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2人のそんな良い雰囲気は、1人の女性の声で破られた。
「アレックス殿下、ご挨拶させてくださいませ」
涼やかな声がして振り向くと、美しい女性が立っていて、その後ろにヘンドリックが、またニヤニヤしながら立っている。
真理は、どこかで見たことがある麗しい女性に誰だったかと記憶を探るが、アレックスの方が早かった。
立ち上がり、差し出された女性の手を軽く握っている。
「これはこれは、ミス・バーナード。ご無沙汰しております」
なるほど、名前を聞いて思いだす。
この数年テレビドラマの主役で引っ張りだこの人気女優、セリーナ・バーナードだ。
豊満な身体を強調するようなマーメイドラインのドレスに身を包んでいて、胸はかなりダイナマイトな感じだと真理はそこを見つめてしまう。
大物女優のオーラが半端無い感じで圧倒されそうだ。
くだんの女優は座ったままの真理を見下ろすと、アレックスに「お連れ様にはご紹介頂けないのですか」となんとも妖艶な笑みを浮かべて催促する。
それまでニコついていた王子だったが、若干、本当に若干、渋い表情に見えた。
「ああ、失礼した。・・・真理・・・」
手を引っ張られて、真理も立ち上がる。
背が高い女優を見上げると、強い眼差しで見下ろされていた。
「こちらは、ドラマのアビントンの瞳に恋をしろに主演している女優のミス・セリーナ・バーナードだ。ミス・バーナード、彼女は・・・俺のパートナーのミス・アメリア・ジョーンズだ・・・大切な人だ」
最後の言葉にセリーナの空気が変わる。
真理はヒヤヒヤしながら、彼女にはじめまして、と言ったが彼女は値踏みするように上から下まで不躾にジロジロと真理を見ると、視線をアレックスに戻した。
「まあ、アレックス殿下。大切な人なんて、何人に仰れば気がすむの、ふふっ、本当に浮気なお方ね」
あからさまで分かりやすい嫌味に、はぁーっとアレックスが溜め息をつき、なにかを言おうと口を開きかけたが、セリーナが口をさはむことを許さないように続ける。
「私にも囁いてくださったわ。忘れていませんのよ、あのめくるめく夜を。たまにはつまみ食いもよろしいでしょうが、私がいることもお忘れなく」
そして彼女は「それでは、また」と言うとヘンドリックを従えて去っていった。
しばらくの沈黙の後、アレックスは顔を押さえたままソファーにどさりと沈み込んだ。
真理も座る。
「・・・ごめん・・・君を悪意に晒してしまった」
あからさまに凹んで顔を上げられない王子を見て、真理はちょっと笑ってしまう。
「そういえば、お付き合いされてましたもんね」
この関係になる前に読んだゴシップ紙のタイトルを思い出す。
「第二王子と女優の濃密な密会か!?でしたっけ?」
そこまで言うと、アレックスがガバッと顔を上げた。なにをどう言うかとても迷っているような、困ったような顔を見て、真理は思わず吹き出した。
「ごめんなさい、殿下。ただ思い出しただけです」
クスクス笑う真理の両手をアレックスが握った。なにかを真剣に伝えようとする時、彼は良く両手を握り自分の顔を真っ直ぐに見る、、、そう思ってアレックスを見ると、やはりアレックスの真剣な顔があった。
「過去の俺について言い訳しない。確かに遊んでばかりいたからだ。でも、そこに気持ちはなかった。愛してるのは、真理だけだから・・・大切な女性という言葉も愛してるも君にしか言わないし、過去に言ってない。それは信じて欲しい」
王子の女性遍歴についてなにかを言うつもりはなかった。言っても仕方がないことだ。
今の彼の言動を信じたい、そう真理は思っていたから「はい、殿下」彼女も真っ直ぐにアレックスを見返してそう答えた。
気分を害したような素振りのない真理の笑顔にアレックスはホッとした。
この手の場所に真理を連れてくれば、過去の女性との遭遇はつきものだと覚悟はしていたが、辛辣な嫌味に思いのほか自分がうまく対処できなかったことがショックだ。
彼女の鷹揚さというか器の大きさに助けられている感がある。
これはもう帰ってしまって、私邸で過ごす方がいいんじゃないかと思いはじめた時だった。
神はそんなにアレックスに寛容ではなかったのだ。
「クリス様、やっと見つけたわ!」
聞き慣れた声にギョッとする。甲高い少女のような声に真理も驚いたのか、声の主を見上げてる。
「エスター?!なんで君がいるんだ?」
そう言うとエスターと呼ばれた女は頬を膨らませて、詰るように続けた。
「だって!クリス様、このところ、全然ご連絡くださらないもの。いくらお忙しいとはいえ、ちょっと酷いわ」
真理が目をまん丸くして驚いている。
その顔にエスターは婉然と微笑むと、ツンとした強気な顔つきで続けた。
「そちらが今夜のクリス様のお相手ね。騒いでしまって失礼したわ。私《わたくし》はソーディング侯爵家の次女、エステル・アビー・ガストインよ」
傲慢に伸ばされた手に、真理がはじめましてと貴族への礼を取る。
アレックスはそれをやめさせようとしたが、次の言葉に驚いて、固まってしまった。
「私《わたくし》はクリス様の婚約者なの。あなたはお遊び相手と言うことをご自覚なさってね」