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ロナルド・ジョーンズが部屋を出るのとほぼ同時にそれまで何一つ音もせず閉じられていた続き部屋のドアが乱暴に開いた。
「だから違うって言ったじゃねぇか」
不機嫌に眉を顰め、イライラしたように自分の頭を掻きむしりながら入ってきて、乱暴な物言いをする。
ウィリアム卿はやれやれと言った感じでそれまでの冷静な顔つきから、いたって普通の穏やかな表情に戻すと、部屋に入ってきた青年を諌めた。
「アレックス殿下、行儀が悪いですぞ」
「ふん、何も解決できなかったジジイに説教なんかされたくないね」
怒り心頭といった面持ちだ。
「しかもあの野郎、俺のこと頭悪いっていいやがって。いいたい放題だ」
「まぁ、それは事実ではないかと。あんな命知らずな作戦は許されませんからな」
軍歴40年の司令官に、そこまで言われると言い返せもせず、彼はフンっと鼻を鳴らした。
悪態をつきまくり、ふてくされた態度を取る青年にたまりかねて、ウィリアム卿のそばに控えていた側近が口を挟んだ。
「殿下、思い通りにならないからってカリカリしないでくださいっす、初めから分かっていたことじゃないっすか」
「あー、お前誰に言ってんだ」
「もちろんアレックス殿下にですよ」
青年と同じ年頃と思しき側近が、やれやれといった風に軽口で返した。
そんな応酬に青年はさらに不機嫌にヒクリと頬を引攣らせる。
そう、アレックス殿下と呼ばれる青年はこの国の王子だ。
クリスティアン・アレクサンダー・アール・デイビッド、27歳。
このグレート・ドルトン王国の王位継承第2位の王子であり、軍人でもある。
「俺を助けたのはあんなムサイ男じゃねぇよ。女だって言ってんの」
「とはいえ、名乗った名前はロナルド・ジョーンズでしたからね、、、」
顎をさすりながらウィリアム卿が答える。
「でもあの音声聞かせても、嘘をついているようには見えなかったな」
アレックスは隣の部屋で、モニター越しに見ていたロナルドの様子を思い出しながら言った。
ー君からだー
そう言われた時は激しく驚いていたが、あの音声を聞いた後は、ひどく、それこそ変わり身が早いと思えるくらい冷静だった。
確かに嘘はついてない、それははっきりわかる。
だが・・・
「心当たりはありそうだったな。もちろん付けてるな?」
王子の言葉に恭しくウィリアム卿が頭を下げた。
「はい、付けております。泳がせてなにかわかりましたら、すぐにご報告いたします」
「あぁ、よろしく頼む。・・・俺の命の恩人だからな」
アレックスは手がかりが消えてないことを祈りつつ嘆息した。
*****
それはそれは丁重に軍司令部から送り出されると、ロナルドは気持ちを落ち着かせるために手近なカフェに入った。
席に着きコーヒーを啜りながら、先ほど聞かされた音声を思い出す。
衛星無線の通信状況が悪いのか、ガーガーガーというかなり耳障りなノイズ音に混じって男の声が聞こえてきた。
どうやら軍の人間のようだ。
————こちらアクセスポイント 567.890.143.westcasted
そちらの所属と名を名乗れ————
しばしの沈黙の後、コンタクトを取ってきた人間が話し出す。
———こちら多国籍軍所属、従軍記者 ロナルド・ジョーンズ I.D.は892/grout-0065ーーー
驚いた!!!
確かに自分の名前で、I.D.コードは従軍するときの自分のものだ。
ーーーミスター・ジョーンズ、I.D.確認。用件を言えーーー
またガーガーとノイズ。そして相手が応答した。
ーーー王国軍の負傷兵を発見。救助要請する。
I.D.は0110/97/cars/ryーーー
そのI.D.が流れた時、一瞬ざわりと軍の中でどよめきが起きたように感じられた。
ーーーミスター・ジョーンズ、発見感謝する。状況を説明せよーーー
ーーー右脇腹に深い刺し傷あり。出血多量により意識混濁。応急処置を行った。座標は今信号を送ったーーー
ーーー了解、場所を確認した。周辺は安全かーーー
ーーー敵の姿は無い。救助には支障ないと思われるーーー
ーーー了解、救助班を今出発させた。到着まで3時間、持ちこたえてくれーーー
ーーー了解ーーー
そこで音声は終わった。
同じように耳を傾けていたウィリアム卿が「君の名前だったろう」と言った。
確かに、自分の名前、自分のI.D.
「だが、俺の声じゃない」
「そうだな、声は音声を解析したがどうも変えているらしい」
ロナルドはその答えに顔を顰めたものだ。
「連絡してきた奴はいなかったんだな」
「うむ。いれば、わざわざ君を読んだりはしない」
ウィリアム卿はロナルドをバカにしたような口調で答えると続けた。
「救助班が到着した時には、その負傷兵だけだった。
丁寧に応急処置を施してくれていたお陰で一命をとりとめた。なので、何としてもお礼を言いたいのだよ」
ロナルドは自分が巻き込まれたことに困惑したままかぶりを振ると「なら衛星無線を辿ればいいじゃないか」と言う。
衛星無線は持ち主を割り出せるはずだ。
「それもしたがね、、、とても頭の良いロナルド氏でね、、、彼は5つの衛星を経由させて我々が辿れないように巻いたんだ、何かしらのプログラムを使ってね」
肩をすくめてやれやれ感を出しながらウィリアム卿は真っ直ぐにロナルドを射抜くようにみて続けた。
「ミスター・ジョーンズ、君がこの人物でないことは我々も確定した」
やっと解放されるな、と思い、やや脳天気にロナルドはうんうんと頷いた。
次にウィリアム卿が尋ねたのは
「自分の名を騙る困りものの心当たりはないかね」だった。
「心当たり、か、、、。」
冷めてきたコーヒーをグッと飲み干すとロナルドは呟いた。
ウィリアム卿にはないと言った、、、不確かなことは言えない性分だからだ。
「ないわけじゃないんだがな、、」
顎をさすりながらどうするかを考える。
おおかた、尾行をつけられてるだろうし、もう自分の通信機器類は盗聴されている可能性も高い。
ロナルドはどうしても心当たりを確認したくなっていた。
真実を知りたい記者根性がウズウズするのだ。
「自然が1番だな」
色々考えを巡らせたあげく、ロナルドはそう呟くとスマートフォンでメッセージを送っていた。