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「うぉーい、ひさしぶりだな!ミリー!」
機材のチェックをしていると、頭上から声を掛けられて、真理は振り仰いだ。
「ランディ!本当に久しぶり!」
気心の知れた仲間との再会に、真理は声を弾ませた。
メディア向けのベースキャンプには、世界中の報道関係者が集まっている。
当然ながら、従軍してくるくらいの猛者ばかりで真理の見知った顔も多かった。
ランディと呼ばれた男はどさりと真理の前に腰を下ろすと、わしゃわしゃと真理の頭を撫でた。
彼もデイリー・タイムズと契約しているフリーのジャーナリストだ。動画を撮り中継もこなす、この世界では知られた顔だ。
大柄ないかつい顔で口調も荒いが、いたって人には優しい。
父のハロルドも良く知っており、真理は駆け出しの頃から世話になった1人だ。
「お前の叔父さんから、ミリーも居るからとは聞いてたが、早いな」
「そうね、いつ開戦するか分からないから早めに入ったの、ランディも?」
そんなことを話しながら、お互いの近況を伝え合う。
「奥さんとお子さんは元気?」
真理に聞かれてランディはふわっと優しい顔になった。
戦争ジャーナリストをやってる以上、結婚なんかしない、と頑なだったが、数年前にデキ婚したのだ。
「ああ、おかげさんで元気だ。来年には家族がもう1人増える」
「!?そうなの!おめでとう!!」
思いがけないニュースに真理は喜んだ。その顔をひとしきり見ながら、ランディは親指を立てながらギョッとするようなことを口にした。
「あぁん、ミリーもコレでも出来たんじゃねぇか、顔つきがオンナになった」
男だらけの世界ではセクハラまがいの発言なんて当たり前、気にしないが・・・
「ランディ!?何言って!?」
自分のどこが変わったのか自覚のない真理には驚く言葉だ。油断してたせいか首元まで真っ赤になった真理に、そうかそうかとランディは豪快に笑う。
「こりゃこりゃミリーに男が出来たとあっちゃ、泣く奴も多いだろう。あのロナルドが良く許したな」
その言葉にちょっと複雑になる。叔父は許した訳ではないのだ。
その微妙な表情にランディも察したのだろう。
さらにガハガハ笑うと真理の頭をぽんぽん叩いて立ち上がった。
「さて、戦局の発表があるから行くか」
その言葉にハッと意識を戻すと、真理も頷いて彼の後に付いて会見用に設えられた天幕へと向かった。
開戦についての具体的な話は無く、多国籍軍が着々とガンバレン国を囲むように配備されているとの発表があっただけだった。
心配していたグレート・ドルトン王国軍がいる最前線、シュナイド砂漠地帯は、静かな状況であるとのことで、真理はホッと息をついた。
多国籍軍の広報からの発表が終わり、それぞれのテントへ戻る途中、「あなた、アメリアさん?」と自分に声をかける女性に振り返った。
見ると、ボーイッシュな女性、自分より年上の雰囲気だ。首からデイリー・タイムズのIDカードを下げてるのを見て、同胞だと分かった。
「そうです、デイリー・タイムズのアメリア・ジョーンズです」
そう答えると、相手は良かったと微笑んだ。
「私はティナ・ハンクリット、フリーのライターです。今回、デイリー・タイムズと契約したんだけど、ロナルドさんから、なるべくあなたと行動するように、と言われたの」
心配性の叔父は、戦地での真理の単独行動に良い顔をしない。毎回、誰かしらを帯同させようとするのだ。
今回もそうなのだろう、真理は叔父の思惑が分かったので、首を竦めて微笑んだ。
「そうなんですね、分かりました。私、結構フラフラするけど、無理しないでくださいね」
真理は身軽にあちこち回ることが多い。振り回してしまうと申し訳なくてそう言うと、ティナ・ハンクリットは鷹揚に頷いた。
「大丈夫です。邪魔はしません・・・ただ戦争取材は不慣れなので勉強も兼ねてご一緒させて頂けるとありがたいです」
それを聞いて真理は納得する。彼女を心配して叔父は自分に面倒をみさせたいのだろう。
誰しも戦地では不安なはずだ。
ましてや慣れてなければ、命を落とす可能性がぐっと上がる。
自分はずっと父と一緒にたくさんのことを学べたから今がある。
ジャーナリスト同士、足を引っ張り合うことも多いが、戦地では助け合うことが一番必要なのだ。
だから、真理はにっこり笑うと
「ええ、ぜひ。私は慣れてるから、頼ってくれると嬉しい。ご一緒しましょう」