2話
「ご指名ありがとうございます」
彼はそう言った。
緊張して言葉が出なかった。
何から話したらええの!?とパニックになっていると、向こうから話してくれた。
「カナさん、可愛いね」
えーーー!
いきなり!?
ちょっ ちょっと待って!
超うれしいんですけど!!!
「姫って呼んでいい?」
姫!?
姫はない!ない!
うれしいけど!
ていうか心臓のバクバク止まらないんですけど!
「姫はちょっと・・・・・_」
「そっか、じゃあカナで」
呼び捨て!
全然いいけど!
「はい、カナで・・・」
「とりあえず、なんか飲もうか?」
そうだった! なんか注文しないと!
「じゃ、ビールで!」
ビール! そんな安いの頼んでよかったのかな?
ふふっと楓さんは笑った。全然嫌味のない笑い方だった。
「ビール、オッケー。ナイスチョイスだよ。ちょうど僕も飲みたかったんだ」
え、自分こと、俺じゃなくて、「僕」って言うんだ。
なんか新鮮・・・・・・!
楓さんは、画面外に手を伸ばして、ビール缶を取り出した。
そして私の方を見る。
あれ?
あ、そうだ!
自分もビール持ってこなくちゃ!
これ、リモートなんだから!
「すいません、少し待っててください!」そう言うと、私は冷蔵庫に走った。
キンキンに冷えたビールを掴んで、席に戻る。
ちゃんと飲み物そばに用意しとけばよかった!
私って、やっぱりおっちょこちょいだなー!
画面を見ると、彼は全然気にしていない様子だった。
フタをあけると、ビールが溢れてくる。
ホントはお酒強くないけど、こんなかっこいい微笑みイケメンと一緒にいれるんだから、今日は飲もう!
「じゃ、乾杯、カナ」
「乾杯、楓さん」
彼はゴクゴクっと音をビールを飲む。喉が渇いてたみたいだ。
細くて美しい喉が、ビールを嚥下する様子がなんか艶かしくて、エロかった。
って何考えてるんだ、私!
私も一気にビールを飲んだ。
久しぶりに飲むビールは、悪くなかった。
むしろ、美味しかった。
楓さんといるからかな?笑
「僕のこと、呼び捨てでもいいよ」
「いえ、楓さんって呼びたいんです」
「そう」
ちょっと沈黙。 呼び捨ての方がよかったかな?
でも、恋人でもないのに・・・ね?
「カナ、リモートは初めて?」
「そうです」
「そうなんだ。 じゃ、僕が初めてのホスト?」
「そう・・・です」
そうです ばっかりじゃん! なんかもっと気の利いたこと言え、自分!
「うわー。そりゃ光栄だな。何かわからないことあったら何でも聞いてね」
「あの、楓さんもお店入ったばかりって聞いたんですけど」
「この店はね。他の店でも働いてたから」
「そうなんですか!」
「うん。カナは、この店では10番目のお客さん」
へー。 もう9人も私みたいな客がいたんだ。
そうだ聞いておかないといけないことが。
ミカコに教わったんだ。
「あの、楓さんって細客ってどう思いますか?」
細客というのは、あまりホストにお金を使わない客のことだ。
逆にお金を数十万、百万、時には数千万バンバン使う客のこと。
私はもちろん、前者。
そんなにお金ない。
というか、これはただの、マッチングアプリで彼氏を見つける予行演習なんだから!
「あー! 全然平気! 僕はカナとの時間を楽しみたいだけだから」
ちょっと!
ちょっと待って! ハートにすごいくるんですけど!
今、彼の綺麗な顔をマジマジ眺めていて気づいたけど、彼・・・・・・
オッドアイだ!
右目が青い!
綺麗だなあ・・・!
「僕の顔、何かついてる?」
「いえ、すいません。ちょっと・・・。何でもないです」
彼はまたビールを飲む。
いい飲みっぷり。
私も負けじと飲む。
なんか暑くなってきた・・・・・・・
「カナはさ、なんでリモートホストやろうと思ったの?」
「うーん、ホスト行ったことなかったから」
「そーなんだ。それでそんな緊張してるんだ」
「あ、わかります?」
「もちろん」
そう言って、彼は笑った。
私もおかしくなって笑った。当たり前だよね。
「楓さんは? なんでホストを?」
「いい質問だね」
彼は少しの間、考えているようだった。
「コロナのせい」
私と同じだ!
「私もです!」
「コロナ、最悪だよな」
「はい、最悪です!」と怒ったように言ってみた。彼は笑ってくれた。爽やかに。
それからまた20分くらい、たわいも無い話をして、私の初めてのリモートホストは終わった。
短い間だったけど、すごく話が弾んだ。
男の人とこんなに話が弾んだのいつぶりだろう?
彼だからなのか?
仕事がらたくさんのお客さんを相手にしていて、話がうまいからなのか?
キミはどう思う?
「じゃ、またね、カナ」
彼は微笑んだ。
その画面を額縁に入れて、飾りたいと私は思った。
「はい、また。楓さん」
パソコンの画面は真っ暗になった。
私は部屋に取り残されて、一気に寂しくなった。
こんなに寂しく感じたことは今まで一度もなかった。
大学時代の彼氏と別れた時もこんなに寂しくなかった。
その夜は眠れなかった。
猫のミーくんがベッドに上がってきたので、抱きしめた。
抱きしめて眠ろうとした。
ダメだった。
彼のことを考えていた。
暗い天井を見つめると、彼の笑顔を思い出した。
最高のひとときだった・・・・・・
そして気づいた。
恋をしていることに。