第十三話 王都に向けて
俺は、二人に名前を付ける事から始めた。
二人共、前の名前はあるが、置いてきた名前だから、新しく付けて欲しいという事だ。
23番と呼ばれていた獣人とのハーフは、顔の作りは、可愛いと表現しても良いかと思う。髪の毛の色が若干赤よりの色で短くしている。やはり気になるのが、獣人であることを示す猫耳があることだ。
尻尾がないことから、ハーフであることが解る。昔は忌み嫌われていたのだというが、今では一部を除いてそんなことはなく、受け入れられている。
「23番の名前は、カウラ」
「解りました。ご主人様。私は、今日から”カウラ”です。よろしくお願いいたします」
11番は人族で、カウラと同じく顔の作りは悪くない。もしかしたら、この世界・・・可愛い子しかいないのか?
髪の毛は、茶色に近い金髪だと思う。一番表現が難しいが、すこし濃い金髪という表現になると思う。農村部で村長をしていた家の長女だという事だ。村が氾濫した川の被害にあい、そのために多額の費用が必要になって、自ら身売り奴隷になったのだと言っていた。
「11番の名前は、ラウラ」
「ありがとうございます。ご主人様」
「ラウラ。カウラ。二人共、俺の事は、”アル”と呼んで欲しい。ご主人様と呼ばれるのは、好きじゃない」
「解りました。アル様」「かしこまりました。アル様」
まだ表情も硬いし、緊張しているのだろうな。
二人の部屋は、俺の部屋の隣にある侍女の控室になる。部屋は、廊下と俺の部屋に繋がっている。
「今日は、もう休んでいい」
二人を部屋に入れてから、ルグリタに後を任せた。
侍女の教育をする事になっている。午前中は、入学の為の勉強を行い。午後に侍女教育を受ける。夕方からは、実際に俺に付くのだと言っていた。
算数なら俺が教えたほうが効率もいいだろう。夕方から、一緒に勉強するという名目で、勉強を見てあげれば良いだろうと考えていた。ついでに、魔法に関しての実験もできれば都合がいい。入学には魔法技能は関係ないが、”できる事が解っている”状態は、影響もあるだろう。
今日もすこしだけ魔法を試してから寝る事にした。
今まで二つの魔法の融合は出来ているが、3つ以上の融合も出来るのだろうか?
剣に火と風を纒わすような事や、火と水と風の魔法を融合したり出来ないのか?
いろいろと詠唱を工夫してみたが、上手にできそうにない。なんとなく、詠唱を長くすれば出来るようなイメージではあるが、最終的な定義が難しい。
作用点を変えれば同時発動は出来るが、これは3つの魔法を別々に起動しているだけだ。
OSとして身体や精神があるのだとしたら、その上でプログラムである魔法が”並行”に動いただけだ。これでは、融合したとは言い切れない。
どう工夫したらいいのだろうか?
詠唱でなんとかなる事でもなさそうだ。そもそも、3つの加護を得る事自体が珍しい状況では、難しい事だろう。
それこそ、秘伝という感じで隠匿されているのかもしれない。まだ焦る必要はないだろう。学校で教えてもらえなくても、実験を続けていれば、そのうち出来るようになるかもしれない。
もう魔法力を使い切るのは難しくなってきている様だ。
いくら魔法を行使しても、以前のように頭痛がしたり、急に眠くなったり、それこそ落ちるような事がなくなってきている。
何か、いい方法を考えなければならない。
枕元に置いてあるメモ用紙に、”日本語”で気がついた事をメモしてから寝る事にした。
万が一誰かに読まれても困らないようにだけはしておく、ある意味最強の暗号だと思っている。
この日も魔法力を使い切る前に寝る事にした。
新しく来た二人だが、ルグリタ達の評判は悪くない。むしろ素直なくらいだ。年齢的な事から出来ない事もあったらしいが、それでも、学校で問題がないくらいにはできそうだと報告された。
後は勉強だが、基本的な読み書きは大丈夫そうだが、やはり計算部分が苦手なようだ。
2日前から、夜は俺と一緒に勉強する様にした。
試験対策もあるが、雑談でもしながら仲良くなろうという考えでもある。最低限の会話はするようになってきたが、万全なコミュニケーションとは思えない。主従の関係に有るからだと言われればそれまでだが、せっかくこれから短くても6年間は一緒に居るのだから、それではすこし寂しい。
あと、算数を教えるという狙いもある。
幼年学校の入試では、足し算と引き算が出るらしい。二桁の計算が出来れば大丈夫だという事なので、そのあたりを中心に三桁の計算を覚えてもらっている。
カウラは、足し算は大丈夫だが引き算が苦手なようだ。マイナスという概念がなかなか理解する事が出来ないでいる。
ラウラは、足し算も引き算も大まかには大丈夫だが、計算が荒い所があり特に繰り上がりがあると間違えてしまう事が多い。
この世界でも、足し算は”覚える”物の様だ。俺は教育者ではないので、何が正しいのかは解らない。
でも、算数を”考える物”ではなく、”覚える物”にするのは間違っていると思う。その為に、ルグリタに話をして、算数は夜に俺と一緒にやるから教える必要はないと話をした。
”7+2”は、9とすぐに二人とも答える事が出来る。これは、”覚えた”からだ。
でも、これが”7+5”になると、覚えていれば、12とすぐに答えが導き出せる。計算の答えを全部覚えていくのはナンセンスだと思う。
二人にはすこし”計算を行う”事を覚えてもらう事にしている。
”7+5”では、7にいくつ加えたら10になるのかを考えてもらう。これは、引き算でも暗記でもどちらでもいい。答えは”3”だ。それでは、本来の問題の”7+5”の時には、5を2と3に分解できれば、10+2で12と答える事が出来る。こんな計算方法を覚えてもらう事にした。時間がかかってもいいから、覚えるのではなく計算する事に慣れてもらうためだ。
夜の勉強会の成果なのか解らないが、二人は計算問題を間違えずに出来るようになってきた。
試験に向けて出発する1週間前になった夜から、計算の勉強とは別に魔法の訓練にも付き合ってもらう事にした。
試験では関係ないが、やはり魔法が使えるほうが何かと便利なのは間違いない。
二人と話をして初めて知った事だが、小さな火を灯したり、風を吹かしたりする事は、誰でも出来るのだということだ。
その上で細かい制御が出来るのが、”魔法制御”でもっと影響力が大きな事が出来るのが、”精霊の加護”だという事だ。
二人に聞いた話も実は書籍の最初の方で説明されていた。改めて、書籍を読み直してみると書かれていた。どうせ、簡単な説明と成り立ちだろうと読み飛ばしていた所に、重要な情報が眠っていた事になる。
明日には、ライムバッハ家を出て王都にある。幼年学校に向かう。最初、王都ではライムバッハ家が所有する屋敷に住む予定で居たが、広すぎる上に学校からすこし離れているなどの理由から、学校が所有する寮に入る事にする。
寮に入る事を、真っ向から反対したのが、カウラとラウラだ。二人とも、俺の従者として学校に行くのに、寮になってしまうと、お世話が出来ないという事らしい。
着替えくらい一人で出来るし、食事も簡単な物なら作る事が出来ると言っているが、二人はそれだけはダメだと譲らない。もしかしたら、俺の世話をやらないでいると、捨てられると思っているのかも知れない。それでも、俺は二人を説得する事にした。
寮の事を調べていると、貴族や豪商の子弟が入るように、従者部屋がついている寮もあるという。ここに入るのが早いとは思うが、なんとなく貴族の身分ができるだけ隠しておきたいと思っている。面倒事が増えそうな雰囲気がある。幼年学校の寮は男女混合になっている部屋割りもある程度自由に出来るようだ。伝統的に、入試の成績優秀者から選ぶ事になっているらしいので、3部屋並んでいる場所を選んで横並びになる事で納得してもらった。父も母も、ルグリタもそれでいいだろうという話になった。
後は、俺たち3人が成績優秀者になればよい。
父と話をして、俺たち3人は異母兄妹という事にしてもらった。その上で、”性”をライムバッハではなく、違う家名を名乗るように言われた。俺は迷うこと無く、”マナベ”を名乗る事にした。フォンの称号を外した形で、”アルノルト・マナベ”と名乗る事になった。二人もそれに合わせて、”カウラ・マナベ”と”ラウラ・マナベ”と名乗る事になった。
幼年学校側もよくある話なので、父からの書状一つで大丈夫だという事だ。
今日は、明日からの旅程に必要になる物を3人+ルグリタで買い物に出ている。
食料は荷馬車にすでに積んでいるので問題はない。護衛も雇っているので道中の安全もある程度は確保されていると見て良いだろう。護身用の武器と防具は必要なので、武器屋を中心に見て回る事になる。
着替えを用意する必要があるのだが、俺は、別に”着の身着のまま”でも良かったが、ルグリタがそれを許さなかった。カウラとラウラを連れて、着替えを買いに行ってしまった。
道中は、1ヶ月位ある。何度かは野宿しなければならない。馬車の中で寝るので、それほど不便はないだろうが、時間を潰す事にはなりそうだ。
書物でも読みながら行けば良いと思っている。時間があれば、カウラとラウラと勉強をすればいい。1ヶ月もあれば、四則演算が出来るようになるかも知れない。
ルグリタが付いていっているから大丈夫だと思っていたら、ルグリタが暴走したようだ。
俺の従者として恥ずかしくない格好をさせると言っていたので嫌な予感はしていた。帰ってきた二人を見て何が行われていたのか容易に想像する事が出来た。ぐったりした二人と共に軽く食事をして、武器と防具を見てから、最後に魔道具屋に寄ってから帰る事になった。
俺は、3人を待っている間に、妹へのお土産を買いに行っていた。
毎回同じような物になってしまっているが、今回もぬいぐるみを選んだ。
俺は、武器として短剣を選んだ。大きな剣は、まだ使いこなせそうにない上に持って歩くのも大変そうだ。
カウラは、短弓と短剣を選んだ。ラウラは、短槍を選んだ。防具は身体に合わせるような革鎧で一部鉄を使っている物だ。
これらの買い物を終えて、屋敷に戻った。
「アルにぃさま」
やはり最初に妹が駆け寄ってきた。
抱きかかえるようにして、お土産を渡す。嬉しそうに、お土産を受け取って、手を繋いで父の下に移動した。父に今日のお礼と報告を行ってから部屋に戻った。
何かを感じているのだろう。妹が自分の部屋に帰りたがらないので、ルグリタに言って寝るまで俺の部屋に居させて、その後で自分の部屋につれていく事になった。話していなかったが、明日旅立つのを感じているのだろう。小さな手で、俺を離さないように必死に握っていた。
翌日は、ラウラに起こされた。
「アル様。馬車の準備が出来ています」
「ありがとう。ラウラとカウラの準備は大丈夫?」
「はい。アル様の荷物もカウラが馬車に積み込んでおります」
「解った、着替える」
「かしこまりました」
朝早い時間にライムバッハ家を出て、王都に向かう事にしている。日の出ている間に距離を稼ぐ事にしているのだ。
この世界の移動はほんとうの意味で命がけだ。魔物だけではなく、山賊や野盗といった者も多数存在する。
「皆さん。これから長い間お世話になります。僕達が出来る事は少ないのですが、よろしくお願いいたします」
馬車は4台にもなっていた。
そこに父が屋敷から出てきた。
「アル。途中で立ち寄った街でこれらの書簡を、領主達に渡してほしい」
手紙の束を受け取る。
「解りました。必ず」
「あぁ無理はしなくていいからな」
「はい。父上」
「それからな。村や街で、王都に向かいたいと言っている者達が居たら許可して一緒に行くようにしなさい。おまえ達の刺激にもなろう」
父は、俺とラウラとカウラを見て告げた。
「解りました」
「伯爵様。同行の許可はあっしの方から出します。いいですよね?」
「そうだったな。隊長に任せる。すまん」
「いえいえ。いいのですよ。基本、許可するように致します。身元が解る者だけにはすると思います」
「あぁそうだな。頼むな」
母が出てこないのを不思議に思っていた
「アル。アトリアは、おまえの顔を見てしまうと、離れられなくなると言って、出てこない」
「・・・解りました。今生の別れではありませんし、また戻ってきます。その時に、改めてお話ができればと思います」
「わかった。アトリアには、そう伝えておく」
「お願いいたします。父上。行ってまいります」
「行ってきなさい」
俺が一礼して、馬車に乗り込むと、後を追うように、ラウラとカウラが父に一礼して馬車に乗り込んできた。
全員が所定の位置に着いた事を確認してから、出発の合図を送った。ゆっくりとした動きで、馬車が動き始めた。
転生してから、もうすぐ6年。
伯爵家後継ぎという地位やチート能力に近い力を得て、幼年学校でもイージーモードで進められたらと思う。