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勇者と魔王と呼ばれていた者達

 勇者は困惑していた。その向かい側で魔王も同じように困惑していた。
 二人が記憶するところによると、現状になる前に二人は誰も居ない平地で壮絶な戦いを繰り広げていたのだが、急に大きな音と共に揺れたと思ったら、見知らぬ場所に二人は居た。
 互いの存在以外に景色も空気も何もかもが異なるその場所に、二人は戦うことさえ忘れて困惑することしか出来ないでいた。
「ようこそ異世界へ。私は貴方方を案内するエイビスという者です」
 そこに優しげな声が届き、二人はそちらへと顔を向ける。
 声のした方には、優しさで色気を包んだかのような魅力的な女性が一人で立っていた。勇者はまだ年若い男性だったので、その魅力につい表情が緩みそうになる。しかし、直ぐに現状を思い出して表情を引き締めた。
 魔王の方は女性に胡散臭げな目を向けていたが、しかし何故だか冷や汗が止まらなかった。
「早速ですが、注意点を二つほど」
 そうしてエイビスと名乗った女性は、武器を構えたまま固まっている二人を気にすることなく注意点を述べていく。
 一つ目はこの世界を害さないこと。二つ目はこの世界の管理者、魔王達が理解しやすく言うならば神であるれいという絶対者に敵対しないこと。エイビスの話によれば、それらを守りさえすれば、後は各地の国や町などの決めごとに従えばそれでいいというだけであった。ただし、以上の二つを守らない場合は、相応の制裁が下されるということであった。
 その話に、魔王は眉根を寄せる。話の内容は理解出来るが、自身を前にして守らなければ罰すると言われ、まるで魔族の王たる自身が軽んじられているように思えてしまったからだ。もっとも、だからといって女性を害することはしないし、言い返すこともしない。今はまずは情報が欲しかった。それに、その行動はよくないと魔王の勘が囁いている気がした。
 一方勇者の方は、素直に了承したとばかりに頷く。元々人の守護者とも呼ばれていた存在だけに、規律を重んじる精神ぐらいは備えていたのだ。それに、誰かれ構わずに襲うほど落ちぶれてはいないし、世界を害そうなど今まで少しも考えたことがなかった。それは今後も同じだろう。神にいたっては、勇者としてはむしろ守護してもらう側なので、それと敵対するなどありえない話である。
 それからも女性はこの世界について、勇者と魔王が何故ここに居るかも丁寧に教えてくれた。本当のことを言っているのかどうか判断出来ないという不安はあるが、とりあえず二人が抱いていた疑問は次から次へと解消していった。それは質問の必要がないほどだった。
 すっかり聞きたいことを聞けた二人は、一度見合ってから武器を収める。別の世界だというのならば、ここで戦っても意味がないという結論に達したようだ。そもそも、まずはこの世界について知る必要性の方が順位は高いのだから。
 その後は女性が近くの町まで案内してくれる。魔王と一緒ではあったが、勇者は今のところは大丈夫だろうと結論付けた。
 到着した町は活気があった。しかし、まだ開発途上なのか建物の数が少なく、空いてる土地も多い、今も木材を満載にした荷台を曳いた男達が横切っていった。
「まだ完成していない町ですか?」
 勇者は前を歩くエイビスに声を掛ける。遠巻きに三人を見ている者達の中には、エイビスを拝んでいる者まで居る。
「そうですね。まだ完成予定の七割から八割程度でしょうか。町としては機能していますが、まだまだ始まったばかりの町ですね」
 顔だけで振り返り、エイビスは勇者の疑問に答える。最後に、だからこそ二人の居場所を用意できるのだと付け加えた。
 それに勇者は納得したと頷く。確かに出来て間もない町であれば、新参者にとっては都合がいいだろう。これからどうするかはまだ決めていないが、何をするにも拠点があった方がいい。
 しばらく町を歩いていると、中央よりやや奥側に建っている建物の前に到着した。
「ここにこの町の顔役が居ます。家についてなどの町の説明は、彼が行ってくれるでしょう」
 そう説明すると、エイビスは家の呼び鈴を鳴らした。
 しばらくして出てきたのは、若くて奇麗な女性。エイビスの来訪にとても恐縮しているような感じだったが、エイビスに来訪理由を説明されて、女性は勇者と魔王の方に顔を向けた。
「初めまして。新たに流れ着いた方々」
 そう最初に告げた後、女性は簡単な自己紹介をする。どうやら町長の娘らしい。
 挨拶が終わった後、エイビスは後のことを女性に託して、一瞬で何処かへと消えていった。その後は女性が二人を家の中へと案内して、ちょうど家の中で仕事をしていた町長とも挨拶を交わす。
 そこで雑談を交えながらも、二人に対して町側が様々な支援をしてくれることが決まったが、これは新しく流れ着いた者達全員に行われる救済措置のようだった。

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