バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

マカロチーズを皿に山盛りによそうアレックスの姿に真理は思わず微笑んでしまう。

今、日本の自分の自宅で彼がこうしていることが信じられない。

アレックスはマカロニチーズを頬張りながら、「側近も護衛もいない」と言った。

「・・・・・・はっ?」

側近も護衛もいない???何を言ってるのかと驚いて、思わずフォークをテーブルに置いた。

「別に不思議なことじゃないさ。俺だってパスポート持ってるし一人で旅行はできる。バックパッカーにそんなのは必要ないだろ」

飛行機、エコノミーにしたんだ、となんだか威張っていうから驚きすぎる。

旺盛に食べながら、口調は淡々としてるが、言ってる内容はめちゃくちゃだ。

「皆様は・・・補佐官や、秘書官のカーティス様はご存知なの?」

テッド・カーティスの名前が出るとアレックスはあからさまに不機嫌に顔を歪めた。

「言ってないけど、もう気づいてるだろうな」

「じゃあ!?アレクは行方不明扱いじゃない!!!!!」

真理は真っ青になって叫んだ。
一国の王子が王室を抜け出し、勝手に出国し、お忍びとはいえ日本に入国してしまった!

あちらも大騒ぎなら、ここにいることがバレたら日本の外務省だってグレート・ドルトンの大使館だって大変だ。

料理をすべて完食すると、アレックスはふぅと満足そうな顔をして話しを続けた。

「君が・・・日本に行ったことは、君に付けた護衛から聞いてたから・・・」

あの日、王子へスマートフォンを渡して欲しいと預けた護衛だろう。
アレックスの表情が少し辛そうに歪んで、真理はいたたまれずに、片付けとコーヒーを淹れるために立ち上がった。

アレックスも立ち上がり、空になった皿をシンクに運ぶと、コーヒーを淹れ始めた真理の身体を背中から抱きしめ、首筋に鼻を擦り付ける。

「ほんとはもっと早く来るつもりだった。でも君を理由にして公務や執務を放り出したら、また真理に嫌われると思って・・・必死に片付けて・・・休めるように勝手に調整したんだ。だからあいつらは、俺が日本にいこうとしてることはとっくに気づいていたさ」

真理の頭の上からコーヒーの香りを吸い込みながら、くつくつと笑う。

「ついて来られると邪魔だし、真理とゆっくり向き合って話せないから、だから巻いたんだ」

茶目っ気たっぷりに言われても、真理は動揺していた。
まさか単身、一個人で来日するなんて思ってもいなかった。

コーヒーが入ると、アレックスはサーバーから真理が用意したマグカップに注いだ。
そのまま2つのマグカップを手に、ソファーに移動する。

真理はアレックスの意図が分かったから、食器を手早く食洗機に入れると、彼の隣に腰掛ける。
あ、と思う間も無く肩を抱き寄せられた。

「まぁ、今は俺のGPSは切ってるし、ここの住所は教えてないから、多少はキレてるかもしれないが、俺からの連絡を、後始末の準備しながら待ってるさ。明日にでもGPSを入れるから、そうすりゃ、すぐに迎えが来ちまう」

アレックスが真理の耳朶にちゅっとキスをすると「だからしばらくは二人っきりですごそう」と囁く。

二人っきり・・・その言葉に真理は照れた。
そんなことが許されるなんて・・・それこそ夢のようだ。

「あと、ここのことは、君の叔父さん、ロナルド・ジョーンズ氏が教えてくれたんだ」

彼の思いがけない言葉に、真理はハッと我に返ってアレックスを振り仰いだ。

「ロニー叔父様が?!」

アレックスは真理の驚いた眼を見て、苦笑しながら頷いた。

「教えてもらえるまでに1週間かかった」
「1週間!?」

さらにアレックスの笑顔が苦々しいものになる。

「彼は俺が真理と一緒にいることを許さない」

叔父はそうだろう、自分も王子はダメだと反対された。

「王子の俺は、真理の命も報道カメラマンとしての人生も危険に晒し、潰す存在だと言われた。俺のいる世界は真理の心を壊すって言われた」

そう、と真理は呟いて俯いた。
自分を愛して心配してくれる叔父の言葉はブレない。

「それに俺の過去の女性に対する行いも当然ながら問題にしてる。俺が君は今までの女と違うから勘違いしてるだけだ、と。俺の飾りになる女は他にいくらでといるだろ、とね」

アレックスはマグカップをテーブルに置くと、真理の方に身体を向けて、彼女の掌に指を絡めて目を合わせる。

「それで、その日は追い返された。さすがに姪を愛する叔父の主観がバリバリ入った、的確すぎな罵詈雑言に、心が折れそうになったよ」

その時を思い出したのか、哀しげな顔をする。

「でも、俺だって負けてられない。真理になんとしても会いたかったから。それに君の家族に認めてもらえないのは困る」

そこで、ふっとアレックスはいたずらっ子のような笑み浮かべた。

「だから毎日午後2時に彼に会いに行ったよ」

「毎日!?しかも2時に!?それは・・・なんていうか、叔父様にとってはすごい嫌がらせね」

真理はアレックスが目的がわかって、叔父の嫌そうな顔を想像して笑った。

夕刊の最終入稿が終わった午後2時は、叔父にとって1日の中で、やっとのんびりできる唯一の僅かな時間だ。
そこで、食事をしながら色々なニュースに目を通すのが叔父のなによりの休息だからだ。

それを1週間も邪魔されるとは・・・真理は自分のせいでもあると思い直し、ほんの少し叔父に悪い気がしてしまった。

アレックスは、そうか?と楽しそうに笑うと続ける。

「俺はジョーンズ氏と1つ約束をした。そのおかげで、ここを教えてもらえた」

「約束?」
真理は首を傾げた。

その仕草にアレックスは瞳を眇めると、真理の頬に唇をつけて囁いた。

「君の報道カメラマンの仕事は奪わない。俺の愛する人だって世界中の人間が知っても、君が望むどんな場所でも撮影できるよう守る、と」

「・・・そんなこと・・・」

想像以上に、大きな話に真理は動揺した。
出来るのだろうか・・・戦地の自分が王子の、国の弱みにならないのだろうか・・・


「真理は・・・俺が真理と一緒にいるために、王室を離脱したり軍人を辞めたりして欲しいか」

思いがけない問いだったが、真理はすぐに頭を左右に振った。

「思わない・・・王子であることも軍人であることも、貴方のアイデンティティだし誇りでもあると私は思うから」

その答えにアレックスはパッと破顔した。
嬉しそうに今度は真理の鼻先にキスを落とす。

握りしめられた指に力が込められた。

「ありがとう、嬉しい。それは俺が真理にも思うことと同じだからだ」

アレックスは真剣な表情で続ける。

「俺の恋人だと知られれば、敵国やテロリストから狙われる危険は格段に上がるのは確かだ。でも俺は君を守れる力がある。それに俺は軍人だ。君が行きたい戦場に俺も一緒に行く。だから、撮り続けて欲しい」

今まで通り撮り続ける・・・守ってくれる・・・出来るのだろうか、そんな夢のようなこと。

「俺は君の写真も報道カメラマンとしての生き方も信念も含めて、全ての真理を愛してる。ハロルドの写真を世界中の人に観てもらい、戦争が無意味であることを問い続けて欲しいんだ」

そう言って、握る指先に口付ける。

「王子と一緒にいることが君の将来や可能性を潰すことになるとは思わないで欲しい。
一緒にいることで広がる世界があるって信じてもらいたいし、俺は真理の生き方を邪魔したりはしない」

そこまで言って彼はおどけたように肩をすくめて、なおも言い募る。

「愛する人と一緒にいたいのに、大切な生き方を犠牲にするなんていまどき間違ってる。多国籍軍に従軍するのはやめてもらうけど、代わりに王国軍に付いていけば良い。そんなに変わらないだろう。もし多国籍軍がどうしても良いなら、君にガードをつける。多少の窮屈さはあるかもしれない・・・そこは許して欲しい・・・でも、やり方を変えるだけだ」

彼が真摯に伝えようとしてくれることがわかる。

諦めるのじゃない、2人で探していこうと言ってくれてるのだと・・・。

真理の目から涙が零れ落ちた。どうしてこの王子は自分が欲しい言葉ばかりをくれるのだろう。

「君が捕虜になったら・・・」
アレックスの顔が想像したのか歪んだ。

「俺は全力で君を助ける。真理が心配するような犠牲を国民に強いらず、必ず助け出す。奴らの卑怯な要求には屈しない。
君を俺の・・・我が国の弱みにも交渉材料にもしないと誓う。もしそれが出来ない時は・・・」

一瞬、呼吸を止めたかのように、アレックスは苦しそうに次の言葉を絞り出した。

「君が望むように・・・君の命を諦める。その代わり、俺も君を追って死ぬことを赦して欲しい」

思いがけないアレックスの愛の言葉に真理の心は震えた。

それに、とアレックスは微笑む。

「戦地では俺の方が真理の足手まといになるかもしれない。だから、映画祭の時のように俺を守ってくれ」

真理はただただ涙をボロボロと零す。
自分らしい生き方を大切にしてくれる王子の心が嬉しくて、本当に愛してくれているのだと分かる。
真理の信念に反してまで命を助けない、残酷なようで真理にとっては最上の愛の言葉だ。

どこまでできるかわからないし、綺麗事と言われるかもしれない、それでもこの言葉を信じ一緒にいようと真理は思った。

アレックスの言葉に頷き、彼の唇に自分から口付けた。たどたどしく舌先で彼の唇を舐めて下唇を甘く食む。

彼女からのキスにアレックスは驚いたようだが、すぐに彼女をソファーに押し倒した。

涙を唇で辿りながら、あっという間に熱を持った昂りを真理に押し付けると、アレックスは欲望に掠れた声で囁いた。

「今日の話はこれで終わり。まだまだ真理不足だから、今夜は寝かさない」

真理は王子の熱さを受け止めながら頷いた。

しおり