バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

四章の九 みんなのお節介。

 十一月のデザイン会議も終盤を迎え、新人文花のコンペを残すのみとなった。

「今月の蔦がどう出るかだな」

 課長の阪口慶二が、お手並み拝見とばかりに腕を組む
 阪口主導のデザイン会議は、阪口が認めて何ぼの世界になっていた。つまりはデザイン会議で、阪口が了承する作品が出ない場合は、向こう一ヶ月、阪口のみの作品企画で仕事が回っていく。
 デザイン会議は、タッチ・ディスプレイに作品を映し出し、タッチ・ディスプレイを背にした阪口が、ああでもないこうでもないと、司会進行をしていく。一方の文花を含む三人は並んで座り、阪口を向いにして、相対した。

「つい最近の、蔦の企画は、幾何学模様ばかりだなあ」

 阪口は、文花の作品、数点を(めく)り見ながら、先月同様のコメントを口にした。あまり良い意味合いにはとっていないと、文花も分かってはいる。

「まあ、一から幾何学模様をこさえるんだから、これはこれで、大したものなんだがな」

 やはり、やんわりと却下された。

「すいません、今回は、もう一点あります」

 文花はもったいぶって、隠し玉を提出する。

「テレビのコント番組で、泥棒がよく使う、風呂敷の模様だな。そうか、和柄の唐草模様か。これはこれで、面白いなあ」

 隠し玉が、ディスプレイに映し出されると、阪口から良い反応が聞けた。

「これらも、お願いします」

 次に文花は、二十パターン唐草模様のデザインを、駄目押しのように提出する。

「ほう。いいんじゃねえかあ」

 阪口の反応は悪くない。今まで文花が参加してきたデザイン会議の中でも、そうそうお目に掛かれる反応ではなかった。

「しかしながら、用途が見い出せんなあ。どこで使う皿なんだ?」

 阪口の表情が、急に厳しくなった。

「結婚式の引き出物か、贈答用でも、行けると思いますが……」

 文花は、返答に詰まる。
 自分でも、それはないだろう、と思っていた。正直なところ、可愛いお皿のイメージで作成し、気に入ったから、見てもらっただけだった。

「アンタなあ。またデザイン先行で、やりやがったな。慈善事業じゃないんだから、用途を考えてから、デザインだろう。うちは一応、高級陶磁メーカーなんだから、そこいらも考えての商品にせにゃあかんぞ」

 結局は、却下されていた。文花は、わざわざ思わせぶりな反応をするなと、心の中で舌を出した。

「まあな。デザイン先行とはいえ、用途などの相談なら、製造部の一華ちゃんが一番適任だぞ。一回、聞いてみな。ありゃあ口は悪いけど、面白いアドバイスをくれるぞ」

 阪口は、ニタニタ突っつくように笑う。まだ唐草模様の案は、可能性を残すぞ、と匂わされた感がある。ただ文花は、一華の名が出た時点で、却下同然と諦めた。


 次の日の朝。文花は、ラジオ体操で体をほぐした。入社したての頃のように、前のほうのホワイトカラー組に混じってのラジオ体操だった。
 相変らず後ろのほうから、視線を感じる。振り向いて、無表情で、ちょっとだけ眉を顰めて、見回してやった。おろおろと、そそくさと散る者と、俯いて目を逸らす者が続出。
「クソ野郎ども」と、小さく吐き捨ててやった。


 ラグーナ蒲郡での一件以来、文花は一華に近づかなかった。
 ここずっと昼休憩も、文花が十二時、一華が十三時に食堂へ入り、お互いの棲み分けが
しっかりと固まっている。
 文花は、一華ファミリーの木内幸子と西谷浩美とは、以前と同じように接した。昼休憩での会話は、むしろ以前と比べても盛り上がるくらいだ。

「今度、みんなでカラオケに行こうよ」

 浩美の提案に、文花は「いいよ。行こう」と流れで承諾した。

「さっちゃんは、何を唄うんですか?」と、文花は話を振る。

「私は、歌謡曲全般かなあ」と返ってきた。

「一華ちゃんは、すごいからね。七十年代から二千年代まで、幅広く歌うからね」

 幸子が、余計な話を加える。文花は「へえ」と聞き流すしかなかった。


 昼休憩後に職場へ戻ると、阪口が待ち構えていた。

「一華ちゃんに、聞いてみたか?」

 文花は(意地悪をされているのか?)とすら思った。

「いえ、まだです」

 正直、その後には「これからも、聞くつもりは一切ありません」と付け加えたかった。

「こういった問題は、すぐに行動してこそ、だぞ」

 阪口は、相談する前提で話をする。であるから「聞くつもりは一切ありません」だなんて言い出せない。

「明日、聞いてみます」

 文花は、仕方なく答える。なぜか阪口は嬉しそうにした。


 翌日の昼休憩も、文花は十二時に食堂へ出向いた。一華とは、(はな)から話すつもりはない。また阪口に「一華ちゃんに、聞いてみたか?」と問われても「今日も会えませんでした」といった返答を考えていた。
 食堂へ行く途中で、ばったり遭遇しそうだった次朗が、柱に隠れた。次朗とも、気まずくなっていた。
 前日同様に、幸子たちと一緒に昼食を摂った。相変わらず、美味くも不味くもない仕出し弁当の話で盛り上がる。
 弁当を食い終えるころには、食堂の出入口のほうから視線を感じた。

(あのむっつりマゾは、何をやっているんだ?)と文花は気が付いていたが、あえて無視をする。
 弁当の食器を片づけて、お茶でくつろぎかけたとき、急に幸子と浩美が「仕事に戻る」と言い出した。
 文花は、ぽかーんと二人の後ろ姿を見送ると、湯飲み茶わんに手を掛ける。
 幸子と浩美が出ていってすぐ。食堂の出入口辺りで、ドタバタと騒がしくなった。

「おどれに指図されんでも、一人で行けるわ」

「痛ったい。何すんの」

 騒ぎが止むと、一華が、とぼとぼと食堂出入口に姿を見せた。そのまま真っ直ぐに、文花の前に到着する。

「どいつもこいつも、余計な真似をしやがって」

 ムツッとした一華は、出入口方向の次朗を睨んだ。

しおり