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「えっ?!じゃ、結局聞かなかったんすか?」

クロードは執務室で素っ頓狂な声を上げた。

アレックスは緩みそうな頬を叱咤しつつ、なるべく普通の表情を作ると「ああ」と書類にサインしながら、こともなげに答えた。

「どうしてっすか?あんなに聞くの楽しみにしてたじゃないっすか」

確かに、それはそうなんだが・・・。

アレックスはあの甘いひとときの時間を繰り返し思い出していた。

華奢な身体つきに、ネイビーのセットアップがよく似合っていた。

キーネックから覗く鎖骨のラインが魅惑的で。
耳を飾るシンプルな真珠のピアス・・・ピアスごと耳をしゃぶりたい衝動を抑えるのに必死で。

なによりも、艶やかな黒目に真剣な色を帯びさせながら、写真を語る表情が美しくて、彼女の顔から眼を離せなくなったいた。

握りしめた手も、邪な気持ちのまま手を添えた腰も細くて儚い気がして、なんども抱き寄せたい衝動に駆られた。

「彼女は俺を助けてくれた人で間違いないんだ」

「えっ?!確定っすか?!なんで??」

素っ頓狂な声で驚くクロードに「ああ」と頷くと、手元の書類に視線を戻す。

クロードに話す気はさらさらないが、彼女の手を繋いだまま歩いた時に、かすかに彼女の身体からオレンジの匂いが香った。

それは、あの塹壕で自分が感じた香りと同じで、その瞬間、推測が確信に変わったのだ。

「彼女は慎重だから、もう少し距離を詰めたい」

「はぁ・・・?」

ミス・ハロルドは仕事柄ゆえか、慎重で警戒心が強い、そして男に慣れてない。
迂闊なことも安易な扱いもできないと気付いていた。

あの時に自分がヘルムナート高原のことを言ってしまえば、彼女の心の扉は開かない気がしたのだ。

「まずは、俺に慣れてもらってからだな、信頼を得て、聞くのはそれからでも遅くない」

だから連絡用のスマートフォンも渡したし、とキッパリ言った第二王子を、変わった生き物でも見るような目つきでクロードは眺めると、ボソリと口の中で呟いた。

「完全に色ボケっすね・・・」

王子に慣れろなんて、貴族の令嬢でもない限り無理だろう。
さもなきゃ、自分大好きな女優やモデルくらいに違いない。

ミス・ハロルドは平民だ。
今の時代であっても、この国では平民と貴族の関係はなにかと注目されてしまう。

この王子の行動が、おそらく今後、嵐を巻き起こすだろうことを予想しながら、クロードはかの女性を少し気の毒に思い始めていた。

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