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出発まであと1ヶ月と迫ったウクィーナ共和国進駐についての、長時間の会議を終え執務室に戻ると、冴えない顔をしたクロードとテッドがアレックスを出迎えた。
二人とも一緒に会議に出ていたが、途中で呼ばれてそれぞれ抜けていったのだ。
最初にクロード、それから少ししてからテッドがクロードに呼ばれて出て行ったから、何かあったのだとは思っていた。
らしくない2人の顔つきを見て、アレックスは嫌な予感がした。
この二人が揃って顔色が悪いことなどないのだ。
「何かあったのか?」
いつもは飄々としたクロードが、しかめっ面をしながら告げた。
「ミス・ジョーンズがドルトンを出たっす」
言ってる意味が分からず、アレックスはポカンとした。
「はっ?何言って・・・」
言いかけたところで、さすがに説明不足だとテッドが口を開いた。
「ミス・ジョーンズに付けてた護衛から、2時間前に緊急連絡がありました。外出先から帰宅後、普段着にショルダーバッグひとつだけという軽装で、また外出されたそうです。買い物だろうと、普段通り距離を取って護衛していたのですが、いつもと違う電車に乗ったので、警戒して至近の警護に切り替えてました」
「・・・それで?」
青い顔でアレックスは尋ねた。突然過ぎて、気持ちが追いつかない。
「終点の・・・ヘルストン国際空港で降りられました。護衛はミス・ジョーンズがどうされるのか判断に迷ったまま警護を続けました」
クロードが後を継いだ。
「そこで、こっちに連絡が来たっす。昨夜のこともあったっすから、身柄を保護して、何をするのか意思確認しろって指示したんすが・・・その間にミス・ジョーンズは航空会社にチェックインしてしまって・・・。
慌てて声をかけたところ、彼女は護衛にこれを預けたそうっす。アレックス殿下に渡して欲しいと」
クロードが差し出したのは、アレックスが連絡用に真理に渡していたスマートフォンだった。
それを呆然と見つめる。
「で、まぁ、護衛もそこまでっす。彼女は預け入れる荷物もないっすから、さっさと保安検査に向かい、搭乗ロビーに入ってしまったそうっす」
で、1時間前に飛行機は離陸したっす、とクロードは付け加えた。
「・・・日本か?」
「はい、護衛からは日本の航空会社と連絡があり、出国記録を確認しましたがNARITAでした」
テッドは答えた。
なぜ?
どうして?
アレックスは動転しっぱなしだ。
昨夜まで真理は一緒にいてくれたのに・・・。
クロードが差し出したスマートフォンを見る。
いつも連絡を取り合うのに使っていたトークアプリを開いた。
そこには・・・
「楽しい時間をありがとうございました。さようなら」と未送信のまま入力してある。
「どうして・・・・・・」
顔色を無くしてつぶやいたアレックスを真底気の毒そうに見ながら、クロードが言った。
「アレックス殿下が振られたのは確定っすが、気になることがあるっす」
「なっ!?」
クロードの容赦ない言葉に、やっと最初のショックから戻ってくる。
「気になることってなんだ?」
怒る気力すら無く問うと、クロードは思いもよらなかったことを告げた。
「午前中、ミス・ジョーンズ、ソーディング侯爵家に行ってるっす」
「なんだって?!どういうことだ!?」
ソーディング侯爵家と聞いて色めき立つアレックスを静かに見ながら、テッドが続けた。
「ソーディング侯爵家の使者が迎えに来たそうです。そこから帰宅した時には、ミス・ジョーンズの様子はおかしくなっていたようですので、当然ながら何かあったと思います」
その言葉にアレックスは重々しく、分かったと頷いた。
その様子を見ながら、テッドは思ったことをふと呟いてしまった。
テッドは動きの早い人間や行動力のある人間を高く評価する。
「ミス・ジョーンズは行動が早くて、本当に身軽ですね・・・素晴らしい」
ふうとアレックスがため息をつくが、次のテッドの言葉でまた顔を両手で覆った。
「王子、しっかりしないと、捨てられますよ、まぁ、もう捨てられてますけど」
テッドのその言葉にアレックスはなにも言い返せず、クロードはハハッと苦笑いをした。