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「それで、結局逃げられたってわけか」
アレックスははぁーと呆れたような顔で盛大に溜め息を吐くと、クロードを睨んだ。
目の前でアレックスの側近、クロードはしょぼんとした風情で立っている。
「確かに俺は非公式で会いたいといったが、そんな方法を取れとは言ってない」
「いや、まぁ、王宮に非公式で招くのって手続きが面倒ですし、招く理由もいまいちはっきりしないじゃないっすか。
殿下の私邸に連れてくるのも危険っすから、とにかく話が聞ければという感じで行ったんすけど、、、」
これじゃ相手に警戒されまくりじゃないか、、、
思ってアレックスは何度も見た報告をもう一度手元のタブレットで見た。
ロナルド・ジョーンズに貼り付けていた調査員からだ。
彼はあの日—軍に呼び出された後、ひとりの女性と会っていた。
名前はアメリア・ジョーンズ 25歳、ロナルドの姪だ。
軍本部はヘルストン市内にある。
そしてロナルド・ジョーンズが、勤務するデイリー・タイムズ本社もヘルストン市内だ。
それなのに、軍に出頭した帰りに、職場に戻らず隣の市に住む自分の姪に会いにいくのは不自然じゃないか。
ジャーナリストのくせに迂闊な行動のように思えたが、どうしても知りたいことが有って我慢できなかったのなら・・・わざわざ会う姪の存在が気になった。
アレックスが注目したのは一際目立つアメリアの容姿とその経歴だ。
ロナルドと腕を組んで歩いている写真では、漆黒のストレートヘアにスラリとした華奢な身体であることが分かる。
背はドルトン人の子供と同じような高さで160センチもないだろう。
顔つきはパスポートとI.D.カードの写真から見るとエキゾチックな美人に見える。
印象的なのは黒髪と同じ黒くてきららかな瞳とぽってりした唇。
ドルトン人の父親と日本人の母を持つハーフだが、派手さはないが、その美しさは際立っているように感じた。
そして、その経歴。
13歳までは家族で日本に暮らしている。
その後、母の死をきっかけにドルトン人の父と一緒にグレート・ドルトン王国へ帰国。
アレックスが確信したのは、このくだりだ。
父親はフリーの報道記者、主に従軍記者として数々の戦地に赴き活動。
娘が20歳の時に、モンストン自治区の銃撃戦に巻き込まれ死亡。
従軍記者の血を引く娘なら同じことをしていても不思議ではない。
そして、父親の名前は「ハロルド・ジョーンズ」
もう決まりだろう。
アメリア・ジョーンズはこの国ではフリーのWEBプログラマーとして生計を立てている。
それが本当とは限らない。
メディアに関わる人間は時として裏の顔も裏の裏の顔も持つのはあり得る話だ。
アレックスは彼女が2ヶ月前のヘルムナート高原の襲撃時にどこにいたのか調べていた。
彼女はこの国にはいなかった、、、そう聞いた時は喜んだのだが、それは一瞬で。
アメリア・ジョーンズは日本に1ヶ月帰っていた。その間、日本を出国した形跡は見られないとの報告だった。
落胆はしたが、彼女はまだ秘密を持っている、、、そして探し人が彼女であると、アレックスは確信していた。
心当たりはあるか———そうウィリアム卿に問われて、あの時一瞬ロナルドの瞳が揺らいだのは
その場にいた全員が気がついていた。
彼はきっとこの姪を思い出し、そして彼女を守るために、ない、と答えたのかもしれない。
そこまで考えてしまうと、辻褄があってしまって、逸る気持ちから馬鹿なことをクロードに命じてしまった。
彼女をなんとか連れてこい、と———。
話しをしたかった気持ちが、悪い方向に向いてしまった。
「いや、分かった、クロード。お前は何も悪くない。
確かに理由がはっきりしないのに会わせろという方が無茶だった・・・悪かったな」
珍しく人に命令することに慣れてる王子が謝ったことにクロードは慌てた。
「いやいや!!殿下、油断してたオレが悪いっす!!すみません!!とんでもないじゃじゃ馬ですよ!!あの娘。」
そしてクロードはアレックスにとっては決定的な一言を付け加えた。
「いやーあの蹴り、傭兵みたいに無駄がない動きでびっくりしたっす!!」