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大石橋

「ん、どうかした?」

 レナと向かいのベッドに腰かけていたユウトはレナを直視できない。精一杯の平静を装い返事をした。

 夕刻にはまだ浅い時間帯。差し込む日の光と風は心地よく、開け放たれた部屋の出入り口へと抜けていく。

「あんたって本当に人なんだよね?」

 唐突なレナの問いかけにユウトは胸がざわめきだす。ここ数日の間に以前までの身体との差異について考えさせられることの多かったユウトにはこの世界に来てすぐに答えることができた『人である』という確信に揺らぎがあった。

「オレは人だ・・・そう信じたい」

 言葉に端に不安があらわれてしまう。

「そっか。ユウトが野営地に来てからずっと見てたけどあたしにも正直わからない。機会があったら殺しちゃおって最初は思ってたけどいろいろ起こるうちに出来なかった」

 唐突に打ち明けにユウトの内心はさらに複雑な気持ちになる。

 レナは話しかけるといより独白に近い物言いで語り続ける。

「あの時の魔獣とあたしたちで向かい合ったとき、あたしは命拾いした。
 あんたは知らなかったかもしれないけど魔獣の強さって本当に圧倒的で準備なしに立ち向かえる相手なんかじゃない。だから今あたしが生きてるのはきっとあんたのおかでだと思う。
 でも、その・・・あたしはガラルド隊長みたいに割り切れなくて。ゴブリンっぽい姿に引っ張られちゃって。ごめん」

 短槍を手入れしていたレナの指は止まりうつむいていることにユウトは気づく。

「遅くなっちゃったけど、ちゃんと言っておきたかったんだ・・・ユウト、あの時はありがとう。それにあたしは信じる。ユウトは身体がどうなっていようと人だって」

 レナは言葉の最後に顔を上げる。思わずユウトは目が合ってしまった。ユウトはすかさず顔をそらして答える。

「・・・ありがとう。オレも、もっとしっかり信じてみるよ。
 それにレナこそオレがぶっ倒れたあと、体を拭いてくれたり包帯を取り換えしてくれたりしたんだよな。こちらこそありがとうな」
「なっ!・・・なんで知ってるの!口止めしてたのに・・・ヨーレンさんめ」

 レナは急にあたふたとし出し、ヨーレンが誤解されている。情報源がセブルだったこともあり説明が面倒だったこと、レナの顔を直視して目が合ったことへのドギマギ、体の反応を抑えるのに必死だったことでユウトには訂正する余裕がなかった。

「そ、そうだ。ユウトはこの砦に来たのは初めて?」

 レナは照れ隠しのように大げさな声色で話の流れを強引に切り替えた。

「あ、ああ。初めてだな」
「だったら大橋をまだ見てないでしょ。すっごい時間かけて作られたすっごい橋なんだから見ておいて損はないわ。あたしだってすっごく感動したんだから!」
「うん。オレも見てみたくなった」

 レナの力説に少し興味がわく。ただユウトたちが泊まるこの部屋の窓からは見えない。次の日に馬車から見るしかないかなとユウトは考えていた。

「よし!じゃあ見に行こう」

 唐突にレナはガタッとイスを椅子を後退させ立ち上がる。

「えっ」

 レナは槍を鞘に納めるとユウトにグイっと迫り腕を掴む。そのまま引っ張り上げられ立ち上がらされたと思うとユウトはずんずんと半分引きずられるようにして部屋を後にした。

「いやっ。まてっ!ヨーレンに部屋をでるなって・・・」

 正面しか見ていないレナはユウトの焦り様にも無頓着に大股で歩き進んでいく。階段を降り、カウンターの男にその辺を見てくると通り過ぎながら伝え出入り口の扉を開いて外へ出た。

 レナの勢いは止まるどころか走り出しそうな勢いで砦内を進んでいく。どうやら建物の裏手の方を進んでいるらしく人は少ない。夕方で傾いた日の光は砦の城壁に遮られ、青白い石壁と石畳の影の中を手をつないだ二人は駆け抜けた。

 そして城壁を這うように伸びる階段を駆け上がり屋上に出る。凸凹とした塀の向こうには長大な川幅とそれにかかる不自然なほど真っ直ぐな橋が夕日に照らされ光を反射し輝いて見えた。

 ユウトは知っている。雲に隠れるほどの電波塔、埋め尽くす超高層ビル、巨大な主塔によって支えられた鉄のつり橋。どれもこの世界の技術では建造するのが困難な建築物を知っていてもなお眼下に伸びる石橋は壮大で美しく引けを取らないと思った。

「ねっ!すごいでしょ。一番良いころあいだったかもね。前にあたしが見た時よりずっときれい」

 ここまで強引に連れてきたレナも隣の凹んだ塀から覗いている。

「ほんとだな。すごい橋だ」

 ユウトは感嘆の声を漏らす。この瞬間は頭を空っぽにただ目の前の景色だけを堪能していた。

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