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1話 景色はぐるぐると回って、急激に変わっていった。

 《異世界境界線を越えました》
 
 異世界境界線?

「アタシの担当の世界へようこそ」

「ようこそ、よくきましたね、小林直樹さん」
 
 声がする方を見ると、女の人と男の人が3メートルくらい先に立っていた。

「だれですか?」

 女の人は、黒い服でふわふわとした服を着ていて、杖っぽいものを持っている。

 あちらこちらに、デフォルメしたドクロの模様が描かれている。

 美人な人だと思った。

 どういう風にとは言えないけれど、見とれてしまう美しさがある。

 男の人は白い服を着ていて、片手に本みたいなものを持っている。

 頭には毛がない。

 くるんとしたヒゲを生やしている。
 
「アタシはこの世界を担当する女神ドロシーだよ」
 
「ワタクシは使いの者でダレンと申します」

 二人共変わった感じの人達だ。
 
「条件が満たされたから、異世界転移されたんだよ」

 女神が異世界転移とか言ってる。
 
「異世界転移?」
 
「それで、小林さんはこの世界を選んでいらっしゃった」

 好きで来たわけじゃないけど。

「今年の条件は、6という数字を一定個数集めた高エネルギー生命体でしたっけ」
 
 そういえば、やたらに6をたくさん目にしたような気がする。 
 
「転移というか徒歩なんだけどね~」
 
「異世界選択の草原で、選んだ方向が転移する世界なんです」

 行きたい方向に行けって、そういうことだったのか。

「偶然選んだかもしれないですけど、偶然も運命ですから」
 
「でも、いいんですか? 自分は……長くないですよ」

 俺は腎不全患者だ。
 
「なにがですか?」

 ダレンという人は首をかしげてたずねてきた。
 
「命です。人工透析を受けないと腎臓が悪いので。2週間くらいの命ではないでしょうか」
 
「確かに。アタシが見る限り、強いエネルギーが入ってる」

 女神が会話に入ってきた。

「強すぎて腎臓がダメになってる。あと、強いエネルギーがあるせいで、血液の中のものが上手く身体に取り込めないみたいだよ」

 強いエネルギー?
 
「なるほど、だからこそ異世界転移の対象になったのかもしれないですね」

 こっちのダレンという人には、俺の身体のことは見えなかったようだ。

「その世界の異質なものを他の次元の世界に転移させて安定を保つためにあるシステムですからね」

 ハゲの人は頭がいいみたいで、ちょっと言葉が難しい。

「主にエネルギーが高い存在は引っかかりやすいですから」

 高エネルギーだから、システムに引っかかって転移してしまったらしい。

 引っかかっても何しても、俺が透析できない環境では生きられないのは変わらない。

 もう、俺なんて死んだも同然。

 俺なんてどうせ……。

「だからせっかく歓迎して頂いても、するだけ無駄なんです」

 いっそ、もう殺してくれてもいい。 

「ドロシー様。異世界転移特典は病気の治療にしたらどうですか?」

 え? 病気治る? まじで?

「う……ん。アタシも考えていたところだよ。でもね、アタシの異世界転移特典の項目に病気の治療はないんだ」

 無理なのか。
 
「ドロシー様って、案外使えないんですね」
 
「は? 今なんて言った?」

 女神の顔が途端に怖くなる。

 元ヤンに違いない……。
 
「いえ、何も言ってないですよ」
 
「今、言ったでしょ? ちゃんと聞こえてるのよ。この、ボケ、ヒゲ、ハゲ、頭がまぶしいんだよ」

 俺を蚊帳の外で勝手に話をするのはやめて欲しい。
 
「ひどいこと言いますね、今度、ドロシー様を信仰している人が経営する美容院に行って、スポーツ刈りにしてくださいって注文しますから」

 髪の毛の無い人にスポーツ刈りって……、一体どうするのだろう。
 
「……」

 女神は神の使いの返答を聞いて、嫌そうな顔をして沈黙した。

 嫌がらせとして、成立しているらしい。

 俺はもう、二人の話を黙って聞くしかない。
 
「ほら、小林さんが引いちゃってますよ。趣味は変なのに美人な人とか思われていたのに……。変な噂を流されて、信仰を失ってしまえ」
 
「趣味が変は余計だよ! どうして? ドクロンちゃんかわいい~」

「……」

 今度は神の使いが沈黙する。

 ドクロをあしらったキャラは俺の感覚では可愛くない。

 神の使いも同じように思ったのだろう。
 
「いっそのこと、すんごい秘薬を渡して治してもらうとか、どうです?」

 秘薬か、そんなので健康になれたら願ってもないな。
 
「ああいうのは腎臓で代謝されるから、小林のように腎臓が壊れているとダメなんだよ。副作用で命が危ないよ。神様ポイントも足りないし……」

「秘薬って、腎臓で代謝されるものは危ないんですか、初めて知りました」

 神の使いが女神の説明に感心している。

 腎代謝とか肝代謝もあるか……。

 確かに、薬って腎不全だと使えないものもある。

 異世界でも代謝経路を考えなくてはいけないなんて、薬って難しい。

 あーでもこーでもないと、二人は話し合っている。
 
 だんだん、疲れてきた。

「ドロシー様、真面目に考えてますか?」

 ダレンという神の使いは、女神ドロシーのはっきりしない態度にイラついているようだ。
 
 女神は神の使いのことをジッと見つめると、何かをたどるように俺の方へ目線を向けていく。

「そうだ、ダレン。アンタに任せる」
 
「はい?」
 
「アタシは、ダレンが関わったほうがうまくいくと思う」 

 女神は真剣な表情でダレンに言い放った。
 
「言ってる意味が分かりませんが……。ワタクシにはドロシー様のような権限はありません」

「わかってる。アタシだって、それくらいのことはわかってるの」

 神の使いダレンの表情は見る見るうちに曇っていく。

「それじゃあ、折角この世界にいらした小林さんを見殺しにするんですか?」

 ドロシーは真剣な表情で続ける。

「アタシにはこの転移者にとって、一番いい方法がわかるの」

「ドロシー様?」

 神の使いは全く、女神の考えがわからないようだ。

「アタシはこれから、その転移者の病気を治すために病院を建てるから……ダレン……頼むよ」

「頼むよって言われても……」

 女神に真剣な表情で見つめられて、神の使いは困惑している。

「うん……あと、もう一つ……」

 女神は遥か彼方の遠くの方を見つめながら、何か呟く。

「そうね。ゴブリン……。ゴブリンが頑張ってくれるわ」
 
「……ゴブリンですか。あの弱いモンスターでどうなるんです?」

 神の使いは女神を信じられない、という様子で疑問をぶつける。

「う~ん、アタシは神様ポイントないから、他に選択肢ないみたいね」

 ドロシーは何かを見定めたかのような表情をすると、背中を向けた。

「ドロシー様。転移者を見捨てるなんてあんまりです」

 え? 俺……見捨てられるの?

「ダレンさん……」

 俺はダレンさんがあまりに悲しそうだったので、思わず声をかけていた。

 女神ドロシーが瞬間移動のようなものでサッと消えると、今までの星空が一斉に引いて行った。
 
 景色はぐるぐると回って、急激に変わっていった。
 
 森の中の開けた場所に出た。

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