①
ここは某所、お洒落なイタリアン。
私はお手洗いの鏡の前で、化粧直しに余念がなかった。
「ねえ、秋香。今日のお相手は、どこの社長?」
「任せて。某一流メーカーよ。」
「本当に?」
驚きのあまり、リップが唇からはみ出そうだ。
「と言っても、下請けだけどね。」
「いや、それでもいい!社長さんだったら。」
私と同期の秋香は、鼻息荒く頷いて、お手洗いを後にした。
フロアに行くと、スーツを着た男性が、秋香に向かって手を挙げた。
「お待たせしました。」
秋香も手を挙げて、応える。
一緒に座っている人も、なかなかカッコいい。
「いいじゃない、秋香。」
「でしょう?イケメン社長なんて、滅多にないわよ。気合入れて、夏海。」
「うん!」
私達は笑顔で、イケメン社長達に近づいて行った。
ドキドキしながら、椅子に座る。
「初めまして、夏海です。」
「秋香です。」
私達の第一印象は、自分で言うのもなんだけど、よかったと思う。
相手の社長さん達も、満更でもなさそうだったから。
「白石です。」
「僕は、丸森。宜しく。」
「宜しくお願いしまーす。」
私達はイケメン社長を、ロックオン寸前だった。
「何を飲みますか?」
白石さんは気遣いの人で、メニュー表を私達向きに見せてくれた。
「じゃあ、カクテルを。」
「私も。」
本当は仕事を終わって、ビールを一気飲みしたいけれど、一杯目は我慢する。
ん?
2杯目も?
「じゃあ、俺達はビールにしようか。」
「そうだな。」
でも二人が頼んだのは、普通のビールじゃなくて、黒ビール。
私は二人に知られないように、ゴクンと息を飲んだ。
「夏海、夏海。」
「えっ?」
「目線、目線。」
知らないうちに、黒ビールを見つめてしまっていた私に、秋香が注意する。
ふふふっと、口に手を当てながら笑うと、白石さんも丸森さんも、笑顔になってくれた。
ああ、この笑顔もいい!
私はテーブルの下で、ガッツポーズをした。
カクテル二つに、黒ビールが二つ運ばれてきて、私達は出会いの祝宴を始めた。
「はい。二人は何の仕事してるの?」
「アパレル関係でーす!」
それは嘘じゃない。
本当にアパレル関係に勤めていると言っても、企画部と言って決して表に出ない。
売り子さん達や、デザイナーさん達みたいに、派手な部署でもない。
「へえ。何て言うブランド?」
「ホワイトプレンとか、ユージュアルとか……」
二人の頭の上に”?”が浮かぶ。
そりゃそうだ。
私達の会社は、有名なブランドじゃない。
マイナーなプチプラのお店だ。
社長さん達には、到底目がいかないだろう。
「あ、あんまり聞いた……見た事がないブランドだな。今度、探してみるね。」
「お願いしまーす……」
あーあ。
合コンやっている時の、この瞬間が嫌。
秋香は騙すのが嫌だって言うから、本当の事言うけれど。
こう言う時くらい、嘘ついたっていいと思う。
「そう言うお二人は?」
白石さんと丸森さんは、顔を見合わせた。
「僕は、靴メーカを経営しているよ。」
と、白石さんが言うと。
「俺は、スーツ。よく二人で服と靴の合わせについて、語っているよ。」
私は、思わず手を頬に当てた。
「いやん。お二人もアパレル関係だったんですね。」
そうなると、趣味や話も合う機会が多い。
ちらっと秋香を見ると、ウィンクをされた。
「そう言えば、どうして秋香と知り合ったんですか?」
その時、秋香と白石さんが、二人で微笑んだ。
「僕の靴屋に、秋香さんがお客様としてやってきてね。意気投合したんだ。」
と言う事は、秋香の相手は白石さんって事ね。
私がちらっと丸森さんを見ると、相手と目が合った。
思う事は、一緒のようだ。
よし!
私は丸森さん狙いに決めた。
「丸森さんは、どうして参加されたんですか?」
「うーん。」
丸森さんは、飲み物を飲み干して、テーブルに置いた。
さりげなく、ウェイターさんを呼ぶ。
「すみません、同じ物を。」
「えー……」
ウェイターさんは、困っていた。
確かビールだったよね。
すると丸森さんが、メニュー表を出して何かを指さしていた。
その恰好が、なんとも悩ましいくらいにセクシーだ。
うん。
何だか、今日は丸森さんに会えて、ラッキーな気がする。
ウェイターさんが言ったところで、丸森さんが私を見た。
「えーっと、何だっけ。」
「合コンに参加した理由だよ。」
さりげなく白石さんが、フォローする。
「そうだった。ほら、こういう仕事していると、異性と知り合うきっかけもあまりないでしょ。だから。」
「へえ~。」
と言う事は、職場は女性少な目?
益々、いいじゃん。
「夏海ちゃんは?」
「私も同じような理由です。男性と知り合う機会が少なくて。」
男性と言っても、”社長”限定だけどね。
まさか、自分の会社の社長とは出会えないし。
「そう言えば、飲んでる?あまりお酒が減ってないようだけど。」
「大丈夫です!私、ゆっくり飲むタイプなんです。」
丸森さんには、大酒飲みだとは思われたくない。
私は、本当はビールをがぶ飲みしたい気持ちを押さえ、頬に手を当てた。
合コンが始まって、1時間ぐらいだろうか。
男性陣はビールから飲み物が変わった。
私達も、カクテルをお替り。
秋香と白石さんも、いい感じだし。
私も、丸森さんといい感じになりたい!
「丸森さんは、どんなタイプがお好きですか?」
「そうだな、優しくて明るい子かな。」
そんな、誰にでも当てはまりそうなタイプを、聞いているんじゃない!
私が、丸森さんのタイプかどうか、知りたいんだよー。
「ちょうど、夏海ちゃんみたいな人かな。」
「えっ……」
その時だった。
恥ずかしそうに手を口に当てようとして、カクテルを持っている事を忘れた。
ガシャーン!
目の前が、シーンと静まり返る。
「ちょっと、夏海。大丈夫?」
秋香が急いで、服とテーブルを拭いてくれた。
「す、すみません。」
私も慌ててテーブルを拭く。
気が付くと、丸森さんが自分のハンカチで、私のスカートを拭いてくれていた。
「ま、丸森さんっ!」
「早く拭かないと、シミになっちゃうからね。」
そう言って、丸森さんはニコッと笑ってくれた。
優しい!!
しかも自分のハンカチで、拭いてくれるなんて!
「あっ、私そのハンカチ、洗ってお返しします。」
「ああ、大丈夫だよ。このくらい。」
次に会うチャンスが欲しかったのに、あっさりとポケットに入れられてしまった。
「もう。夏海のおっちょこちょい。」
「本当にすみません。」
私は、丸森さんに頭を下げた。
「いやいや、あんな事言ったら、誰だってびっくりするよね。」
こんな時まで、丸森さんは優しい。
ああ、私。
丸森さんの事、好きになっちゃいそう。
でも問題は、直ぐに起きた。
「ハイボール、お持ちしました。」
「ハイボール?」
白石さんと丸森さんが、顔を見合わせる。
「誰も頼んでないけど。」
「あっ、いえ。こちらのお客様が……」
そう言ってウェイターさんが手を差し出したのは、私だった。
「あれ?丸森さん……飲んでいたのって……」
「ウィスキーだけど……」
はぁああああ。
間違って、頼んでしまったああああ。
「ハイボールって、居酒屋か。」
「まあまあ。」
肝心の丸森さんも、苦笑いをしていた。