第三話 神殿
「マスター。眷属たちに食事を配り終えました。にゃ」
「ありがとう。ロルフ。マヤの様子は?」
「・・・」
「ロルフ!」
「はいにゃ!神殿に、マヤ様の気配はないにゃ」
「どういうことだ?」
「わからないにゃ」
ミルの首筋を触るが、脈はあるので生きているのは確認できる。鑑定で見てみるが、以前に見た情報と変わっていない。マヤに変わった感じはしていない。
マヤだけが消滅したのか?それなら、ロルフは”気配がない”とは言わない。”消滅した”と説明するだろう。
「ロルフ。どうやって、マヤが”居る”と判断している」
「はいにゃ。マスター。制御室に来てくださいにゃ」
ロルフに付いていくと、途中でヒューマたちとすれ違った。問題はなさそうだ。
最初に神殿の管理者になった部屋に移動した。
リンは、パネルを確認する。
--- パネル表示
神殿名:マガラ神殿
所有者:マヤ・アルセイド
管理者:リン=フリークス・マノーラ
サポート:ロルフ・アルセイド
担当者:[ ]
担当者が設定されていません。
パネルは、管理者以上の権限者により隠蔽する事ができます
---
「ロルフ。ここに、マヤが載っているから、マヤは消滅していないのか?」
「はいにゃ」
「ふーん」
ミルが起きるまで、リンは側に居ることにした。
/// 充填率:185%
魔力は足りている。
「ロルフ。転移門の設置は可能になっているのか?」
「可能ですにゃ」
「ポルタ村に設置したいけど・・・。何箇所に設置ができる?」
「現状では、2箇所ですにゃ」
「そうか、悩みどころだな。保留だな」
制御室のパネルを触っていると、”できる”ことが解ってきた。
魔力を使って、神殿の内部を変更できる。リンは、パネルを操作しているが、”保留”すると決めた。現状で、マガラ神殿をどうするのか決めていない。ただ、何ができるのかは把握しておきたいと考えたのだ。
「マスター。お食事はどうするのですか?にゃ」
「そんな時間か?集中しすぎた。そもそも、料理ができる者が居るのか?」
「いないにゃ」
「食堂というか、キッチンはあるのか?」
「あるにゃ」
ロルフの案内で、キッチンに移動した。キッチンは、思っていた以上に綺麗に整えられていた。食器類は見当たらなかったが、調理器具は、一般家庭と同じ程度には揃えられている。全てが、魔道具になっている。リンは、ロルフに使い方を確認しながら、料理をしていく、調味料も少ないために、簡単なスープと肉を焼いただけの料理を食べた。
「ロルフ。ミルの所に居る。何かあれば、来てくれ」
「はいにゃ」
リンは、ミルが横になって居る部屋に戻った。
まだ寝ているミルを見て、”ほっと”している自分に違和感を覚えた。しかし、リンの気持ちは複雑だ。
先延ばしでしか無いのは、リンが誰よりも理解している。
ミルが起きて、マヤだったときの気持ち、ミルだったときの気持ち、よくわからなくなっているのだ。マヤが怒り出したのも理解できる。でも、リンはマヤに生き返って欲しいと本当に、心の底から思ったのも間違いではない。しかし、ミルが犠牲になるのを何も感じないわけではなかった。話をするときに、最後の魔法陣に乗ったときに、ミルが少しでも躊躇したら・・・。自分のエゴだと解っている。どうしたらいいのか答えが出ないままに、事態が動いてしまった。
リンは、眠っているミルの手を握った。
柔らかい手に、剣を握ってできたであろう豆ができている。それも硬く、何度も潰れている。綺麗な腕にはよく見ないとわからないが、沢山の傷が見える。リンを探すために、森を突き抜けるときに傷を付けたのだろう。手を握りながら、傷を一つ一つ確認するように触る。
「ミル・・・。マヤ・・・。俺は、どうしたいのだろう・・・。自分のことがよくわからない・・・」
リンが、自分の心と葛藤している頃。
王都でも問題が発生していた。誰にとっての問題なのかは、全てが片付いたときに語られるべき事なのだろう。
王都では、権力闘争が発生していた。
リンが預けた文章によって、アゾレム男爵は釈明に追われていた。
トリーア王国には、3つの派閥が存在している。最大派閥は、金と力で派閥をまとめ上げている宰相の派閥だ。宰相は、王家に連なる公爵家だが、玉座に座る野心を隠していない。それに対抗しているのが、王家を中心とした派閥だ。ミヤナック家が中心になっているが、数は宰相派閥の1/3にも満たない。もう一つの派閥は、教会派と呼ばれる派閥だが、王家に付いたり、宰相に付いたり、蝙蝠のような派閥だ。派閥をまとめているのは、ボルダボ枢機卿だ。リンにわかりやすいように言えば、
アゾレムは、力を付けてきている貴族だ。元々は、王家の直轄領だったマガラ渓谷に隣接するアロイを領地に加えてから派閥お金庫番となった。ゴーチエ家などの豪商とつながりを持って、私腹を肥やしていた。そこに、ブォーノ家という、流しの商人を招き入れて、裏の仕事をさせる事で、さらに大きくなった。次の評定で、子爵になるのではないかと言われていた。
しかし、リンが流した文章により、雲行きが怪しくなってきた。取り潰しは免れそうだが、かなりの金額を工作資金として出さなければならなくなった。そんな中で、ポルタ村が魔物に襲われたという情報が入っても、些末な情報として処理された。
アゾレム男爵は、子爵への陞爵は見送りとなった。
意義を唱えた者たちも居たが、宰相が強行して手打ちとなった。アゾレムに何も無いのでは、示しがつかないということで、アゾレム男爵は、
罰らしい罰がないままの幕引きに、王家派閥は反発したが、教会派閥が宰相の裁定を”是”としたことで流れが一気にできあがってしまった。
リンの文章は、一部だけが公開された。全部は、裏取りができていなくて、一部だけで”観測気球”を上げてみたのだが、思った以上に宰相派閥が慌てたのを見て、裏取りを急いだ。しかし、相手も”他に資料”があると予測して、証言を行いそうな者たちを始末した。明らかに、ミヤナック家・・・。ハーコムレイの失策だが、派閥の者たちは、口を挟まない約束になっている。王都を混乱させないための施策だと、派閥の者たちには説明していたが、実際には妹の
王都は、表はいつものような穏やかな時間が流れているのだが、裏に回れば諜報や暗殺が横行している。
貴族の私兵たちが護衛を行っているが、殺気立っているのは誰の目にも明らかだ。それだけではなく、王都の警備隊も連日の騒ぎで過労が溜まっている。貴族からの無茶な注文も増えている。いつ爆発してもおかしくない精神状態になっている。
普段なら、貴族の私兵や雇われた護衛や傭兵たちが、王都の外から魔物の肉や商人の護衛をやっていたのだが、貴族が離れることを許さない。そのために、王都では物資が不足し始めている。本来なら、警備隊は王都の治安を守る組織だったが、貴族を優先してしまったために、治安が低下した。