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二十三話 狂節の『呪言』

「後ろじゃ! そやつまだ生きておるぞ!」


 小太郎の声に、壮年の風魔衆がすぐさま反応し、ふりむきざまに狂節の胸に忍刀を突きさす。
 だが今度は狂節の動きはとまらなかった。刀がより深く刺さるのにも構わず、前に進み出て壮年の風魔衆の肩を掴み、のしかかるように喉元に噛みついた。
 壮年の風魔衆の口から悲鳴があがる。


「おのれ、死にぞこないめ」


 若い風魔衆の一人が、狂節の首めがけて忍刀を真一文字にふるい、狂節の頭と胴を斬り離す。
 恐るべきことに、それでも狂節の体は倒れない。倒れたのは喉元に狂節の首を残した壮年の風魔衆の方だ。どうっと音をたてて仰向けに倒れる。
 残された胴体は、まるでそれが意志を持っているかのように、首を斬り離した若者に向きなおり、眼もありはしないのに正確に若者に向かって歩きだした。
 小太郎が狂節の背中に棒手裏剣を命中させるが、首を斬られても動く体がそれでとまるはずもない。
 胴体だけの狂節が、金縛りにあったように動けなくなった若者に掴みかかり押し倒す。若者が悲鳴をあげ暴れだしたが、跳ね飛ばすこともできずに、狂節に肌を掻きむしられる。
 若者を助けに行こうとした小太郎の足を、別方向からあがった悲鳴がとめた。
 狂節に喉を噛みつかれた壮年の風魔衆が、いつの間にか立ちあがり、喉に狂節の首をつけたまま、狂節に怪我を負わされた風魔衆に肩を貸していた若者に噛みついていたのだ。若者が叫びながら、壮年の風魔衆の腹に刀を突き刺す。刃が背中から突き出たが、壮年の風魔衆はまったく意に介さない。
 肩を借りていた少年は投げ出され、泣きながら這ってその場を離れる。
 なにが起きているのか把握できない小太郎が、視線を狂節の体に戻すと、こちらも理解できない状況になっていた。
 先ほどまで襲われていた若者が、狂節の首なし胴体と並び立っていたのである。若者の目から光は失われ、体のいたる所から血を流したまま、小太郎に歩み寄ろうとする。隣の首なし狂節も同時に小太郎に歩み寄ろうとしたものだから、二人はぶつかり合い、もつれ合って地面に転がりあう。


「小太郎様、離れてくださいまし!」


呆然としていた小太郎を現実に引き戻したのは、乙霧の鋭い一喝だった。


「これが『呪言』とやらの力に相違ありません。彼らに触れられてはいけません。呪いに巻き込まれます。煎十郎様、時雨様も、そちらの坊やを連れて先にお逃げください」


言いながら小太郎達とすれ違わぬよう、街道の脇にずれる。


「どうすればよい。策はあるか」


 一足飛びに狂節達から離れた小太郎は、這っていた少年を助け起こすのは煎十郎に任せ、乙霧に問いかける。


「小太郎様は一足先に小田原へ戻り、この街道の城下手前に彼らを落せるような穴を掘らせてください。それから、彼らを燃やせるように、油と火矢の用意をお願いいたします。できれば彼らを突き離せるような長い棒も皆に持たせてください」

「そなたはどうする?」


 煎十郎達を押すように乙霧の前を通り抜けながら、小太郎は言葉を投げる。


「私は、あの方達が他の場所に行かぬよう引き寄せながら戻ります」

「そ、それは危険です! あれはどんな病かわかりません。治せるかどうかも……」


 煎十郎がそう声をあげると、乙霧の声が明るいものになった。


「まあ、心配してくださるのですね。嬉しいです。ですが御心配には及びません。ほら、すでに彼らはついてこれなくなっております」


 小太郎が振り返ってみると、確かに壮年の忍びに襲われた若者も含めて四人、こちらに向かっては来ているが走ってはいない。その動きは酷く緩慢である。こちらは小太郎以外、一流の乱波とは言えない走りだが、それでも追いつかれはしまい。


「それに……先ほどの倒れる様をご覧になったでございましょう。知恵あるものの動きではございません。逃げに徹すればつかまることはございますまい」


 乙霧はですがと顔を曇らせる。


「放っておけばどこに行くかわかりませんし、病……いえ、呪いが移るのがあまりに早い。なにも知らぬものが襲われれば、呪いが拡がりかねません。見失う前に始末をつけねば」

「わかった。囮は一人でよいな。わしは先に行くが、お前たちもできる限り急げ」
 

 他の三人にそう声をかけ、小太郎は迷わず足を速めようとした。

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