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アレックスからもらった軍用腕時計がチカッと点滅して、真理にメッセージが来たことを知らせた。
WEBプログラムの仕事をしていた真理は、手を止めると、ダイニングテーブルに置いてあったそれを手に取り、送られてきた数字を見てやんわりと微笑んだ。
アレックスはいつでも直球だ。
ーーー143ーーー
真理は頬を染めた。自分も、と返したいが、まだ言葉で伝えていないからと思い留まる。
その一言は彼に直接言いたいと思った。
あれこれと考えて、これにする。
ーーー823ーーー
だって今の真理はずっとそうだからだ。
アレックスのことを毎日考えてしまう。
ウクィーナ国の国境警備は落ち着いているとニュースで言っていたが、真理は心配でならなかった。
静かな戦地は、緊張状態を張り詰めさせ、ある日突然それが弾けて戦乱を起こすことがあることを、経験上、知っている。
どうか何も起こりませんように。
どうか無事で。
彼をお護りください。
毎夜、眠る前に亡き両親へそう祈る癖がついてしまった。
彼の私邸で彼の残り香に包まれて過ごす毎日は、とても寂しい。
離れることが、こんなに辛いとは思わず、自分にこんな感情があることに真理は驚いていた。
心配で仕方がなく、自分も一緒にそこにいたいと思うのは我儘なのだろうか。
日本での夢のような時間を思い出す。
誰にも干渉されず、ただの男と女でいられた日々は、たまらなく幸せだった。
とてつもなく愛されているんだと感じた。
王子の溢れるような愛情に包まれ、心も身体もたっぷりと甘やかされ、蕩けさせられた。
彼の大きな掌で身体を撫でられ、熱いくらいの体温で抱きしめられるのが、とても心地よくて安心できる。
だから彼のベッドでアレックスの残り香を感じると、甘い熱に身体中が侵される。
真理はほぉっとうっとりとした吐息を漏らして、その疼きを消すかのように頭を左右に振った。
やだ・・・わたしったらなんてことを考えて・・・身体の中が濡れる感触に真理は狼狽えた。
疚しさを消すように眼を一度閉じると、気分転換に買い物に行こうと立ち上がった。
護衛に外出を伝えて、一緒に私邸を出る。
ふっと真理は耳を澄ませた。
多分、自分は一般人より聴覚、視覚は優れていると思う。
たった今、聞き慣れた音・・・シャッター音が聞こえた気がしたのだ。
さりげなく周囲を見るが、これといって写真を撮っている人間はいない。
気のせいかと思いながら、慣れた道をスタスタ歩きながら、目当ての店に入る。
私邸で過ごすようになってから利用し始めたマーケットだ。
店に入り品物を眺める。
また聞こえた。
ーーーカシャっーーー
今度は音が近い。そしていつも距離を置いて護衛をしてくれるボディガードとは違う気配を感じた。
真理は棚から買う物をとりながら、何気なく周囲を伺う。
さっと身を隠した人間がいたのを視界の端で捉えた。
・・・男だ・・・。
おそらくパパラッチだろう、と思った。
あそこが第二王子の私邸であることは、普通に知られている。
ふいにエステルに言われたことを思い出した。
——今までは私邸に招かれた女性はいらっしゃらなかったのに、突然、貴女が出ていらして——
エステルがどうやって、王子の私邸に出入りする人間を把握しているのか考えたくもないが、高貴なお方には、色々方法があるのだろう。
自分もアレックスと一緒に、映画祭もその打ち上げにも、連れ立っているから、当然ながら人目にはついているし、噂にもなり始めているはず。
彼は、当たり前のように、大切な人、俺のパートナーと言う。
そんな風に紹介されまくっているから、そろそろメディアには気づかれるだろうと予想していた。
真理は会計を済ませると、表に出た。
護衛の1人が近づいてきて、何か気になることがありますか?と聞いてくる。
真理は逡巡する。
戦地のアレックスに心配かけたくなかったが、この手のことは気付いた時に、共有しておくことが大切なのも理解している。
彼女は歩きながら護衛に言った。
「アパートメント出てから、ずっと付けられてます。シャッター音が何度か聞こえたので、撮られてるかと・・・」
護衛が息を飲んだ。
「申し訳ございません。こちらで気づいていませんでした。すぐに調べます」
真理はその言葉に被りを振った。
「気にしないでください。マスコミは巧妙に隠れたり、つけたりするのが得意ですから」
自分もそうですから、とにっこり微笑む。
「多分、男性だと思います。一瞬ですが、姿を見ました」
護衛はインカムで離れた位置にいる仲間に、その存在を伝える。
一緒に私邸に入ると「クリスティアン殿下に報告しまして、警備体制を強化するか判断を仰ぎます」と護衛に言われる。
真理は頷きながら、これからどうなるのか・・・色々な覚悟はしているつもりだが、それでも落ち着かない気持ちになっていた。