第60話 もっと笑っていてくれ。可愛い私のローゼマリア
なぜか端整な顔がすっと離れ、見ると彼の指に生クリームがついていた。
(やだ……頬に生クリームがついていたの? 子どもみたいじゃない。恥ずかしい……)
キスを期待して自分が恥ずかしくて、顔から火が噴き出してしまう。
「可愛いな、ローゼマリアは」
ジャファルが優しく笑うと、生クリームがついた指先を、形のいい色気のある唇へと持っていく。
舌でぺろりと舐められると、ローゼマリアはもっと恥ずかしくなってしまった。
(ジャファルさまの指を舐める仕草が色っぽくて、ドキドキしちゃうじゃない……)
照れくさくて、しばらく無言でクレープをモグモグとする。
するとジャファルが大きな口を開け、手に持っていた残りのクレープを頬張ってしまった。
頬を大きく動かしてモグモグするものだから、ローゼマリアとしては驚いてしまう。
満足そうなジャファルに、ローゼマリアは思わず目を見開いてしまった。
「うまかったな。焼きたては格別だ」
「そうですわね。ふふ……」
我慢しきれずに肩を竦めて笑いだすローゼマリアを、ジャファルが首を傾げて見返してくる。
「なにが、おかしいんだ?」
男らしいのにセクシーで、それでいてときどき少年のような顔をする。
そんなジャファルのことを考えると、ローゼマリアの心に不思議な感情が込み上げてきた。
温かくて甘酸っぱくて、切なさも含んでいる。
これまでに感じたことのない、甘い感情だ。
「いえ……おかしくはありませんわ。ほんとうに焼きたては美味しいですわね。ごちそうさまでした」
ローゼマリアがにっこりと笑ってそう返すと、ジャファルも笑みを浮かべた。
「あなたが笑顔を見せてくれて嬉しい。ミストリア王国では緊張につぐ緊張で、そなたの顔色も悪くて心配だった」
そう言われてローゼマリアは、はたと気がついた。
(ほんとうだわ。国境を抜けて少し安心したみたい。なんだか気持ちが違うもの)
「クレープを美味しく食べられたのも、バザールが楽しいのも、すべてジャファルさまのおかげですわ」
ローゼマリアが素直に感謝の意を述べると、ジャファルが照れたように頭を掻く。
「……では、もっと店を見て回るか」
ジャファルが大きな手を差しだしてきたので、ローゼマリアはその手を取った。
「はい。ジャファルさま」
彼がローゼマリアの細い指をぎゅっと握ると、そこから温かい温もりが伝わってくる。
ジャファルがローゼマリアの心まで温かくなりそうなほどの、極上の笑顔を向けてきた。
「もっと笑っていてくれ。可愛い私のローゼマリア」
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