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お兄ちゃん

  
  
「お兄ちゃんどうしたの?」
 学校から帰ってきた恭子は驚いて、具合悪そうにソファにもたれている悟志のそばに走り寄った。
「いや、何でもない大丈夫」
 悟志は目をつぶったまま片手を上げて、恭子の心配を制した。
「でも、具合が悪いから会社から帰ってきたんでしょ」
「きょうは休んだんだ」
 恭子の問いにそう返して悟志は咳き込んだ。空気が侵されていきそうな痰の絡んだ不快な咳だった。
 恭子は昨夜、深夜までゲームに興じていた兄を思い返した。
 もう社会人なのに母に注意されるまでリビングでスマホに夢中になっていた兄を恭子は呆れて見ていた。
 試験勉強の合間にキッチンに降り、ココアを作ってすぐ二階の自室に戻ったので、恭子はその後の悟志を知らない。
 朝は朝で寝坊して慌てて出かけたので、やはり兄がどうしていたのかは知る由もなかった。
「お兄ちゃんゲームのやりすぎよ。ママが帰ってきたら、うんと叱られるわよ」
 母は早朝ばたばたと急いでパートに出かけたから、悟志が休んでいることなど知らないだろう。
「ああ、ほんとにゲームのやりすぎかもしれな――」
 げぼりと悟志が嘔吐した。
「きゃあ」
 恭子はかばんを放り出し、悟志のそばにしゃがみ込んだ。
「大丈夫、お兄ちゃん。お兄ちゃん」
 顔面蒼白の悟志は恭子の顔を少し見上げてまたうつむいた。
 兄の顔が奇妙に歪んでいるように恭子には見えた。
 縦横に伸びたり縮んだり。
 一瞬だったので何かの錯覚だろうと恭子は思った。またはそれほど悟志が苦痛に顔を歪めたか。
 悟志はげぼりげぼりと何度も嘔吐した。
 恭子は兄の背中を擦り続けた。
 嘔吐物からは動物園で嗅ぐようなにおいがする。
「お兄ちゃん、何食べたの?」
「きょうは何にも食べてない」
 悟志はうつむいたまま、苦しそうな声で答える。
 兄の全身が中からでこぼこと蠢いていることに気づいた。「ごっ、ごっ」と空嘔吐きを繰り返しているが、そのせいでそう見えているわけではない。
「お兄ちゃん、なに? なんなの?」
 恭子の問いに頭を上げた悟志の容貌はアルパカに変化していた。
 恭子は震えながら立ち上がって悟志から離れた。
「お兄ちゃん――
 お兄ちゃん、いったい何のゲームをしたの?」

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