第三十話 メロナの街
ミルが、王宮でウォルシャタたちの話を聞いていた頃、リンとマヤは商隊と一緒にマガラ渓谷に近づいてきていた。商隊は、メロナの街で一泊するのではなく、近くの街道で野営する事になっている。
メロナに宿が少ない事も影響しているのだが、マガラ渓谷を超えた先に領地を持つ貴族の多くがメロナに邸宅を持っている。そもそもの宿屋が少なく、宿屋も貴族相手の高級路線になっているために、商隊が使うような宿は殆どないのだ。
そのために、貴族の関係者でも無い限りは、メロナは通り過ぎるだけの街で、宿泊は手前にある開けた場所で野営することが多くなっている。
リンたちは客として商隊の馬車に乗っているのだが、野営時には手伝いをする事を条件に料金を抑えてもらっている。
この野営でもマヤは料理の手伝いをして、リンは周りを警戒しながら、木々を集めている。
「おい」
商隊の一人が、リンを見つけて話しかける。
「なんでしょうか?」
無難に終わらせようと、敬語っぽい返しをしたのだが、それが良くなかった。
男は、ニヤニヤしながら、リンの肩を掴む。かなり強い力だ。
(立花たちと同類か?)
「お前、
「はぁ?」
リンは、マヤが近くに居ない事を確認した。
「お前が持っていても、意味が無いだろう?どうせ、村で一生を過ごすのだろう?だから、俺様が使ってやると言っている。黙って、貸せばいい。おっそれと、妹も貸せよ。使ってやるからな。ぎゃははは!!」
(クズ)
「なにか言ったか?」
「いえ、何も・・・」
「早く出せ!」
なぜか、男が慌てている感じがしている。
「いいですよ」
男の顔が一気に気色が悪い顔になる。にやけていると言ってもいいだろう。
リンは、その顔を見て一気に冷静になっていく、男が慌てていた理由もなんとなく察した。独断なのだろう。誰かからの入れ知恵かもしれないが、だったらこの手の奴は、一人では動かない。共犯者を作るか、複数で一人をいじめるのだ。リンは、経験則でわかっている。
『マヤ!マヤ!』
『え?あっリン。何?念話で話しかけて』
『もしかしたら、この商隊から離れる可能性が出てきた。逃げる準備をしておいて欲しい』
『わかった。後で、何が有ったのか教えてよね』
『もちろん』
リンは、
「早くしろ!」
男が焦っているのもわかる。リンは自分が慌てる必要はないと言い聞かせて冷静になるように心がけている。
男が、手を出すがリンがすばやく
「貴様!」
「わかっています。でも、その前に、僕たちの荷物を出す必要があると思いませんか?」
「いい。俺が使ってやる」
「それでは困ってしまいます」
「そうか、それなら銅貨1枚で全部中身を買ってやる。それなら文句は無いだろう」
「少ないです」
「うるさい。俺様が、銅貨1枚と言えば、銅貨1枚の価値しかない」
(だめな奴だな)
「はい。はい。わかりました。それでは、貴方がこの
「ほぉ・・・」
男の目が輝く。
「そうですね・・・」
リンは、
「ここに、金貨が一枚あります。今から、
「本当だな!」
「いいですよ。そのかわり、金貨を取り出せなかったら、貴方の全財産をもらいます。僕も、全財産をかけているので、その位のリスクは当然ですよね」
男が少しだけ躊躇した。
全財産とかけるほどでは無いと考えて引いてくれるのが一番うれしい結論だが、どうやら男の判断が遅かったようだ。
「何をしている!」
(間に合った)
リンの後ろから、
リンは、あえて振り返らないまま男を見ている。男が、慌てだしたのを確認してから、後ろを振り向いた。
少しだけびっくりしたような表情をしてから、ウノテの問に答える。
「この人が、僕の持っている、
リンは、自分の説明に自信は無いし、矛盾点があるかもしれないが、男に補足を入れられる前に全部を一気に説明する事を選んだ。
ウノテの目線が男を射抜いた事で、リンは自分の直感が間違っていなかった事を確信した。そして、逃げ出さなくてよくなったと感じている。
「どういう事だ?」
ウノテが男を問い詰める。
商隊としては、リンは客なのだ。護衛としての頭数に入っていない。そのために、荷台に載せているし、料金も取っている。その客の荷物を強奪しようとしたのだ、ウノテとしては許す事が出来ない状況になっている。
「ウノテさん」
「なんだ!」
「さっき話した通り、僕はこの人に条件を出しました」
「そうだな」
「それで、この人が受ければ、実際にやってもらうつもりでした、そうならなかったら諦めてくれると思っていますが・・・。どうでしょうか?」
ウノテが、男を睨む。男は、リンを睨む。リンとしては、どっちに転んでも問題は無いのだ。
「わかった。おい。エイベル。お前が、客人に絡んだのは間違いないのだな?」
「え?あっ・・・。ち・・・」「はい。この人から声をかけられました」
リンは、男を逃がすつもりは無い。きっちりと沈めておかないと、この手の男は粘着質でより辛辣な方法か直接的な行動に出てくる。
「よし、客人。本当にいいのだな」
「えぇ問題ありません。金貨では、どれが入れた物かわからなくなる可能性がありますので、ウノテさんの物を
「そうだな。おい。奴隷商人が居ただろう。呼んできてくれ」
ウノテは、野次馬で集まってきた者に声をかけて、奴隷商人を呼びに行かせた。
すぐに奴隷商人がやってきた。
「ウノテ殿。なんでしょうか?」
「少し待ってくれ」
ウノテは、ポケットから銀貨を一枚取り出した。
この国の銀貨ではないようだ。ナイフを使って傷を付けた。
それを、リンに投げ渡した。
「それを入れろ」
「はい」
「エイベル。お前が、客人にした事は許される事ではない。だが、客人からの提案で、お前に一度だけチャンスをやろう」
「・・・」
「客人の
男は黙っている。黙っている事でこの場が好転するとは思えない。男に逃げ道が無いのも事実だ。
「わかりました。やりますよ!
リンは、ウノテから渡された銀貨を袋に入れた。
男は、10分くらい。あーでもない。こーでもない。偽物か?とか、いろいろ喚きながら、
結果ははじめから決まっていたのだ。ウノテが来た時点で、男ができた最良の方法は、試さずに謝罪する事だったのだ。
男は、
「エイベル!いい加減にしろ!」
ウノテの声で、男は手を止めた。手に持っていた、
「待ってくれ!ウノテさん。この餓鬼は俺に偽物を・・・。そうだ、偽物を渡した!この中には、何も入っていないに違いない!偽物だ!」
「客人。エイベルが、そう言っているのだが?」
リンは、首をかしげながら、ウノテに問い返す。
「どうしたらいいですか?
「そうだな。エイベル。お前、
「客人。その状態でも取り出せるのか?」
「やった事がないので、わかりませんが・・・。大丈夫だと思います」
男とウノテが
無事、中身が取り出せる事がわかったリンは、最初に武器を取り出して、
もう一度
「これでいいですか?」
取り出した銀貨を、ウノテに投げ渡す。
「あぁ間違いない。エイベル!」
男は、とっさに逃げようとしたが、野次馬が男を捕らえる。
「往生際が悪い。商隊の信用問題になる。商人たる者、約束は守らないと駄目だろう?!おい!連れて行け」
ウノテが指示を出して、男を連れて行く。
「客人。すまなかった」
「いえ、大丈夫です」
「領都に寄った時に、やつの財産を渡す。好きにしてくれ」
「わかりました。アゾレム領の領都ですよね?」
「そうだ。職人街の一角だと思った。詳しい話しは、領都で説明する」
「わかりました」
リンが、ウノテと話をしていると、マヤがリンの所にやってきた。
「リン!」
「大丈夫だったよ」
「良かった・・・。それで何があったの?」
リンは、駆け寄ってきたマヤに状況と結果を説明する。
最初は、怒っていたマヤだったが、リンの説明で問題がなかった事がわかるとホッとした表情になって、落ち着きを取り戻した。
問題は発生したが、それ以降は何もなく野営を行う事ができた。
メロナの街も近いので、魔物や野盗も出なかった。
辺りが明るくなってきて、リンとマヤも起き出して、朝の食事をしていると、ウノテがリンの所にやってきた。
「客人。少し時間を貰えるか?」
「えぇ構いません」
今日の出立前に終わらせておきたかったのだろう。
エイベルは、奴隷紋を刻まれて、王都に戻される事になった。連座して、数名が奴隷落ちした事を報告された。どうやら、リンの
リンは、ウノテの説明を聞いて必要ないと言おうかと思ったのだが、ウノテからストレートに口止め料として受け取って欲しいと言われたので、素直に受け取る事にした。他にも、奴隷になった者たちが持っていた物の所有権はどうするのか聞かれたので、”商隊に預けます”と返事するにとどめた。リンが持っていてもしょうがない物が多く、商隊で引き取ってくれるのなら、手間が省けると考えたのだ。
結局持っていた硬貨は、リンがもらってそれ以外の物資に関しては、商隊が引き取る事になった。
商隊を率いているウノテとしては最良の結果になった。問題を起こした、エイベルはウノテの商隊が雇っていた商人だったのだが、他は提携している商人から預けられた者たちだ。物資さえあればその売上を渡す事で、商人の顔を立てる事ができる。持っている硬貨で片が付いたのは良かったと考えるべきだろう。
リンとウノテの話が終わってすぐに商隊は、メロナの街に向けて出立した。
メロナの街には、昼過ぎには到着して、すでに先触れが出ていてすぐにマガラ渓谷超えを行う事になっている。
リンとマヤにとっては、二度目のマガラ渓谷超えだが、商隊の
ウノテから説明がされていたので、商隊はそのままメロナの街を通り過ぎる事になっている。
商隊は何事もなくメロナの街を通り過ぎていく。
マガラ渓谷の入り口が見えてきた所で、リンとマヤには馴染みの人が待っていた。
「おじさん!」「村長?!」
リンとマヤが暮らしている村長が、メロナの街で二人が来るのを待っていたのだ。
「リン!マヤ!お前たちが、マガラ渓谷に落ちたと聞いて・・・」
村長の言葉を聞いて、マヤは素直に頭を下げて謝った。
自分たちの責任でない事はわかっているのだが、心配をかけた事は間違いないと考えたのだ。
「ごめん」
マヤが村長の相手をしている。
リンは、村長がなんでメロナの街に来ているのかを考えていたが、理由が思いつかない。二人を心配しに来ているのなら、わざわざメロナの街に来る必要は無いし、メロナの街まで来ているのなら、王都に来ても手間としてはさほど変わらない。
リンは、マヤほどに村長という人物を信用しては居なかった。
しかし・・・。