第六十七話 マナベ商会出張所
各ギルドの関係者を呼び出して、セーフエリアに宿屋と商店を、ホームの運営で展開することを考えていると告げる。
同時に、ホームのメリットやデメリットを説明する。一種の新店舗を展開する時のプレゼンだ。
一通り説明を終えた俺に、グスタフが代表して質問をしたいと言い出した。そのために、プレゼンが終了してから2日後に打ち合わせを行う事になった。
グスタフに指定された時間にギルドを訪れた。
「マナベ様」
「なんだ?」
資料は作っていないようだ。
グスタフの正面に座ったら、質問が始まった。
出された、果実水を飲みながら、質問に答える。
「お考えは解りました。しかし、大きな問題が残されています」
「なんだ?」
「マナベ様のメリットが提示されていません」
「俺?ホームからダンジョンで死ぬ奴を減らしたい」
「それは伺いましたが、ホームのメリットで、マナベ様のメリットではないと考えます」
「十分なメリットだぞ?それに、説明した通り・・・。できるのは、マナベ商会の出張所だ。買い取った素材の第一優先権はマナベ商会にある。これは大きなメリットだと思うぞ?」
話を、商会のメリットに絞って考えさせれば、十分だ。
個人的なメリットなんて最初から求めていたら、話が進まない。
「いや、それでも、宿屋の料金が安めに設定されています」
「それも、説明したが、実際の物資を運ぶ際の人件費と物資の値段。損耗率を5割として考えた数字だ。商会に損はない」
「そうでしょうが・・・。でも、マナベ商会の出張所に、冒険者ギルドと商業ギルドの職員を派遣してもよろしいのですよね?」
「あぁ問題ない。それに、冒険者がマナベ商会に売るか、冒険者ギルドや商業ギルドに売るか選べるほうが健全だろう?」
「はぁ・・・。本当にやるのですか?」
「そのつもりだ。冒険者ギルドと商業ギルドが乗ってこないのなら、俺たちホーム専用にするだけだ」
「・・・。わかりました。半年ほど待ってください。本部に許可を求めます。商業ギルドも同じです」
「わかった。準備と実験を行う。結果は、都度、公表する予定だ」
「準備は解るのですが、実験は何をするのですか?」
「簡単な確認だよ・・・」
プレゼンのときには言わなかったのだが、ダーリオに聞いても、他のホームに聞いても知らないと返答が来た事がある。
ダンジョンで実験をしようと思うホームは少ないようだ。
建物をセーフエリアに建てても大丈夫なのかが誰もわからなかった。
セーフエリアで休む時にどうしているのか確認したら、そのまま横になって休むか壁に寄りかかって休む程度だという話だ。女性が居るような場合では、布で仕切りを作る場合もあると言っていたのだが、休んでいるパーティーメンバーの上に布を掛ける程度で必ず見張りが居る状態を作っているようだ。
パーティーだけで専有しても良いセーフエリアの場合には、セーフエリアの入り口に布を垂らして中が見えないようにしてから休むと言っていた。
まずは、セーフエリアに建物を作ってもダンジョンに吸収されてしまわないか、確認する必要がある。それほど心配はしていない。ダンジョンに潜っているものから、セーフエリアでは荷物を置いておいても吸収されないと聞いていたからだ。セーフエリア以外では、床に長時間、放置しておくと吸収される場合があるらしい。
計画の大前提がこのセーフエリアに建物を作る事だからだ。
次に、リヤカーの実証実験だ。
リヤカーの耐久性や荷物の運搬を実験する必要がある。簡単に算出した物資を、導き出した人数で運搬できるのかを確認する必要がある。
他にも、運搬に適した通路の確定などやることは意外と多い。
実験とは違うが、商隊が使っている”魔除け”の魔道具の効果を確認しておきたい。
魔除けの効果はなかった。
ダンジョンの魔物には、効かないようだ。これは、想定内だから残念ではあるが、しょうがない。確認して起きたかっただけなので、問題はない。
ダンジョン内の移動にも、大きな問題はなかった。
試しに5階層のセーフエリアに小さな建物を建築した。その過程で判明したのだが、魔力を纏っている物は吸収されずに残る場合が多いようだ。セーフエリアで荷物が吸収されなかったのも、セーフエリアに到着するまでに、魔核を得て袋に入れている。そのために、吸収されなかったのだ。
建物も同じで、魔力を纏わせていれば吸収されない。基礎に使う石に魔核を埋め込む。名前がなかったので、魔石と呼称するが、クズ魔核で十分な効果が得られるのが実験から判明したので、クズ魔核を魔石に加工する。建材として魔石を敷き詰めるだけで、建物が吸収されなかった。
ホームで冒険者にも、この事実を公表した。
今まで、不思議におもっていた内容の発表がホームから検証データ付きで公表された。この事実は、冒険者ギルドだけではなく、商業ギルドも、ダンジョンでの行動には必要になってくる情報なので、広く告知した。ホームの名声が高まる結果となる。
情報の告知から、冒険者ギルドも商業ギルドも協力的になった。リヤカーの実証実験は、商業ギルドが率先して行っている。行商に出かける時に、馬車の購入が難しい個人でも、リヤカーなら購入できる。馬にリヤカーを牽かせる道具の開発も始まっている。
5階層に作った小屋は、誰でも使えるように整えた。ホームとしては、15階層と25階層に建物を作るのが目的だ。
冒険者ギルドと商業ギルドは、どっかの皇太孫が口を挟んだことで、思っていた以上に早く返事が来た。
そして、5階層の小屋で試験的に物品の買い取りを始めた。
そこで嬉しい誤算が発生した。
魔石をまとめて置いておいた場所に、地上に移動できる”魔法陣”が現れたのだ。通常の魔法陣と違って、生命があるものや”魔力”を纏っている物は運べないようになっている。原因も理由も不明だが、荷物の運搬が問題なく行われる。それだけでも大きなメリットとなった。5階層と15階層と25階層に”魔法陣”が現れた。それ以外の場所で同じようにしても現れなかったので、何か理由や条件があるのだろう。
セーフエリアに荷物だけだが移動できる手段は、ダンジョンの活性化につながった。
どこかの皇太孫の後押しもあり、実験的に、ホームの出張所がダンジョン内に作っても良いという特例通知が来た。
15階層と、25階層の出張所には、宿屋を併設した。安心して休める場所として提供する。値段も、ウーレンフートの街よりは2-3割り高い値段にした。ホームの余剰になっている者たちを派遣できる場所にもなっている。
出張所が機能し始めると、損耗率が目に見えて減っていった。
武器や防具の損傷が少ない状態で、出張所でメンテナンスが受けられるので、冒険者が無茶をしなくなった。
また、魔核だけではなく、素材の買い取りがダンジョン内でできるのは、冒険者に取っても助かるのだ。荷物になってしまう素材は、ダンジョン内に捨てておくことが多かったが、今は、出張所に持ち込めばいい。荷物が少なくなって、なおかつ、売却することで、資金も手に入る。出張所で食事や睡眠を取り、またダンジョンに挑むのだ。効率がよくなっている。
冒険者の損耗率が減ったのには、ダンジョン内で休憩を取られるようになったことも影響している。皆が無理をしなくなったのだ。稼ぎの為に、深い階層の魔核や素材を持ち帰っていたが、浅い階層でも買い取りの量が増えれば、それだけ稼ぎもよくなる。無理しなくても、懐が潤うのだ。
冒険者が潤えば、街に落とす資金も多くなる。
ウーレンフートは、一つのホームがもたらしたことで、街全体がうるおい始めている。
出張所が、マナベ商店のホームだと知れ渡っていたので、他のホームのメンバーからは猜疑心を持って迎えられたのだが、冒険者ギルドや商業ギルドの職員が常駐するようになって、疑う気持ちが少なくなっていった。
ホームのメンバーも、相場を見ながら、冒険者ギルドに買い取りを依頼したほうがいいのか?商業ギルドに依頼した方がいいのか?それとも、ホームであるマナベ商会に卸したほうがいいのかを選ぶようになってきた。
思惑通りに、進んでいる。
報告書を読みながら、俺は本格的にダンジョンの攻略に乗り出す。