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反芻

 夜の暗闇も峠を越えて今にも日が出ようとしている頃。前の世界から数えても久々の熟睡を堪能していたユウトだったが突然覚醒する。肌を刺すような強烈な殺意のようなものが肌感覚を通して眠っていたユウトの脳を激しく刺激した結果だった。

 ユウトは何が起こったのか理解できず、思わずガラルドに渡されていた剣を手に持つ。閉じたテントの中からは状況がつかめずただただ混乱するだけだったがユウトに向けられていた攻撃的な意志は徐々に遠ざかるように小さくなって消える。

 一筋の冷や汗がユウトのほほを伝い落ち、危機は去ったと感じてほっと息をついた。

「いったいなんだったんだよ・・・」

 この体になってから自身に向けられる負の感情を敏感に感じ取るようになったと改めて認識する。最初は気のせいかとも考えていたが今の皮膚感覚のざわめきは確かな身の危険を感じとっていた。

 そんな不安とはうらはらにユウトの身体に疲れはなく、すこぶる調子が良いようでさっそく腹が鳴る。

 ユウトのテントに朝日があたり始め、テント内の明るさを増していく。

 テントを出ようと閉じていた出入り口を開くとすぐ前には布に包まれた何かと水を入れる革袋が置いてあった。布に包まれたものを手に取ると温かい。布を広げると表面に焼き目のついたパンとミカンのようなくだもの二個が包まれていた。パンには切り込みがありそこからはバターのような匂いが漂っている。

 これは前日の朝にガラルドに渡されたものと同じ朝食だった。誰かが持ってきてくれたのだろうとすぐ予想はついた。声をかけてくれればともユウトは思ったがこのギルドメンバーの事情を考えると贅沢とも感じる。

 先ほどの強烈な殺気を向けてきた人物がこの朝食を持ってきてくれたかもしれないと思うとなんともいたたまれない気分にもなった。

 そんなことを考えながらもらった朝飯を食べ始める。前日の食事もそうだったが野営地と思えないくらいここの食事はおいしいと感じていた。何よりしっかり腰を据えて味わって朝食を食べるということ自体に懐かしささえ覚えた。

 不満があるとすれば新しいこのゴブリンの体の歯は鋭いものが多くゆっくり味わいながら食事をとるのは以前の身体と比べて不便だということだった。
 
 一人の朝食を済ませガラルドに今日の修練の内容を確認しようととりあえず昨日の素振りでばてあがった野営地の中心広場へ向かう。到着して昨日のどん底の場所に立ってみるとガラルドの不親切というか全くいたわりのない修練の指示、言動に対して疲れから忘れていた腹立たしい気持ちを思い出しそうになったがぐっとこらえた。まだ自暴自棄になるわけにはいかないと過去の苦い経験を反すうする。

 少し待っていると野営地の出入り口の方からガラルドがやってくる。ユウトは軽くおはようと挨拶したが、ガラルドはああと一言返すのみでそのまま修練内容の説明に入った。

「今日も素振りだ」

 ユウトは予想していたが少しゲンナリした気持ちになった。

 しかしガラルドはさらに言葉を続ける。

「動作をゆっくりとやれ」

 そしてさらに細かく動きについて注意点が続いた。動作を遅くすることで関節の動かし方、体の重心の置く位置に気を配り剣を体の一部としてコントロールすることを意識しろと指示される。

「力み過ぎる癖がある。力みは動きも思考も鈍くする。昨日の修練の終盤は力が抜けていた。あれを思い出せ」

 昨日の修練の終盤はユウトは疲れから力を入れようにも入れられない状態だったのでガラルドの言い方には少し不服ではあったが確かに肩周辺の力みはなかった。

 ガラルドは一通り言い終わると最後に手本を見せてその場を去った。

 ユウトはガラルドがどこか親切になったような気がしたが確証は持てず、とりあえず修練を開始した。

 開始してすぐにユウトは昨日との違いに驚く。持った剣が昨日より格段に軽くなっていると感じた。ヨーレンの治癒魔術のおかげか疲れも残っていない。どうしてこうも昨日と違うのかユウトには不思議に思いながらも自身の動きに集中しはじめた。

 今日はガラルドの手本を全力で目に焼き付けるよう心掛けたおかげでかなりイメージをつかむことができていた。自身の動きだけに集中すれば周りからの目も気にならない。自分の体へイメージした動きを徐々に染みこませるように丁寧に動きを繰り返し続けた。

 同じ動きを何度も続けるユウトの姿を野営地の隊員たちはみな視野の隅でとらえていた。ユウトの姿は昨日とは別人のように映る。ゆっくりとした演武は徐々に精度を増し、体格が違うはずのガラルドの動きへ瓜二つと近づいていった。その様子は少なからずユウトを見ていた隊員たちを驚かせる。ユウトはそんなことには気づかずゆっくりと着実に剣の扱いに慣れていった。

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