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「俺はミリーちゃんには、言った方が良いって言ったっすよ」

「自分も申し上げました。隠す方がよろしくないと」

「もちろん私も言ったわ、ミリーにはバレるって」

「どういう・・・ことですか?」

優秀な側近達が憮然とした顔で言うのを、真理は泣き腫らした眼で見返した。

あの後、マダム・ウエストは狂ったように笑いながらヘルストン警視庁へ連行された。
王子の殺害未遂と真理への殺害教唆だ。彼女の精神状態を考えると、正しい自供をするのか、罪に問えるのか分からないが、全ては法に委ねることになる。

軍用のボディーアーマーを着けていたとはいえ、至近距離で銃弾を受けているから病院に行った方が良いと側近達も真理も言ったが、アレックスは大丈夫の一点張りで、私邸に戻ってきた。

とりあえず医者を呼んで診察してもらったが、特に問題なく、やっと私邸のリビングに落ち着くと、王子は眉尻を下げ困った顔しながら、ソファーで真理の肩を抱き寄せた。

「俺が説明するから・・・全員外せ」

そう側近達に言うと、彼らは当然だとばかりに、くるりと踵を返すとさっさと部屋から出て行ってしまう。

二人だけになると、アレックスは立ち上がって真理の前に跪くと、両手を握って、彼女の泣き濡れた顔を真剣に見つめた。

「君を驚かせて、こんなに傷つけてしまってすまなかった・・・ごめん」

真理は王子の真摯な謝罪に、またみるみる涙を溢れさせると、えぐえぐしゃくりあげながら、アレックスの首に腕を回し抱きついた。

真理の眦に優しく唇が触れて、涙が吸い取られるが、その熱にまた涙が出てきてしまう。

「・・・心臓・・・がっ・・・とまっ・・・るっ・・・かとっ・・・!!」

彼が自分の目の前で、銃弾に飛ばされていった瞬間を思い出すと、身体が凍りつくような恐怖に侵されて涙が止めどもなく流れ落ちる。

王子は縋り付く真理の身体を柔らかく抱きしめ、よしよしとあやすように背を優しく摩ってくれる。

ひとしきり泣いたところで、ようやく顔を上げると、眉根を下げきって、とても情けない表情のアレックスが自分を見つめていた。

「本当に申し訳なかった。君は別室にいてもらう予定だったから・・・真理にあの茶番を見せるつもりは無かったんだ」

茶番、という言葉にやっと真理の頭が動き出す。

どういうこと?と、まだ震える唇で問うと、王子は真摯な顔で口を開いた。

「マダム・ウエストの行動は、もう俺たちには筒抜けだったんだ。居場所も特定できていて、この2週間は様子を監視していた」

思いがけないことに、真理は息を飲む。驚きで今度は涙も止まりそうだ。

アレックスは言葉を選んでいるようだったが、慎重に口を開いた。

「彼女は毎日、私邸周辺に現れては様子を伺っていた。君を狙っていたのは明らかだった」

毎日と聞いて驚くと、彼も不快そうに眉を顰めた。

「だから先手を打つことに決めたんだ」

先手?と聞いて首を傾げると、アレックスは真理の両手に指を絡ませながら言葉を継いだ。

「いくらダスティン・ライアーに君を襲わせる依頼をしたメールがあっても、当人達が否定すればマダム・ウエストを起訴することはできない。現にライアーに依頼メールを見せても、自分はこんなメールは知らないと主張し続けている」

だから・・・。

そこまで言って、王子はふっと息を小さく吐くと真理の目を真っ直ぐに見ながら言ったのだ。

「彼女をおびき出すことにした」

「・・・それが、このパーティだったの?」

やっと彼が仕組んだことの一端が垣間見えてきて尋ねれば、そうだと頷く。

「ヘンドリックに事情を話して、協力してもらった。あたかも彼主催のパーティーであるかのようにわざと公表した。招待客はほぼ軍関係の人間でまとめていて、事前に彼らには話してあったんだ」

「そんな・・・」

真理が放心したような声で言うと、彼は握りしめた指先を優しく摩る。

「ヘンドリックにはクロードと一緒に従業員たちの選定には万全を期してもらった。ネズミが入り込んでもすぐ分かるようにするために」

真理は俯いて、フロア全体の動きを思い出しながら問うた。

「私を別室に移動させたのは、ティナを囮にするため?」

その問いにアレックスは重々しく頷いた。

「ああ、そうだ。わざとあの席に君がいる事を従業員達の間に流した。
パーティー終盤、あろうことか護衛がクロードに呼び出されて、うっかりと持ち場を離れてしまう。第二王子は相変わらず歓談中で戻れない。君はあの席にたった一人。給仕として会場に紛れ込むことに成功したあの男は、チャンスが到来したと思い、あの天幕に入り込んだ・・・中にいるのが君に扮した女性軍人だと夢にも思わずに、ね」

それが、真理がレイプと思って踏み込んだ瞬間だったのだ。

「あの席の様子はモニターで警官が見張ってた。ティナが抵抗して叩きのめした所で、一斉に踏み込んで逮捕する予定だった」

「それなのに、先に私が入ってしまった」

真理がバツの悪い顔でそう言うと、アレックスはそこで微苦笑を浮かべた。

「まさか真理が来るとは思わなかった。テッドがギリギリまで側にいたし、部屋から出ないように言ってたから・・・君につけた護衛は民間の警護会社だったから、この囮捜査について話すつもりはなかった。それが裏目に出た・・・」

彼は苦笑すると

「不測の事態を想定しきれなかった俺たちの責任だ、すまない」

そう、アレックスはまた謝罪の言葉を口にすると、真理の指先に口付けた。

なんだかバツの悪い思いが、またわきあがってきて、涙は完全に止まってしまった。

彼の手を握り返しながら、疑問に思ったことを問う。

「マダム・ウエストが会場にいることは、知っていたの?」

アレックスはその問いに頭を左右に振った。

「来るだろう、と思っていた。紛れ込むには十分な人間の数を用意していたから。だが来客と従業員をずっと洗っていたが見つけられなかった。男に化けていたから、その点では裏をかかれたが、彼女が我々の前で手を出すのは、あの男が失敗した時だろう、と予想していたから、見つからないことに対する、心配はしてなかった」

それに、と彼は続けた。

「仮に出てこなかったとしても、彼女とあの男が会って薬品の受け渡しをしていたことは録画していたし、殺人の依頼と打ち合わせを電話でしていたが、それらも全て録音して押さえていたから、捕まえるのは時間の問題だった」

そこまで聞いて真理はハッとした。
それだったら、別にあの場でアレックスが表に出て彼女を誘いださなくても良かったのではないのか・・・わざと逃げさせて、逮捕した男の自供をもって捕まえたって良かったはずだ。

そこまで考えて、真理はまた全身の血が引いていくのを感じた。

マダム・ウエストが失敗した男に代わって、出てくるように仕向けたのではないかと言うことに、思い至ったからだ。

「まさか・・・アレクに銃を向けさせるように・・・わざと・・・誘導・・・したの・・・?」

尋ねれば、王子は本当に弱り切った顔で真理を見つめた。

「・・・そうだ・・・俺は彼女に決定的な罪を犯させたかった・・・撃つかどうかは五分五分だったが、あの場に引きずり出したかった」

真理はその言葉に弾かれたように自分もソファーから降りると、アレックスの前に膝をついた。

「なんてっ!!無茶なことを!!!!!」

王子の手を振りほどき、彼の胸をドンドンっと握り拳で激しく叩く。

アレックスは真理の怒りに慌てて言葉を継いだが、それは逆効果だった。

「マダム・ウエストがオートマチックの改造拳銃を手に入れたことはわかってた。訓練されてない人間は簡単には撃てない。だから、俺は彼女が撃ったとしても、平気だと判断したんだ」

彼が死んでしまったらと思うと・・・ゾッとするような恐怖だけが、胸を覆いつくす。
また、涙が感情に押し出されるように、どんどん溢れ出た。

「どうしてそんなことを!?バカ・・・バカ!バカっ!!自分の命を狙わせるなんて!?私を狙ってたんでしょっ!私に言ってよっ!!!!!」

そう、言ってくれれば・・・側近達も言っていた。

その言葉に、今度はアレックスが怒ったような顔をして、自分の胸を叩く彼女の腕を掴んで手繰り寄せる。
彼女の顔を強い眼差しで見つめると、低い声で唸るように言った。

「そんなことは出来ない!根本の原因は俺だ!それに、言えば、君は喜んで囮になるだろう?絶対、俺は嫌だ!」

泣き濡れた真理の顔を痛ましげに見てから、顔を近づけて、彼女の涙をまた唇で吸い取る。
そうして、嗚咽で震える彼女の身体を抱きしめた。

真理はアレックスの言葉を否定するように、胸の中で被りを振った。

防弾ベストではないところを狙われたら・・・
流れ弾が頭や脚に当たったら・・・

容易にそんな危険は想像できるのに・・・

自分のために果敢に危険に飛び込んでいく彼に、喜びよりも恐怖に襲われる。

泣きながら途切れ途切れに、思いを伝える。

「絶対に・・・絶対に・・・もう、しないで・・・あなたを・・・あなたを・・・愛してる・・・失うことは耐えられない・・・」

真理が感情のままに、想いの丈を言葉に紡げば、彼女を抱きしめるアレックスの腕にギュッと力がこもった。

そのまま荒々しくソファーに身体を押し付けられると、噛み付くようにキスをされて。
ガツっと歯が当たるのも気にせず、お互いの存在を確認するかのように荒々しく口付けを交わす。

口内を蹂躙するような激しさで舐められ、舌を絡ませ吸い合えば、やっとアレックスが口を離して、泣きはらした真理の目元を優しく親指で撫でた。

「・・・君がはじめて愛してる、と言ってくれて、俺があの瞬間、どれほど幸せだったか・・・君を傷つけてることを後悔しないくらい、俺はあの時死んでも良いと思った」

「・・・酷い・・・なんて勝手な・・・」

真理の怒りに満ちた言葉に、アレックスは「うん、そうだな」と同意すると、愛しさを顕にした双眸で見つめる。

「だから、俺は君にこんな風に怒られていてもまったく後悔してないし、君のためなら何度でも死ねる」

アレックスのエゴに満ちた愛の言葉に真理はぐしゃぐしゃとまた涙を流す。

「嫌・・・死ぬなんて・・・二度と、もう二度としないで・・・そんなことを言うあなたは・・・大嫌い」

大嫌い、と言う言葉にアレックスは苦笑した。

真理は切実な願いを訴えるが、王子には通じない。彼女の愛の言葉にすっかり舞い上がっているらしく、何度も何度も啄ばむようなキスを目元に落とす。

「大嫌い、は困るけど・・・しない、とは約束しない。君に危険があるなら、俺はそれを取り除くまで何回でもする」

傲慢なのに甘さの溢れる言葉。言わせたくなくても彼は言い続けるだろう。

真理はもうどうして良いか分からず、身体の力をくったりと抜くと、アレックスの抱擁に身を任せた。

何も言わずに眼を閉じてしまった恋人に不安になったのか、王子は真理の耳たぶに唇を触れさせた。

「本当にごめん・・・でも、俺の気持ちも分かって欲しい。結婚前にあらゆる脅威は潰したかったんだ」

その言葉に、え?!と真理は驚きで眼を開けた。

結婚?と覚束ない頭で考えようとすると、目の前には、自分の言葉にもっと驚いたような顔をしたアレックスがいて・・・。

「わーーーー、今の無し!いやっ!脅威は潰すんだけど!!でもっ!聞かなかったことにしてっ!!もっと、ちゃんとするから!」

うわー、俺カッコ悪い、口が滑った・・・大慌てで呻くように悶える王子の様子に、それまでの冷えた心にじんわりとした温かさが戻ってきて、やっと笑みが浮かぶ。

その微笑にアレックスはホッと安堵の表情を見せると、もう一度真理の身体を抱きしめ、唇を重ねた。

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