。
 集中することおよそ30分。
「終わった~開放感たっぷり~」
「お疲れ様です。コピーももうすぐ終わりますよ」
「ありがとう」
 私は、笑顔で応えた。
 すぐにコピー機が止まる音がした。
「お腹すきましたね。ご飯食べて帰りませんか?」
「うん!お腹すいたね~。私、和食屋さんでお魚とお寿司が食べたいな~」
「いいですね~、僕も和食好きなんですよ」
 と、レオくんが賛成してくれた。
 時計を見ると日付が変わりそうな時間になっている。
「こんなに遅くなっちゃったんだね~…開いているお店あるかしら。飲みたいんだけどな」
「そうですね~、遅いですね…。何ならうちに来ませんか?買い物をしたばかりだから、何かはありますよ。お酒は僕も好きなんで揃っていますよ。どうですか?すごく近いですし…」
と、レオくんが提案してくれた。
「でも…私がおじゃまするのは…。一応、私は女であなたは男」
 と、私が言うと、レオくんは、
「大丈夫ですよ。りらさんはクールな女性だから。僕は、キュートな女性が好きなんです。甘えてくるような可愛い女性が良いなあ」
 と、レオくんは遠回しに私に『ノーサンキュー』と言ったようだ。
 私は自惚れた自分に恥じらいながら
「わかった。それじゃあ、もし、お店で飲めなかったら、おじゃましますね」
 と、私はレオくんの部屋に条件付きで行くことにした。

 私たちは、かろうじて開いていたファミリーレストランに入り、メニューにお酒があることを期待したけれど、ノンアルコールばかりなので、軽く食事を済ませてお酒を飲むためにレオくんの部屋に向かった。
 クールなイメージの綺麗なマンションの前にさしかかると、レオくんが
「ここです」
 と、言って立ち止まった。
「綺麗なマンションね」
「とても気に入ってます」
 レオくんが嬉しそうな笑顔を見せる。
 エレベーターを3階で降りると
「ここです」
 と、言いながら、レオくんはポケットから鍵を出して、慣れた手つきでドアを開けた。
「どうぞ」
「ありがとう。おじゃまします」
 私が先に入ると、玄関には靴が一足もなかった。綺麗に片付けられているらしい。
 リビングルームのドアを開けて、レオくんが電気を付けた。
「わ~、綺麗!素敵ね~」
 白とグレーでコーディネートされたレオくんの部屋はとてもおしゃれで、すっきり片づけられていて清潔感に溢れている。
「ありがとうございます。僕、綺麗好きなんですよ。気持ち悪いですか?」
 レオくんが私の様子を伺いながら聞いてきた。
「ううん。私も、かなりの綺麗好きなの」
「よかった~。シャワー使います?」
「ありがとう。助かるわ。帰宅したらまずシャワー。これが私の鉄則なの。お借りします」
「ハハハハハ~、同じだ。どうぞ、こっちです」
 レオくんは笑って案内してくれた。お風呂もかなりきれいだ。

 シャワーを上がると、洗濯機の上にレオくんのルームウエアが用意されていた。
「ルームウエア、僕のですけど使ってください」
 リビングルームからレオくんが声をかけてくれた。
「ありがとう。お借りします」
 そう言いながら私は手早く着替えると、バスタオルで髪を包み、リビングルームのドアを開けた。
 レオくんはスリムだけど180センチの長身だ。かなり大きいサイズのルームウエアがリラックスさせてくれる。
「僕もシャワーに入ってきます。おつまみとワインを出しておきましたから、食べていてくださいね」
「ありがとう。でも、髪を乾かしながらまってるね」
「うん」
 レオくんはひとだけ言うと、シャワールームへ向かった。
 髪を乾かし終え、ドライヤーのスイッチを切ると同時に、リビングルームのドアが開き、レオくんが入ってきた。
 グレーのTシャツにネイビーのショートパンツを穿いたレオくんは、ちょっとワイルドな雰囲気に見えた。
「お待たせ」
「なんか雰囲気が違うから、照れちゃうわ」
「ハハハ…。照れないで、リラックスしてください。飲みましょう。ワイン?それとも…」
「ワイン!」
「OK!」
 と、レオくんが大きな声でこたえる。
 よく冷えた白ワインを冷蔵庫から出し、上手にグラスに注ぐ。レオくんのそのしぐさを見ていると、セクシーさを感じる。綺麗な手だ。私は手フェチだ。男性の手に色気を感じる。
「さあ、飲みましょう!」
 レオくんが私にワインを差し出した。
「いただきます」
 ふたりでグラスをぶつけると、とてもいい音がした。
「おいしい!」
 私。
「う~ん!うまい!」
 レオくん。
 ふたりで見つめあいながら笑った。
「彼女はいるの?」
「いませんよ。いたらりらさんを部屋に入れませんよ」
 レオくんがすんなりと言った。本当にいないのだろう。
「それもそうね。ごめんね。愚問で」
「そうですよ。で、彼氏はいるんですか?」
 レオくんが私に聞き返した。
「ううん。いないの。欲しいんだけどね~。私、淋しいのが苦手で…だから彼氏がいないと困るのよね。気もちが落ちるの」
 ここに来てまだ1時間半。ワインを2杯飲んだだけなのに、ほろ酔い気分になっている。普段はどんなに飲んでも外ではしっかりしているのに、今日は変だ。年下の学生だから油断しているのか、それとも、疲れているのか…。早いところ帰らないと、素を見せてしまうことになりかねない。
「いつから彼氏がいないんですか?」
「それは秘密よ。それより、私そろそろ帰るね」
「今夜は泊っていきませんか?もう遅いし、飲んでる…」
 レオくんが心配そうに言った。
「ありがとう。でも…帰るわ。明日の着替えも何も持っていないから」
 私が立ち上がりながら言うと
「着替えは会社にあるでしょ?」
 レオくんがソファに座ったまま言った。
 正直、ものすごく眠い。このまま今すぐここで寝てしまいそうなくらい眠い。
「遅すぎて危ないよ。一般人であって一般人じゃない」
「うん、ありがとう。でも…帰るわ。私の変な本性を見せたくないの」
 私が心配事を正直に話した。
「え、何それ、見たいな~」
「ダメなの。じゃあ、帰るわ。おやすみなさい。お酒ごちそうさまでした」
 私はそう言うと、バッグを手にし、ふらふらしないように気を付けながら玄関に向かった。
 つもりだった。
 しかし、ソファにつまずき、レオくんの上に転倒してしまった。とにかく眠い。
「大丈夫?危ないな~。ほんと、泊ってください。これじゃあ帰れませんよ」
「う~ん。実はとても眠いの。でも、今日着た物の洗濯もしなくちゃ」
「じゃあ、僕も洗濯をするので一緒に洗いましょう。横になっててください」
「わかった。じゃあ、限界になったら寝ちゃってもいい?」
 酔いながらも、甘え口調にならないよう、気を付けながら言う。
「もちろん、良いですよ」
 と、レオくんが言ってくれたので急に安心してしまった。
 
 洗面所から洗濯機の音が聞こえてきた。先に寝てしまわないように、私はその音を聞きながら、レオくんの愛読書らしいメンズファッション雑誌をめくる。
『若いな~』単純にそう思った。
 隣にレオくんが座る。
「面白い?」
「うん。洗濯終わったら私が干すね。自分の物もあるから」
「うん、わかった。りらさんって飲み会でもあんまり乱れないよね?酔ったところ見たいな~。何か変化ある?歌い出すとか、泣き出すとか、笑い出すとか」
「変なことを言うのはやめて。全然変わらないわよ~」
 私がちょっと怒りながら言っているのに、レオくんは聞こえないふりをしているのか、立って冷蔵庫を開けた。
「はい、大好物のスパークリングワイン。どうぞ。」
 レオくんが悪戯っぽく言って私にグラスを渡した。
「うれしいけど、これを飲んだらもっと酔っちゃう。私の本性を見せるのは本当に嫌なの」
「いいじゃないか~、今ここにはふたりしかいないんだから。一緒に飲もうよ」
 レオくんが上から目線で言った。すっかり敬語が抜けている。
「う~ん…、わかった。頂くわ。」
『これ以上酔わないように頑張れば大丈夫』自分の心に言い聞かせる。
 ところが、そのスパークリングワインは酔っていても美味しかった。一杯ではやめられない。
「すごく美味しい!このすっきりした味わいと、少し強めの炭酸。良いバランスね」
「そうでしょ。僕のお気に入りの逸品なんだよ。気に入ってくれて良かった」
 私は、嬉しそうなレオくんの表情に見入ってしまった。
 飲み干すや否や、レオくんがおかわりを私のグラスに注いだ。
 そして、レオくんが冷蔵庫からアイスクリームを取り出した。
「チョコ味とバニラ味どっちがいい?」
「チョコ!」
 私が即答すると
「子供みたいだな~」
 と、言いながら、レオくんはチョコレートのアイスクリームとスプーンを私に差し出した。
「ありがとう」
 私は、大好物の2つを目の前にして、すでに甘えたいモードになってしまった。
 気持ちが落ち着いて、ふたりは喋らずに飲んで食べている。
 こんな風にまったりと落ち着いた空間にいられるのは、贅沢な感じがする。何かを話さなければならない、何かをしなければならない、そんな風に考えず一緒にいられるのは、長年一緒にいる夫婦や恋人以外にあり得ないと思っていた。
 初めて訪れた部屋、恋人以外の男性、しかも大学院生。それなのに一緒にいてこんなに寛げるなんて思ってもみなかった。『お酒のせいかな…』心の中で呟く。

 再び睡魔が私を包み込む。酔いと睡魔…ダメ。本性が出てしまう。
「もっと飲む?」
 レオくんが聞いてきた。
「ううん、ありがとう。ごちそうさまでした。眠くなっちゃって…」
「そっか…、僕はもう一杯飲むよ。一緒に飲もうよ」
 レオくんは結構お酒に強いようだ。
「でも…、やめておいた方がお互いのためだと思うの」
 私が心配して言うと、レオくんが私を抱きしめた。
 私は一瞬躊躇したが、レオくんのハグに応えて体に腕を回した。見た目より遥かにがっちりしている。

 レオくんは、お酒を取りに行こうとしたが、私はレオくんに
「もっとこのままでいて」
 と、小さな声で甘えた。
 レオくんは何も言わず強く抱きしめてくれた。
 私は、レオくんのぬくもりに癒されていた。
 数分後。レオくんが
「お酒を取って来るよ」
 と、言って、立ち上がった。
 スパークリングワイングラスに輝くロゼのピンク色とまっすぐに立ち上る炭酸の泡が美しい。
 目の前にスパークリングワインが差し出され、レオくんが私の隣に座った。
「ありがとう」
 私はひと言だけ言ってスパークリングワインを飲んだ。
 私好みの辛口。これもとても美味しい。
 レオくんも、一口飲んで、
「うん。美味しい」
 と、満足気に言うと、グラスをテーブルにおいた。

 数秒間の沈黙…。レオくんが私の肩を抱く。私はレオくんの首に顔をくっつけた。
 数秒間の沈黙…。レオくんが一瞬下を向き、私にキスをした。
 私はレオくんのキスを受け入れた。

「大丈夫?」
 レオくんが聞いてきた。
「聞かないで。恥ずかしい」
 私がこたえると、レオくんがまたキスをしてきた。
 ライトキス…ハードキス…ディープキス…。
 レオくんとの甘くセクシーなキスを重ねるうちに、一段と大きな睡魔が私を襲ってきた。
「すごく眠い。寝てもいい?」
「あ、うん。いいよ」
 レオくんが優しい眼差しで言った。まるで小さな子供を見るように。
「でも、ひとりじゃ淋しくて眠れない…。一緒に寝て」
 私が甘え口調で言ってしまう。
「うん。いいよ。一緒に寝よう」
 レオくんがまた子供をあやすように言った。
「抱っこして」
 私が甘える。
 レオくんはちょっと笑うと、軽々と私を抱き上げ、ベッドルームのドアを開けた。
 ふたりでベッドに入るとお互いに見つめ合いキスを交わした。 
 私はすぐに眠りについた。
「甘えんぼうだな~。可愛いじゃん」
 寝てしまった私を見てレオくんが呟いた。

 目覚まし時計の音で目が覚めた。自分の目覚まし時計の音とは違う音。
 隣ではレオくんがまだ眠っている。
「あ~、昨日はここに泊ったんだ…」
 時間を確認すると、まだ早い。レオくんは結構早起きするタイプのようだ。
 出勤前の時間を有意義に過ごす人なのかもしれない。もしかしたら、学校?
「おはよう」
 私はレオくんの耳元で小さな声で囁いた。
「う~ん…おはよう」
 レオくんがまだ半分寝ている声で応えた。
「朝ごはんはいつも食べているの?」
「うん。パンとか適当に…」
「わかった、きょうは、私が適当に作るね。食材使うわね」
 私が言って起き上がろうとしたら、レオくんが私の腕をつかんで引っ張った。
 レオくんは自分の上に私をのせ抱きしめた。
 そして、私たちはキスをした。
「彼氏になりたいよ」
 レオくんが突然言った。私は何も言えず、ただレオくんを見つめた。
「その表情はダメということかな?」
 レオくんが不安気に言った。
「ううん。そう言ってくれてすごく嬉しい。でも…実は…私の性格をみんなに誤解されているみたいなんだけれど…私、彼氏には甘えたいタイプなの…嫌じゃない?」
「ハハハ…!知ってるよ。たくさん甘えて。でも、僕にだけだよ」
「バレてた?」
 私が照れて言うと、レオくんは私にキスをした。
「もし、私の甘えが重かったら言ってね。気をつけるから。重い女にはなりたくないの」
「甘えてくれるなんて可愛いじゃないか。僕はそう思うけど。全然嫌じゃないよ」
「う~ん。でも、年上だから…年下の女の子が甘えるのは可愛いだろうけど…」
「年齢のことを言うのはやめにしない?僕が彼氏になりたいと言ったんだから…自然体でいて欲しいな。確かに夕べまでは、甘えたがりだということは知らなかったよ。でも、僕はりらさんの素を見て可愛いと思って彼氏になりたくなったんだから、歳のことは気にしないで欲しいな。素でいてよ」
 レオくんが不満そうに言った。
「わかった。でも、本当にそれでいいの?嫌いにならない?」
「大丈夫だよ。ならないよ」
「じゃあ、嫌な時や重いときははっきり言ってね。お互いに無理はやめましょう」
「そうだね。無理はやめよう。遠慮なしで、自然体で…。でも…ぼく、結構やきもちやきかもしれない。それこそ重かったら言って」
 レオくんが笑顔で言った。笑うとできる頬と目じりのしわが私は大好きだ。
私たちはキスをして、お互いの気もちを確かめ合った。細く見えたレオくんの身体は、筋肉が程よくつき逞しい。
 この顔にこの身体、かなりモテるだろう…私はレオくんの笑顔を見ながら感じていた。
 レオくんがきつく抱きしめてきた。私もレオくんの体に腕を回して抱きしめる。
 しばらく私たちはそのままの状態で見つめ合っていた。お互いの存在を慈しむように。
 そして、小さなキスをした。
「大丈夫?」
 レオくんが優しく、そして、心配そうに聞いた。
 私はただ頷いた。私は頷くことしかできない。
 レオくんとのキスは気持ち良すぎる…怖いくらいに愛情を感じる。
「リラ大好きだよ」
 レオくんが言ってくれた。
「私も…大好き…」
 私が言葉を返した。レオくんも私との相性の良さを感じたようだ。
 キスが私たちの愛を育てたと言ってもいいくらいに、一晩で私たちの気持ちは変わった。
 昨日までレオくんに対して全く持っていなかった感情だ。
 きっとレオくんも私に対して、女性としての感情はなかったと思う。
 お互いの身体の相性の良さが、気持ちを大きくした。
 レオくんが私のおでこにキスをし、そして、軽くキスを交わすとレオくんの腕枕で心地よい眠りに襲われる。
「眠い?」
「うん。とっても」
 私が正直に応える。
「朝ごはんは会社で食べることにして、寝ちゃうか?」
「うん、寝ちゃおう!」
 私は笑いながら言った。
 一緒に寝てくれる人がいるのは安堵感が得られる。私はまたすぐに寝てしまった。

 次の目覚まし時計のアラーム音がなり、私たちは起きた。乾燥機から下着を取り出し、簡単に身支度を済ませ、会社へ急いだ。
 私は急いでメイクルームに入るとストックしてあるワンピースに着替えヘアメイクを整えた。
 誰にも会わず準備ができたことに、ほっとした。
  
  *モテるレオくん*
自分の部署に入ると、レオくんをはじめ、数人のスタッフが番組の準備を進めていた。
私が自分の席に座ると、元カレが来た。
「りら、昨日電話したのに…なんで出ないんだよ」
「気が付かなかった。何か用でもあったの?」
私が顔を見ずに言った。
「暇だったから、メシでも行かないかなって思ったんだよ」
「ふ~ん。そうなんだあ。でも、もうふたりでは行かないから。誘ってくれるなら大人数が参加する時にしてね」
私がさらりと言うと
「なんだよ…ずいぶん冷たいじゃないか…」
と、元カレが不満そうに言った。
そこにレオくんが来た。 
「りらさん、これ朝ごはんの代わりにどうぞ」
そう言いながらクロワッサンを手渡してくれた。
「ありがとう。お腹すいているの。嬉しい」
「りら~、なんだよ、それ。バイトには優しくできて、先輩の俺にはできないのか。逆じゃないのか、普通」
元カレがさらに不満そうに言った。私は、何も言わず、クロワッサンの袋を開けて食べ始めた。
「やることがあったら言ってください。ただ、午後からは講義があるので大学に行くんです」
そうだった。レオくんは大学院生なのだ…。大学院生…講義。この言葉を頭の中で反芻して、私は改めて重みを感じた。
「学生か~、いいなあ~、たくさん遊べて。大学には可愛い女子も沢山いるんだろ?羨ましいよ。就職は?」
元カレが意地悪そうに聞いた。
「就職は内定をいくつか貰っているんですが、まだ、決めていないんです。何系が合うのかもわからなくて…。興味がある分野の会社をいくつか受けたら内定を貰えた、という感じなので…。りらさんにも相談したいと、思っていたんですよ。近々ゆっくり聞いてくださいね」
「うん。良いけど、すごいわね。内定を沢山もらえる人なんて、そんなにいないんじゃない?ゆっくり聞かせてね」
「ありがとうございます。でも、僕の周り、みんなそんな感じですよ」
「え~、凄い話ね。原稿が一本書けそうよ」 
「そういえば、君、優秀な大学なんだよな~やっぱりネームバリューがあると違うよな~」
と、元カレが言った。何かと嫌味な男。『あ~別れて良かった』私は元カレの顔を見ながらしみじみ思った。
レオくんの顔を見ると、なんてことないよ。といった風に私の顔を見ていたので、私は笑顔を返した。遥かに大人だ。
「ランチしてから大学へ行く?」
私が聞くと、レオくんは笑顔で頷いた。
私は甘えたがりだから、彼氏ができたらできるだけ一緒にいたい。
 
午前の番組を終えてスタジオを出ると、レオくんが待っていた。
「お疲れ様です」
レオくんがクールに言ってきた。
「お疲れ様。お腹すいたね。何食べる?」
私が聞くと、レオくんがクスクスと笑った。
「何笑ってるの?変なの」
「だって、満面の笑みになってるよ。変だよ。敏感な人が見たら、バレそうだよ」
「え?そうなの?普通にしているつもりだけど…。気を付けたほうがいい?」
「そうだね。気をつけたほうがいい…と思う…よ。バレても良いけれど、面倒なことになると煩わしいから」
レオくんが気をつかって言ってくれた。
「は~い。わかりました」
とにかくレオくんはしっかりしている。私の方が年下みたいだ。
そういえば、レオくんが私の空間にいると、私はなぜか落ち着いて仕事ができる。残業で遅くまで残っていても、レオくんがいると淋しくないし、仕事が捗るのだ。これまでも何度もそういうシチュエーションがあったことを思い出した。
目の前のレオくんを見ていると甘えたくなる。でも、会社内ではお互いのために甘えてはいけない。

社食で、私はランチメニューを決めた。
「カレーうどんを食べるわ」
「大丈夫?服汚さない?カレーライスにしたら?」
「そうだね。カレーライスにしよう。大盛で」
「いいね~大盛。僕はカレーうどんの大盛にするよ」
レオくんがいたずらっぽく言った。
「あ~、ずるい!」
私がちょっと拗ねて言うと 
「半分あげるよ。汁なしにして」
 と、レオくんが私をなだめるように言った。
私はレオくんを前にすると、どうしても甘え口調になってしまう。それが私の本当の性格だから、隠せず出て来てしまうのだ。
カレーうどんとカレーライスを半分ずつで食べていると、チェックが厳しくて有名な女性スタッフがやって来た。
大学を卒業したばかりの彼女は、学生気分がまだまだ残っていて、仕事をしているというよりは、遊びに来ているといったほうが当てはまっているくらいだ。
「隣に座っていいですか~?」
彼女が私ではなく、レオくんに聞いた。
「どうぞ」
『ダメとは言えないだろ』という表情でレオくんが私を見た。私も『仕方がない』と、目で応えた。
「なんか、おふたり、いつもと違う感じ~。カレーもシェアしちゃってるし~。私レオくんのファンなんですからね~りらさん取らないでくださいよ~。あ、でもずいぶん年上かあ…ハハハ!」
彼女が大声で笑った。
「年上はきらい?」
私がふざけたふりをしてレオくんに聞いた。
「何ですか、急に。この話に乗らないでくださいよ」
とレオくんが怒って言った。
「あ~、ごまかされてる!キャハハ‼」
と、彼女が一段と大声で笑った。それを見たレオくんがめんどくさそうに言葉を返す。
「僕は年齢は気にしません。上でも僕にとって魅力的であれば良いんです。しかもたった2歳でしょ?ずいぶんじゃありませんよ。」
それを聞いて彼女がレオくんに質問を続ける。
「え~、じゃあ、どういう女性に魅力を感じるんですか?教えてくださいよ」
私も興味津々でレオくんの顔を見つめた。言いなさいと。
「はあ。ここは社員食堂ですよ。こんな話、していいんですか?」
「今はお昼休みよ」
私が先輩面して言った。
「なんですか~、りらさんまで…」
早く言いなさい。という眼差しでレオくんを見つめ続けた。彼女もレオくんのこたえを隣で待っている。すると…他の女性スタッフが
「聞きたい!聞きたい!」
と、騒ぎ始めた。
「え~、なんですか。みなさんまで…」
レオくんが困りながら言った。
「わかりました。言いますよ~、まったく~、はあ。えっと~、しっかりしているようで、どこか抜けていて、綺麗だけど可愛くて、僕を信頼して甘えてきてくれるような女性です」
と、レオくんが私を見ながら言った。私は、自分の顔が照れて赤くなっていくのがわかった。レオくん目に私はそんな風に映っているんだ、と思うと恥ずかしくなる。
「そんな人いますか~?」
「社内で言ったら誰?」
女性スタッフ達が口々に言う。
「社内なら、りらさんしかいないでしょ」
レオくんの言葉に私の顔は一段と赤くなる。
「レオくん、ありがとう。とっても嬉しいわ」
謙遜しようかと思ったが、私は素直に言った。
「え~、りら?可愛い?甘える?それはないでしょ~抜けているのはあるけれど、クールというほうが当てはまっているでしょ~」
と、同期のスタッフが言った。
「いいえ、りらさんは、僕にとっては最高に魅力的な女性です」
レオくんがきっぱりと、自信満々に言った。
「その気持ち、ずっと持っていてもらえたらもっと嬉しいな~。自分磨きしなくちゃ!」
と私は言いながら、カレーライスのトレイを持って立ち上がった。レオくんも、自分のトレイを持って立ち上がった。
「りらさん、きょう、夕食何食べる?」
「え?一緒にいられるの?」
嬉しくなった私が聞いた。
「うん。お互いにひとりなんだから、なるべく食事は一緒にしたいな、と思ってるよ」
「嬉しい!ありがとう!パスタがいい!テイクアウトでも、待ち合わせでレストランでもいいよ!」
「じゃあ、テイクアウトでうちで食べよう」
会社からは、レオくんのマンションのほうが近い。
「今日はうちにしよう。着替えがないわ」
「そっか~、でも、人目があるから…」
レオくんが心配そうに言った。
「そうだね。私だけの心配じゃないものね。じゃあ、私、一度マンションに帰って着替えを持って行くね」
「うん、わかった。数日分持ってきておくといいよ。じゃあ、予定変更で、パスタはたりが揃ったらレストランに行こうか」
「は~い。じゃあハグして。夜まで会えないから」
私が甘えた。
「ダメだよ。ここは会社だよ。帰ってからね」
「誰もいないし、誰も見ていないわ。お願い!ちょ~っとだけ、ハグして」
私が更に甘えて言った。
そして、レオくんが軽くハグをしてくれた。
「嬉しい!」
私が喜ぶと、レオくんが私の肩を抱いてくれたので、私はレオくんの顔を見てにっこり笑った。
私は自分の彼氏に、ボディータッチするのもされるのも大好きだ。でも、彼氏以外の人に触るのも触られるのも大嫌いだ。要するに、『信頼できる自分のもの』と思えないと触れない。
「りら!どこだ~?」
喜んだのも、つかの間。誰かが私を呼んだ。一瞬にして、私はクールなキャラクターに変わる。
「はい!」
と、クールに応えた。一方でレオくんには甘えた笑みで
「いってらっしゃい」
と、言った。
その変身ぶりにレオくんは
「ハハハ…」
と爽やかに笑う。

 いつものように仕事を終えると、私は急いで自分のマンションに帰り、着替えを済ませ、数日分の着替えやメイク用品などを急いで準備した。別にそんなに急がなくても良いのだが、早くレオくんとの新しい生活に馴染みたくて、気持ちが急いているようだ。
 自転車に乗り、レオくんのマンションに急いで向かった。
ドアチャイムを鳴らすと、レオくんが中から鍵を開ける音がしたあと、ドアが開いた。
私は、急いで自転車をこいでいたので、大量の汗をかいている。
「お帰り。どうしたの。すごい汗じゃないか」
レオくんが私を見てびっくりして言った。
「自転車で来たの。立ちこぎで来たから汗かいちゃった」
「立ちこぎって、大丈夫?誰にも見られなかった?」
レオくんが顔色を変えてまで心配して言った。実は私は会社から立ちこぎを禁止されている。なぜなら、私の立ちこぎの様子を見た人から『イメージダウンになるから立ちこぎをやめさせるように』と、クレームの電話が会社に来たのだ。
「大丈夫よ。見られなかった。と思うわ」
と、私は『と思う』をつけ加えて言った。
「それならいいけれど…、気を付けてよ」
「は~い。あ~お腹すいた~。ご飯行こうよ!」
 私は話を切り替えた。
「待ちたくないから予約入れよう」
レオくんはそう言うと、手際よくレストランに電話をした。

 予約を入れて良かったと思うほど、レストランは混んでいた。少しカジュアル感のあるイタリアンレストランで、とにかく美味しいので人気なのだ。
私たちは栄養バランスを考えて何品か注文した。料理が並ぶ間、ワインとカクテルを楽しむ。
数分後、色とりどりの綺麗な料理が目の前に並んだ。
「おいしそう!いただきます」
と、私がカトラリーに手を伸ばすと、レオくんが先に取って、さっと私に渡した。
その後も、私が食べやすいようにお皿の料理を小皿に取り分けてくれたり、小さく切ってくれたり、至れり尽くせりだ。
「ありがとう」
と、私が言うと、レオくんは嬉しそうに私を見た。
シェアの仕方がとてもスムーズで、見ていて気持ちが良い。どこで学んだのかしら…?と思ったが敢えて聞かなかった。レオくんがチラッと私を見て笑った。なぜなら、テーブルの下では、私の膝とレオくんの膝がくっついているからだ。
「りら~、ダメでしょ」
『さん』が抜けている。なんだか照れてしまう。 
「どうしたの?」
私がクールにとぼけて言うと
「欲しくなるだろ、この膝」
レオくんが料理を口に運びながら言った。
「おいしい!ほんと、美味しい。ここのお料理はどれも美味しい。ハズレがないのよね」
「そうだね。ハズレはないよね。でも、デートのカップルが多いから、視線が気にならないか?」
「そう?気にしちゃうと何もできないから…。あなたも気にしないで。イヤかもしれないけれど…」
と、私が言った。
ワインをグラスで2杯飲んだだけなのに、私はほろ酔い気分になっている。レオくんといると、とてもリラックスできるみたいだ。
私たちは料理を食べ終えるとワインを2本買ってお店を出た。

 レオくんのマンションに帰ると、綺麗好きの私たちはすぐに服を脱ぎ、一緒にシャワーに入った。電気を消しているので、手探りで全身を洗う。レオくんは先に私を洗い、その後で自分を洗った。私はその姿を見て、とても楽しくなる。
レオくんが私を後ろから抱きしめた。私は心地よい気分に包まれた。そして、キスを交わす。
シャワーを出ると、私たちは、強く抱きしめあった。一日の疲れが一気に抜けていく。
「愛してる」
レオくんが私の耳元で囁く。
「私も愛してる」
私がレオくんを見つめながら言う。
私達は恋人ならではのキスを交わす。
「一秒ごとに好きが成長するよ」
レオくんが小さな声で言った。
そう言われて、すごく嬉しい。
「大好きなレオくんにそう言ってもらえて、とても幸せよ」
と、レオくんに素直に伝えた。
抱きしめられて、少し太ってしまった自分の体を重く感じる。痩せよう。いつもそう思うのに、なかなかできない。昔から食べるのが大好きだから仕方がない。

まったりしながら、ベッドに寝ていると、レオくんの寝息が聞こえてきた。レオくんはすでに眠っていた。
レオくんはアルバイトといってもほとんど仕事と言えるほど、社内で自分の仕事を持っている。そして、大学。かなり疲れているだろうということは想像できる。それに加えて、私の存在。プラスになれば良いけれど…重くならない様に気を付けなければ…。
レオくんの横に寝ころび、レオくんの顔を眺めながら、私はそう思った。
 
私たちは、平日はレオくんの部屋、休みの日は私の部屋に泊まり、それぞれに予定がある夜は自分の部屋に泊まる。私たちの生活パターンは、このような形で落ち着いてきた。
それによって、私たちは相手に猜疑心を持たず、安心して仕事や学業に専念できる生活になる。
私は一段とハードに仕事をこなし、レオくんは、自分の将来の職業を固めつつあった。

そんな時、レオくんが突然言い出した。
「内定を全て断ろうと思ってる」
「びっくりした!けど…いろいろ考えての結論なの?」
「うん。教授になりたいと思ってきたんだ。自分の学んだことを誰かに伝授したいんだ」
 レオくんの表情から、真剣に考えた結果だということが伺える。
「いいわね。お手本になるような教授がいるの?」
「ううん。逆にいないんだ。だから、学生がお手本にしたい、と思ってくれるような教授になりたいと思ったんだ」
 静かな表情と物言いだけど、レオくんの目は輝いている。
「なるほどね~。いい考えね。あなたは自分をきちんと持っているし、賢いし、優しいから良い教育者になると思うわ。上から目線だけの偉ぶった嫌な教育者になることはないでしょうから、賛成よ」
私はレオくんを客観的に見て言った。
「ありがとう。そのための試験がもうすぐあるんだ。だからアルバイトはしばらく休もうと思ってる」
その言葉を聞いて、私は少し淋しくなった。それが顔に出てしまったようで、レオくんは私の顔を見つめながら
「どうしたの?」
と、心配そうに言った。
「ううん。なんでもない。ただ、しばらく会えないのね。なんだか淋しくなっちゃって…」
「会えないって?どうして?」
「だって、アルバイトを休むんでしょ?勉強する時間が必要なんだから、試験が終わるまで私たちも会わない方がいいんじゃないかと思って。レオくんの邪魔になりたくないもの」
「え?それは、困る。りらがいるから僕は教授になりたいと思ったんだよ」
「私がいるから?私がバカだから?勉強を教えたくなってくれたの?」
「違うよ。そうじゃなくて、りらも自分の仕事というものを持っているだろ。それを見ていて僕もそういう仕事が良いと思う様になったんだ。いわば君は僕の人生の指標だよ。年上だから余計に指標になった」
「私があなたの指標?なんだかしっくりこない表現だけど…。だって、おバカの代表みたいな私よ」
私は自己評価をストレートに話した。
「ハハハ…すごく低い自己評価だね~おもしろい!」
レオくんが爆笑した。
「だって~ドジだし、理数全然できないし、消費税の計算も未だにささっとできないのよ。バカでしょ?」
と、私が言うと、
「いやいや、違うだろ。勉強ができないのは、大抵の場合やってこなかったからであって、きちんとやって、覚える気になればできるんだと思うよ。ある程度までならね。しかも、文系向き、理数系向きという脳の構造があると思うんだよ。だから、両方優秀な人なんてあまりいないよ。受験生くらいじゃないか?受験生だって、受験が終わってしばらくすればどちらかに傾倒して、どちらかを忘れていくんだ。それでいいんだよ。君はアナで文系なんだから理数はできなくても良いし、ドジなのはバカなんじゃなくて性格だろ。次から次にいろいろなことを考え、覚えようとするから、今現在やっていることへの注意力が散漫になるんだ。だからドジをするし、『天然』なんだと思うよ。それは仕方がないよ。性格、キャラクターだよ」
と、レオくんは私に対する分析を展開した。
「天然?って、天然ボケの天然?私が?」
私は初めて表された自分の性格をレオくんに確認した。
「会社の人はあんまり気が付いていないかもしれないけれど、僕からしたら君は天然だよ」
レオくんが笑って言った。
「びっくり!ショックだわ!」
「いいじゃないか~僕から見たら可愛いよ。だから、君を放っておけないわけだし、守りたいと思う、その反面、指標にもなっているんだから、最高のパートナーだと思うよ。身体の相性のこともあるし…」
レオくんにそれを言われ、私は、顔が赤くなるのがわかった。レオくんも心も体の相性も良いと思ってくれていることを嬉しく思う。
「あんまり褒められているとは思えないけれど、まあ、ありがとう。私もあなたを大切に思っているから、それだけは覚えておいてね。大好きよ」
私がレオくんにストレートに気持ちを伝えると、レオくんは私を後ろからぎゅっと抱きしめた。気持ちがあたたかくなっていく。
「もし、君にとって僕が邪魔になったらいつでも言って。まだまだ未熟だから」
「ううん。私はそばにいて欲しいの。安心できるから」
「よし!勉強と仕事、それぞれを一緒に頑張ろう!」
レオくんが自分と私を奮い立たせるように強く言った。
  *レオくんの休み*
次の週からレオくんはアルバイトを休むことにした。長期休暇ということになるので、休みに入る前日、みんなで飲み会を開くことになった。
私たちはとてもいいカップルになってきた。自分たちは意識していないが、気持ちに穏やかなゆとりが出てきて、それに周りは気が付き始めたようだ。
メイク室では…
「今日の飲み会、イタリアンよね~、楽しみ!あそこに行くのは初めてなの!」
先輩アナが誰にともなく言った。
「あそこ美味しいですよ~。私、たまに行くんですけど、何を食べても美味しいんです」
と、私が言うと後輩アナが突然聞いてきた。
「ねえ、りらさん、彼氏できました?」
「何よ~、変なの~急にそんな質問してきちゃって。そんな風に見えるの?」
「見えますよ~。どんな彼氏なんですか?年上?年下?」
後輩アナが興味津々といった感じで私に聞く。プライベートのことはあまり触れて欲しくないのに…。私も聞き返すことにした。
「私のプライベートなんて、そんなことは、どうでもいいの。それより、彼氏いないの?」
「いませんよ~。本当は、レオさん狙いだったんだけど、バイト休むなんて…ショック」
『えっ?私の方がショックだわ。だって、この子はとっても可愛い。それにレオくんより年下。これは、レオくんには内緒にしておくしかない…』私は心の中で呟いた。
「で、彼氏はできたの?」
今度は先輩アナが私に聞いてきた。
「何だか隠せない雰囲気ですね。はい。できましたよ」
「キャ~!やっぱり~!そうだと思ったんですよ」
と、聞いてきた先輩アナよりも、後輩アナの方が興奮して言った。
「歳は?」
今度は先輩アナが聞いて来たので、こたえることにした。
「年下なんです」
「あら~いいわね~年下。いくつ下?」
「1~2歳かな?」
「丁度良い感じね~。きっと、大切にしてくれるわよ。ただの私のイメージだけどね」
「そうですね~、今のところは大切にしてくれています。ただ、今後はどうなのかな~、綺麗でいなくちゃ、って思うとプレッシャーです」
「でも、年下といると若々しくいられるってよく言うわよ」
「そうだと良いです!」
 と、私が言うと、
「りらさんが、年下彼氏ですか~?びっくり!ますますクールになりそう!私は断然年上が良いなあ~。甘えさせてくれそう。私甘えたいもん!」
後輩アナが言った。その言い方がとっても可愛い。私ならこの子の彼氏になりたい。
「私だって、年下は初めてなの。だから躊躇したけれど…。まあ、この話はこれくらいにして、では、お先します!」
私はふたりに言うと、メイクルームを一足先に素早く出た。根掘り葉掘り聞かれてついうっかりしゃべってしまっては面倒なことになる。
社内恋愛にとやかく言う人はいないだろうけれど、レオくんはアルバイトだし、私のポジションのこともある。秘密が無難だ。

 飲み会に行くと、レオくんの近くに座りたいという若い女性スタッフが大勢いることに驚いた。
レオくんは、何の迷いもなくいつも私たちが使っている席に座った。
「なんだ~レオ、モテるな~。誰か俺の隣に座りたいっていう女子いないのか~?」
男性アナが言った。
社外ではアナウンサーはモテるかもしれないが、社内ではただのスタッフでしかない。
私がどこに座ればいいか戸惑っていると、お店のスタッフが、
「どうぞ」
と、当然といったように、レオくんの隣の椅子を引いて私に座るように促した。レオくんもチラッと私を見て『座らないのか?』といった表情をした。
「ありがとうございます」
私は、いつものようにそのスタッフに言って座った。
「い~な~、りらさん、普段からレオさんと一緒にいること多いのに~」
「ほんと、また隣に座っちゃって~ずるいですよ~」
女性スタッフたちが口々に言った。
とはいうものの、結局レオくんの周りは、若い女性スタッフで囲まれた。
「レオは、彼女いるのか?」
男性スタッフがレオくんに聞くと
「ええ、いますよ」
と、レオくんがあっさりとこたえた。
「お、あっさり、ひと言でこたえるということは、彼女とはうまくいってるんだね~」
「そうですね。彼女のことは大好きなので…、大切にしていますよ」
「え~、彼女さん良いな~羨ましい。どんな感じの人なんですか?」
女性スタッフが聞いた。そこに料理が運ばれてきた。いい匂いが辺りを包み込む。
私が取り分けようとした時、レオくんがいつものように私の手からサーバーを取り上げるとさっと小皿に取り分け、私の前においた。
話が続いているようなので、私は何も言わず料理を食べ始めた。
男性スタッフがレオくんに聞く。
「で、彼女はどんな人なの?」
「彼女はクールなイメージなんですけど、実は甘えたがりで、とっても可愛いんです」
と、レオくんが言ったのを聞いて、私はワインを吹き出しそうになった。レオくんがすぐにポケットから私がアイロンをかけたハンカチを取り出し、私に差し出しながら私に言った。
「飲みすぎないように」
「うん。わかった。ありがとう」
「りら、レオの彼女って、クールに見えるのに、甘えたがりで可愛いんだって。そんな女いると思うか?いないよな~?」
「ハハハ…。レオくんがそう言っているのだから、レオくんに対してはそうなのかもしれないわよ。でもそんな彼女なら素敵じゃない!」
私は自分のことなので、何と言ったらいいかわからず、そんな曖昧なことを言った。
「そうなんですよ~、素敵なんですよ~」
レオくんはそう言って私の方を見た。私たちは『ハハハ…』と、照れ隠しに笑った。
レオくんが私の顔をまじまじと見る。
「顔が赤い。飲みすぎてない?」
「そんなに飲んでないもん」
と、私は言ったが、レオくんは、私のワイングラスとお水のグラスを交換して、私の前においた。
私は、グラスを両手でつかみ、手を冷やす。気もちが良いということは、アルコールが回って来たのかも知れない。
レオくんがみんなと話をしている横顔をじっと見ていると、レオくんの首に触りたくなった。レオくんの細くて長い首は、私のお気に入りだ。私が、レオくんの首にちょっと触れると、レオくんは、
「冷たい!」
と言って、私の肩を抱き寄せた。
「い~な~」
と、女の子たちが言ったものの、誰も私たちがカップルだということは想像できないようだ。きっと、姉弟のようにしか見えないのだろう。可愛くて若い女の子たちが、『レオさん、レオさん』と騒ぎ立て、顔を赤らめるのを見ると、何だかモヤモヤした気もちになって来て早く帰りたくなった。

 ちょうどレストランの貸し切り終了の時間が来て、私たちは解散することにした。
女性スタッフがもっと飲みたいと言ったが、私がほろ酔いになったことで、レオくんが帰ると言い出した。それじゃあ、近くまでで良いから送って欲しい、と言う女性スタッフもいたが、レオくんは私を送って行くからダメだときっぱりと断った。その姿を見て、私はますますレオくんを好きになる。
元カレの女性にだらしのない姿を見過ぎて、嫌悪感を抱くほどになっていたから、比較してしまい余計に素敵に見えるのだろう。元カレとの時間がとてももったいなく感じた。
そして、私は自分の性格で気がついたことがある。私は『嫉妬』をしないのではなく、これまで恋愛した元カレ達に嫉妬するほどの魅力が感じられなくて、嫉妬するほど好きになれていなかったのだと思う。レオくんに対して女の表情を向ける女性スタッフ達の態度を見て、モヤモヤした気もちになって初めて『嫉妬』という感情を味わっている。とてつもなく辛いものだ。自分が嫌いになりそうだ。
そんな思いを抱きながら、私は今夜もレオくんに抱きしめられながらベッドにいる。
 なかなか寝付けない私はベッドから抜け出して、ワインを飲み始めた。
 レオくんの大学のテキストを見てみると、なにがなんだか全然わからない。理数系なのはわかるけれど、全く読めない。数字、記号、グラフ、数式…。見ていても楽しくないし、心も動かされない。心はあんなに温かいレオくんだが頭の中はこんなにクールなんだな~、と、思うと、自分とは呼吸する世界が違う人なのではないか?という疑問さえ湧いてきた。
 それに、今日の女子達の態度…また目に浮かんできて、気もちが重くなる。
「どうした?眠れない?」
 後ろのドアが開くのと同時にレオくんの声がした。
「うん、難しい勉強をしているのね」
「ああ、うん、そうなのかな?文系の人にしてみたら、何のことやら?って感じかもね」
「うん、ほんとそうね」
「理数系の人が文系のテキストを読めない、っていうことはないでしょ?でも、逆は大いにあるのかしら?それとも私ができな過ぎるのかな~?」
「あるよ。それは仕方がないよ。理数系はわざわざやるものだけど、文系は日常生活に入り込んでいるからね~、理数がわからないのはりらだけじゃないよ。同じ大学で同じ学部でも専攻が違えば僕のテキストが読めなかったりするよ」
「へ~そんなもんなんだ~」
「そこまで専門的な勉強をしているんだ」
「なるほどね~安心したわ」
 と、私が言うと、レオくんは私を後ろからきつく抱きしめて言った。
「りら、いい匂いがする」
「同じソープを使っているわよ」
「でも、りらだけのいい匂いがするよ」
「ありがと。ねえ、あんなにモテるのってどんな気もちなの?」
「う~ん、ちょっと面倒かな?僕は自分が好きな相手を沢山愛したいし愛されたいんだ。自分にとっての女はひとりで良い。だから、あんな風にされるのは嬉しくないし正直怖い」
「怖い?」
「うん。取って食われそうで怖い」
「ハハハ~食っちゃう女っているかな~?」
「いるよ!グイグイ来る女いるよ。怖い程に来る女」
「え…いるんだ…。経験あるの?」
「うん。高校の時。断ったのに、朝、家の前にまで居た。そして冷たくしたり、無視したりすると大騒ぎするんだ。で、親に話をして、その子の親と学校に言って貰って、やめてもらったんだ。たまたま僕が進学校だったからあれですんだけど、僕の成績が悪かったら、全部僕の責任になりそうな感じだったんだよ」
「重いわね。どんな雰囲気の子だったの?」
「うん。真面目で成績が悪い。外見は太っていて女子には見えない。好きな男を追い詰めるなら、可愛くなろうとか勉強頑張ろうとか、思わないのかな、って不思議だよね。だから、逆にすごいと思ったよ。そのままストレートに当たって来るんだから」
「なるほどね~。自分の気もちしか、そこにはなかったのね」
「で、今一番怖いは、りらが僕のあんなところを見て嫌気がさしてどこかにいってしまいそうで怖い。りらもモテるから僕も気が気じゃないけれど、僕は、自分の気もちを知っているから大丈夫。でもりらは、僕自身じゃないから気もちがわからないだろ?それだけに不安で怖いんだ。好きでしょがない」
「レオ~。愛しいよ~大好きよ~大丈夫よ~何があっても愛し続けるわ!心配しないでね」
「頼むよ、りら」
 と、言って私たちは激しいキスで気もちを確認した。自分達の不安な気もちを話し合って、私たちは一歩進んだ信頼関係を築き、抱き合って眠った。
  *相性の良さ*
 レオくんがアルバイトを休んでからしばらくして、試験があった。
優秀なレオくんは、一次の筆記試験をトップの成績で合格した。
私は、大きな安堵感に包まれた。なぜなら、ずっと近くにいたために、レオくんの邪魔になっているのでは…と不安になることが多々あったからだ。かといって、私が自分のマンションに帰ってしまえば、逆にレオくんが不安になって落ち着かなくなってしまうことも考えられる。この間、私は残業といって、特にやることもないのに遅くまで会社にいることもあった。飲んで帰ってしまえば、臭いで分かってしまうだろう。年上の社会人彼女として私なりに気をつかった。
今後のテストは二次筆記、三次筆記、そして面接ということだが、面接ばかりはどうしようもない。幼稚園や小学校の面接なら、練習もあるだろうが、知っている教授陣を相手にしての面接では練習のしようがないし、練習したところで、性格の合う合わないが基本になってしまうのが面接試験だと思う。だから練習のしようがない。私はそう考えていたし、レオくんも同じようなことを言っていた。ただこの間に、遠方で行われるセミナーに参加しなければならないらしい。
「10日以上も留守にする」
と、レオくんは言った。

 ある日、私はかなり遅くまで仕事をしていた。制作系の特番を抱えていたので結構多くのスタッフが残業続きで、みんな疲れていた。
日付が変わる頃、私が一番早く仕事を終え、帰り支度を始めると、男性スタッフが私に言った。
「終わったの?終わったなら飲みに行かないか?」
「え、今から?こんな時間よ。近くで開いているお店ってあるかな~?」
「調べてみるよ」
と、男性スタッフが言ったので、その間に私はほかのスタッフに聞いて回った。10人ほどのスタッフが参加する、と言ってきた。
先の男性スタッフも、開いているお店を見つけたと言って、さっそく予約を入れている。
私はレオくんに電話をして飲み会の話をした。レオくんは、僕も参加したいと言い、私はスタッフたちにスペシャルゲストが参加することになったことを伝えた。
 新しい感じのおしゃれな居酒屋に入ると、レオくんはもう来ていた。
「スペシャルゲストの方が早かったみたい」
私が言うと、スタッフたちが、試験はどうなったのか、レオくんに尋ねた。
レオくんは、
「おかげさまで、一次試験は合格しましたが、この後は遠方でのセミナーに参加して、試験が2つと面接があります。でも面接は練習のしようがないので、そのときは一度バイトに戻ろうかとも思っているんです」
と言った。
「よかった!よかった!」
と、みんなはレオくんの努力を褒めてくれた。
レオくんがみんなに、
「ありがとうございます」
というのと同時に私まで
「ありがとうございます」
と言ってしまった。
みんなの『???』の視線をかわすために、
「何を食べよっかな~、お腹すいたね~」
と言って、逃れた。
 飲み会がスタートしてから20分くらい経つと、早くも酔い始めるスタッフが出てくる。
レオくんのファンを名乗る女性スタッフがレオくんに聞き始めた。
「レオさんって、若いのにすごくセクシーですよね~、彼女さんのこと週に何回くらい抱いているんですか?」
と、突然プライベート過ぎる質問をしてきた。
「それは愚問でしょ~。ダメよ、そんなこと聞いちゃ!」
と、私はあわてて言った。それに対して男性スタッフが言う。
「あ、俺もそれ聞きたい、俺も真似して、セクシー、って女性から言われたいもん」
「それは、僕のプライベートなことなので、秘密ですよ」
と、レオくんはあえて私を見ずにクールにこたえた。
「え~、聞きたいよな~。減るもんじゃないんだし、教えろよ~」
と、他のスタッフも言った。
「僕の話なんてみなさんの得にはならないと思いますよ」
「いや、なるなる。得になるって。その若さにもかかわらず、セクシーで落ち着きがあって、賢くて、良い男すぎるぞ。しかも、バイトを休む少し前からの変化と言ったら、聞かないわけにはいかないぞ」
と、少し年配の男性スタッフが突っ込んで言うと、
「ハハハ…ありがとうございます。一緒にいるときは毎晩抱いてます。愛情確認と、エネルギーの補充のためにですよ」
と、レオくんは正直に言ってしまった。
「え~、いいな~彼女さん。羨ましい!ね~、りらさん、羨ましいですよね」
と、私に話をふってきた。
「えっ…何で私に言うのよ~」
私はさらりとそう言ったが、自分の顔が真っ赤になっていることがわかった。
「毎晩か~、若いな~」
年配の男性スタッフがつぶやいた。
 女性にはわからないけれど、男性は女性と愛し合う行為で、男としての威厳と自信を得られるらしい。
「い~な~、彼女さん。こんな素敵な彼氏に、毎晩だなんて。彼女さん年上ですよね~?もし、彼女さんに飽きて別れるようなことがあったら、次は私を彼女にしてください!」
女性スタッフがレオくんに言った。
「ノーサンキューです。それに、僕が彼女をふることはありません。ふられることがあっても…」
と、レオくんが言ったので、私はショックを受けて思わず反論した。
「それはないわ!私はいつも危機感を持っているのよ。ふられるのが怖いから、今すぐにでも別れたい…」
勢い余って、私はいつも不安に思っていることを口に出してしまった。
「え?どういうこと?」
レオくんが、即、反応した。
私は、自分の発言した言葉の内容を否定するように
「あ、ううん。何でもない。ごめんなさい」
と、小さな声で言ったが、レオくんの目は笑っていない。そして私を一瞥した後、
「あとでゆっくり聞くよ」
と、私に言った。みんな、私たちの会話を変な風に思わずにいる。
―当然だー
相変わらず私たちがつきあっているなんて、誰も思っていない。似合っていないということかもしれない。
お酒のせいか、レオくんがモテすぎるせいか、私は卑屈になってきた。
「飲んじゃえ!明日は休みだ!」
私は独り言を言う。
「でも~、レオの彼女って、どんな顔なの?可愛いの?美人なの?」
男性スタッフが執拗に聞いた。この会社は若いので、必然的に若いスタッフが多い。ということは結婚適齢期と言われる年頃に差し掛かっている人が沢山いるということで、否応にもパートナーがいるというだけでこんな話をされてしまうのだ。こっちはヒヤヒヤするし、飽きる。でも、アルバイトという立場のレオくんは、質問にこたえ続ける。
「美人ですけど、プライベートはナチュラルメイクで可愛いんです。甘えてくれるし、キュートだし。僕にしか見せないところが良い」
レオくんがそう言うと、男性スタッフは、
「そんな女性は絶対いないって!いたら会ってみたいよ!そうだ!彼女に会わせてよ!」
と言った。それによって、ほかのスタッフたちも
「会いたい、会いたい、会ってみたい!」
と、騒ぎだした。
「ハハハ…、みなさんが会っても、綺麗な彼女だね、で終わっちゃいますよ。だって彼女は僕にしか甘えませんから」
と、レオくんは自慢気に言った。
みんなのやり取りを見ながら私はひたすらお酒を飲んでいた。
飲んでいたら、トイレに行きたくなった。立ち上がると少しふらついた。酔っている。
「トイレに行くの?」
レオくんが聞いた。
「うん。そうよ。トイレに行くの」
私が言うと、レオくんも立ち上がった。つきあってくれようとしている。
「ひとりで行ける」
私は強気に言ったが、レオくんは座らない。
「あなたもトイレに行きたいの?」
レオくんは頷いた。
トイレの前に行くと、男女兼用のトイレのドアをレオくんが開けてくれて、私を入れた。トイレを終えると、レオくんが待っていてくれた。
「酔ったの?さっきの別れる話はジョーダンだよね?」
レオくんが不安気な表情で言った。
「ごめん…なさい」
私が謝ると、一段と不安気な表情を見せて
「何で謝るの?嫌いになった?本当に別れたいと思っているのなら…、僕の面接が終わってからにして」
「あなたの気持ちが変わってしまって…、あなたがどこかに行ってしまうのが怖いの。あんなにモテているし…」
と、私が言うと、レオくんがキスをしてきた。私はレオくんのキスを受け入れる。
「大好き…」
と、息声で言うと
「それでいい」
と、レオくんも息声で言った。
 私たちが席に戻っても、みんなはまだレオくんの彼女の話を続けていた。いいかげん『しつこい』私は苛立つ。
レオくんの顔を隣からじっと見つめてみる。『素敵』こんな素敵な人が近くにいたなんて、気が付かなかった。アルバイトだから?女性は彼氏になると一段と相手が素敵に見えるものだと思う。でも、きっと男性は逆だと思う。彼女にする直前がピークで、その後は下降線を辿る。そんな感じがする。あの元カレがそうだったから先入観なのかもしれないが、もし私のその考えが当たっているとしたら、彼女になってから私を大切にしてくれるレオくんは貴重な存在だ。でも、今は、私の想いの方が大きいということだ。不安でしょうがない。とっても怖い。レオくんを誰かに奪われたら、どうしよう。目に涙が滲んできた。
「どうした?」
私の視線に気が付いたレオくんが、私に言った。
「ほんとに素敵だな~って、見とれていたの」
「嬉しいけど、本当にそう思ってる?」
「うん。思ってる。大好き」
私はそう囁いてレオくんの頭を抱きしめた。
「お腹がすいたよ」
レオくんが少年のように私に言ってきた。
「遅い時間だったから、あんまり食べるものないものね」
他人のことは言えないがみんな結構酔っている。食べるものは少なかったが、お酒だけは沢山飲んだのだ。
「帰ろっか。私もパスタが食べたくなっちゃった」
「またパスタ?昨日も食べたよ」
「そうだった、夕べもパスタを食べた」
「じゃあ、ショットバーに行って、何か食べようか。まだ開いてるだろ?」
「それはいいね~。そうしよう。結構フード美味しいもんね」
「じゃあ、私たちお先します」
私がみんなに言うと、
「俺たちもそこに行くよ」
「私も~」
「俺も~」
 と、みんなが一緒に来ようとしている。
「じゃあ、みんなで行きましょう!」
と、レオくんが言ってしまった。
「え、どうして?どうして良いって言うの?だって~…」
私は少し拗ねた口調になった。
「食べたら、すぐに帰ろう!」
私をなだめるように小さな声で言った。
「うん、それならいいよ~」
私が妥協して言った。
「レオさん、腕組んでもいい?」
女性スタッフが聞くとレオくんは
「それはダメですよ。好きじゃない…、というか、彼女以外の人とは腕は組みたくありませんよ」
レオくんがきっぱりと言ってくれた。
『嬉しい!』私は、ニヤニヤしてしまう。
 
私たちはショットバーに入った。
「レオさんの隣に座りたい」
最年少の女性スタッフが言った。
「ごめんね~隣は私が座るの」
と、私が強気で言うと
「さっきも座っていたじゃないですか!」
と、女性スタッフたちが怒った。
「なんだ~、レオ本当にモテてるな~羨ましいぞ!」
「でも、僕は彼女だけですから」
レオくんがまたきっぱりと言ってくれた。すごく嬉しい!ますます大好き!って、思ってしまう。
私たちは、飲んで、食べて、喋った。
隣にレオくんがいると、とても安心できる。たまに身体が触れるとドキドキする。
レオくんの顔を見てニヤニヤしていると、男性スタッフが言った。
「りら、キャラ変わった?」
「私?どうして?変わってないよ。これがいつもの私よ」
と、私が言うと。
「ちょっと酔ってきたかな?りらさん帰りますか?送りますよ」
と、レオくんが私に言ったが、私はお酒を飲みたいモードになってしまった。こうなると、酔いつぶれるまで飲みたいのが私だ。それに、一緒に帰ってくれる大好きなレオくんが隣にいるとなると、一段と飲みたいモードになる。
「いや!もっと沢山食べたい‼ピザが食べたい!あ~、でも、眠くなってきちゃった」
私がレオくんに甘えて言った。
「じゃあ、ピザを食べたら帰りましょう」
「うん、わかった。くっつきたい」
私がレオくんに更に甘えて言った。
すると、レオくんが私のウエストに手を回し、ぎゅっと自分の方に引き寄せてくれた。私は嬉しさのあまり、へらへらと笑ってしまっている。今ここですぐにでもキスしたい。
「え、何で?私たちはダメで、りらさんは良いの?なんかずるい!」
「それって、アナだし年上だから、とか関係あり?」
「いいえ、それは関係ありません」
レオくんが断言した。チーズのいい匂いをさせながらピザがきた。
「美味しそう!」
すぐにでも食べたい。でも、私は熱いものが苦手だ。というか、食べられない。
レオくんがピザをフーフーして冷ます。一口食べて熱くないかどうか確認する。
そして…。
「うん、大丈夫。熱くない」
そう言って、レオくんが私の口にピザを入れた。
「美味しい!食べてみて!本当に美味しいよ」
と、私はみんなに言ってすすめた。
私はチーズたっぷりの美味しいところだけ食べて、端の生地のみのところはレオくんが食べてくれた。
私の手はレオくんの太腿の上においてある。
パクパク食べる私を見て、レオくんが私の髪を撫でた。
「すごく仲が良いんだね~。レオさんの彼女がこれを見たら嫉妬して激怒するよね~」
「ほんと、私でも嫉妬しちゃってるのに~」
と、女性スタッフ達が言った。
「何?」
みんなの視線を感じて、すっかり酔ってる私が言った。
みんなが『別に~』という顔をしている。
「ねえ、このドリンクね、すごく美味しくないの」
私がレオくんに言うと、レオくんが一口飲む。そして、何も言わず、自分のドリンクと交換してくれる。天井が歪んで見えてきた。
「あ~、眠くなっちゃった。キスして」
私がレオくんに甘えて言った。
「みんなが見てるよ。酔ったんだね」
レオくんが私をなだめるように言った。
「あ~ん、本当に眠い。天井が歪んでるの。だからキスして。ねえ、レオくん、お願い」
私がまた、レオくんに甘えて言った。
「変な日本語になってるよ。まったく。疲れているから、余計に酔いが回るのが早いんだね。すみません。みなさん、ちょっと見ないでもらえますか?」
レオくんがみんなに言った声が聞こえた。
レオくんが私の頬に軽くキスをしてくれた。すごく嬉しい!私は笑顔でレオくんの顔を見つめた。
「私にもキスをして」
女性スタッフ達がレオくんに言った。
「ハハハ…。酔うとみんなの前でも甘えたがりになっちゃうんだね~、困ったね~」
困った顔のレオくんが愛しくて、私はレオくんの首にキスをした。
「レオくんの首が一番大好き」
「汗臭いからやめなさい」
「全然臭くないのよ。逆にいい匂いがするの。だから大好きよ」
私は自分の顔をレオくんの首にくっつけている。安心する匂いがする。パートナーの匂いが大丈夫だと相性が良いというが、本当のようだ。
それを、聴衆…といっても一緒に飲んでいる仲間たちが、じっと見ていた。男性スタッフが言う。
「なんだか、りらが可愛く見えてきた」
「そんなことを私に言うなんて気持ち悪い…」
と、私はレオくんを見つめながら言うと
「ハハハ…大丈夫だよ」
と、レオくんが笑って言って私の気もちを落ち着かせてくれた。
「アイスクリームを食べたら帰る」
レオくんがストロベリーアイスをオーダーした。
そして『あ~ん』と、私が口を開けると、アイスがイン。レオくんが私にアイスを食べさせる。それを繰り返す。最後のひと口はレオくんが食べた。
「仲良すぎるんじゃない?これを彼女さんが見たら絶対怒るよ!」
「だめだよ!嫉妬どころじゃないよ」
と、みんなが口々に言う。
「大丈夫ですよ。僕は彼女一筋ですから」
私は嬉しさでニヤニヤして鼻の下が伸びてしまった。
「りら、レオは彼女がいるんだ。諦めて俺にしな」
男性スタッフが私に言った。
「おえっ。気持ち悪い。イヤだよ~。私は信頼できて好きな人じゃなきゃ嫌なの」
「僕は、本当に心配なんですよ、飲むとこんなになってしまって。隙を作りすぎですよね。困りますよね~。もうすぐ遠方でのセミナーに参加する予定なので、みなさん、僕が戻るまで彼女のサポートをよろしくお願いします。もし、僕が戻るまでの間に飲み会があったら連絡してくださいね」
レオくんが心配そうにみんなに言った。
「まるで、レオの彼女は、りらみたいだな~」
男性スタッフが言った。
「ね~、帰ろう!帰ったらすぐにシャワーに入らなきゃ!」
帰りたいモードになった私がレオくんに甘えて言った。
「うん、わかってるよ。じゃあ、僕はりらさんを送って帰りますから」
と、レオくんはみんなに言い、私の手を握った。
「もうすぐバイトに戻るんでしょ?また一緒に仕事できるんでしょ?」
「そうだよ。でも、それまでに飲み会があっても、こんなに飲んじゃだめだよ。心配だからね。心配しすぎて僕が試験に失敗したら大変だろ?」
「うん。それは大変。わかったわ。飲みすぎないように気をつけるね。あなたが帰って来るまで、良い子でいます!」
と、私は宣言した。
「よし!良い子だね。可愛いよ!」
レオくんが子どもに言うように言った。
「でも…本当は一緒に行きたいな~」
と、私がわがままを言った。
「一緒に来てくれたら、僕も嬉しいけれど、会社、休めないでしょ」
レオくんが私をなだめるように言うと
「私が変わってあげる~」
と、女性スタッフが言ってくれた。
「ありがとう!すごく嬉しい!代わってね、よろしく~」
 と、私が酔った状態で張り切ってお願いすると
「誰も許可しないだろ」
と、男性スタッフが、即、言った。
そんな会話をしているうちに、レオくんのマンションに着いた。

「ただいま~」
と、ふたりで言ってレオくんの部屋に入った。
すでに、自分の部屋よりもリラックスできる空間になっている。
ふたりでシャワーに入り、髪を乾かすと一気にリラックスできる。
ソファに座ったレオくんの上に私が横たわるレオくんの指が私の顔を撫でる。その優しい指のぬくもりが私を一段とリラックスさせてくれる。いつの間にか私は眠ってしまった。

トイレに起きるとベッドの上で寝ていた。
リビングの方から人の声が聞こえてくる。リビングに行くと、先ほどまで一緒だった男性スタッフと女性スタッフがいて、レオくんと3人で話をしていた。
「どうしたの?びっくり!」
まだお酒が抜けていない私が驚いて言った。
私はフリフリのパジャマを着ている。
「りら、トイレ?」
「うん。何でいるの?あ、先にトイレに行って来る!」

私がリビングに戻ると、男性スタッフが
「ふたりの様子が変だから、探りに来たんだよ」
と、私に言った。
「ふ~ん。手足は洗った?汚いままであちこち触らないでね。何なら、私の部屋着とレオくんの部屋着を貸すから着替えてくれるとありがたいんだけど…」
「すみません。彼女は無類の綺麗好きで…」
と、レオくんが恐縮して言った。
「恐縮することないよ~。ここにはここのルールがあるんだから。しかも、招いていないのに来ちゃったんでしょ?こんなに遅くに…。私たちの大切な愛の時間の邪魔するなんて…酷いよ~。レオくんに甘えたいのに、酷い…」
私が泣き声できつめに言った。そして、レオくんの後ろに座りバックハグをした。
「大好き」
私がレオくんに言うと、レオくんは後ろ手に私を抱きしめてくれた。
「本当にこの女性はりら?可愛すぎないか?」
「信じられない。いつもはあんなにクールなのに…女性スタッフの中で一番クールよ」
ふたりの邪魔なゲストが言った。
「ハハハ…、これが僕にとってのいつものりらの姿なんですよね~。いつも甘えてくる。このギャップが可愛いんですよ」
「違う女性みたいで変な感じ」
女性スタッフが言った。
「でも、このことはここだけの秘密にしておいてくださいね。彼女の立場もありますし。僕はただのアルバイト、部外者ですから良いですけどね」
レオくんが懇願するようにふたりに言った。
「わかってる。俺達もこんなに遅くに押しかけて約束破りはできないから、秘密は守るよ」
男性スタッフが言った。
こうして、私は彼らに本当の自分の性格を見せてしまった。そんな私を再び睡魔が襲う。レオくんの背中はとっても大きくて心地良い。
「もう寝るの。おんぶして」
私がレオくんに言うと、レオくんは私を背中に乗せて立ち上がった。
「バイバ~イ。おやすみ~。あなたはふたりが帰ったら寝室に来てね」
私はみんなに言った。
それから少しして、ふたりはやっと帰った。
レオくんは寝室に入ってくると、
「りら」
と、私の名前を小さな声で呼んで、私を起こした。
私たちはお互いに慈しむように抱きしめあい、キスをし、リラックスと元気をお互いから受け取る。
そして、私たちは、抱き合いながら一緒に眠る。
 
しばらくして、私は喉の渇きを感じて目が覚めた。隣にレオくんはいなかった。
静かにリビングを覗くと、レオくんが勉強をしていた。私はその姿に見とれる。
「すごく素敵。顔、身体、性格、そして賢いところ。そのすべてが素敵」
私はそう思いながら再び眠りについた。

 レオくんが大学院のセミナーに行く日が来た。
約2週間もの間レオくんがいないと思うととても淋しい。私も仕事がいそがしい時期ならそう感じないのだろうが、ごく普通だ。
ちょっと
した事務手続きのために、一緒に出勤した。
「あなたがいなくてとても淋しいわ。でも、心の中であなたを支えているからね。いない間、私は自分のマンションに帰ってるね」
と、私はレオくんに言った。
「うん、ありがとう。毎日電話するよ」
「わかった。私からもするわ」
私は努めて明るく言ったが、涙が溢れてしまった。
「キスして」
「会社だよ」
レオくんが気にした。
「誰も見ていないから大丈夫よ」
「沢山の人が見ているだろ」
確かに人が多い時間だ。
私は、レオくんの手を掴み、メイクルームに連れて行った。誰もいない。急いで鍵をかけてふたりの空間を作る。
私たちはお互いを慈しむようにキスをした。そして、レオくんは私の首にペンダントを掛けた。
ハートのダイヤが美しく輝く。私の好みのデザインだ。
「わあ!素敵~すごく嬉しい!ありがとう」
私はレオくんに満面の笑みで言った。
「どういたしまして。喜んでくれて嬉しいよ」
「あなたの帰りをまってる」
私は淋しさと嬉しさに包まれながら言った。
「うん。距離があっても気持ちは近くにいるようにしよう」
と、レオくんが言ってくれた。
そして、私たちはキスをした。レオくんが私の胸元のボタンを外し、ブラジャーを少し下にずらすと、私の胸にキスをする。私は、感じるのをこらえながらレオくんの動きを目にやき付ける。
そして、レオくんが私のバストを強く吸った。『うっ~』キスマークが付いた。両方のバストにひとつずつ。
レオくんの頭を抱き、撫でながらレオくんの愛撫を受け止める。
私もレオくんのバストにキスマークを付けた。
「これで数日間は、僕をわすれないね。愛してるよ」
「うん。私も愛してる」
私たちは、お互いの愛情を言葉と行動で確認する。
そして、レオくんは2週間のセミナーに出かけた。
  *愚行*
 レオくんが出かけてしまってからすぐに、私は淋しい気持ちに包まれてしまった。
久しぶりに自分の部屋でひとりで過ごす。
レオくんとの生活が始まってまだ3か月が過ぎたところなのに、レオくんとの生活にあまりにも馴染みすぎて、心地良過ぎてひとりの時間を持て余してしまう。
暇なわけでも、やることがないわけでもないのに、物も手につかない。寂しすぎるのだ。

赤い色が濃かったキスマークも黄色っぽく
なり、もうすぐ消えるだろう。
毎日電話で話をしても、切ったあとの切なさは計り知れないものがある。
私は部屋の中を無駄に右往左往してしまう。

 ようやく、レオくんの留守が半分過ぎたころ、飲み会があった。私はレオくんに電話をして、そのことを伝えた。
「わかった。飲み会に行っておいで。だけど、飲みすぎだけはダメだよ。わかってるね。気を付けるように」
「はい。わかりました」
「これから僕も、友人と、その彼女と一緒に飲みに行くんだ」
「わかったわ。でも、あなたも飲みすぎないでね」
「うん気を付けるよ。お互いに気をつけよう」
「うん、じゃあ、また、あとでね」
と、私が言って電話を切ろうとしたとき、レオくんが言った。
「りら、愛してるよ」
「ありがとう。私も愛してるわ。あなたにそう言われて幸せよ。何があっても信じてる」
私が強気で言った。
「僕も信じているよ。本当に愛してる。君の恋人でいられることに誇りをもっているよ」
レオくんが言ってくれた。
私たちは会えない分、言葉でお互いへの気持ちを語り合った。そして、気持ちを落ち着かせる。
 私はレオくんから与えて貰った温かい気もちに包まれて飲み会に行った。
そして、レオくんは、彼の友人とその彼女に会いに行った。
私が飲み会に行くと元カレが来た。なぜか、私の隣に座る。
「どうして隣?」
「ダメ?」
「ダメ、というか…イヤ」
私がしっかりと拒否して言った。
私は社内ではクールな女性。この言葉を言ったからと言って、誰も『冷たい女』とは思わない。私が『イヤ』と言っても、元カレは席を動こうとはしない。
私は知らんふりして飲むことにした。他の席はもう空いていない。
「あんまり飲みすぎないように」
私とレオくんのことを知っている、あの女性スタッフが言った。私が頷く。
「心配して会社に電話してきたぞ。飲みすぎないように見張っていてくださいって」
男性スタッフが小さな声で私に言った。
「すごく嬉しい!」
私はレオくんが気にしてくれていることを素直に喜んだ。

 それなのに…、私は飲んでしまった。いつの間にか沢山飲んでいた。たぶん、レオくんがいなくて淋しい気持ちと不安な気持ちがそうさせてしまった。ものすごい言い訳だけれど…心のエネルギーが凄いスピードで消耗されていく。
男性スタッフが私に言った。
「飲みすぎだぞ。もうやめな。君にとって飲みすぎは危険すぎる。あいつを裏切りたくなかったら、もうソフトドリンクに切り替えな」
「うん。わかってる」
と言ったものの、私は酔ってしまった。
隣にレオくんがいるものと勘違いしてしまい、隣の男をじっと見つめてしまうのだ。しかも、甘えたくなる。
「何?どうした?」
隣の男の声に耳慣れしている。よく見るとレオくんではない、元カレだ。
「間違えた。あなたは私の大切な彼氏じゃないわね。じっと見ちゃってごめんなさい」
私が元カレに言った。
「あ~ん。酔ってきちゃった。誰か今日うちに泊まって~、ひとりじゃ淋しい!」
私が女性スタッフに甘えて言った。それを聞いた女性スタッフが困った表情で言った。
「まったく~、飲みすぎよ。私、今日は彼の家に行く予定だから泊ってあげられない。ごめんね~」
「あ~、しかたがないね。淋しいけれどひとりで我慢するか!」
そう言って、私はレオくんに電話をした。
「あ~ん、淋しいよ~、大好き、愛してる、会いたいよ~今すぐにでも会いたいよ~」
私はそんな言葉を連発してレオくんに甘え、困らせた。
レオくんは、私の甘えに応えてくれる。時々友人と思われる声が聞こえてくる。
「そばにいられなくてごめん。あと一週間我慢してね。どうしても我慢できなかったら、来てくれてもいいし、僕が少しだけ帰ってもいいから…」
と、レオくんは言ってくれた。
「ありがとう。我慢するね。愛してるわ。大好きよ。どんなことがあっても信じているわ」
「僕もだよ。愛してるし信じているよ」
レオくんが優しく言ってくれた。それだけで充分だ。気持ちが満たされていく。
でも、結局、私は…泥酔してしまった。周りは気が付かないが自分の部屋に帰ったら、もどしてダウンだろう。
私は、また、隣にいるのが、レオくんだと思ってしまう。私の隣にいる男性、と言ったら『レオくん』なのだ。だから、隣の男に甘えたくなってきた。
そして…案の定、私の手は元カレの太腿の上におかれた。
「私のこと愛してる?」
私は、レオくんと元カレを間違えて聞いた。
元カレは、私の顔をじっと見て考えている。
「愛してないの?」
私が聞いた。
「………。」
元カレは、こたえない。こいつどうしたんだ?というような表情で見ている。
「私は愛しているのに、こたえてくれないなんて酷い!」
私はレオくんと元カレを完全に間違えて言った。
「愛してるよ。なんだ~?りら珍しく酔ってるのか?」
元カレが私の酔って赤くなった顔をまじまじと見て言った。
「ううん。酔ってないもん。お願いハグして」
私が言うと、女性スタッフも
「私もハグ~」
と、元カレに甘えた。
「よし、みんなおいで!ハグしてあげるよ」
と、元カレは言った。
「え~、それはダメよ~。みんななんて~私だけにハグして!私だけを見て!おねがい!」
私は、レオくんと元カレを間違えて、いつもレオくんに言っていることを、元カレ甘えて言ってしまった。
「わかった、わかった、じゃあ、今日は一緒に帰ろう」
元カレが優しくなだめながら、私に言った。

そのころ、レオくんは友人カップルとお酒が進んでいた。
しかし、彼らが会ってすぐ、友人の彼女の目つきが変わっていたことに男性ふたりは全く気が付かない。
「レオくん、すごく素敵ですね。かっこいい~私のタイプです」
彼女はレオくんに一目惚れをしたらしい。
「僕ですか?僕はいたって普通ですよ。ご自分の彼氏の方がカッコイイですよ。昔からすごくモテる。バレンタインなんて大変でしたよ。沢山食べて次の日にニキビ出してたよな~。『モテる証拠だ~』なんて言って」
「おいおい、昔のことだろ、彼女の前でする話じゃないだろ」
レオくんの友人が照れ半分、昔話を暴露された怒り半分に言った。
彼女はふたりの話を目を輝かせながら聞いているが、話の内容よりも、レオくんが話す表情に見とれているのだ。
彼女は女の子らしい雰囲気でキュートで可愛いタイプだ。そしてまだ二十歳。若い。
そんな自慢の彼女を、レオくんの友人は、レオくんに見せびらかしたかったのだ。
彼女の方も自分の可愛さを知っている。
「レオ、彼女はいるのか?」
「もちろん、いるよ」
「やっぱいるか。どんな雰囲気の彼女?」
自分の彼女が可愛いので、レオくんの彼女が気になるようだ。
「俺の彼女は、綺麗でクールで可愛い」
「それはすごい!いいな~。でも、そんな女性いるか?学生?」
「いるんだな~これが。学生じゃないよ。俺のバイト先のアナウンサーだよ」
「え~、そうなんだ。局アナっていうことか?」
「ああ、そうだな。うん、局アナでメインキャスターなんだ」
「学生のイチアルバイトが、局アナとどうやってカップルになったんだよ」
レオくんの友人が突っ込んで聞いてきた。疑問と興味が一緒にやってきたらしい。
「フィーリングが合っただけだよ」
レオくんがさらりと本当のことを言った。
「それだけで恋人関係になるなんて…。どっちから言い出したんだ?」
レオくんの友人の突っ込んだ質問が続く。
「僕だよ。男だもん、当然だろ」
「歳は…上?」
じっと黙って聞いていた友人の彼女が話に入って来た。
「上。少しだけどね。恋人であり、人生のお手本だよ。頑張り屋さんだから、尊敬してるんだ。しかも可愛いから愛してる。」
レオくんが恥ずかし気もなくきっぱり言った。
「上なんてダメだよ~全然可愛くない~レオくんには似合わない!私みたいに可愛いタイプの方がずっと似合うし、見た目もいいカップルになれるわ~そう思うでしょう?」
彼女は自分の彼氏の前にもかかわらず、平気で彼氏の友人にアプローチしてきた。
「何言ってるんだよ、君は僕の彼女だろ」
レオくんの友人は自分の彼女にストップをかけて言った。
「でも、私の方がレオくんには合っていると思うんだもん…」
「そんな変な冗談はやめにしよう」
レオくんが言うと、友人も頷いてふたりの男性は笑った。
「本当にレオくんの彼女になりたくなっちゃった~。私って可愛いから、絶対私といたら周りから羨ましがられるわよ、ね、レオくん」
彼女はそう言うと危険な計画を考え始めた。
 男性ふたりの話題は試験に移行していた。その話題は、彼女には全く興味のないものだ。
「ずいぶん大変そうな試験だな~、俺には到底無理だ、レオ、優秀だな~」
レオくんの友人が感心した。
「僕にとってもすごく難しいよ。でも、たぶん、彼女の支えがあればどうにかなりそうな感じがするんだ。彼女の日頃の努力を見ていると、自分も頑張らなきゃいけない、って思うんだよ。そう思うと、すごく努力できるんだ」
「すごく良いパートナーなんだな。羨ましいよ」
「うん。そうだね、彼女を愛してるよ。今までは、楽しく過ごせる相手が彼女っていうことが多かったけど、今はそれだけの子とはつきあえないな~、物足りなく感じるし、時間の無駄って思ってしまうな」
レオくんが空を見つめ、私を思い出しながらしみじみと言った。
その様子を見た友人が、隣に座っている可愛いだけの彼女を見て、果たして自分にプラスになっている存在なのか、疑問を感じた。
それからしばらくして、彼らは解散した。
*私と元カレ、レオと友人の彼女*
結局その日は、どのスタッフも酔ってしまった。翌日は休みだからみんな気が緩んでいる。もしかしたら、私が一番泥酔してしまったかもしれない。みんなの前ではしっかりしているつもりだが、目が回っていて、しっかり物が見えていない。誰も気が付いていないみたいだが、全てが歪んで見えている。
その中で、ひとりだけ酔っていない人物がいた。それは…元カレだ。
元カレは、お酒が飲めない。飲み会の雰囲気は好きなのだが、アルコールを受け付けない体質なのだ。
 私は、元カレを見上げた。どうしても自分の彼氏のレオくんに見えてしまう。
「おんぶして」
私は元カレに言ってしまった。
「子供になったのか?」
「たぶん子供になった!おんぶはダメ?」
「りら、可愛いな~。よし!乗りな!」
元カレは楽しそうに言いながらしゃがみ私をおんぶした。
「いい気分~」
私は元カレの首にしがみつきながら言った。
 
 そして、歩くこと数十分、私たちが到着したところは、元カレの部屋だった。
私がよく知っている部屋だ。
違和感など全くない。
「シャワー、使いな!」
「洗って!」
私が甘えて言った。
「俺が?」
元カレがびっくりした表情で言った。
「ダメ?自分で洗うの面倒くさい!いいでしょ?洗って!」
私がまた甘えて言った。
「なんだ~、りら、ほんと可愛いな~。いいよ、いいよ、洗ってやるよ」
元カレは、何やら鼻歌を歌いながら私の全身を洗う。私は、酔いと眠気と闘いながら洗われていた。
シャワーから出ると、私は元カレにキスをした。そして、元カレに言った
「髪を乾かして」
「これも俺がやるのか…」
と、元カレがめんどくさそうに言った。
「うん。ダメ?」
「わかった。わかった。やるよ」
元カレはそう言うとドライヤーのスイッチをオンにした。
元カレは私のミディアムボブの髪と自分の髪を交互に乾かした。
乾き終わったのを確認すると、元カレはドライヤーを洗面所の元の場所に戻し、私のところに戻ってきた。
そして、黙って私を抱き上げ寝室のドアを開けた。ベッドに私を優しく寝かせると、自分も私の隣に横になった。
私たちは抱き合った。男性特有の柔らかい肌触りが、私を安心させてくれた。
私は、レオくんと元カレを完全に間違えている。
私は、元カレの唇にキスをした。
「りらからキスしてくるなんて初めてだな、可愛い。愛してるよ」
と小さな声で元カレが囁いた。
 そして、元カレが私のパジャマを脱がせようとした時、私は吐きそうになった。
「吐きそう!助けて!トイレに連れて行って!」
「まじかよ!ちょっとの間我慢しろよ!」
 と、元カレは言って私を抱き上げると、トイレに私を入れて、背中をさすり、吐かせてくれた。
「何で俺がここまでしなきゃならないんだよ。もうやめてくれよ」
「気持ち悪い~、具合悪い~、目が回る~、眠い~もう寝る」
 元カレがまた私を抱き上げ、洗面所に連れて行きうがいをさせると、今度はソファに座らせ水を飲ませてくれた。
そして、ベッドに寝かされると、私は酔いでまた眠ってしまった。
「あのクールでしっかり者のりらがこんな世話のやける女だなんて、何だか可愛いじゃないか。こんなに甘える女だなんて、知らなかったぞ、なあ、りら、可愛いな~」
 と、元カレは寝ている私に言ってキスをし、私を抱きしめながら自分も眠りに落ちた。

 その頃、レオくんは…。
友人カップルと解散して、宿泊しているホテルに戻り、ロビーに入った。すると…
「レオくん」
と、誰かが自分を呼んだ。声の方を向くと、さっきまで一緒にいた友人の彼女だった。
「どうしたの?なんでここにいるの?」
レオくんは聞いた。
「あなたに逢いたくなっちゃって~」
彼女は満面の笑みで、甘えた声で言った。
「それは困るよ。帰ってくれないか」
レオくんは冷たく突き放すように言った。
「え~、帰りたくないな~、もっと一緒にいたいの」
友人の彼女はさらに甘えるように言った。
困ったレオくんは友人に電話をした。しかし、まだ帰っていないのか、寝てしまっているのか、何に連絡をしても繋がらない。しかも、友人の家も知らない。
「送って行くよ。君の家かあいつの家かどちらかまで…」
レオくんは言ったが、友人の彼女は
「ただ話がしたいだけなの。あなたの部屋に入れてよ」
と、言った。
「それはダメだよ。いくら僕が君に全く気が
なくても、女性として見ていなくても、部屋
に入れるのはルール違反だよ。それに、僕に
とって女性は彼女ひとりだけだよ。君には魅力
を感じない」
レオくんが、友人の彼女に正直に言った。
「そこまで言わなくても…レオくん酷いな~」
友人の彼女がちょっと拗ねた風に言った。
本来、大人っぽい女性が好みのレオくんにとって友人の彼女は余計に魅力的に見えない。
「とにかく、帰ってくれないかな~迷惑だよ」
レオくんが一段ときつく言った。
「え~、そこまで言うなんて酷すぎる~。私って、こんなにキュートで可愛らしくて…何といっても若いでしょ~。絶対彼女さんよりも、私の方がレオくんにはお似合いよ!」
と、友人の彼女はレオくんに猛プッシュしてきた。
レオくんは、やれやれ…という表情をして、
「それは大きな勘違いだと思う。若くて可愛い外見がタイプの男もいるかもしれないけれど、僕が好きなのは僕の彼女だけだから、こういうのは本当に迷惑なんだよ。しかも、君は僕の大切な友人の彼女だよ。こんなこと僕に言うなんて変だよ」
と、レオくんは言いながら再び友人に電話をした。が、やはり出ない。
「とにかく、ここで…さよなら」
レオくんが友人の彼女に言って部屋へ戻ろうとした時、彼女がレオくんの腕を掴んで言った。
「じゃあ、部屋は諦めるわ。その代わり…飲みに行かない?少しの時間でいいから。ちゃんと終電で、ひとりで帰るから、ね?!そのくらいならいいでしょ?良いって言ってくれなきゃ帰らないからね!」
彼女が甘えて拗ねながら言った。
「わかった。じゃあ、1時間だけ。それを過ぎたら君をおいて帰るからね」
レオくんが妥協して言った。
「やった~!嬉しい!」
彼女は喜んではしゃいだ。こういう仕草が男性には可愛く見えると、思っているらしい。
ふたりはすぐ近くにある居酒屋に入った。うるさいくらいに賑やかだがちょうどいい、と、レオくんは思った。
レオくんは、ソフトドリンクと水を注文した。彼女は何を注文するか迷っている。
レオくんは彼女の注文が待ち切れず、先に来た水を一気に飲むと、
「トイレに行ってくる」
と、言って席を立った。その間、彼女は焼酎のダブルをロックで注文した。
レオくんがトイレから戻ると、彼女は注文を終えていた。
飲み物が来て、彼女が強いお酒を注文したことを、レオくんは初めて知った。
「そんなに強いお酒を飲んで大丈夫?酔っても送って行かないからね」
「大丈夫、知っていると思うけど、私、お酒強いから。フフフ…」
友人の彼女はそう言って笑った。
不気味な女の子だな~、こんな彼女であいつは良いのか?とレオくんは思いながら、彼女の様子を見ていた。
友人に何度も電話をしてるのに、全く応答がない、返信もない。寝てしまったのかもしれない。レオくんは2杯目の水を飲み干すと、
「トイレに行ってくるよ。君からもあいつに電話してみて」
そう言って、再びトイレに行った。3人でいるときに沢山飲んだのでトイレが近いのだ。
「うん」
友人の彼女はひと言だけ返事をした。そして、計画を実行する。レオくんがトイレに行っている隙に、自分のグラスのお酒をレオくんのお水のコップに入れた。水も焼酎も無色透明なので、全くわからない。レオくんも口に入れるまでわからないだろう。
『きっとレオくんがトイレから戻ってきて、水だと思って飲むときには、さっきみたいにゴクゴクと一度に沢山飲むだろう…。そうすれば、一気に酔いが回って…レオくんは私のもの!フフッ…』
友人の彼女はひとりで想像し、笑った。
レオくんがトイレから戻ってきた。そして、水の入ったグラスを手に取り、一気に飲んだ。すでに結構な量のお酒を飲んでいるので喉が渇いているのだ。
「あ、これ、水じゃない!なんてことするんだ!」
レオくんが怒って友人の彼女に言った。
「気が付かない方が悪いのよ。バカね~」
友人の彼女が含み笑いを堪えながら言った。
「ひどい女だ…」
そう言った時、レオくんはすでに酔いが回ってしまっていた。
先ほどワインとウィスキーを飲んでいる。その上に焼酎のロックはかなりきつい。なぜかレオくんも私も焼酎に弱い。何かで割っていても、すぐに酔うか、顔が真っ赤になってしまうかなのだ。
そしてレオくんは、完全に酔ってしまった。
「帰る!」
レオくんは、テーブルの上に多めにお金を置くと友人の彼女にそう言ってお店を出た。
友人の彼女は、レオくんの後についてお店を出た。
「ついてくるな!」
千鳥足になりながらも、レオくんは友人の彼女を怒鳴りつける。
友人の彼女はだまってついてくる。
ホテルに着いて、部屋のドアを開けると友人の彼女はすぐに鍵をかけた。
レオくんはすっかり泥酔して、ベッドの上にダウンした。
友人の彼女は、ベッドの上で眠ってしまったレオくんの服を脱がせ下着姿にした。そして、自分の服も脱いだ。
下着姿になると、レオくんの身体のあちこちにキスをして、キスマークをたくさんつけた。
酔って熟睡しているレオくんが友人の彼女の行動に反応して「りら」と私の名前を呼んだ。
そして、レオくんはまた眠ってしまった。
友人の彼女はそれでもお構いなしにキスを続ける。
だが…泥酔してしまったレオくんの体は、全く反応しない。すっかり寝てしまっている。
「何なのよ~役立たず!レオくん起きて!私を抱いてよ~、ねえ、レオくん」
彼女は甘えたり怒ったりしても起きないレオくんを叩いた。それでも全く反応しない。レオくんは完全に眠ってしまっている。
一番の目的を果たせなかった友人の彼女は、たくさんの写真を撮った。いろいろな角度から、レオくんのいろいろなモノを。
さんざん遊んだ挙句、彼女はレオくんに抱きつきながら眠りについた。
 
翌朝…。
私は自然と目が覚めた。そして、起きて気が付いた。私の隣に元カレが寝ていることに。
「どうして?」
私は自問自答し、あわてた。
「やってしまった…」
私は震えた。大切なレオくんを失うかもし
れない。取り敢えず、帰ろう…。
私は急いで着替えると元カレの部屋を出た。自分の部屋に帰る道中、夕べのことを思い返してみたが、全く思い出せない。酷く泥酔してしまったらしい。  
ショックのせいか、全く二日酔いになっていない。
 自分の部屋に帰ると、シャワーを浴びる。熱めのシャワーを浴びながら、夕べのことを思い出そうとしたが、店を出た後のことは全く記憶にない。私が悪い。悪かった。どうしよう。レオくんには言えない。言わない方が良いだろう。
その前に元カレに口止めだ。
私はとにかくレオくんを裏切ったことへの大きなショックに包まれていた。
気もちを落ち着けると、私は元カレにメールを送った。
「夕べのことは、わすれてください、お願い。」

レオくんも、同じ頃に目が覚めた。天井を見て、ホテルにいることを確認する。酷い頭痛と吐き気がする。何といっても腕に大きな痺れと重みを感じる。
起き上がろうとした時、誰かが寝ていることに気が付いた。友人の彼女だった。しかも下着姿で寝ている。
「なぜだ?」
レオくんは自問自答した。
「それより…」
レオくんは自分の身体をチェックした。
オールヌードなうえ、大きな赤い点々が沢山ある。何だ?じんましんか?
レオくんはよく見た。
キスマークだった。沢山のキスマーク。気もちが悪くなるほどに沢山のキスマークが付けられている。
ぞ~っとした。
レオくんはシャワーを浴びながら涙が出そうになった。
そして、夕べのことを思い出した。
『そうだ、水を飲んだつもりだったけど、あの女が焼酎と交換したんだ。そうだ。それで悪酔いして…眠ってしまったんだ。自分の体の特徴はよく知っている。泥酔するとできない。すぐ寝てしまう。そうだ、やってない。彼女がひとりでやったんだ。もしりらに知られたとしても、僕がやってないということは分かってくれるだろう』
レオくんは自信をもってそう思った。
 シャワーから上がり、身支度を整え荷物を急いでまとめると部屋を出た。
そして、まだ数日予約を入れていたにもかかわらず、チェックアウトした。

レオくんは心に大きな傷を抱えてしまった。
 私は私で、元カレとのことに大きなショックを受けていた。

 その夜私たちはお互いに電話をしなかった。
それは数日に及んだ。

2日後のレオくんの試験は、とても低い点数だった。レオくんは項垂れた。ケアレスミスが多すぎる。友人の彼女のことが大きな原因となっていることは顕著で、それだけあの出来事がレオくんの心に大きなダメージを与えてしまっていた。
 
一方私の方では…こんなことが起きていた。元カレが私に言った。
「りら、元の関係に戻りたいんだけど、考えてくれないか?」
「え~?どうしてそうなるの?あなたの気もちがわからないわ。あれは酔った勢いの過ち、
間違いよ。わすれて。って、メールにも書いたじゃない…私たち…何か…っていうか、何もなかったよね?」
私は元カレにきつく言った。
「じゃあ、何で俺に甘えてきたんだよ。思わせぶりだろ?確かに何もないよ。だって、おまえ、ゲーゲー吐いて大変だったんだぞ。シャワー浴びさせて、頭乾かして、うがいさせて…全部やってやったんだぞ。それであんな可愛く甘えてきやがって、何なんだよ!」
元カレが不満そうに言った。
「泥酔しちゃったから。何があったか覚えていないけど、きっと、自分の彼氏と間違えたわ。ごめんね」
「とにかく、俺のところに戻って来いよ」
元カレが真顔で言った。
「イヤよ。彼を愛してるの」
私も真顔で言い返した。
「彼って誰?本当にいるのか?別れたばかりで、もう新しい彼氏ができてるなんて、早すぎないか?」
元カレが聞いてきた。
「誰って、彼は…彼よ。私の大切な人よ。本当にいるわよ。あなたの気持ちは嬉しいわ。元カレにそんな風に言って貰えるなんて。見直してもらえたっていうことでしょ?でも、私は私で今の生活があって、それを大切にしているの。彼といると、心身が満たされるの」
私は元カレに理解して貰えるように丁寧に言った。
元カレは不満そうな表情で私を見ている。
その時、
「りら~」
 と、女性の同僚が私を呼んだ
「は~い」
私が何事もなかったかのように元気にこええ、彼女のところに行った。元カレがその様子を不満顔で見ている。
「りら、女性から電話なんだけど…、名乗らないの。どうする?」
同僚が心配そうに言った。
「え、誰だろう…何だろう…」
 イヤな予感がする。私は怖くなった。
「俺が代わる。危ない」
そう言うと、元カレが電話に出た。
「もしもし、どんなご用件ですか?彼女は職務上あらゆることにおこたえできるわけではないので、名前くらいおっしゃって頂かないと…」
元カレが電話の相手に少しきつめに言った。
同僚が電話のモニターボタンを押す。スピーカーから漏れ出る息声から、どうやら相手は若い女性のようだ。
少し間があってから、電話の向こうの女性が言った。
「わかりました。私は、りらさんの彼氏の女です。りらさんに彼のことで話があるので代わって頂けませんか?」
と、相手は言った。元カレが
『どうする?』
と、私に表情で聞いてきた。
「わかったわ。代わるわ」
そう言って、私は電話に出た。
「はい、りらです。何でしょうか?」
私は、少々突き放すように話した。
「私、レオ君の友人の彼女です。でも、レオ君と男女の関係になってしまったので、レオくんとお付き合いしたいんです。私にレオくんをください。私たちの関係の証拠は…レオくんのパソコンのアドレスに写真を添付して送りましたから確認してください」
と、相手の女性は言った。
「わかりました。今確認しますので、お待ちください」
そう言って、私は、少し離れたところにあるレオくんのデスクに戻って、パソコンを立ち上げた。ものすごくドキドキする。どんな証拠が送られてきているのかと思うと、変な汗が出てくる。パソコンが立ち上がった。
メールを開く……
 写真を見て、私は息をのんだ。
その写真は、ホテルのベッドで、レオくんと女の子が下着姿で寝ている写真だった。しかも何枚も送られていた。
レオくんの身体にはたくさんの赤いものがある。じんましん?拡大して見ると無数のキスマークだった。
私はショックと驚きでパソコンの蓋を閉めた。
一呼吸おいて電話に出た。
「もしもし、写真見ました。確認したところ、確かに写真の男性は私の彼氏のレオです」
私は冷たく言い放った。
「じゃあ、レオくんを頂けますよね?こんな関係になったのだから、あなたはもう要りませんよね?」
相手の女性がきつく私に言った。
「いいえ。私はレオを愛しています。簡単にはお渡しできません。レオとよく話し合って、彼があなたのところに行きたいと言ったら、その時はレオと別れて差し上げます」
と、私は毅然と言ったが、内心は大きなショックを受けていた。
レオくんは私と同じようなことをしてしまった。
でも、もしかしたら、レオくんも最後までいっていないかもしれない。ただ単に飲みすぎて寝てしまったところを襲われたのかもしれない。レオくんの性格や体質だと、その確率が極めて高いだろう。私はそう思った。
レオくんは愚行した。そして私も愚行した。
事実はレオくんと電話の女性、そのふたりしか知らない。ううん、レオくんは知らない。この電話の女性だけが知っている。私は直感的にそう思った。
今、レオくんは何を考えているのだろう。勉強が手につかず、悩んでしまっているのではないだろうか?自分を責めているのではないか?と思うと、そちらの方が心配になってくる。女性と寝た?もしそうだとしても一度の過ちだ。
私なんか、レオくんと付き合う少し前まで元カレがいた。しかも社内のすぐそこに。それをレオくんは知っている。でも、そのことを責められたことも嫉妬されたことも一度もない。いつでも私を信じてくれている。そうだ、私も信じよう。もし、何かあったとしても、レオくんが自分の意思でやったことでないのなら許そう。レオくんを誰かに渡すよりも遥かにいい。近くにいて欲しい。愛してる。
 私は、自分の気持ちを真摯に見つめ、レオくんに対する気持ちを確認した。こんな気もちになるのは初めてだ。これまでの彼氏たちがやったことだったら、電話の彼女に『わかりました。差し上げます』と言っていただろう。そう考えると、レオくんが私にとってどれだけ大切な存在なのかが自分でわかる。
私は、レオくんに電話をした。
「レオくん、会いたいの。どうしても会いたい。少しでも早く会いたいんだけど、どうすれば会えるかしら」
私はレオくんにしつこく言った。
「僕もだよ。でも…僕は、君に会えるような人間じゃない。もう、君にはふさわしくない」
レオくんが恐縮して言った。
「とにかく、会いたいの。一度戻ってこられる?もしこっちに来るのが無理なら私が行くわ。話があるの」
と、私がしつこいくらいに言った。
とにかく会って話をするのが一番良い。それが今の私たちにとって、一番大切だ。
ふたりの関係のみならず、これから先の人生においても大切な時間だ。
レオくんがしばらく考えている様子が伝わってきた。
「わかった。これから向かうよ」
「ありがとう。いろいろあったのは知っているの。でも、私はあなたを愛しているし、大きな問題だと捉えていないから安心して帰ってきて欲しい。会社で待っているから」
私はレオくんに正直に言った。
「そうなのか~。知っているのか…」
レオくんはショックを受けた様子で言った
  *許し合い*
 数時間後、レオくんは会社にやって来た。
「会いたかった~」
私はレオくんを見てすぐにそう言って抱きついた。
「僕もだよ、会いたかったよ」
レオくんが少し不安そうに言った。
「私への気持ちは変わっていない?」
私はストレートにレオくんに聞いた。内心、ものすごく怖かった。
「もちろんだよ。変わるわけないよ。でも、君に話さなければならない事がある」
レオくんが悲しそうに言った。
「さっきも電話で言ったけど、それは知っているの。あなたの友人の彼女という子から電話が来て事情を聞いたわ。あなたと男女の仲になったからあなたをくれ、と、言ってきたの。あなたとの夜の写真も送ってきて、私が自分でチェックしたわ」
私がレオくんの目を見て言った。
「そんなことを…写真なんて、いつ撮られたんだろう。酷すぎる」
レオくんが落ち込んだ。
「大丈夫。落ち込まないで。きっとあなたは泥酔してしまったんでしょ?それで、何もしていない、でしょ?写真、あなたも見る?」
私がレオくんに言うと、
「わかった、見るよ。君だけが見て、僕が見ないで逃げるなんてできないから…見るよ」
と、言った。
レオくんは、写真をチェックすると、大きなショックを受けて、椅子に腰かけた。
「僕が悪かったんだ。あの子がホテルに来て部屋に入れてくれと言ったんだ。断ったら、近くの飲み屋でいいから行きたいと言うから1時間だけ、という約束で行ったんだ。僕はソフトドリンクと水を注文してトイレに行った。その間に彼女は焼酎のロックを注文していた。飲んでいる途中でまたトイレに行った。その間に彼女は自分の焼酎を僕の水のグラスに入れていた。僕はそれを知らなくて一気に飲んでしまった。飲んだ後で焼酎の味がして彼女に聞いたら、不気味な笑みで僕をみていた。そして、僕は酔ってしまった。だからお金をおいて、彼女についてくるな、と言って、お店を出たんだ。ホテルに着いたのは覚えているけれど、その後は…」
レオくんはとても悔しそうな表情で空を見つめた。
「わかったわ。そんなことだろうと思った」
私はそう言って、レオくんの頭を抱きしめた。
「もう絶対に彼女には会わないでね。たとえ、友人が一緒でも」
「もちろん。会いたくもないよ。怖いよ」
レオくんがおびえて言った。
「友人に言わずにいようかとも思ったんだけど、どう思う?」
「う~ん、もし、レオくんの友だちが彼女のことを結婚を考えるほど真剣に好きなら言わない方が良いと思うの。でも、それほどでもないのなら、言った方が良いんじゃないかな?こんなに酷いことをする子なら繰り返すかもしれないわ」
「なるほど、そうだよな~自分の彼女があんななら困るし、知っておきたいよな」
「うん、そうね、私がこの仕事をしているから我慢したけれど、一般人なら訴えていたと思うわ」
「確かに、そうだね」
「もし、レオくんの友人が信じなかったとしても、事実として伝えておくだけでずいぶんと違うと思うし、今後、彼女が似たようなことをしたときに、今回のことを事実として受け止めるようになるんじゃないかな。取りあえず、友人として言っておいた方が良いと思うわ」
「うん、わかった」
 と、レオくんは言うと、早速スマホを取り出し、友人に電話をし始めた。
 電話の雰囲気から、どうやら友人は信じていないようだ。それはそれで仕方がない。今はこれがレオくんができることの精一杯だし、レオくんはひどく傷ついていることは確かだ。そして、私も傷ついている。
 電話を切ったレオくんが私に言った。
「やっぱり信じてくれなかったよ…」
「そっか。でも、頑張って伝えて良かったね。偉かったわ」
 と、私はレオくんを労った。
 私たちのやり取りを見ていた元カレが言った。
「何でふたりはそんなに仲が良いの?そんな姿見たくなんだけど」
「だって、レオくんは私の大切な彼氏よ。仲良くて当たり前でしょ」
私がはっきり言った。
「そんな話を誰が信じるんだよ」
そう言って元カレは大笑いした。
「本当よ。あなたにも話さなきゃならないとは思っていたんだけど、タイミングがね~。でも、ちょうど良かった、今、報告したからね。レオくんに優しくしてよね」
と、私が元カレにお願いするように言った。
すると元カレは
「本当の話?」
と、信じられない、といった表情を見せた。
「本当です。りらは僕の大切な彼女です」
レオくんが真剣な眼差しで元カレに言った。
「あ、レオくんの友人の彼女に電話しなきゃ」
 と、私は言って受話器をもった。
「もしもし、りらですが、先ほどのレオの件で電話を致しました。今レオが会社に帰って来まして確認したところ、身に覚えがないそうです。それに、レオは体質上お酒を飲み過ぎると何もできず眠ってしまいます。それは彼女である私が一番知っていることです。それから、気もち的にもレオは私のことを変わらず愛していると言ってくれています。ですから、あなたに差し上げることはできません。それではこれ以上連絡はしないで下さい」
 と、言って私は電話を切った。
 彼女からの反論の電話は来なかった。
 
 私たちは帰り道、イタリアンレストランに立ち寄り、久しぶりに一緒に食事をした。そして、私はレオくんに謝った。
「ごめんなさい。実は、私も大きな間違いを犯してしまったみたいなの。本当にごめんなさい。許してもらえたら良いんだけど…」
私はそれだけ言うと、レオくんはびっくりした表情で私を見つめた後、伏し目がちに言った。
「すごくがっかりだよ…。でも…誰?」
「元カレ」
「飲みすぎ?」
「うん。飲みすぎてあなたと元カレを間違えて…甘えちゃったの…本当にごめんなさい。気が付いたらあの人の家にいて…朝だった」
私が謝りながら、レオくんに事実を話した。
「わかった。一線は超えたの?」
「実は、私、泥酔して覚えていないんだけど、あの人が言うには、何もなかったって。私が酔い過ぎて吐くのを手伝ったり、水を飲ませたりしてお世話してくれたみたいなの」
「それは大変だったね、迷惑をかけてしまったのか…」
「うん、どうやらそうみたいなの」
「わかった。じゃあ、今回のことはお互いに許し合おう。それしかないよ。うん、それしかない」
と、レオくんは自分に言い聞かせるように言った。
「許してくれてありがとう。これからはお酒には気を付けるわ」
「そうだね。飲みすぎないように気を付けよう。飲むな、とは言わないけれど、沢山飲みたい時は、家で飲むことにして、外では2杯まで、って決めよう。それが良い」
と、レオくんはまた自分にも言い聞かせるように言った。
「でも、元カレで良かったよ。新しい人だったら本当にショックだったよ。想像しただけで恐ろしいし、悲しい」
と、レオくんは言った。

 その夜、私たちは時間をかけてたっぷりとキスをして愛し合った。心も体も愛し合うことを喜んだ。お互いの気持ちを確認して、充実した夜を過ごすことができた。

 次の日、試験を受けるため、レオくんはあの町へ戻った。
今回の試験は満点だった。電話から溢れるレオくんの嬉しそうな声を聞いて、私はレオくんの何倍も嬉しくなった。

年下で大学院生の彼氏がどんどん成長していく。とても嬉しいことだ。早く私を抜かして欲しい。心からそう思う。
年齢だけはどうにもならないが、それ以外はすべて私を超えて欲しい。
その時はもっと甘えよう。私はそう思った。

 試験で満点を取ったことを受けて気力を増したレオくんは面接試験にも合格した。
レオくんのポジションは上がり、教師と学生の中間の立場になった。
私は普通に学生を終えたのでよくわからないが、レオくんの大学ではそういうのがあるらしい。
そのことを受けて、社内では、レオくんの『おめでとう』と『お帰りなさい』の気もちを込めて飲み会を開いた。直接飲み会のお店に来たレオくんに対して、若い女性スタッフは、レオくんの将来の素敵な姿をイメージして、ちやほやした態度で迎えた。それを見た元カレは、
「なんだ~レオはやっぱりモテるな~試験に受かったから余計にか~?でもレオはダメだよ。なんてったってりらの彼氏だからな~みんな狙うなよ」
と、言ってしまった。
「またまた冗談を~」
「私たちを遠ざけるためですか~」
「私たちにも教授婦人の座のチャンスをくださいよ~」
などと、レオくん狙いの女性スタッフ達は言った。
「冗談ぽいよな~。まあ、俺も聞かされた時はびっくりして信じなかったけど、ホントらしいよ」
と、元カレが勝手に公表してしまう。
「えっ?本当なの?」
聞いてきたのは、以外にも、私が仲良くしている中堅の女性スタッフだった。
「うん。実は…そうなの」
私が照れながら言うと、
「うそ~!何で言ってくれなかったの~!私、密かに狙っていたのに~。年下で、可愛いのにしっかりしていていい感じなんだもん。それに、年上が好きって言ってたでしょ~、りらずるい~、いつの間に~?いいなあ~」
と、彼女は本当に羨ましそうに言った。
「まあ、今夜はゆっくり飲もう!レオくんがやっと帰って来たんだから」
と、私がみんなに言った。
私とレオくんが隣に座ると、元カレは私の反対側の隣に座った。
「ちょっと~、どうして私の隣に座るの?可愛い女の子が沢山いるんだから違うところに座ってよ~」
「怒るなよ、良いだろ?隣に座るくらい」
私とレオくんは笑ってしまった。なぜならいつも強気の元カレが淋しそうだったからだ。
「どうしたの?淋しいの?」
私がほんの少し茶化すように言う。
「うん。淋しくなってきた。りらとレオを見ていたら、本当に好きな相手が欲しくなった」
「そうね~、確かに。私もレオくんと一緒にいるようになって『許す』とか『見守る』とか『信じる』といったような、よく使う言葉で、簡単に言える言葉だけど、実行に移すのはものすごく大変な言葉、それこそ、愛がなければ実行できない言葉を、はっきり伝えて実行できるようになったの。今までは『やっているふり』だったのだと思うの。だからどこかに歪みができていたのよね。例えば、実際に『許した』としても『イヤだな』という気もちが残ったり『信じる』と言っても『本当はどうなんだろう…』って、心がもやもやしたりしたのだけれど、レオくんに対しては、本当に実行できるの。私、成長したでしょ?すごいと思わない?まあいいやって、愛してるから仕方がない、って思えるの。すごく心が楽になった。」
と、私はレオくんと付き合うようになってからの心の変化をみんなに話して聞かせた。
「ふ~ん、そうなんだ~。すごいね~、なんだか…。それが、相性が良い、っていうものなのかな~?」
と、元カレではなく、女性スタッフ達が反応した。
「愛情なんだと思う。まあ、とにかく、飲もう!やっと帰って来たんだから、楽しく過ごさなきゃ!」
と、私がみんなに言った。
レオくんが心配そうに元カレを見いた。
「大丈夫よ。この方は、お酒は飲めないの。と~っても弱いから心配しないで」
と、私が言うと、レオくんは笑った。
私は大酒飲み、レオくんは種類によって飲めるものと全くダメなものがある。そして、元カレは全く飲めない。三者三様だ。
 みんなで恋愛の話をしていると、元カレが私に突然言ってきた。
「俺に甘えてくれ。あれが可愛くてたまらないんだよ、わすれられないんだ」
「やめてよ。気持ち悪い。私はレオくん一筋なの。レオくんにしか甘えないわよ」
レオくんは私の頬にキスをした。そして、私もレオくんの頬にキスをした。
「嘘だろ~仲良すぎだし、自然すぎるだろ~。何なんだよ。あ~俺の時とは別の女だよ~」
と、元カレが悔しそうに言ったとき、
「え?ふたりはつきあってたの?」
と、私の友人が驚きすぎたらしく大声を出した。すると元カレが言った。
「うん、2年くらい付き合ってた。でも、突然ふられた。そしたらレオとつきあってるって言われた」
「みんな知らなかったの?それとも私だけ?」
「私が秘密にしたい、って言っていたの。この人、女遊びが酷すぎるでしょ~?だから。で、愛情がもうないってわかったから別れを切り出したの。そんな時にレオくんと意気投合したのよ。おしまい。これ以上は話すのはやめよう。レオくんがいるから」
 と、私がふたりを制すると、元カレは口をつぐみ、友人は質問をやめた。
「レオくんの彼女になって実感したんだけど、女は男で変わるものなのね。私は、レオくんには心の駆け引きは一切やらない、変な我慢も一切しないの。困らせたり、悩ませたり、考えさせたりするのがかわいそうで…。こんなに勉強して頭を使っているのに、さらに私で頭を使うなんて大変すぎるでしょ?だから、私は素直になって、レオくんが困惑しないようにすることにしたの。だから、レオくんも無理はしないで、私の甘えに『ノー』の時ははっきり言ってね。お互い我慢はやめようね。」
「りら、そこまで考えてくれてありがとう。安心して勉強できるよ。でも、甘えて欲しい。それにこたえられるのも彼氏の醍醐味だよ」
レオくんは男らしく言った。
「いや~ん」
「かっこいい~」
「いいな~」
「素敵すぎ~」
「愛されてる~」
「羨ましい~!」
レオくんのファンという女性スタッフ達が目をハートにして言う
「まだ学生なんて信じられない。レオ、カッコ良すぎるだろ」
元カレがレオくんに言った。
「レオくんは、年齢は若いけど、精神年齢もボディーもオトナなの~。私には素敵すぎる彼氏よ」
私がのろけて言ってやった。
「やめてくれよ。恥ずかしいだろ、褒め過ぎだよ」
と、レオくんは顔を真っ赤にして照れながら言った。
私は、レオくんの身体にタッチして、キスを求めた。レオくんはそれに応じてくれる。
「りら~、本当に可愛いな~。社内とは別人じゃないか~。誰かこんな可愛く俺に甘えてくれる子いないかな~」
元カレがしみじみ言ったのが可笑しかった。
「りらはダメですよ。僕の大切な彼女なんですから、取らないでくださいよ」
と、レオくんが言った。
「欲しいけど要らないよ。あなたなんか嫌い!って、パンチされそうだ」
元カレが言うと、みんなが大笑いした。
「外見がクールで、賢くて、強くて、綺麗でかっこいい。のに、中身が甘えたがりで、可愛いなんて、そのギャップが男にとってはたまらないよな~。魅力的すぎるだろ、もっと大切にすれば良かったよ」
元カレが執拗に言った。
「もういいじゃない。私の話は。長すぎるわ。あなたにはあなたに合う女性がいるはずよ。自分の目で見極めて」
私がしつこく話を続ける元カレに言った。
「ハハハ…!確かに、りらのギャップは魅力なんですけど、外見も中身と合わせて可愛くしていても似合うと思うんですよね~。ずっと、クールのままなんですか?」
レオくんがみんなに聞いた。
「そうだね~、クールなイメージが固定されちゃったからね~」
「だからみんな性格もクールな女性だと思っていたんだよね」
女性スタッフ達が言った。
私はみんなの話をただ聞いていた。右腕をレオくんの左腕を絡め、左手にはワイングラスを持ちながら…。
「本当はね、私も『女性らしい』というファッションやヘアスタイルが好きなのよ~、やってみたいな~」
「別に禁止されているわけじゃないんだから、イメチェンやってみれば?」
 と、仲の良い女性スタッフが提案してくれた。言われてみれば誰に何を言われてクールなイメージにしていたわけじゃなかった。何となくそんな流れになっただけだ。
「そうね、自分らしくしてみようかな」
 と、私がみんなの意見にこたえるように言ってみると気が楽になった気がした。
  *私の変化*
 私は、レオくんが彼氏としてそばにいてくれることで、心身がリラックスし、より一層いい仕事ができるようになってきた。
そして、私の性格や外見はクールからどんどん離れていき、女性らしさに包まれていく。
その様子を見て、上層部も新しいプランを考え出し、私は、自分らしさを強調できる番組にシフトチェンジできることになった。
私は、ずっとやってみたかったカールヘアにヘアスタイルを変え、フリルやリボンが付いた女性らしい服を着られるようになった。
中身だけでなく、外見もソフトで甘い私になったのだ。
「すごく楽。素の自分のままでいられるわ」
私はみんなに言ってまわった。

あの件から2か月が経ち、全ての試験をパスしたレオくんは、アルバイトをやめて自分の進路の準備を始めている。私達はプライベートの仲だけとなった。
そして、私とレオくんがそれぞれの新しいポジションでの環境に馴染み始めた頃、会社に私目当ての訪問者が来た。
私のデスクの社内電話が鳴る。受付嬢からだ。
「りら、受付にお客様よ。りらの彼氏の友人だって。男性よ」
「誰だろう?心当たりないわ。どうしよう」
 私は困惑しながらレオくんに電話をしてみた。でも、出ない。
「りら、受付に客だってよ」
 元カレが受付嬢に伝言を頼まれたらしく、私に言う。
「あ、うん、聞いてる。でも、誰かわからなくて…レオくんの友人だって名乗っているらしいんだけど、心当たりがなくて…怖いわ。レオくんに電話をしたんだけど、出ないの…」
「あの女の彼氏じゃないのか?」
「じゃあ、なおさら怖いわ」
「一緒に行ってやるよ」
「うん、ありがとう。お願いします」
 私は元カレとロビーに行ってみた。
 見たことのない優しそうな男性がソファに座っている。
「彼よ」
 と、受付嬢。
「うん、わかった。ありがとう」
 元カレが男性に声をかける。
「お待たせしてすみません。りらの上の者ですが…」
「あ、はじめまして。僕、レオの友人で2か月ほど前に…」
「ああ、あの件の…。レオならもうアルバイトをやめました。自分のこれからの仕事に専念することになりましたので、ここにはおりませんが…」
「そうでしたか。でも、今日はりらさんに話があって…もし、お仕事がいそがしい時間帯でしたら、また後程伺いますが…」
 と、レオくんの友人が言うと、元カレが私をチラッと見た。私は頷き返してレオくんの友人に言う。
「私がりらですが…」
 レオくんの友人は、私を上から下まで眺めた後、照れたように表情を変えて言った。
「あなたがりらさんですか…お綺麗ですね」
「え、ああ、ありがとうございます。で、どんなお話が?」
「あ、いえ、近くまで来たのでちょっと寄ってみただけです」
 と、レオくんの友人は言ったが、それが嘘であることは、私を認識した時に急に変わった彼の表情でわかるが、私は気がつかないふりをした。
「お立ち寄りありがとうございます。ただ、これから業務がありますので、私はこれで失礼させていただきます。レオには申し伝えます。それでは…」
「あ、はい。すみません、おいそがしい時間帯に勝手な行動をしてしまって…その…りらさんはもっとパリッとしたクールでカッコイイ女性というイメージをもっていたので…」そこまで言うと、彼は視線を床に落とした。
「そうですか…では、私はこれで…」
 と、私は彼に言って、元カレに目配せすると自分の業務に戻った。
 元カレが対応しようとしているらしい様子が目の端で見て取れた。
 しばらくして、元カレが戻って来た。
「何だって?」
「なんか、本当はりらにあのときの事実確認をしに来たみたいだよ。本当に彼女がひとりでやったのか、とかね。何だか彼女とは別れたんだって」
「ふ~ん。そんなことをイチイチ言いに来たのかしら…」
 私はとっても大きな違和感を覚えた。
「それからさ、男の勘だけど、あいつりらに惚れたな」
「怖いこと言わないでよ」
「まあ、俺も同じだろ、だから余計に思うんだろうな。気を付けな、アブナイ」
「うん、わかった」
 レオくんがやめてから、元カレは私を守ってくれるような発言が多くなった。今となっては心強い相手だ。

 私が今の仕事になって一番嬉しいのは、残業が減ったことだ。それまでは残業が当たり前で、しかも深夜に及ぶことが多くて何かと嫌だったが、今は早めに帰れる。レオくんが会社に来なくなったので、帰りが遅くなることは心細いのだ。
 仕事が終わって、スマホをチェックするも、レオくんからの連絡がないことに淋しさを感じる。
 
私が会社を出たとき、
「りらさん」
 と、誰かが私を呼んだ。声の方に顔を向けると、夕方会社に来たレオくんの友人だった。
「どうしたんですか?」
「話がしたくてまっていました」
「私とですか?レオとですか?」
「りらさんとです」
「どういったお話しでしょうか。私ひとりというのは何ですから、レオも呼びますが…」
「いや、りらさんと話がしたいんです。1時間…30分でも良いんですが…」
「でも、人目もありますから、ふたりでというのは避けたいのですが…」
 と、私は元カレの言葉を思い出しながら、やんわり断ると、レオくんの友人はスマホを取り出し、どこかへ電話をかけた。私はその様子を眺めて待つ。
「あ、レオ、俺だけど、久しぶり、この間はごめんな。今レオがバイトしていたテレビ局にいるんだ。うん、レオと話したくて来たんだけど、バイト辞めたんだって?知らなくて…。そうなんだ。今晩メシ行かないか?あの件も謝りたいし。まあ、色々話したいから。うん、わかった。ありがとう。駅前のカジュアルフレンチが入ってるビジネスホテルをとってあるんだ。うん、わかった。じゃあ、そこでまってるよ。あ、実は、りらさんも一緒にいるんだ。うん、帰るところだったみたいで…わかった。まってるよ」 
と、言って電話を切った。彼は自分でレオを誘った。
「レオも来ますよ。どうですか?」
「わかりました。レオも来るなら…」
 私はそう言って会社のハイヤーに向かって手を挙げた。ドライバーがすぐに気がつきハイヤーが私たちの目の前で停った。
「乗ってください」
 私は、レオの友人に言った。
「ドライバーさん、彼はレオくんの友人なんです。これからレオくんと3人で食事に行くんですよ。駅前のあのカジュアルフレンチレストランまでお願いします」
 と、私はドライバーにあえて話した。
「はい、わかりました。りらさん、最近早く帰れるようになって良かったですね」
「ええ、本当に。ドライバーさんはいつも遅くまで大変ですね、今日も私たちを送ってくださった後にまた会社に戻るんでしょ?」
「ありがとうございます。ええ、戻りますよ。誰かが使って下さるかもしれませんからね」
 そんな話をしていると、あっという間に着いた。
「お疲れ様です。ありがとうございました」
 と、私はドライバーに言ってハイヤーを降りた。
 
その頃レオくんは、私を迎えに行くために会社に向かっていた。私を喜ばせるためのサプライズのつもりだったらしい。

 私は、ホテルの部屋でレオくんと待ち合わせをした、というレオくんの友人の言葉を信じて彼の宿泊する部屋に入った。レオくんの大学からだと20分程度で来るだろう。

 ハイヤーのドライバーが会社に戻ると、レオくんの車を見つけた。
「あれ、レオさんどうしたんですか?りらさんとレオさんのお友人と3人で食事じゃないんですか?」
 と、ドライバーが言うと、レオくんは
「え、何の話ですか?僕知りませんが…今りらを迎えに来たところで…」
 と、焦りながら言う。
「え?レオさんと待ち合わせだと言って、駅前のビジネスホテルの1階にあるカジュアルフレンチレストランまで送って行ったんですよ。今戻ったばかりで…」
 その話を聞きながら、レオくんはスマホで私からの連絡をチェックする。
「沢山来てる…りら、騙されたのかもしれません。ありがとうございます。行ってみます」
 とレオくんは言って、すぐに車を走らせた。一瞬にして脂汗と鳥肌が体を覆う。

 その頃私は…
「騙したのね。私に指一本触れないで!
レオは来ないってどういうことですか?」
 と、レオくんの友人を相手に怒鳴っていた。
「レオも来ると言わないと、ふたりにはなれないでしょ?何もしませんよ。話をしたいだけです。怖がらないでください」
 と、言いながらもレオくんの友人は距離を詰めてくる。
「わかったわ。話を聞くわ。だから、近づかないで。ちゃんと距離を取って!」
 私は怒鳴りながらも言葉は丁寧に、説得するようにレオくんの友人に言う。
「りらさん、一目惚れしました。僕の彼女になってください」
「ごめんなさい。私はレオを愛しているの。レオ以外の男なんて無理よ」
「でもレオは僕の別れた彼女と寝たんですよ。それでも良いの?許せるの?」
「いいえ、寝てないわ。というか、抱いてないわ。彼女が一方的にやったことよ。とにかく私に近づかないで。怖いわ」
 私は自分が震えていることを自覚する。

 レオは焦りまくっていた。心配が先に立ち、赤信号にとてつもなく苛立つ。冷静になれない自分に気がつく。
「頼む、りらに手を出さないでくれ」
レオは呟く。

「本当に怖いの。近づかないで」
 私の心は恐怖に縛られている。でも、表向きは異常に冷静だ。そうでもしないと恐怖に負けて、つけ込まれそうな感じがする。  
私は少しずつドアの方に向かう。

 レオはホテルのフロントに到着すると適当な言い訳をして鍵を受け取る。そして人生の中で一番とも言える素早さで、友人の部屋に向かった。

「りらさん好きだ!」
 と、レオくんの友人が叫び、私に抱きつこうとしている。私はドアに背をくっつけそうになるほどにまで追い詰められている。レオの友人が迫って来る。怖い…。

その時、部屋のドアが開いた。
後ろに転びそうになった私は、誰かに抱き抱えられた。
「オマエ、何やってんだよ!俺のりらに触るな!」
 と、叫んだレオくんに抱きしめられた。
『助かった~』
私は急いで廊下を走り、ロビーに向かった。
 ホテルのロビーの平穏な様子を見ると、とても安心した気分になった。
外に出て一歩一歩、歩を進めると、徐々に気もちが落ち着いていくのがわかる。
 私はひとりでレオくんの部屋に帰ることにした。

 レオくんの部屋に着いてすぐにシャワーを浴びる。
冷蔵庫から冷たい水を出して飲むと、ぐったり疲れていることを自覚する。
 私は寝室に入りベッドに横になると、レオくんの匂いがする寝具の匂いを嗅いだ。すごく安心する。
 いつの間にか寝てしまった。
  
 何となく目が覚めて目を開けると、レオくんが私を見ていた。
「帰ってたのね」
「うん、ごめんな」
「何もなかったから大丈夫よ」
「怖かっただろ?」
「うん、とってもね。油断したわ」
「ホントにごめんな」
「大丈夫よ。油断した私も悪かったわ。大丈夫だから、このことはわすれましょう」
「うん、わかった」
「レオくん、愛してるわ」
「僕も愛してるよ」
 私たちは言葉で愛情を確認し合うと、長く激しいキスを交わした。
ぐったり疲れた私たちは、抱き合い、愛し合うと、ようやくおちついて眠りについた。
私の唇に触れるレオくんの首の感触が心地良い。お互いの存在が唯一無二の大切な存在であることを実感する。
  *レオくんと私は必要な存在*
レオくんは年下でもう少しの間学生だけど、そばにいるだけで私を成長させてくれるし、私を素の自分のままでいさせてくれる。
そして私も、レオくんを『信じ』『守りたい』と思う。『許す』というのもあるが、レオくんは品行方正なので『許す』の出番がほとんどない。たまにあるとすれば、ほんのたまにだけど、洗面所の電気を付けっぱなしにしてしまうことがある。そのくらいだ。本当に可愛い小さなミスに過ぎない。
 私は、そんなレオくんの彼女でいられることに誇りを持っている。私を無条件で愛し、甘やかしてくれるレオくんを、最高に愛している。レオくん以上に私に合う男性はいない。  
私は自分の性格や行動、感情を見つめ直したときにしみじみ思う。
心身が穏やかでいられ、多くを語らずそばにいる時の居心地の良さ、笑いのポイントが一緒のところ、食べたい物が同じなところ、キスをすると体が元気になれるところ、抱き合うと幸せに包まれるところ、色々な部分で心地良い。そして、お互いの足りない部分は、お互いで補い合える心強さ。
「私は完璧じゃなくてもいいの。だって、足りなかったらその部分はレオくんがプラスしてくれるから大丈夫なの。その方が強く大きくなれるから、私は完璧にはなりたくない。レオくんの協力があった方が幸せを感じられるの。そして、私もレオくんを支えられる彼女になりたいと思うの。今までは、自分と自分を応援してくれる不特定多数の人の期待にこたえるためだけに、がむしゃらに頑張って来たけれど、これからはそれはそれとして、『レオくんに褒めてもらえるように』ということを、一番前にプラスして、そのうえで今までどおりに頑張っていけたらいいな、と思っているの」
いつの間にか私は社員食堂で同僚を相手に演説をしていた。と言っても、大好きなラーメンとカレーのセットを目の前にして…だけど。
この日レオくんが番組の手伝いに来てくれていたので、私はますます演説したくなった。
私がしゃべってばかりで一向に食事が進まないのを見て、レオくんは時々丸めたラーメンやカレーを私の口に入れてくれる。
そんなささやかなレオくんの心配りや優しさが幸せでたまらない。
 私はレオくんが大好き。甘えさせてくれて、優しく包んでくれるレオくんは私の宝物だ。

今日もレオくんは眉間にしわを寄せて勉強をしている。
そして、私の視線に気が付くと、優しく笑う。『どうした?』というように。
私も笑い返す。そんなレオくんのいる空間に居させてもらえることが、私にとって最高の幸せだ。
素直に甘えることによって得た最高の幸せ。レオくんにも、私との日常が幸せだと思ってもらえるように、大切に支えていきたいと、私は思う。
レオくんの負担にならない程度に甘えながら…。
そして私は、レオくんが言うように、考えても努力してもどうしようもない『年齢』というものを、いつの間にか気にしなくなっていた。精神年齢も知能指数も私の方が下で、意識をしないと私が上に見られることはないのだ。
女性らしい外見にしたら余計に幼く見られるようになった。
だから、余計に甘えやすくなった。

これからも、私はレオくんをリスペクトし続けながら幸せで充実した日々を過ごすだろう。
心の底から自然と沸き起こる、私らしい笑顔をキープしながら…。
私らしい心と体と外見で、自由に楽に元気に、楽しく生きていく。レオくんと一緒に。

そして、私は…
「今日も愛してる」
と、レオくんに毎日囁き続ける。
「僕も愛してるよ。今日も沢山甘えて」
と、レオくんは、私に囁いてくれる。
           
 
                                            
                                                              

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