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名前のない関係

圭輔が日向の家に来てから1週間が経った。忘れ物のシャツの件依頼連絡もないし日向からもしない。

でも日向にとっては覚悟を決めるにはちょうど良かったし
一人で考える時間は充分あった。

あの日の出来事が“始まり”だったとしても“終わり”だったとしてももう動じない事にした。

あの日に二人で交わした言葉はない。
一人で考えてたって仕方がない。
たとえまた圭輔が来ることがあったとしてもこの関係に名前なんてないんだから。

(私からの気持ちは言葉にしない。
私からは求めない。
ただまたあの人が求めてくれるのなら…
この名前のない関係に身を投じよう。)

日向はただ一時の恋情に囚われる覚悟を決めた。

今日は仕事帰りにbrushupに行こうと決めていた。圭輔がいてもいなくても、日向にとってbrushupはすでに居心地のいい空間でカケルや他のみんなと話す時間も大切な時間になっていた。


カラン…
ドアを開けるとカウンターからカケルがにこやかに声を掛ける。

「いらっしゃい、ひな。みんないるよ」

(圭輔さんいた…)
日向は少し緊張する。

日向「ビールください!あっち合流するね」
カケルにオーダーしてみんなのいるテーブル席へと向かう。
緊張がバレないようにいつも通りいつも通り…

圭輔「ひーなっ!おつかれ~♡」
と言い終わらないまま私の頭をくしゃっとした圭輔。

(良かった。いつも通りだ…)
日向は少し安心した。

「圭輔さんっ!頭乱れるっ…!!」
いつも通りのやり取りをして圭輔の横に座った。

今日の圭輔は終始ご機嫌だった。
ただ少し…近くなっていた絡みの距離感はいつもより少し遠く感じた。

カウンターにお酒を注文しに行くと鷹弥がきていた。
カケルと話をしてたからメニュー表を見ながら少し待った。

「あ、ひな、注文??」
カケルが気付いて日向の方に来る。

「うん、ビールください」と私が言うと
「…とジントニックね~!」
後ろから圭輔が来て一緒に注文した。

カケルが入れてくれたお酒を持って席に戻る途中
圭輔「ひな、今日早めに帰って家にいてよ」
と圭輔が言った。

ちょうど鷹弥が座る席の後ろを通る時だった。
鷹弥が聞いていた事は二人とも気が付かなかった。

圭輔に「家にいてよ」と言われてから、どのタイミングで帰ろうか考えて落ち着かなくなってしまった。
一旦落ち着こう…と日向はトイレに向かった。

brushupは2階がロフトスペースのようになっていて、団体客やパーティがある時以外は使われていない。
トイレはその2階にある。

日向がトイレから出ると圭輔が待っていた。
圭輔「ひな、そろそろ店出る?」
と言って顔を近づけてきた。
日向「うん…そろそろ…」
と言い終わる前にキス…キス…キス…

(いや、長くない?!腰砕けるー…)

日向は訴えるように真っ赤な顔で圭輔を見る

「ごめん、待てなくなっちゃった♡」
とイタズラっぽく笑う圭輔に
「イジワル…」
と日向は顔を伏せる。

圭輔「だってひな、俺を困らせるような事全然言わないんだもん」

と言ってトイレに入っていった。

(困らせたら離れていくくせに…)
日向は心の中で思いながら1階の席に戻った。

その姿を鷹弥と話をしていたカケルが見ていた。

カケル「なぁ…今さ、赤い顔してひながトイレから帰ってきたんだけど…」
カケルが鷹弥に言った。

鷹弥「んー…」

圭輔「そのちょっと前に圭輔がトイレに向かったんだけど…」

鷹弥「んー…」
はぁー…コイツまたこの返事かよ。とカケルが思ったら少し間をあけて

鷹弥「さっき日向…家にいてって言われてた」
鷹弥は持ってるグラスをギュッと握った。

「はぁー?」
カケルも思わず大きな声で反応した。

カケル「…だから何とかしてやれって言ったじゃん…」
カケルは頭を掻きながらぼそっと鷹弥に言う。

「彼女と別れて日向と上手く行くならそれでいいんじゃん?」
と鷹弥は諦めたように言う。

「いや…そんな簡単な相手じゃないと思うけどなー…」
カケルはそれ以上何も言わなかった。

日向がbrushupを出て電車を降りると圭輔から着信があった。
圭輔「今どこー?」

日向「電車降りたとこです。」
日向が答えた。

「んじゃ改札出たとこのコンビニで待ってて!俺今来た電車に乗るから。」

そう言って切れたのでコンビニで待つことにした。
雑誌を読んでるフリしてページをパラパラめくるだけで内容は全く頭に入ってこない。

圭輔が来たのが見えたからコンビニを出ようとすると
「ちょっと待って。買い物するから!」
と飲み物やらアイスやらと一緒に歯ブラシも買っていた。

コンビニを出てからは手を繋いで歩く。
まるでこれじゃ恋人同士みたいだ。
でもどこか幸せには浸りきれない背徳感がある。

でも圭輔はずっとご機嫌で家に着くなり玄関でキスされた。

「ねぇ。お風呂は一緒に入る?それとも別々?」
またイタズラっぽく笑いながら聞く。

「別々で!」
とすぐ答えたのに

「…一緒に入る?どーする?」
としつこく聞きながらまたキスをする。

「…一緒に…入る…」

彼女と同棲してるのにお風呂なんて入って大丈夫なの?
この浮気も匂わせてまた茜さんの愛を確かめてるの?
他の浮気相手ともこんなに甘い時間を過ごすの??
いろんな想いが頭をよぎるけど一つも言葉にはならない。
私は目の前にいるこの人を受け止めるので精一杯。
この男に勝てるわけがない。

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