第六十二話 皇太孫?
翌日行動する事にした。
施設を見て回っただけではなく、孤児院を見に行ったときに子供たちに夕ご飯を一緒に食べないかと誘われた。言葉は”誘われた”で間違っていないのだが、俺が居ると院長たちが料理の質を少しだけ上げると思ったのだろう。しっかり者の子供が多い孤児院なのだ。
それでも良かったのだが、今後のことを考えて厨房にお願いをした。料理は”いつもどおり”でかまわないと伝えて、その代わりに食後にデザートを出してもらう事にした。
「マナベ様。よろしいのですか?」
「あぁ子供には腹いっぱい食べて欲しいからな。それに、たまには、デザートもいいだろう」
「わかりました」
「頼む。今日の食事みたいに、料理の質は同じでも食後にデザートがつけば満足度も違うだろう?」
「そうですね。それと、マナベ様がご一緒だったので、子供たちも喜んでいました」
「それなら嬉しいよ。また来る」
「お待ちしております」
孤児院を出る頃にはいい時間になっていた。
セバスやダーリオやヘルマンやベルメルトには、ホームに俺の部屋は必要ないと言ってある。どうせ、ダンジョンに潜る時間がとれるようになればダンジョンの中で過ごす事が多くなる。そして、いつまでもウーレンフートに留まるかわからない。4人にはその事も伝えてある。承諾はしてくれたが納得はしてくれていないのがわかる。ヘルマンの宿に俺が泊まる専用の部屋が用意されているからだ。必要ないと言ったのだが、4人だけではなく
「最高級の部屋を用意しているだけです。旦那様が使わなくなったら、陛下や皇太子様や皇太孫様が来られたときに使って頂く部屋です」
と、言われたので承諾するしかなかった。
俺の部屋になってしまっているが荷物があるわけではない。
ツアレが用意してくれた服や装飾品があるだけだ。あとは、街の有力者から届けられた
机の上にきっちりと並べられている
エヴァの事は--同じ
セバスとダーリオとヘルマンは表から素性を調べて、ベルメルトが裏の事情を調べる。
俺に女をあてがおうとした連中は信頼度を1つ落としたランクから始めてもらう事にした。
一日の報告をセバスから聞いてから、ベッドに横になるとすぐに睡魔が襲ってきた。
抗うことなく目を閉じて、眠る事にした。
小鳥の声で目を覚ます。
部屋の前で控えていたメイドに声をかけて、ヘルマンを呼んでもらった。
「ヘルマン。アルバンは居るか?」
「・・・」
「ヘルマン!」
「旦那。すまん。注意していたのだが、昨日から姿が見えない」
「そうか、わかった。すまない。嫌な役をやらせてしまった」
「いえ、それはいい。でも、どうやら旦那の言っていたのが本当のようだ・・・」
「そうか、姿が見えないのか・・・」
間違いないようだ。
どこの貴族が放った間者なのかまではたどり着いていない。アルバンが、情報を集めていたのは間違いないようだ。その情報を、街の娼館に居た者に流していた事も把握できている。ただ、糸はそこで切れてしまっている。俺がホームを把握したときには、娼館に居た女性が消えていた。殺されたわけではなさそうだ。居なくなっていたと報告が上がってきた。正確には娼館の遊女ではなく、遊女に化粧をしたりする猫族の女性だ。猫族だという事もあり、遊女には向かなかったのだろうと報告されている。
そうか、アルバンは逃げた・・・のか。背後関係が明らかにできなかったのは残念な事だけど、なぜか憎めないところがあった。
「旦那」
「問題はない。別に、ヘルマンが悪いわけじゃないだろう」
「そう言ってもらえると・・・」
「そう言えば、アルはどうしてヘルマンのところに来た?」
娼館に居た女性が預かってほしいと連れてきたという事だ。
下働きが欲しかった事もあって、お試しで働かせたら問題なかった事から、住み込みの丁稚として雇う事にしたようだ。
「何かわかったら知らせてくれ」
「わかった」
姿を隠したのか・・・。それとも、報告に向かったのか・・・。
それならそれでいい。次に姿を見た時に対処すればいいだけだ。疑惑が強まっただけだ。
ヘルマンを下がらせてから、ホームに作った執務室に向かう。
応接室と兼ねているのでそれなりの広さがある。必要性は感じなかったのだが、皆から絶対に必要だと言われた部屋だ。客が来た時に、ヘルマンの宿や食堂で会うのは”まずい”と言われて承諾した部屋だ。
執務室に入ると、セバスがすでに来ていた。
口頭で聞いた報告がまとめられている。
そのときに出した指示の確認に来ているのだ。
なにか予定が差し込まれた時には、スケジュールの確認をしてくれる。
「旦那様」
「どうした?」
「冒険者ギルドのグスタフ殿から連絡がありました」
「先触れが着いたか?」
「いえ、先触れではなく、ご当人がすでに到着されたという事です。それで、旦那様に同席して欲しいという依頼です」
あいつら・・・。
俺を驚かすつもりだったのだろう?それとも、違う理由があるのか?
会えばわかるか?
「わかった。ギルドに行こう」
「はい。護衛に、ダーリオたちをお連れください」
「護衛?」
「はい。お願いいたします。旦那様がお強いのはわかっておりますが・・・」
「わかった、ダーリオを呼んでおいてくれ。着替えてから、冒険者ギルドに向かう」
「かしこまりました。ツアレ。旦那様のお着替えを頼みます」
ツアレがメイドを二人連れてきている。
俺の着替えをしてくれるようだが・・・。任せるか?その方が良さそうだな。
着替えを済ませて、ホームの正面に行くと、馬車が用意されていた。
ハンフダとハンネスが御者台に座っている。歩いても、10分位の場所に行くのに、馬車を使うのか?
ダーリオも正装ではないがいつもの冒険者の格好ではなく、小綺麗な格好に大盾を背負った状態で待っている。仰々しい。
「馬車で行くのか?」
ダーリオとセバスがお互いの顔を見て、セバスが一歩前に出た。
「旦那様。”ランドルのように振る舞ってください”とはいいませんが、皆の目標になるようにお願いいたします」
少しだけ、本当に少しだけ、日本に居た時のことを思い出した。
”上に立ったのなら、それなりの格好をしろ!”
旦那だったな。そういう自分は、汚いツナギを着てV-MAXなんて乗り回していたくせに・・・。俺のType-Rを貶してくれたよな。
「わかった」
馬車に乗り込む。
中には、アンチェとヤンチェが座っていた。ダーリオは外を歩いていくようだ。
「旦那様。武器をお預かりします」
今日、身につけているのはいつもの刀ではない。
アンチェが手を差し出してきたので、短剣を渡す。それを見て、ヤンチェが自分たちの武器を床に置いた。馬車がゆっくりと動き出した。
歩く速度とそれほど変わらない。
「なぁ街の様子が変わったのか?それとも、俺が変わったのか?」
「え?」
「いや、街が明るくなっているように思えたからな」
「それは、旦那様のおかげです」
「俺?」
「はい。街の人間たちは、ランドルやギルドの上層部を恐れていました。私たちのような者たちにも腫れ物に触るような対応でした。ですので、私たちはホームから出ないで過ごしていました」
ドヤ顔で説明されたが、それだけじゃわからない。
ヤンチェを見ると俺の考えを悟ってくれたのか補足説明をしてくれた。
すごく簡単にまとめると、ランドルのホームに属しているというだけで同類に思われてしまっていたのだという事だ。
ランドルや
そのランドルやクズを俺が一掃した。
街としてもホームが変わった事も実感として感じてくれているのだろう。
「そうか、それで明るくなっているのだな」
「うん」「はい」
二人の笑顔も見られたから良かったと思っておこう。
街の中から笑い声が聞こえるのはいい事だ。俺がやった事だけど、この一点だけでも良かったと思っておこう。
ゆっくりとした動きで馬車はウーレンフートの街を進んでいく。
喧騒が聞こえてくるが、嫌な声ではない。心地よいと思えてしまう。そうだ、王都の学校で過ごしていた時に近いのかもしれない。アンチェとヤンチェの位置にラウラとカウラが居て、カウラが昼ごはんや夕ご飯のことを話してラウラにたしなめられる。
二人を見ているとなぜか懐かしい気持ちになってしまう。
「旦那様」
「悪い。何?」
「いえ、もうすぐ冒険者ギルドです」
「ありがとう」
馬車が静かに停まった。
扉が開けられて、ダーリオが周りを警戒しているのがわかる。
名前は忘れたけど、ホームのメンバーだったと記憶している奴がギルド職員を連れて出てきた。先触れとして、ダーリオが走らせたのだろう。
「マナベ様。お待ちしておりました」
最近よく会うギルド職員が出迎えてくれた。
「それで?」
「はい。皇太孫様とフォイルゲン辺境伯令嬢とシュロート様がお待ちです」
一瞬誰のことを行っているのか考えてしまった。
そうか、皇太孫だったな。クリスも辺境伯令嬢だったな。ギルに関しては完全に忘れていた。そう言えばそうだったな。
「わかった。急ごう」
「ありがとうございます」
ギルドの職員に案内されて、ギルド長の部屋・・・を通り過ぎて、奥にある応接室に通された。
俺とダーリオのみだ。ダーリオは武装を解除していて、従者のように振る舞っている。俺が持っていた短剣は、入り口に立っていた懐かしい者に渡した。
そりゃぁユリウスが来ているのだから護衛として来ているのだろう。
ハンスが扉の前に居たのなら、中にはギードが居るのだろう。
「シンイチ・アル・マナベ殿。どうぞ中にお入りください」
「ありがとう」
ハンス。やりづらいぞ!
しょうがないよな。今は、一介の冒険者だ。指示に従う事にする。
中から扉が開けられた。
ダーリオは、扉の前待つことになるようだ。ハンスが俺と一緒に部屋に入ってくる。
・・・。お前たち・・・何をしている?
ザシャとディアナとイレーネまで一緒に来たのか?
丁寧に、侍女の格好までしている。イレーネは、確か男爵家の令嬢だよな?問題にならないのか?
ユリウス。ニヤニヤするな!
「初めて御意を得ます。シンイチ・アル・マナベです」
「ユリウスだ。今は、訳合って家名を外している。無作法を許されよ」
「わかりました。ユリウス様」
クリスとギルを見る。
二人も、同じように名乗りを上げる。
ウーレンフートの冒険者ギルドにはまだ正式なギルド長は就任していない。
仮としてエフラインがギルド長の役目を担っている。
グスタフが口を開く。
「エフライン殿。ここは、私とマナベ様で対応します。通常業務に戻ってください」
エフラインは、”え?いいの”みたいな顔をしたが、皇太孫と辺境伯令嬢と王都の大商家の跡取りの相手はしたくないのだろう。
グスタフの言葉をそのまま受け取って、皆に挨拶だけして部屋を出ていった。
「ユリウス様。私も中座いたします。表に控えていますので、詳細が決まりましたらお声がけください。ホームの事は、全てマナベ様に決定権があります。冒険者ギルドと商業ギルドと職人ギルドは、マナベ様の決定に従います」
そう言って懐から6枚の羊皮紙を取り出した。
各ギルドの委任状になっている。文章が姑息だ。受け取った時点で効力が発揮するようになっている。俺とユリウスに一通ずつ渡してグスタフは部屋から出ていった。さり際にテーブルの上に魔道具を置いていった。”遮音の魔道具”でこの部屋の声を外に漏らさないようになると説明された。
はぁ・・・。いろいろやられたな。
最初からの筋書き通りだろう。
「エヴァじゃなくて御免なさい」
イレーネが珈琲を俺の前に置きながら話しかけてきた。
「あぁ全くだ。それでユリウス。いつまでこの茶番は続ければいい?」
「アルノルト様!」
「何でしょう、クリスティーネ様?」
「クリス。いい、俺が話す」
ユリウスが深く腰掛けていた状態から身体を起こす。
「アル。すまない」
「何を謝る。今回の件は、ライムバッハ辺境伯の失策から始まった事だ。お前達が知らなくても当然だろう」
「違う。俺たちは・・・。正確には、俺とクリスは情報を持っていた」
「は?どういう事だ?」
ユリウスが、従者が使う部屋の方を向いて声をかける。
「おい。入ってこい」
女性と子供が入ってくる。
女性は初めて見る顔だが、猫族だという事がわかる。子供はよく見た顔だ。