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地鳴りのような砲弾の爆音、荒れ狂うように無慈悲に降り注ぐ銃弾・・・。
爆発と共に火が上がり、街が人が焼け爛れていく。
舞う砂埃の中、噎せ返るような血の匂い。
吹き飛ばされてただの肉の塊となった骸。
積み上げられていく、死体の山。
自分がどこにいるのか分からず彷徨う。
泣き叫び命を乞う人間の頭を、残酷に撃ち抜く笑い声。
目の前を通り過ぎる、引き裂かれた血塗れの身体。
眼を刳り抜かれた顔が自分を見て、吐いても吐いても恐怖に覆われて。
ああ・・・死ぬのか・・・
こんなにも無力で・・・痛みが心を支配する・・・
繰り返される残虐な殺戮・・・人間が人間でいられなくなる狂気に満ちた地獄・・・
そこが自分の居場所・・・
堕ちる、堕ちる、どこまでも凄惨で血生臭い混沌とした死へと・・・
嫌だ・・・!
助けてくれ・・・死にたくない!!
真っ暗な闇・・・ただただ凍てつくような寒さ・・・死神すらもいない戦場。
こんな地獄は・・・!!!!!
——アレク・・・アレク・・・ーーー
誰だ?誰?俺を呼ぶのは・・・?
ーーーアレクっ!こちらへ!!ーーー
闇の中から差し伸べられる手。
縋る思いで、必死に掴む。
掴んだ瞬間、あの香りがふわりと鼻孔を掠める。
ああ、この香り・・・負に支配された心が落ち着いていく
この声が・・・この手が・・・
俺を狂気の世界から、引き上げてくれるのか・・・
俺の唯一人・・・愛しい女性《ひと》が。
意識が浮上してきて、アレックスは心地よい微睡みの中にいたことに気づいた。
もぞっと身体を動かすと、愛する温もりが自分を抱きしめている。
「・・・真理」
なんとか眼を開けて顔を上げると、そこに彼女がいて、自分を優しく見つめている。
「おはよう、アレク」
真理が甘く髪の毛にキスをして、耳朶を柔らかく撫でてくれる。
目の前にある彼女の乳首を口に含み、舌で転がすと、真理が鼻からあえやかな息を漏らす。
夢中で吸い続けると、胸の周りやそこかしこに夥しい鬱血痕や噛み跡が散らばっていて、一気に昨夜の自分の狂乱を思い出した。
ガバリと起き上がって、今度は自分が真理を抱きしめる。
「アレク?」
彼女の気遣うような声に、胸が熱くなる。
戦地から戻ると数日間は、メンタルがおかしくなる。
異様な興奮状態と高揚感、焦燥感や不安、ありとあらゆる感情が剥き出しになって、揺さぶられ、理性が切れる。
今までは、その間は遊び相手を抱き、酒で酔うことで解消してきたが、今回はそれを真理でしてしまったのだ。
否、真理に逢いたい気持ちとあいまって、遊び相手にすらしない程、乱暴に抱いてしまった。
バスルームで抱き潰した時に、一瞬、理性が戻って真理に謝ったが、逆に彼女はそんな自分を精一杯受け入れて、真綿で包むように甘やかしてくれた。
彼女に癒されるように、導かれるままその身体に溺れたおかげか、眼が覚めた今、何日も引きずる心の不安定さが無い。
「ごめん。すまない、真理」
その言葉に真理は頭を左右に振った。顔を上げて、アレックスの頬に手を添えると慈愛に満ちた瞳で聞いてくる。
「苦しいのはおさまった?」
彼女はこの不安定さの原因を知っている。
その問いに声も出ず、唇を食いしばるように、ああ、と答えた。
アレックスの答えに彼女が可憐に笑う。
そして、彼の胸板に唇を滑らせ、心臓がある場所に静かにキスをすると、言ったのだ。
「お帰りなさい、アレク」
温かいものが身体に流れ込んでくるような、そんな感情が渦巻く。
愛しい人の黒髪に自分もキスを落とし、アレックスはやっと答えることが出来た。
「ただいま、真理・・・」
絶対に・・・絶対に、彼女を手放すことなどできない。
真理が自分の帰る場所なのだと・・・そう気づいてしまったのだから。
その想いは恋心以上に深く、アレックスの心を満たしていった。