第二十七話 救出劇
連れて行かれた部屋では、数名の生徒と先生方が話していた。
「遅くなりました。特待生クラスのライムバッハ。アーベントロート。フォイルゲン。3名を連れてきました」
「クヌート先生。ご苦労様です」
確か、校長だったよな。
名前は・・・忘れた。まぁ校長先生と呼びかければ問題無いだろう。
今は、状況を注視する方が大事だろう。
”火付け現場”では、後から来た人間は質問もしないほうがいい。前のめりになるにしても、相手から頼まれて作業に加わる事が重要だ。
その為にも、聞かれた場合にだけ”答える事”が肝要だ。
「それで、校長。状況は解りましたか?」
生徒は、Aクラスの人間だろう。名前は知らないが、何度か、魔法の実習で顔を見たことがある。
「やはり、3名のようです」
「そうですか、引率は何をしていたのでしょう?」
小さくなってしまっている先生に視線を移す。多くの言い訳を含む話が、繰り広げられている。壮大な物語だ。
しかし、まだ俺達が連れてこられた理由が不明なので、口出しはしないほうがいいだろう。
話は、ルットマンが率いていた分隊の中から3名がまだ帰ってこないのだという事だ。
もう帰ってこなければまずい時間ではあるが、慌てるほどの時間ではない。前回の事があるので、ルットマンの作戦は全面的に却下された。今度、狩りが出来なければ、成績が悪いと判断されてしまうので当たり前だ。
しかし、採用された作戦は、俺が考えていた通りの作戦で結果もそれに準じた物だったらしい。
残り3日になった時に、ルットマンを含めた3名が”これではあいつに勝てない”と、言い出して、無断で深層部に向かったのだと言う事だ。朝になって、3名が居ない事に気がついた先生が、残っている生徒に聞いた所”3名は近くで採取を行っている”と、いう事だ。その日の夕方になっても戻ってこない事から、再度話を聞いたら、深層部に向かったと言われた。一人の先生は、すぐに残っている生徒を率いて、学校に戻ってきた。もう一人の引率の先生は、単独で3名を探す為に深層部に向かった。
学校まで戻ってきた先生は、校長と話をして冒険者を連れて、深層部に向かったが、川で怪我をして動けなくなっている、先生を発見して戻ってきた所だと言う。その先生は、重症だが命は大丈夫だという事だ。単独で深層部に向かったのは間違いだったようだ。
「それで、先生。俺達はなんで連れてこられたのだ?」
「ユリウス君。君たちは、深層部で拠点を作ったという事ですが、間違いありませんか?」
「えぇそうです。アルの発案でしたが、川を上った所にある湖の畔に野営地を作りました。」
「誰か来ませんでしたか?」
「俺はチームメンバー以外には合わなかった。クリスは?」
「私も、ですわ。狩りに出ていたのは、アルノルト様ですわ」
「そうだな。俺も狩りをしている最中に、周りを気にしはしていたが、ルットマン殿は見なかった」
「そうですか・・・アルノルト君。どの辺りを探索したのか説明できますか?」
「えぇ問題ないです。報告書のために、詳細に記憶しております」
広げられた地図の上に二日目。三日目。四日目。五日目。と探索範囲を記述していく、縮尺が正しくない地図だと思うので、目印になるような物を中心に書いていく。
「参考になります。ありがとうございます」
「それでですね。アルノルト君」
「何でしょう」
「今から、先生たちを中心に捜索チームを作ります。君にも参加してもらいたいのですが、良いですか?」
「・・・幾つかお聞きしたいのですが、いいですか?」
「もちろんです」
「まず、参加を前提に考えますが、まずはお約束頂きたい事として、参加は俺と俺の従者であるラウラとカウラだけにしてください。ユリウス殿下やクリスティーネ様の参加は考慮しないで頂きたい」
「なっアル。俺も行くぞ!」「アルノルト様。どうして?」
「戦力外だ!最悪の事が考えられる。俺は、おまえを守りながら戦えない。ラウラとカウラなら最悪お互いを盾にして逃げられる。わかるよな。俺とおまえでは立場が違う」
「アルノルト。俺は邪魔か?」
「あぁ戦いでは邪魔だ。おまえは、後方でふんぞり返って命令を出していればいい。クリス。おまえもだ。ユリウスをサポート出来るのはおまえだけだ」
「解りましたわ。でも、貴方に何かありましたら、わたくしは、ユリウス殿下を止められません。他のメンバーも止められません。だから、無事帰ってきてください。ルットマン殿など見捨てても構いません。わたくし達は貴方とラウラとカウラの方が大事なのです」
「わかった。約束しよう。いいな。ユリウス」
「・・・解った。でも、それならエヴァを連れて行け」
「なぜだ!」
「エヴァの光魔法は必要になるだろう」
「あぁそうか・・・・必要ない」
”光の精霊よ。我アルノルトが命じる。ユリウスの体力を癒せ”
「な・・・おまえ」
ユリウスを光が覆った。先生方には何をしているのかわからないだろうが、気がついた先生が居ても構わないと思った。
「そういうわけだ。だから、必要ない。それに、3人で移動した方が早い。食料も少なくて済む。3日探して見つからなければ、戻ってくる。校長。それでいいですよね?」
俺達のやり取りを見ていた、校長に問いかけた。
頷いてくれる。それから、いくつかの確認を行った。広大な森の中を探すのだから、二重遭難が一番怖い。そこで、見つけたら、煙で知らせる事になった。これは、狩りをしている最中に連絡する方法でやった事だ。そして、先生方は、いくつかのグループに分かれて、拠点を作成する。拠点間は目視で煙を確認出来る距離にする。俺達は、拠点を中心に行動を行う事になる。広範囲の探索は、冒険者に任せる事になった。
俺は、急いでラウラとカウラの所に戻って、簡単に事情を説明して、持ってきていた燻製肉を持って森に戻った。
皆が居ないので、風魔法を使って、速度をあげた。半日程度で、先行していた先生方に追いついた。野営地で状況を確認した。
ラウラとカウラは、少し離れた所で休憩させて、俺は先生たちに状況を聞く事にした。
その上で、校長から出ている命令書を先生に渡した。先行していた冒険者や後からくる冒険者にもわかるようにするためだ。
「ラウラ姉」
「カウラ。どうしました?」
「アル兄ィは、なんで助けに行くにゃ?」
「・・・そうですね」「アル兄ィが行く必要は、ないにゃ」
「私も同じ考えですが、アル様が行くと言っているのですよ」
「うん。わかっているにゃ。だから、僕も全力を出すにゃ!」
「そうですね。私も同じですよ。ルットマンのためではなく、アル様の為ですよ」
「ラウラ。カウラ。行くぞ!」
「はい」「はいにゃ!」
「それでアル様。どうなさるおつもりですか?」
「どうしたらいいと思う?」
「そうですね。お茶を濁して、探索したフリをするのはどうでしょうか?」
「そうだな。そうした時のメリットとデメリットは?」
「はい。メリットは、アル様が傷つく可能性が減ります。デメリットは、何か言われた時に、アル様の名声に傷がつきます」
「名声なんて気にしなくていいのだけどな。その比較はあまり意味がないな」
「そうでしょうか?」
「怪我の事を言っているのなら、出てきてしまった時点で意味がない。名声に関しては、俺に関して言えばデメリットにならない」
「そうですか・・・。それで、アル様。どうなされるのでしょうか?」
「そうだね。助けられるのなら助けたい。でも、無理はしない。基本はそんな感じだね。ただ、深層部に足を踏み入れているから、全力を出す事は間違いない。ラウラとカウラもいいね」
「はい」「はいにゃ!」
まずは、先生が見つかった場所に移動する。
「カウラ。何か感じるか?」
カウラは、種族属性で感知に優れている。
「ダメにゃ。大きな気配は、ないにゃ」
「そうか、解った」
辺りを探るが気配はない。それに、足跡もすでに冒険者や先生方が入り込んでしまっているために、探す事は出来ない。
「一旦、拠点に戻ろう」
「はい」「はいにゃ」
拠点に戻ると、冒険者とクヌート先生が話をしていた。
「アルノルト君。何か解りましたか?」
「いえ、近くに居ない事が解っただけです」
「そうですか?近くに居ないと判断した理由は?」
「はい。まず、先生が見つかった場所に行きましたが、気配がありません。それに多数の足跡が見受けられました。冒険者や先生方が探したのでしょう。それでも現在まで発見に至っていない事から、近くには無いと判断しました。」
「そうですか、私も同じ意見です。それで、アルノルト君ならどこを探しますか?」
「ルットマン殿の目標が、魔物や大型の獣を討伐する事です。そのことから、深層部から更に奥に入っていたのだと推測できます」
「そうですか、川を上流に向かったり、下降に向かったりは無いのでしょうか?」
「上流は無いでしょう。俺達が野営していました。下流に向かう事も考えられますが、可能性は低いと思います」
「なぜですか?」
「これは、感の部類ですが、ルットマン殿は上昇志向の強い方です。その方が、勝つ為とはいえ”下に向かう”事を行うとは思えません。それならば、より困難で俺達がやっていない事を行うと思います」
「そうですか・・・どうですか?イーヴォさん」
冒険者は俺の方を向いて
「おい。小僧」
「はい。でも、小僧は辞めていただけるとうれしいです。俺には、アルノルト・フォン・ライムバッハという名前があります。できれば、アルと呼んでいただければ嬉しいです」
「ほぉお前さんがライムバッハ辺境伯の・・・。そうか、俺の事は、イーヴォと呼べ。アル!おまえの考えを参考にする。後で、捜索隊の隊長を向かわせる。今の話をしてくれ」
「解りました。イーヴォさん」
一晩拠点で過ごした。
その間、何故か気に入られたイーヴォさんから冒険者の話を聞いた。後、魔法の事や
上位種としてのドラゴンにも遭遇した事があると話していた。ドラゴンも数種類居て、話しが出来る
翌朝、冒険者たちと一緒に深層部の奥に踏み込んでいく事になった。
どうやら、話を聞く限りでは、俺だけでなく、ラウラやカウラの魔法力も大きい事が判明した。
初級~中級の始め位しか使えないが、それでも牽制には十分だという事だ。
6時間近く、戦闘が無いまま深層部を行く。何度か、探索を行って、その都度チーム分けを行う。人を探すときの常套手段だと教えられた。
俺達が探索している場所に、数時間前に、火を使った跡が見つかった。まだ少し暖かい事から近くである可能性が高くなったので、最少人数に分かれて探索を行う事になった。そして、今、俺達3人とイーヴォさんの4人で探索を行っている。最初に気がついたのは、カウラだ。
「アル兄ィ」
「お嬢ちゃん。どうした?」
「右手の方向で、誰かが戦っている音がします」
「カウラ。本当か?」
「はいにゃ」
「あぁすごいな。俺でも言われなければ気が付かなかったかもしれない。急ぐぞ!」
「おぉ!」「はい」「はいにゃ」
それから、5分ほど走った所で、少し開けた所が見えた。真ん中近くで、3人がワーウルフに囲まれて戦っている。
一人は倒れている様だ。
「アル。魔法を使え。ワーウルフを牽制しろ」
「はい!」
"風の精霊よ。我アルノルトが命じる。彼の者達を障壁で守れ"
"地の精霊よ。我アルノルトが命じる。彼の者達の四方に土で壁を作れ"
"木の精霊よ。我アルノルトが命じる。ワーウルフを枝で穿け"
"火の精霊よ。我アルノルトが命じる。火の玉となり、ワーウルフを燃やせ"
「カウラ。行け!」
「はいにゃ!」
”風の精霊よ。我アルノルトが命じる。カウラの移動を助けよ”
魔法の連発は辛い。魔力はまだあるが、精神が疲れてしまう。
それでも、狼の群れは30匹程度から、10匹程度まで削る事が出来た。
"火の加護が1.00を越えました。配置が出来るようになります。"
"地の加護が1.00を越えました。配置が出来るようになります。"
"風の加護が1.00を越えました。配置が出来るようになります。"
"魔法制御が3.00を越えました。バッグが使えるようになります。"
確認したい・・・。無理だ。今はそれどころではない。
ワーウルフが減って、ヘイト管理も上手く出来た。
イーヴォさんが剣を抜いて突っ込んでいく。
群れから少し離れた所に居たワーウルフが、こっちに向かってくる。
「ラウラ。俺に補助!」
「はい」
刀を抜いて、飛びかかってきた狼を牽制する。
一瞬躊躇したワーウルフに一歩踏み込んで、首を狙う。一瞬早く飛び去ったワーウルフは、後ろから狙っていた、カウラに首を落とされた。
最後の一匹を、イーヴォさんが切り伏せた時点で俺達の勝利が確定した。
"地の精霊よ。我アルノルトが命じる。かの土壁を壊せ"
ワーウルフの攻撃を防いでいた壁が壊れた。
風の精霊の障壁は、数秒だけ攻撃を防いで無くなっている。
ルットマン達で間違いなさそうだ。
一人は、腕を抑えている。どうやら、ワーウルフに噛み切られたのだろう。治癒魔法も使えるが、そこまでしてやる義理はない。
イーヴォさんがポーションを飲ませている。命は大丈夫なのだろう。残りの二人も傷だらけだが、命に別状はないらしい。
やっと落ち着いて、自分たちが助かった事が認識出来たのだろう。
「アルノルト・マナベ。なんでおまえがここに居る!」
「いきなりだな。助けに来た者にその言い方は無いと思いますけどね。リーヌス・フォン・ルットマン殿」
「うるさい。おまえなぞに助けて貰わなくても、ワーウルフの50や100。俺一人で対応出来た。後から来て、助けただと。ふざけるな。いつ。俺が助けてくれと言った!」
「それは申し訳ない。遠目には、貴方たちが苦戦しているように見えましたので、僭越ながら参戦させていただきました。手柄を横取りしたようで申し訳ない。私達の、ミッションはクリアしましたので、ここで帰ります。ただ、帰還日時に遅れた事や、分隊から抜け出した事は後ほどご説明いただけると”皆”が思っております」
「なっ俺がそんな事知るか!」
「そうですか、それでは、客観的な事実の積み重ねでの判断になってしまいます。最悪、退学まであるでしょう。よくお考えになってから発言されたほうがよろしいかと思います」
「俺は、子爵家の後継ぎだ。おまえごときの指図は受けん!」
「はい。そうでございますね。イーヴォさん。ワーウルフはどうします?」
「そうだな。アルが倒した分もるからな」
「そうですか、でも、そこの貴族様が自分だけで倒せたと仰せですので、私は遠慮致します。魔法で倒してしまった物もありますので、素材としての価値が下がってしまって申し訳ないのですが、お好きに使ってください。僕達は、先に学校に戻る事にします。素材の回収をしていたら、他の獣や魔物が来てしまうかも知れないですし、暗くなってからの移動は避けたいですからね」
「待て!アルノルト・マナベ」
「何でしょうか?それに、”待て”とはおかしな言い方ですね。”待ってください”の間違いでしょうかね」
「なっふざけるな。おまえ。いい気になるなよ。」
「いい気になんてなっていませんよ。ただ、しつけのなっていない駄犬に吠えられるのは、いい加減疲れてしまいます。蹴り飛ばさないだけありがたいと思って、遠くで幸せになって欲しいだけです」
「なにぃ?」
「もう、面倒なのですよ。今回も、結局何もできなかったのでしょ?いい加減ご自分の力量を把握してほしいものですね」
「おまえ。俺が、子爵家の俺が、優秀な俺様が、おまえみたいな、偽物のインチキ野郎に負けていると言うのか?」
「ラウラ。カウラ。動くな!いい。馬鹿の相手はしなくていい。お前たちが汚れる。」
「なに!?奴隷ごときが、俺様に勝てるとでも思っているのか!」
「はい。はい。そうですね。だったら、もう二度と俺達に絡まないで頂けますか?迷惑以外の”なにもの”でもないですからね。弱者に構っている時間があるのなら、ラビットと戯れていますよ。そのほうが実戦に役立ちますからね」
「・・・なにぃぃぃ。俺はラビット以下か?ふざけるな!」
”風の精霊よ。風の刃と”
”風の精霊よ。我アルノルトが命じる。力を開放せよ!”
”なりて、奴を切り裂け”
心地よい風が頬を触る。
「なっ魔法が・・・」
「無駄ですよ。貴方ごときに私から風の加護を奪う事は出来ませんよ。まだわかりませんか?貴方ごとき、私が本気を出すまでも無いのです」
「アル。そのあたりにしておけ、ルットマン殿もいい加減にしてください。今は、命ある事を喜んで、学校に・・・日常に帰りましょう」
イーヴォさんが言い直したのは、ルットマンがもう学校にいられないのがわかっているからだろう。
この人は見かけと違って、心遣いが出来る人なのかもしれない。
今回は面倒だったが、イーヴォさんと出会えた事はプラスなのだろう。