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帰る叔父を駅まで見送り、部屋に戻った真理は大きなため息をついた。
想定外だった、まさか軍が負傷兵の発見連絡をした人間を探すなんて。
今まで聞いた話では匿名は特に調べない、わからなければ善意の奉仕としてスルーされるのが慣例だ。
真理はスマートフォンの写真フォルダを開いて一枚の写真に目をやった。
あの日、唯一撮った一枚だ。
懐中電灯の淡い光の中で、自分の膝の上で穏やかに眠る兵士の横顔。
真っ暗闇の中、ほのかな光に照らされて撮ったそれは、兵士の彫りの深さを陰影をつけて際立たせている。
兵士の処置も終わり、救助が来るまでの数時間、手持ち無沙汰で撮った一枚だったが、存外、真理はこの写真を気に入っていた。
アメリア・矢萩 真理・ジョーンズはフリーの報道カメラマンだ。
表向きは、このグレート・ドルトン王国でフリーのWEBプログラマーをしている。
裏というか本職は、亡くなった父の意志を継いでフリーの報道———戦地をメインとする戦場カメラマンとなった。
グレート・ドルトン人の父と日本人の母を持つ真理は二重国籍であることうまく利用して戦場カメラマンをしている。
理由は「危険」だからの一言に尽きる。なるべく身バレしないように警戒をしているからだ。
初めて、彼女が戦地に行きたいといった時、叔父のロナルドは激しく反対した。
今や戦地は無法地帯、敵に捕まれば男性、女性の区別なく残忍な方法で取引の交渉材料に使われた挙げ句、拷問を受けたり殺されたりしてしまう。
そして、そう言った姿が動画サイトでアップされるのは日常茶飯事だ。
反対しまくる叔父を説き伏せることができたのは、あくまでも一番危険な地帯には入らない、戦場跡を辿るだけだと約束したことと、撮影した写真の発表は全て叔父が編集長を務めるドルトン一の高級紙「デイリー・タイムズ」だけにしたから。
女性であることがバレないよう、父の名前【ハロルド】で発表する写真はいつも弱者に寄り添い、その心の悲しみや悲哀、慟哭を切り取り、観る者の心を揺さぶる。
戦地に黒髪のアジア人のような女性カメラマンがチョロチョロしていれば、素性を隠していても人目にはつきやすい。
当然ながら、従軍するときには「日本人 矢萩真理」として活動しているので、いくらハーフっぽく見えても、誰も自分をグレート・ドルトン国の人間だとは思わない。
【ハロルド】というカメラマンと同一人物かという詮索はなかったが、いつしか黒髪の女性ジャーナリストが多国籍軍に従軍すると勝利するという噂はまことしやかに流れた。
もちろん真理もそれは知っていたが、それはただのセンチメンタルめいた噂だと気にも留めずにいる。
大事なのは自分が【ハロルド】であるということ、【ハロルド】が女性のフリーカメラマンであるということ、そしてグレート・ドルトン国籍を有していることがバレなければそれでいいと今までは思っていた。
真理はカメラマンとしての活動が、自分を取り巻く環境や境遇で制限されることを何よりも嫌っている。
だから名前も素性も隠す。
自分が写す風景が、女性である、ハーフである、父親が戦地で亡くなっている、そう言ったことで先入観が入ってしまわないように。
真実が真実として正しく観る人に伝わっていくように、そう願って。
だが、、、
真理はスマートフォンを落とすとホッとため息をついた。
グレート・ドルトン軍が自分を探している。理由はわからない。
あの兵士を助けたのは失敗だったのだろうか、それとも本当に褒賞を授与したいのだろうか、、、。
いずれにしろ厄介なことになった。
「困ったわね、、、」
しばらく日本に戻ろうか、、、そんなことを考えながら、真理は嫌な胸騒ぎがするのを感じていた。