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街道

 それから数日が過ぎる。ユウトたち一行の旅路は特に問題も起きることなかった。

 何度か石畳で整備された道との交差点を通り過ぎたあとさらに幅のある石畳の道へ交差点から曲がり進みだす。そのころにはユウトは御者の信頼を得て前席に座ることを認めてもらっていた。

 御者である中年の男性はケランという名で毎晩積極的にばん馬の世話を手伝うユウトに感心しその異形の姿のハードルを越えて信頼を寄せてくれている。

 石畳の道に入ってか馬車の速度は上がり風が心地いい。景色は相変わらず穏やかで最初のころは丘が目立ちその地形に沿って蛇行したり上り下りが多い印象だった。今走っている石畳の道は左右の蛇行は緩やかで道の傾斜はほとんどない。ユウトはこれまで走ってきた道との変わり様にまるで高速道路のようだと思った。

 見渡しの良くなった道にはユウトたち以外の馬車の姿も見え、進むうちに何台かの馬車とすれ違う。そのほとんどは荷馬車のようだったがいくつかは座席だけの人のみを乗せた馬車もあった。

 揉め事を避けるためユウトはより深くマントのフードを被る。

「この道は行き来が多いんだな」
「王都と大工房をつなぐ主要街道だからな。人も物もいつもひっきりなしだ」
「へぇ。こんなに行き来が多いなら大工房もすごく大きいだろうな」
「そりゃそうだ。魔術と名の付くもののほぼすべては大工房で作られてる。だからいろんな職人達にその弟子たちが住んでて活気があるぞ。
 結構昔は魔術師だけが集まる田舎街だったらしいがゴブリンに対抗するためのチョーカーやら特別な柵を作るようになって一気に大きくなったそうだ。今じゃ王都の次に賑やかな・・・」

 ケランの説明に一か所とても引っかかるものがあった。

「ゴブリンにためにチョーカーがあるのか?わざわざ?」

 食い気味に聞き返してきたユウトにケランはたじろぐ。 

「あんたホントになんにも知らないんだな。いったいどんな田舎から来たんだよ」
「あー・・・。ずっと遠くだな。遠すぎて帰り方もわからないくらいだ」

 思いがけずケランに聞き返されユウトは返答に困る。前いた世界のことを思い出してしまいどれほど遠くに来てしまったのかとさみしさが一瞬だけ脳裏をよぎり思考が止まってしまった。

「そうか。まぁ元気出せ!大工房ならその姿の治し方もわかるだろ!」

 ケランは何かを察したのか声が威勢良くなり隣に座っているユウトの背中をばんばんと野太い腕で叩く。ユウトは思わず座席から落ちそうになるほどだった。

「いてて。そうだな。何かわかるといいんだけど」

 少し乱暴ではあるがケランの気遣いにユウトは少し肩が軽くなった気がしたが、結局ユウトの質問はあやふやになってしまった。

 今更聞き返すにもケランの反応を見るにあまりにも常識だったようで間が悪くユウトはまた別の機会に改めることにする。

 それからしばらくは何事もなく順調にユウトたちを乗せた馬車は街道を走った。

 すると街道の先に大きな建造物が遠目に見えてくる。大きな門と城壁、小さい塔も見えた。

「あれは何だ?城か、まさか大工房じゃないよな」

 ユウトはケランに尋ねる。

「あれは大橋砦だ。まだ壁で見えないがあの向う側に大きな河とそれを渡るための大橋がある。大工房までの中継点、休憩所みたいなもんか。関所のような役割もあるらしい。今日はあそこに泊まる予定だ。久々にベッドの上で寝れるぞ!」

 ケランは嬉しそうにまたユウトの背中をまた叩いた。

 だんだんと門に近づいていく。門は開いており街道は区切りなくそのまま続いていた。門から出入りし続けている馬車が頻繁にすれ違い門の付近は若干渋滞を起こしている。ユウトたちの馬車もその渋滞に飲み込まれ進行を停止した。

「ユウト。そろそろ荷台に入ってもらっていいかい。検問があって面倒だから隠れていてくれ。ガラルドのギルド章があれば積み荷の検査は行われないから」
「・・・わかった」

 ユウトは覚悟を決めて馬車の荷台に乗り込む。案の定せりあがってくるものがあったが必死にこらえた。

「気分でも悪いの?」

 レナがユウトの様子に気づいて声を掛けてくれる。

「だ、だいじょうぶだ。念のために隠れておくよ」

 ユウトはここ数日の間で愛着がわいてきていた大きな桶を逆さに被る。ユウトは桶にすっぽりと収まり身を潜めた。桶の中の暗さと狭さはゴブリンの身体のせいか妙な落ち着きを得ることができる。さらに空気が遮断されたおかげかレナのにおいがしなくなった、ということに気が付いた。何かに例えることが難しい。いい匂い、いやな臭いという判別もできない。だが確かににおう、におわないを識別できる。ゴブリンの身体というのは嗅覚が人のそれと違いより鋭いのかもしれなとユウトは思った。

 視覚でとらえることが最も刺激が強い。ユウトは努めてここ数日レナから眼をそらしていたが嗅覚についても気つけなければならないかもと桶の中の暗闇で考えていた。

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